5章 4話
「レイル・レイン殿……。王族公認入場許可書を持参して、国のお偉いさんがわざわざこんなところまでねぇ。例の貴族の件ですかい?」
どこか弛んだ雰囲気を醸し出す看守に僕は不快感を覚えずにはいられなかった。彼らは囚人を監視する役目を捨ててこの地上まで逃げて来た人物たちだった。それだけでも尊敬に値はしないだが―。
「あまり首を突っ込むな。火傷はしたくないだろう?」
更に、今回僕が怒っているのには他の理由もあった。
どうやら、このクダン監獄にダータネル家の息の掛かった者がいるらしい。看守の中にも、囚人の中にも。
正直、僕たちはマヌケと言わざるを得ない。十分にあり得るはずだった。
事を知った途端、王子は僕をこのクダン監獄に向かわせた。ラーサー王子からは痛いほどの気持ちを込めて、クルリ君の身の安全を守るように頼まれた。
既に手遅れかもしれない。遅すぎる対応かもしれない。この罰は受けよう。甘んじて。しかし、まだやれることがあるなら僕はなんだってする。
地上で王子たちがクルリ君の無実のために奔走している。
僕は地下で、少しでも長いこと彼の身を守る必要がある。
嫌な想像が後を絶えないが、僕は昇降機を降りることにした。
「剣はお預かりしま……」
僕の視線が向ける怒りに気が付いたのか、看守はそれ以上僕の行いに口を挟んだりはしなかった。
地下へと降り立った。看守は長くは居たくないと逃げるように地上へ戻っていった。あんな様子じゃ、この牢獄に秩序などあるはずもない。僕は更なる不快感に覆われた。
ここクダン監獄だが、聞いていたよりは乾いた土地ではなかった。土と牢獄しかない場所だと聞いたのに、随分と湿気を感じられた。昨夜に雨でも降ったか?年に一度や二度はあると聞いているが……。
それに人の活気のよい声も聞こえたりする。
腐った人間どものたまり場だとも聞いたが……揉め事が起きて喧嘩でもしているのか?
「おっ、オメー新顔か?見ねー顔だな!」
つるはしを肩に担いだ、いかにも囚人面の男に呼び止められた。人相は悪いが、なんだか不思議な清潔感はあった。だが、囚人には違いない。武器を常備しているなど……。やはり、まともな場所とは思えなかった。
「一つ聞く、136号室の場所を知っているか?」
「お?オメー新顔のくせに度胸があんな!やめといたほうがいいと思うぜ?」
「いいから教えろ」
「仕方ねーな。この道をまっすぐ行けば着くぜ。俺は案内しーねからな。特にこの時間帯に行くのはまずい」
この時間帯に行くのはまずい?
なぜかその言葉が引っかかった。一体この時間帯は何が行われているのか?僕の頭には暗い想像ばかりよぎった。急がねばならない。
100号室をみつけた。この辺りなはずだ。
もう一人囚人を捕まえて問いただした。
「あ?あんた136号室へ?なんの用で?あそこは幹部以外は近づけねーぞ」
「いいから教えろ。そろそろ苛立っているんだ」
「ん?ああ、ここを右に曲がったらすぐだぜ。あんま行くのは薦めねーがな。特にこの時間帯は」
136号室のことは、既に有名な話なのだろうか?
ここの囚人たちは300名はいる聞くが、まさかその全員に知られるほどの出来事が?おぞましいことが起きているのか?だとしら、僕は……。
焦る気持ちと、鳴りやまない鼓動と共に、歩みを急いだ。
もう剣を抜きたい気分だ。誰かれ構わず斬り捨ててしまいたい。僕は果たして、想像通りの現実を見た時、この怒りを我慢しきれるだろうか。
136号室。
僕はその部屋をようやくみつけた。
他の牢獄が全物鉄格子でできたものに比べて、136号室だけは木板で壁が作られていあ。密閉されているのか……。中に監禁されている、それだけならいいが。
外には顔つきの一層悪い男どもが5人見張りに立っている。ただじゃ、通られせてはくれなさそうだ。
「おい、テメーなんだ!?この時間帯にここへ来るんじゃねーぜ!」
「なぜ?」
「立て込んでいるからに決まってんだろーが!いいからとっとと去れ!」
やはり見張りだったか。
彼らは一様に凄んだ顔をしている。脅しているつもりだろうか?
この僕の怒りの前に、そんなこけおどしが通用するとでも?
「いいからどけ。僕はその部屋の中に用事があるんだ」
「ああ?だから立て込んでるって言ってんだろう!」
「君らが決めたこの狭い世界のルールが僕に通用すると思うなよ?なんだったら2,3人斬り捨ててしまいたい気分なんだ。お前らの命の灯が消えようとも、僕の心に波風一つ建たないことを知るがいい」
剣を抜いた。もう我慢する必要はないんだ。僕は目の前まで来ているんだから。後はやりたいようにやらせてもらう。
「なんだお前ら。騒がしいぞ」
「すんません!ボス!なんか変な奴が来てまして」
ボス?部屋の中から声がした。見張り達の焦り具合からして、ボスがいるのは間違いないか。同室していたのか……。来てはいけない時間帯とはそういうことだったか。
「ボスか。ちょうどいい、出てくるがいい。狭き世界の王よ」
ボスは扉を開いて、中から現れた。
凶悪な赤い髪。一人だけ栄養状態がいいのか、健康的な肌。スラッとしたバランスの良い体つき。優しそうな眼は……。
元気なクルリ君が出てきたではないか……。
「あれ?レイル?レイルなのか!?なんでこんなとこに!セクハラで捕まったのか?」
「あ……あれ?ボスは?」
「ああ、今は俺がボスやってるんだ。ボスを倒したら俺がボスになった」
「猿山!?ここは猿山なの!?」
「まぁ遠くはないかな。さあ、あがりなよ。普段はうざったいレイルでも、こんな地下深くで出会うと嬉しいものだな。早く早く!」
僕は136号室に招かれた。
クルリ君はソファーに腰かけ、僕にも座るように勧めた。
えっ!?ソファー!?監獄に!?
