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今世いたって平凡な幸福

 普通の暮らしがしたい。

 人並みの幸せを味わいたい。

 ずっと前世で願っていたこと。

 ……もっとも育児放棄ネグレクトによる栄養失調で死んだみたいだから、最期の瞬間に思ったことは『お腹空いた』だけどね。


 悲惨な死を神さまが憐れんで下さったのか、今世の私は良い家に生まれた。

 生活保護の母子家庭だった前世とは比べものにならないほど恵まれた生活。

 両親はともに弁護士で、事務所を経営している。

 どちらかと言えばお金持ちだし、家族だけでなく親戚も高学歴だ。

 有名私立を卒業した兄も頭が良い。

 でも、私は平均点だ。

 揃いも揃ってエリートばかりの一族からみれば、私は『落ちこぼれ』に違いない。

 もしも前世の記憶が無ければ、もの凄い劣等感コンプレックスを抱える事になっただろう。

 最初はどうして忘れなかったのだろうと恨んだ思い出のおかげで、私は明るい気持ちでいられるのだから、人生なにが幸いするか分らないものだ。

 前世のアタシは不潔で不健康だったし、栄養が足らなかったせいか頭も悪かった。

 よくよく思い返してみると、勉強を頑張ることも難しい状況だった。

 今は精一杯努力すれば中の上くらい、自分なりに手ごたえを感じれて満足している。

 昔からの願いが叶って『普通の女の子』になれたのだから、不満なんてない。

 平凡が良いって気持ちだ。

 それでも、親きょうだいに疎まれていたら嫌になったかもしれない。

 しかし、今生の家族には可愛がって貰えている。

 本当に幸せだ。

 さらに付け加えると、親戚にもバカにされた経験はない。

 というか、『可哀想な子』と同情されている。

 何でも篠原ウチの一族のジンクスで、世代ごとに一人だけ『恵まれぬ星の下に生まれる』者が出るのだとか。

 つまり、私が同世代の子供たちのうちで貧乏くじを引いたと思われているワケ。

 そういう子は一族で面倒をみる決まりだとかで、みんな私に親切にしてくれる。

 それで『惨めだ』とも別に思わない。

 だって、前世では手を差し伸べてくれたり親身になってくれる人すらいなかった。

 いやあな顔されたり、係わらないように避けられたりした事はあったけどね。

 まあ、相手の気持ちも今では分かる。

 ろくに躾をされてなかったからなあ、前世のアタシは。

 前世の母親もネットスラングで言うところのDQNだったし、仕方ないか。

 前生の話はともかく、今の私が『出来損ない』というのは一族内で限った話だ。

 世間から見れば人並みなんだから、ちゃんと合格点を貰えるハズ。

 だったら充分じゃないか。

 そう思えるのは、アタシが底辺を体験してるからかもしれないけど。


「りっちゃん、うちのタケの事どう思う?」

 法事の後の食事会で、伯母さんに訊ねられた。この伯母は父の従兄の奥さんなので、正確な親戚関係は『いとこおば』になるのかな。

 そして法事といっても誰かが亡くなった訳ではなく、本家の古くなったお墓を新しくしただけである。

新しく造り直したお墓へお坊さんを呼んで、ご先祖さまのためにお経をあげて貰ったので血縁みんなが集まったのだ。

 ちなみにタケというのは、再従兄はとこ文武ふみたけさんの愛称である。

 私にとっては幼なじみで、学校の先輩だった。

「え~っと、今年は新入社員だから忙しいようで会ってませんけど、お仕事を頑張ってるみたいですね」

 今日も休日出勤とかで、この場を欠席している。

「違う違う、そうじゃなくてっ」

「……私にとっては、よく面倒みてくれた良いお兄さんですよ」

「ん~、そう。若いから見ると『良い人』止まりなの?タケは」

「あ~……、どうでしょうね?私とは身内で兄妹みたいな間柄ですし……」

 何と答えたら良いか分からないでいると、伯母さんが溜息を吐く。

「そうよねぇ。……もういい年なのに、彼女の影も形も感じられないでしょ。心配でねぇ……」

 確かに再従兄とお付き合いしている恋人の話は聞いたことがないけど、こういう事こそ家族には内緒にしそうだ。

 まあ、在学中にも噂を聞いたりしなかったけど、私が知らないだけかもしれない。

「もういっそのこと、りっちゃんがお嫁にきてくれたら安心なんだけど」

 冗談なのか社交辞令なのか、再従兄が聞いたら困りそうな事を伯母さんが言いだす。

「いえいえ、妹分となんて、タケ兄さんがその気になれませんよ」

 念のために当たり障りのない否定の言葉を返しておくと、

「あら、そんな事ないわよ。りっちゃんのこと、昔から可愛がってるもの」

