9話
「このミカンという果実は本当に美味しいですね」
冬になりラーサーがやってきた。
寒いので二人で暖炉の前でミカンを食べている。
「冬の収穫時期に間に合ってよかったよ。市場にも出回ることができたし」
「このミカンはどうやって作り出したのですか?」
「魔法で種を作ったんだ。後は土に埋めて通常の作物たち同様に育てただけだよ」
「魔法で種を…流石ですね、アニキ」
ラーサーはミカンを食べながら興奮気味だ。
俺はミカンを一粒一粒食べるのだが、ラーサーは丸ごと1個食べる。
口が膨れて愛らしい顔になるのだが、見ているぶんには楽しいから指摘しないでおこう。
「アニキも間も無く、エレノワール学園に入学されますね」
「んー、とうとう来てしまう」
「嫌なのですか?」
「嫌というか、怖いというか、よくわからないなぁ」
「アニキなら上手くやっていけますよ。
実は僕の実の兄アークも入学するんですよ」
「うん」知ってた。
「それに宰相の娘エリザさんも入学されます」
「うん」やっぱり知ってた。
将来の嫁だもん、その人。
「しかも、平民から10年ぶりに合格者が出ました。我々は家柄パスですが、平民の編入試験は最難関の試験らしいです。すごい優秀な人だとか。確か合格者の名前は…」
「アイリス・パララ」
「そう、アイリスさんです。アニキ知ってたんですね」
「うん、だいぶ前からね〜」
「他にも有力どころのご子息が入学されるそうで、一部では黄金世代なんて既に呼ばれていますよ」
「それより領地を離れるのが不安だ。父さんに任せて大丈夫だろうか」
「大丈夫ですよきっと。ヘラン領の人たちは逞しいですから、きっとトラルさんを支えてくれるでしょう」
「そうだといいけど」
ロツォンさんにたまに様子を見てもらおうかな。
「アニキ、いろいろ考えすぎですよ。アニキの才能があればきっとエレノワール学園での生活も充実したものになるでしょう」
ラーサーは素直にこういうことを自然と言ってくれたりする。
本当の弟にしてやりたい気分だよ。
「それもそうだな。
ミカンがなくなったし、外に摘みに行ってくる」
「あっ、僕も行きます」
「うー寒いな」「はい、寒いです」
「夏になったらヘランへ来るといい。スイカというものを食わせてやる」
「はい!楽しみにしています」
二人で身を寄せ合いながらミカンを摘み取った、寒い冬のごくありふれた平凡な日常だ。
雪が溶け出し、ヘランの土地が呼吸をしだした頃。
入学まで後1ヶ月といった時期に、俺はヘラン領を出発することにした。
ここから学園までは馬車で4〜5日くらいかかる。
学業に専念できるよう辺境の地にあるからだ。
入学一週間前の実力試験までにつけばいいのだが、ギリギリだと毎年学園付近で大名行列ができるらしい。その行列を待つのは嫌だし、早く行って環境に慣れておくのがいいだろうという考えのもとの早めの出発だ。
「クルリちゃん、立派になって」
母が息子の旅立ちで涙を流している。
「クルリよ、存分に勉強してくるがよい。領のことはすべて父に任せておけ」
父が胸を張って見せたが不安この上ない。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺は最低限の挨拶を済ませ、馬車に乗り込んだ。
従者に声をかけ、馬は駆け出した。
学園では寮生活になる。
学費も食費も国からお金が出るため、自分で負担するようなものはほとんどない。
それでも貴族故に皆プライドのため結構な額を持ってくるらしいが。
俺も一応結構持ってきた。
こんなに持ってくるつもりはなかったが、最初はもしものときのためのお金を準備した。
次に、やはり欲しいものがあれば買いたいし、友人との付き合いで金も必要になるだろうと思い金を積んだ。
夏季休暇と冬季休暇には帰ってこれるのでそこで補充もできる。
それ故あまり大金は積まなかったのだ。
しかし、出発の朝領民たちが「最近儲けすぎているから」と俺のためにお金を持ってきてくれた。額がまた半端じゃない。
断ろうとしたが、父親がもらっておきなさいと一声かけてきた。なんだか父親がいつもより大きく見えた気がしたが、気のせいだろう。
領民にお礼を言い、そして両親たちと別れの挨拶を済ませて、現在に至る。
そういえば、ラーサーも見送りたいと言ってたが、第一王子より優先されては困ると断っておいた。
流石にその度胸はないからな。
4,5日の旅になるが、退屈しないように書物はたくさん積んでおいた。
それ以外にも有名な観光地は下調べしておいたので、近場を通ればそれも見ていきたいと思っている。
それと意外だったのだが、うちの父親は結構なグルメだといことが旅の前に発覚した。
旅の地図にポイントポイントで目印を付け、おいしい料理屋がある場所を記したものをくれたのだ。
「それで退屈な旅もすこしはいいものになるだろう」とのことだ。
初めて父親が父親らしかった瞬間でもあった。
なにはともあれ、旅というのは悪くない気分だ。
従者と会話をすることはほとんどないが、窓の外をぼんやり眺めているだけで、目の前には次々と知らない景色が飛び込んでくるのだ。
全てが新鮮。この言葉に尽きる。
4、5日程度何事もなくとも、これなら飽きはしないだろう。
家を出発して5時間くらいたっただろうか。
外は日が真上まで昇り、空気がカラッと乾燥し心地のよい風が吹いている。
そんな中、従者が声をかけてきた。
「クルリ様」
ん?そういえばもうすぐ、父親が記してくれた最初の料理屋があるはずだ。
もう着いたのだろうか。
「どうした」
「この先に大きなバッグを背負った女性がいるようですが」
なんの変哲もない光景な気もしたが、窓から頭を出してみてみた。
確かに少しまだ距離はあるが、木陰で座り込んでいる女性がいた。
日に当たって、体調でも悪くしたのだろうか。
馬車が近づくにつれ、その姿はだんだんと鮮明になった。
そして、それに比例するように俺の心臓の鼓動は早まる。
間違いない。
あの黒くきれいな髪、どこか見ていて安心する整った顔立ち、いかにも平民そうな装い!
