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5章 11話

エリザが母ツキミの目を盗んで、王都を飛び出したのはもう数か月も前のことになる。どこか、目的地があったわけじゃない。ただ、あのまま母の祖国に共に渡るのは違う気がして、なんとなく反発して飛び出したのだ。

すぐに不安が襲ってきた。今、家族の状態はすごくよくない。自分がさらに心配をかけることになるかもしれない。ただ、荷物をまとめているとき、行きたい場所が浮かんだ。

だいぶ前に見たヘラン領の美しい景色が頭の中でよみがえる。なんでこんなときに、そう思っても気持ちはそちらへ傾くばかり。しかもあそこは……、クルリ様がいる場所。彼を頼ればいくらでもよくしてくれるだろう。けど、そんなのってちょっとずるい気がした。自分は幼いころからずっと何もかも恵まれて育ってきた。急に困ったからと言って、誰かに全部頼るのは違うんじゃないか。


もやもやした気持ちはほかにもいくらでもあった。

今が人生の岐路かもしれない。ここで、踏ん張らなきゃ。

結局一人旅は東へ向かうことに決まった。東の果てまで行ければ、無事ヘラン領にたどり着く。自分の旅はそこでひと段落つくだろう。そこからは……。また、着いてから考えることにした。


実は、一人旅というものに憧れがあった。以前、ライバル認定しているアイリスさんから旅の話を聞いたことがる。彼女は実家から学園までの長い道のりを一人で歩いて来ようと試みていたらしい。人気のない道も、魔物の出るエリアもあるだろう。でも、彼女は重たい荷物を背負ってそれに挑んだのだ。アイリスさんがときたますごく大きな存在に見えることがある。きっとそれは、生まれ持ったものだけでなく、彼女が必死に生きているからなのだろう。

私も負けていられませんわ。

いらない荷物まで背負って、長い長い旅路に出た。


道中、よく思い出していたのは、アイリスさんの昔話だ。それも旅のことなんだけど。

だいぶ疲れて、木陰で休んでいた時のことらしい。気持ちにも疲れが出ていた時、偶然馬車が通りがかり、それがクルリ様との出会いだったらしいわ。

なんという、僥倖! うらやましいわ。

けど、きっと私がアイリスさんの立場なら、クルリ様に見捨てられていたと思うわ。だって、私、すごく我がままだったから。今も、そう変わってはいないかもしれないけど、クルリ様と出会ってからはいろいろ思うことがあったわ。

あの人のことを気にしだしてからは、あの人のようになりたいと変わろうとしたの。あの人のようにおおらかに、あの人のように明るく楽しそうに。あの人のように一生懸命に。

私、変われたかしら? アイリスさんは話やすくなったといってくれたことがあったけど……、たぶん変れているわよね。

旅は結構順調かな。

雨はつらいけど、それ以外はなんとかなるわね。

保存食が尽きたのが心配だけど、こちらも以前アイリスさんが話してくれたことが役に立ちそうね。

一日の疲れが出たころ、街道を逸れて食べ物を探しに森に入った。もう、かつて所持していた宝石類はすべて手放した。今は手元にお金もない。どこか町へ寄って、何かを買うこともできないのだ。

上等だわ。アイリスさんと同じ条件じゃない。

森へ入り、動植物を探した。すぐにウサギが見つかったわ。ふわふわした柔らかそうな毛におおわれたかわいいらしいウサギだ。かっかわいいけど、食べなきゃ。だって……。


アイリスさんの旅の鉄則第一条

ウサギ、鳥、魚はかならず仕留めよ!

に該当するもの。聞いたときは右耳から左耳だったけど、今にしてみれば貴重な話に感謝しなくては。見栄を張って、ケーキ作りの話などしなくてよかったわ。

風魔法を掌の上に発動して、そっと息を吹きかけた。それを合図に、見えない風の斬撃がウサギへと飛んでいく。かわいらしいそのお顔と胴体の間がスパッと斬り放されてしまった。

……い、いただきます。


アイリスさんの旅の鉄則第二条

かわいいからと躊躇したら負け!

戸惑うとこれに該当しかねない。

まさか、深層の令嬢である自分がウサギを捌く日が来るなんて思わなかった。けど、火をつけて、その身を焼いていると、たまらない香ばしい香りがする。案外悪くないかも。


旅はこんな感じで、ピンチはありながらもなんとか進めていった。

それからもアイリスさんの旅の鉄則に助けられてことごとく何とかなったのだけど、あれは疲れがたまっていたときのことだ。

まともな判断ができなかったのが大きい。

そう、私はそれまでの順調な旅で自信を得ていた。そして、しばらく何も食べておらずかなり空腹だった。

だから、アイリスさんの旅の鉄則16条

キノコはやめとけ!