 伯母さんから尚も少しズレた言葉が返ってきた。

「いつも妹のようにお世話してくれましたよね。私も本当のお兄さんみたいに思ってます」

 だからコチラも駄目押し。

 いや、『息子のお嫁さんにしたい』なんて言うのはお世辞だって分かってるよ。

 でも、『真に受けてません』って態度を取っておかないと、この会話を小耳に挟んだ親戚の誰かが誤解するかもしれないからね。

 勘違いされないよう角が立たない程度にやんわりと断っておかないと。

「ああ、ふられちゃったわ。このぶんだとタケは、なかなか結婚できないかもね。覚悟しとかなきゃ」

 お酒でも飲んでいるのか、明るく茶化すように伯母さんが言った。

 何というか、始終かみ合わない会話をしている感じで、もう続けたくないから返事はしないでおく。

 伯母さんの方もしつこく同じ話題を繰り返したりはしなかった。


 これで済んだと思ったのは、どうやら甘い見通しだったよう。

 この法要の後も、何かの集まりの度に親族の誰かに勧められる。

 それもこれも、人見知りでガールフレンドの一人も作らない再従兄のせいだ。

 一族内の『落ちこぼれ』である自分にお節介を焼きたがる人が幾らいても、二人をくっつけようという考えは再従兄が独りフリーだからだろう。

 え、私が彼氏を作れば良いって?

 地味で平凡な私に無茶振りしないでよ!

 スペックの高い再従兄ならともかく、私は恋愛なんて無理。

 将来はお見合い結婚する予定だもん。

 だったら、再従兄でも良いじゃんって?

 いやいや、私と再従兄じゃ釣り合わないから。

 ほら、『釣り合わぬは不縁のもと』って言うでしょ。

 どうせ結婚するなら、相手は自分のレベルに合った男性が良いよ。

 背伸びしたり、高望みするとロクな結果にならないもの。

 まあ、それは前世の母親が溢していた愚痴を憶えてるからって理由もある。

 それくらいシングルマザーの彼女の男性遍歴は酷いものだった。

 ああはなりたくない。


 なのに何で、何故どうして。

 朝目を覚ましたら、隣で再従兄が寝てるんだろう。

 それも同じベットで、生まれたままの姿で。

 昨日は従姉の結婚披露宴で、二次会に参加したところまでは憶えている。

 それ以後が曖昧なのは、ジュースだと思って飲んじゃったおカクテルのせいに違いない。

 私が千鳥足になっちゃったから、ちょうど連休だし、ホテルに泊まることにしたんだっけ。

 でも、だからって再従兄まで泊まる必要はなかったハズ。

 手配をお願いしたり、部屋までの付き添いは頼んでも、引き止めたりなんてしてないし。

 本当にどういうつもりで、どうする気なのよ、タケ兄さん。

『責任とって結婚します』って、そんな言葉を聞きたいんじゃないから!

 しぶしぶ入籍して貰うなんて、私はイヤよ。

 結婚するなら、自分で決めて、普通の手順で進めたいの。

 こんな既成事実を盾に無理矢理みたいなのは、普通と違うでしょ。

 私は普通にしたいの。

『ずっと好きだった』って、そんなの知らないから!

 そういうのは最初に告白するべきで、引き返せなくなってから言うことじゃないわよ。

『手を出しても良い』なんて、私言ってないっ!

『それ以上したら、嫌でもお嫁に貰うことになるわよ』って、警告してあげたんでしょ。

『ぜひとも責任とりたかったから』って、何なのよ。

『りっちゃんも嫌がらなかった』って、酔ってたのっ!

 だから間違っただけ。

 こんなのカウントしないから!

 もう酷いっ。

 何で普通になれないの?

 私が落ちこぼれだから?

「私は普通の結婚が良いの。普通のお嫁さんになりたいの。普通の幸せが欲しいの」

『だから普通に結婚しよう』って、どこが普通なのよ?

「誰かを好きになって、告白したり、付き合ったり、プロポーズして、結婚する。普通だろ」

「タケ兄さんは告白してないし、私たち付き合ってないし、これがプロポーズなんて詐欺だわ」

「プロポーズとは言えなくても、告白ではあるだろ。お付き合いに関しては、どうせ結婚準備に日数かかるし、その間にデートすれば良いだろ。プロポーズは、ちゃんと改めてやるからさ」

「それで普通の夫婦になれると思ってるの?」

「それはお互い次第じゃないかな」

「私、一族の落ちこぼれだし」

「関係ないよ。それに、りっちゃんは普通だろ」

「そう、そうよね。世間から見たら、私は普通だもん。

 でも、タケ兄さんはエリートじゃない」

「りっちゃんが普通なら、俺も普通が良いな」

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