銃と第六感の世界
クラリ、と眩暈がした。
健康診断で採血されて、軽い貧血を起したらしい。
でも一瞬のことで、だんだんと視界が元に戻る。
「大丈夫ですか?」
わたしを担当している看護婦さんの声に応えようと顔を上げて、思わず固まる。
何故って、そこに巫女さんが居たから。さらに、
「どうしたの?」
茫然とするわたしに訊ねる中年男性もお医者さんではなく、神主さんである。
狐につままれる、とは今にピッタリの言葉。
だけど、当の相手に何と言えばいい?わたしが頭を悩ませていると、
「神通力に当てられたのかなあ?霊力酔いかねえ?
ちょっと様子見ようか。あっちのベッドで休んでて」
ペラペラと神主さんが喋って話を進め、椅子から立ち上がって移動する。
保健室のカーテンに囲まれたベッドで休むように言われ、横たわり一人になっても眠る気にはなれない。
忙しなく目だけ動かして周囲を観察する。
木造の校舎に、同じく木で作られた設備。古い映画や絵本で見たような、どこか懐かしい雰囲気。
あ。
そのとき気づいた。
これは夢だ。前に見たあの夢を、また見てる。
ストンと腑に落ちた。
夢を見てる時の自分って、不思議じゃない?
住んでる土地や通ってる学校や暮らしている家が、現実と違っていても変だと思わないし、当たり前だと思っている。
おまけに、同じ設定の夢を続けて見る夜もある。
だから、考えたの。
夢というのは、『並行世界のわたし』を体験しているものなのかもしれないって。
そして、今のわたしが正にソレ。
此処は、神話上の生物が人と共存する『銃と第六感の世界』。
ファンタジーの世界だけど、『剣と魔法の世界』ではない。これは重要な点なので間違えてはならない。
『魔』法という術は有るにはあるが、それは人に害をなす邪悪な『魔』の存在が行使するもの。
世間の人々が忌み嫌い避けるもの、ソレが『魔』だ。
人が行使する特別な力は『神通力』や『気功』等と言うのだが、これも民族や宗教によって表現が異なる。
要するに『五感を超えた能力=第六感』が世間に通用している神学霊験の世界だ。
さらに言えば、現在この世界では科学技術の進化が目ざましい。いわゆる産業革命が起こったため『剣』が廃れつつあり、それに代わって『銃』が普及しつつある。
その余波は我が国にもおよび、黒船来航からの維新に文明開化。
わたしたち子供も寺小屋ではなく尋常小学校に通う。
「異常なし」の太鼓判を押されて教室に返されたわたしは、ただいま授業中。
神通力検査を無事に通過した五年生は、修身の時間の一部を割いて『修行』する。
つまり、神通力を鍛えるらしい。
とは言え、それで何か出来るような生徒は同じ教室にはいない。
実際に神通力が使えるような子供は士族であったり華族であったりするから、平民が通うような学校にはいないのだ。
「みなさん、水筒は用意できましたか?」
先生の指示に従って手に空っぽの竹筒を持つ。
「それでは、目を閉じて心に水を思い描きましょう。お水で満杯になっている水筒を想像してみて。
……こらっ!目を開けない!集中して!気を散らさないで!」
「え~っ、だって、せんせえ、俺らがいくら頑張ったって無理だよお~!骨折り損のくたびれ儲け」
いかにもガキ大将といった感じの男子生徒が抗議すると、「そうだそうだ!」と子分どもも同意する。
「静かにっ!」
先生が一喝してヤジを黙らせると、窓の外を手で示す。
空には一筋の雲。くねくねと蠢くおかしな雲だ。
「今日はお空に龍神様が飛んでいらっしゃるから、雨が降ります」
先生の言葉にビックリして、よくよく見ると確かに絵画でよく描かれている龍の姿をしている。雲が今まで見たこともない変な動き方をしているのは、生きているからなのだ。
ここでは雷を落とすのは雷神、台風は風神という役割なのだろう。
「雨が降る前は、風の中に水気が多く含まれています。だから、神通力で水を出しやすい筈ですよ」
ちなみに「水穂の国」の美称を持つ我が国では龍といえば水神様のことだが、西洋の国々では竜といえば火竜のことで火山に棲んでいるらしい。そして火竜が暴れると山が噴火するため、一昼夜で滅んだ都市があるという。だから東洋で崇められている龍が、西洋では嫌われもの。
蛇足はさておき、先生がパンパンと手を叩いて仕切り直す。
「……わかりましたね、みなさん。では、もう一度はじめ!さあ、目を閉じて……」
わたし、傘を持ってきてるのかな?
言われた通りに目を閉じつつも、別の心配事が心に浮かぶ。
まだ夢から覚めないという事は、この世界の『わたし』は今頃どうしてるのかな?
もしかして、わたしにとっての『現実の世界』を夢見てたりして?
そうだとしたら、『近代ファンタジー世界のわたし』の目に科学技術の文明はどう映っているのか。
きっと『機械仕掛けとエレキテルの世界』とでも思っているに違いない。