に反することにしたの。

見た目のきれいなものを集め、火おこしも慣れたし、勢いのいい日でキノコたちを焼いていったわ。かなり、香ばしい香りがした。もう、たまらず16条を破ったわけ。

それからしばらくは、空腹も満たされ、気分もよかった。

けど、最後にきれいな花を見つけて駆け寄ったときのことだった、急に目の前がくらっとして、そして、そのまま意識が……。

綺麗な花の隣に、小さな森の妖精も見えた気がした。きっとキノコが見せた幻覚ね。ああ、偉大だわ。アイリスさんの旅の鉄則は……。


どれくらい眠りについていたのかはわからない。

目を覚ました時、私は家のなか、しかもふかふかのベッドの上で目が覚めた。

見覚えのない屋根に、家具。すべて木製で、おそらく手作りで、長いこと使われた家だとわかる。枕元に澄んだ水と、果物が置かれていた。

倒れる前と同じくらい空腹だったから、気が付くと水と果物を口に入れていた。令嬢だったころの自分じゃ、間違ってもやらないことだろう。でも、今はもう、逞しく生きなければいけない気がして。

「起きたなりか? いやー、元気そうで良かったなり」

部屋の扉が突如開き、中に倒れる直前に見た森の妖精が立っていた。身長が低く、たれ目で、鼻が大きく、髪は真っ白。老人の妖精だわ。

「あの、これは……、ごめんなさい。勝手に果物とお水をいただいてしまって。けど、代わりに働きますので、それでお返しさせてください」

「え? 別にいいなりよ? ここらは結構果物が取れるなりからね」

「そうですか。でも、妖精さんができないような仕事とかあれば、私がやります!」

「妖精? 」

それからすぐに、この老人が妖精ではないことがわかった。ただの、見た目面白いおじいさんだったのだ。紛らわしいわね。きれいな花と同時に登場したから勘違いしたわ。

体調がまだ万全ではないからと、ペタルさんはここにいるように言ってくれた。出ていくのは、やせ細った体がもとの状態になってからでも遅くないと。

そうね、結構厳しい旅だったわ。自分でも、ここまで来られるとは思わなかった。

あれ? そういえば、今、ここはどこなのかしら。

「ペタルさん。この地は、クダン国のどこに当たるのでしょうか」

「ここなりか? ヘラン領なりよ。知ってて来たのではないなりか?」

「ええ、まぁ……」

それを聞いたとき、腹の底から湧き上がる喜びを感じた。来られた。自分の足で、ここまで来られたのだ。ただ引き立てられるだけの自分だったけど、初めて自分自身でやり遂げられたのだ。

ここがヘラン領だとすれば、自分の旅は終わりになる。

これからどうするか。着いたら考えるとか……、結局着いてもわからないままね。

そうだ。

「ペタルさん。ペタルさんはここで何をしているの?」

「この地を研究しているなりよ。ヘラン領に伝わる、呪いの研究をなり」

呪い? この綺麗なヘラン領に?

「そんな、今の時代にそんなことを一人で真面目にやっておられるのですか? 昨日もその前も、ずっと本を読みあさって、地質を調べて、空を水を風を……。あんなに真剣に動き回っていたのは呪いについて研究していたというのですか?」

「そうなり。冗談でも、不確実な話でもないなり。友達が残してくれた、大事な大事な真実なり」

平穏な言葉と声で言われたが、その言葉に自分のまだ知らない世界、人の抱く思いの大きさを感じた。長い年月、誰かのために戦い続けた人物の、純粋な思いそこにある気がしたのだ。

……、なら自分の道は決まった。

「ペタルさん、疑ってごめんなさい。でも、今の言葉であなたの話を信じる気になれました。私をここにおいて下さい。私、その呪いの研究を精一杯手伝いますわ。きっと、力になると約束します」

「……、お嬢さんには関係のない話なり。早く、自分がいるべき場所に帰るべきなり」

「いるべき場所は自分で決めますわ。お願いです、一緒にやらさせてください」

ペタルは黙って考えた。じっと、エリザの目をみて、その覚悟を確かめるかのように。

「なぜなり? なぜ、エリザ譲がこの戦いに加わるなり? 決して楽な道ではないなりよ」

そんなの決まってる。ここは私にとっても大事な土地だ。多くをもらった。だから、多くを返したい。

「ここは、このヘラン領は、私の大事に思っている方が大事にしている土地なのです。彼のためになるのなら、私、ここで戦っていたいですわ」

ペタルは目を見開いてエリザを見た。その真剣な様子に感銘を受けていたのだ。

「なら、ペタルと同じなり。ペタルも大事な人が好きだったこの地を守りたいから頑張ってるなり。エリザ譲も同じなり。これから一緒に頼むなり」

こうして、ここに役割と居場所を得て、ペタルさんと共に呪いの沼を拠点に活動することになった。

呪いは、ペタルさんが話していた通り、この地を襲った。

手を打っていたはずのペタルさんだったが、そのすべてが無力に終わった。築き上げたものが、呪いの大きさの前に、すべて打ち砕かれたのだ。

まだ、最後のカギはあるなり、ペタルさんはそういっていたけど、具体的な話はしなかった。彼の失意を思うと、こちらまで心が痛くなった。

そんな絶望の中、ある日、当然、本当に突然の出来事で、私は湖で、クルリ様と再会した。







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