良く見渡すと、ベッドもある!書棚もあり、本もぎっしり。窓もあり、一輪の花も添えられている。日当りが良く、整理も行き届いている。
快適だ。なんか、快適だ。
「甘いものはあんまりないんだけど、酒はあるよ。つまみも軽いものなら」
「酒があるの!?しかもつまみまで!?」
「白?赤?どっちが欲しい?」
「種類まで!?ここはどこ!?僕はどこに来たの!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。ここはクダン監獄だよ。なに?来る場所間違えた?」
「間違えてるよ。君が間違えてるよ!」
なんか騒いでるよって顔してるけど、騒ぐでしょ!剣に赤い液体を注いでやろうと思ってきたのに、グラスに赤い液体が注がれてるよ!
「えっ!?なに!?クルリ君は捕まって監獄内にいるのに、実は快適に暮らしてたの?」
「そうなるかな。でも大変だったんだよ?特にソファーとか手に入れるまでは」
「そりゃそうだよね!普通監獄でソファーは手に入らないからねっ!」
「なにそんなに興奮してんだよ。落ち着いて、取り敢えず一杯飲んどけ。落ち着いたら温泉でも入って今日は泊まっていけ」
口に含んだお酒を吹き飛ばしてしまった。
「温泉!?泊まっていけ!?いや、友達の家に遊びに来たのか!?僕はそうなのか!?」
「なに自問自答してんだよ。ベッドは譲るから、俺がソファーでいいから」
「そういうことじゃないから!なに!?ここのリアル、なにこれ!?」
散々狼狽した僕はクルリ君になだめられ、取り敢えず温泉に入っとけということになった。
まだ明るい時間帯なので、温泉には僕とクルリ君だけだった。
「明るいうちはみんなでこの監獄をより良いものにしようと働いているんだ。この温泉もその過程で見つけたものだ。功労者はなくなっちゃったから、今は共同墓地も整備している。また新しいエリアを拡大して、次は作物を作るエリアでも作れないか考えているんだ。最近、昼はその構想で閉じこもってるんだよね。一人体を動かさないので、みんなに悪いんだけどさ」
「……なんか、充実してるね。領主様って感じだよ」
「そう?出るまでやれるだけのことはやっておこうかなと。一応ボスだし」
「地上ではみんな結構苦労してるんだよ?クルリ君の無実を証明するために」
「ああ、それなんだけど、『銭ゲバ』サイシン・ウプストルが証言を訂正してくれるって。自らの恥を乗り越えたらしい」
「自己解決してる!?僕らの苦労はどこへ!?」
「と言う訳で、いつでも戦える準備は整っているよ。いつでも呼び戻してくれ」
「はぁー、心配して損した。ラーサー王子なんて潤んだ目で、アニキを頼みますって僕に言ってきたのに……」
「それは悪いことしたなぁ」
「どう報告したらいいんだよ、全く」
「元気でした、でいいんじゃないかな?」
「じゃあ、それいただき。ところで、酒とかはどこから来てるの?」
「ああ、ダータネル家に買収された看守がいるんだけど、そいつを逆に利用していろいろ届けさせてる」
「……逞しいね。その看守、帰り際に引き取らせて貰うよ。ダータネル家を追い込むには小さな材料だけど、あればあるだけいい」
「えー、そしたら物資が」
「僕が用意するよ。それに、君はもうすぐここを出られるだろう?」
「ここの連中に少なからず情が沸いているからな。出て行った後も秩序は保って欲しいし」
「やれるだけやりたい訳ね。急いだほうがいいよ。地上でも君を必要としているんだから」
「……分かった。そうするよ」
暖かい温泉に浸かり、柔らかいベッドで眠った。
帰りには夜中に捕えてくれていた買収された看守と、道中の食料も持たせてくた。
なんだか髪と肌の調子がいい。温泉のおかげかな?
……うん、また来ようかな。
クルリ君の出所時は確実の来よう。いい旅行だった。
――。
「兄さん、レイルさんからの鳥便が届きました。手紙が添えられております」
「流石に仕事が早い。アイリス、君は手紙の内容を見ない方がいいかもしれない」
「アーク王子。私も覚悟は決まっています。それに、見せてくれるって約束したじゃないですか!」
「そうだが……。君を悲しませたくはない」
「覚悟はできてるから。私も見る。絶対に!」
「兄さん、私もアイリスさんも覚悟は決まっております。アニキに何かあったら僕は自分を抑えきれる自信がありません。しかし、現実に目を背けるのも違う気がします。僕らはもう覚悟できています。一緒に見せてください」
「……わかった。もう何も言うまい。読み上げるから、心して聞くように」
『レイル・レインより報告
クルリ君は元気でした。肌の調子が良さそうです。とても親切にしてもらいました』
「ん?……ん?」
「兄さん、早く!」
「あっああ、すまない。……ん?んん?」
「アーク王子早く!」
「えーと、クルリ君は元気でした。肌の調子が良さそうです……。とても親切にしてくれました」
「……ん?」
「……え?」
「ん?」
――。