5章 13話
「ほっほほ、まぁ食べなされ」
朝食を食べ終わったばかりなのに、モラン爺が満面の笑みを浮かべて俺の前に朝食を運んできた。今日は究極魔法完成のために、3段回目の魔力をすべて吐き出す、その手順を教えてもらうはずだった。
それなのにだ、ペタルさんまでも満面の笑みで大きな器に入ったスープを運んでくる。おなか一杯食べた後に、そんなに飲めるはずもない。
次々に食べ物を運んでくるモラン爺と、飲み物系を運んでくるペタルさん。……これはぼけたわけじゃなさそうだな。何か意図があると見える。
「モラン爺、これらはペタルさんが大事に用意していた食料でしょ? いいの? こんなに一遍に食べたりなんかして」
「ほっほほ、いいんじゃよ。いいんじゃよ」
なにその無情のやさしさ。すごく怖い。
「いいなりいいなり。おかわりもたくさんあるなりよ」
優しい! そして怖い!
食欲もわかないし、まだ戸惑っていると、台所からエプロン姿のエリザが現れた。どうやらこの大量の料理は彼女が作り、モラン爺たちが運んでいるようだ。エリザがこちらに視線を向けてきて、ウインクした。腕をポンポンとたたき、まだまだ作れるアピールをしてくる。それとも腕前のアピールなのか?
彼女までもなにか知っているな。
昨晩、寝る前にごそごそと活動していたが、なにやら俺の知らない情報を共有していたということか。不気味だ。なぜ、教えてくれない……。
「食べるのと、修行、これってもしかして関係あるの?」
ていうか、そうとしか考えられない。でなければ、一刻を争う状況でこんなのんびり料理なんてしてないだろうし、食料だって限られているんだ。
「ほっほほ、まぁお食べなさい」
怖い!
もう何も聞くまい。意味はどうせ後々判明するだろう。なら今は、素直に黙って食べることにしよう。
朝食後ということもあり、食べるペースは芳しくないが、それでも頑張れば入っていくものだ。それになにより、エリザの料理は美味しい。彼女にこれほどの料理の腕前があったとは驚きだ。さぁ、食べてやろうじゃないか。
うっぷ、ちょっと苦しい。
でもモラン爺の運んでくるペースは落ちない。ペタルさんも相変わらず飲み物系ばかり……。エリザは奥で張り切って作っているんだろうなぁ。仕方ない、もうひと踏ん張り。
やばい、食べすぎて吐き出してしまいそうだ。
……あれ、もしかして魔力をすべて吐き出すってこれのこと?
え? 食べ物ごと吐き出すの? そんな馬鹿な。そんなことで3段階目は完成するのかい? 世の中、そんなに単純な仕組みなのかい?
「モラン爺、もうダメ。吐き出しそうだ」
きっとここで何か手だてがあるのだろう。一応報告しておいた。
「吐いてはなりませんよ。うーむ、まだもう少し欲しいところじゃな。甘未は、甘未はまだか」
「はーい、今すぐにー」
台所からエリザの明るい声が響いてきた。甘未か……それならまだいけるかも。それにしても、吐いちゃダメなのか。ますます、謎が深まるばかり。
「食後のデザート、焼き芋を持ってきました」
おっぷ……。
デザートって芋!? 無理無理無理。食後のデザートってもっといろいろあるでしょうが! よりにもよって芋!? 絶対入らないよ。
「クルリ様。私もう自分を嘘で着飾るのはやめにしました。私、実は芋がこの世の食べ物で一番好きなのです!」
「……はい」
知っていますとも。昔から知っていますとも。
「今日、その芋を魂を込めて焼き上げました。私が踏み出した新しい一歩でもあります。ぜひ、ご賞味下さい」
えー、そんなこと言われた意地でも詰めなきゃなんないじゃないか。
この胃袋に隙間ゼロの状態で、芋を詰めると!? しかも特大サイズ。どこで掘り当てたんだ。
……うえっぷ。
結果から言おう。俺は芋に勝った。しかし、涙と鼻水を信じられないくらい流した。耳の穴から垂れてきたあの汁はなんだったのか……。汗だよね? 汗だと言っておくれ。
「準備は整いましたの。では、散歩にでも行きましょうかの」
老人に介護されながら、俺たち4人は森の中に入っていった。
さぁて、たまりにたまった状態で吐き出すのかな? なら早くしてほしい。早く楽になってしまいたい。
森をしばらく進むと、木々を切り倒したまっ平らな土地が見えてきた。草木も生えておらず、土が見えている。明らかに人の手が入った場所だった。
モラン爺とペタルさんの顔を見た。彼らが用意した場所に違いない。
近くまで来て、そこに何があるかもわかった。
土の上に刻まれた、見たこともない巨大な魔方陣が。
何か巨大な生物でも呼び出せそうな雰囲気だ。魔方陣には詳しくないが、一度発動させると自動的に魔法を行使し続けるもの、そんな程度の知識は持っている。ここで、3段階目の魔力をすべて吐き出す、それが行われるのは明らかだった。
「ここでやるのか?」
「ええそうですよ」
「よし、じゃあとっとと初めてしまおう」
「では、魔方陣の中心におたちください」
指示された通り中心へと向かった。立ったままでいると、横になるようにも言われた。楽に、力を抜いた状態がいいらしい。
魔方陣のすぐそばでモラン爺とペタルさんが対角線上に立った。
「坊ちゃん、これから坊ちゃんが蓄えた魔力をすべて吐き出させます。魔方陣は大昔に既に完成されたものです。それをペタルと私でここに書いただけのこと。これが魔力を吸い取る大事な魔方陣になります」
「うん、なんとなくわかるよ」
「それで、事後承諾で申し訳ないのですが、これはすごく体に負担のかかるものじゃ。悪いが一週間ほど眠っていただく。その間にすべての魔力も吐き出されるじゃろう」
一週間……?
え? 今そう言ったよね。 俺は一週間ここで倒れたままなの?
「では、魔方陣を活動させるとしようかの……」
二人が手をかざして、発動段階に入ったことが分かった。
「ちょっ、ちょっ! まさかの食いだめ!? 食いだめだった……」
「ほっほほほほ」
肯定か! その笑いは肯定の意か!
ああ、もうだめだ。意識が遠のいていく……。
ちくしょう、それで説明がなかったのか。
薄れゆく景色の中、隣にエリザが近づいてきたのが分かった。最後に彼女の顔をちらりと見て、意識が消えた。
彼女が見守てくれるなら……。
「もう放っておいても大丈夫じゃ。一週間はこのままじゃ」
「じゃあ、ボードゲームをまたやるなり!」
「ふふふ、まだ実力差がわかっておられないご様子」
三人はクルリを森に放っておいて、家へと戻っていった。