5章 12話
ペタルさんの淹れてくれたお茶を飲みながら、テーブルに俺と、エリザ、モラン爺、ペタルさんが座っている。
お互いの情報を共有して、過去に起きたこと、今現在の状況、これからやるべきこと、それらを明確にしていった。
「つまりは、そうじゃな。すべてはクルリ坊ちゃんに懸かっておるというわけじゃな」
「もうそう考えるしかないなり。言い伝え通り、ハープが言っていた通り、ヘランの血をひいた人物がやり遂げるしかなさそうなりね」
「やはりクルリ様なのですね。私、感激です」
なんか……、協力し合おう! 的な話になるのかと思ってたけど、一身に背負わされる感じ? 心細いんですけど!
「では、ワシらはこれで。ペタル、エリザ譲、ボードゲームでもやろうかの」
「いいなり! 絶対負けないなり!」
「仕方ありませんわね。令嬢の力を思い知らせてあげましょう}
……、背負わされる感じ!?
「さて、冗談はよして、クルリ坊ちゃんの修行の件、ワシがサポートするとして、早くて一か月はかかるかな」
「ペタルも協力するなり! 長年の研究をなめてもらったら困るなり! 3週間で仕上げるなり」
「ふふふ、この私を忘れておいでですわ。なぜ我が家が代々優秀な人材を輩出できたか、その秘伝を今こそ教えて差し上げましょう。そうね、2週間、それで仕上げましょうか」
……、み、みんな!!
「2週間!? ほう、それは素晴らしい。2週間ならこの地が死に絶えるまで持ちこたえられるな。……、ならば、やはりここはいったんボードゲームでもするかの」
「ぜっーったい、絶対負けないなり!
「格の違い、見せて差し上げましょうかね」
……もういいや、一人で修行しよう。
『魔法書 5巻』
部屋を出て外の木陰に座り、改めて、その本を見てみる。歴史のこもった本だと知ると、なんだかずっしりと重みを感じる。ただの重さだけでなく、いろんな人の気持ちの乗った重みだ。
冒頭部分はすでに読んである。
この魔法書5巻、こいつだけが厳重にしまわれていた理由がわかるような内容だった。
まず、1から4巻までは、本来の意図として、渦の性質を持った魔法使いの才能を開花させるためのプロセスであった。しかし、ヘランが作り上げたこのプロセス、ただそれだけにとどまらず普遍的に活躍できる魔法でもあったのだ。
それゆえ、長い歴史の中で、渦の性質を持たないものにも多く読まれてきたのだろう。だから、この4冊は世間に出回り、モラン爺たちが若いころに探してもすぐに見つけることができた。
問題は5巻目だ。こいつは、プロセスをたどり終え、渦の性質を持つ、その条件を満たしたものにのみ必要とされる内容だったのだ。すべては呪いに打ち勝つため。
しかし、長い歴史の中で、極めて限られた人物にしか必要とされないその本は、人々が呪いを忘れるにしたがって、その存在を歴史の闇の中に置き去りにされた。ハープさんやペタルさん、モラン爺のような人たちがいなければ永遠に歴史の表舞台には出てこなかっただろう。しかし、それすらも運命だと思わせるほど、この本は今、ありありとその存在感を放っていた。
4冊目までを修了した者、渦の活動はすでに始まっているだろう。
読んでいくと、そんな一文がある。最近何度も、何度も、味わったことのある出来事だった。大量の魔力がこもった魔石を食い尽くし、他人の魔力も吸収していった。そして、その後の覚醒。すべては、ずっと前から始まっていたことだったのか。
それから、先の中身を一通り読んでいく。
途中、ふっと集中力が切れたとき、あたりがやけに静かだと気が付いた。ペタルさんの家からは物音ひとつしない。
……もしかしたら、俺が一人でゆっくり読み進められるように、こうして時間を取ってくれたのかもしれない。ボードゲームでもしようというのは、あくまで建前で、本当は俺に時間をくれていたのか——
よし、やっぱりペタルが勝ったなり!——
……何も聞こえないよ。きっと、一人にしてくれたんだと思……いたい。
時間を取ってくれたおかげで、本の中身はざっと頭に入った。
細かいことはたくさんあるが、大きく分けて、魔法の完成までには4段階ある。
1、渦が開いた状態で、他者の魔力の吸収
2、膨大な、純粋な魔力の吸収
3、すべてを吐き出す
4、死の性質を持つ魔力の吸収
まぁ、こんなところか。
1,2に関しては、すでに経験済みだ。その後の覚醒も本の記述通りだ。傷、病が癒え、膨大な魔力を使役するようになる。まんまそれを経験した。
あとは、3,4の二つ。
全てを吐き出す。魔法書を学び始めた頃から渦は徐々にであるが、開き始めているらしい。そのころからずっと吸収し続けてきた魔力をすべて吐き出すのが3段階目。……、想像するだけでぞっとする。一体どれほど俺の知らない間にため込んでしまっているのだろうか。怖いことこのうえない。
怖いといえば、最後の4項目目もそうだ。死の性質を持つ魔力の吸収。
死ねってことなのか? 学園の授業で、犯罪者集団の中には死の性質を持つ魔力で他者を陥れる人たちもいると習ったことがある。しかし、これを行なえば重罪であるし、世間一般に公開された死の性質を持つ魔法というのはない。使える者を探すのも一苦労になりそうだ。
ボードゲームに集中している三人を無理やり止めて、俺の知ったことを話し始めた。今まであったことも含めて、現在、どの立ち位置にいるかも含めて。
魔力をすべて吐き出す、そして死の性質を持つ魔力の吸収、これらを伝えた。
ありがたいことに、エリザは心配してくれた。
「そんな大事なことを調べているときに、私は……本気でボードゲームをしていただなんて……」
本気でやってたんだ!?
「ボードゲームに自分も入れてくれと言わず、その間に呪いの対策について調べるとは、いやはや、成長しましたな。坊ちゃん」
当たり前だよね。
「ボードゲームも有意義だったりなりけど、ハープ似の少年も有意義な時間を過ごしたなりね」
同列なの? 同列な扱いなの!?
「しかし、おもしろいことよの」
「そうなり。まったく、長生きをするのも悪くないなりね。まさか、長年の研究がこんなところで役に立つ日がくるとはなりね」
妙に楽し気で、自信たっぷりな老人二人。
俺にはいまいち、どうステップを踏んでいいかもわからなかった3,4段目をこの人たちは飛び方までも知っていそうだ。