間違いようがないほどに、そこにはアイルス・パララが座り込んでいた。
なぜか俺は馬車の中に隠れてしまっていた。
こんなところでサブキャラの俺がメインヒロインに出会ってしまってよいものだろうか。
いや、ダメでしょ!
「どうなさいますか、クルリ様」従者がせかしてくる。
もしかしたら、本当に体調を悪くして休んでいるのかもしれない。そんな、か弱き女性を見捨てていいのか?
それもダメでしょ!
俺は意を決して返答した。
「俺が声をかけてみる」
「はい、わかりました」
従者は馬車のスピードを徐々に緩め、アイリスの前で止めた。
「どうなされました?」なるべく警戒心を与えないように優しく聞いてみた。
「少しばかり歩き疲れて休んでいました。どうかお気になさらないで下さい」
そうか、では!!とはいかないよな、これから同級生になるし。
「もしや、エレノワール学園に向かっているのでは?」
「ええ、よくわかりましたね」
「なんとなく勘が働きまして、私もエレノワール学園に向かっている最中ですので、よろしければ同乗していきませんか?」
「いえ、お構いなく、私は歩いて向かいますので。そのために早めに出発もしていますので。
わざわざ、お気遣いありがとうございます」
歩いてか。半月はかかるぞ。
商人の馬車に乗せてもらうなどの方法もあっただろうに。
そういえば、原作でもアイリスは結構貧しい家の出だったな。ますます、見逃せないよ。
「そんなこと言わないで、旅は道連れって言うじゃないですか。私の名前はクルリ・ヘラン。ヘラン領の領主の一家の人間です」とりあえず、自分は怪しいものではないことをアピールしてみた。
あれっ、黙ったまま返事が帰って来ない。
「・・・・、ヘラン領って、あの温泉があるヘラン領ですよね!?」アイリスが身を乗り出して聞いてきた。
「そっそうですよ。来られたことがおありですか?」
「いえ、でも花園に囲まれた温泉の話は情報誌で穴が開くほど読みました!!
私の夢なんです、ヘランの温泉に入るのが!!」
温泉の話をもっとしてあげよう。と言ったら、すんなりと馬車に乗り込んでくれた。
学園は寮に住み込みになるから、荷物はどうしても多くなってしまう。
それはアイルスも同様で、おっきなバッグはパンパンに膨れていた。
こんな大きな荷物を背負って、半月か。体力に自信がある男でもきついのではないだろうか。
やはり、乗せて大正解だったよ。あのまま通り過ぎていたら心が痛んでしょうがなかったはずだ。
無事乗せれて、よかったー。
馬車は軽快に進む、アイリスも乗り込んでくれたし、旅は順調である。
「私、将来はお金をいっぱい稼いで、弟たち妹たち、そして両親を連れてヘランの花園に囲まれた温泉に入るのが夢なんです」
アイリスは目をキラキラさせながら話している。
「それは光栄だな。将来と言わず同級生ならいつでも招待するけどね」
「それは悪いです。それに夢は自分で叶えるものですしね」
「それもそうだ」
「クルリさんも今年入学なんですね。確か温泉を掘りだした人物だと情報誌で読んだことがあります。
そんなすごい領主様と同級生だなんて光栄です」
「いやいや、そんな大げさなものなんかじゃないよ」
それよりも将来王子と結婚するかもしれないあなたのほうが俺にはとんでもなく偉大な人物に見えます。
「わざわざ平民の私を馬車に乗せてもらってありがとうございます。この恩はいつかお返ししますので」
「気にしないで、4日間一人で退屈な旅をせずに済みそうで逆に助かったよ」
恩はぜひとも没落時に返していただきたい。
「私、貴族の学校の人たちってどんな人たちだろうと不安でしたが、クルリさんを見る限りもっと前向きに考えてもよさそうな気がしてきました」
「それはいいことをしたようだ。
それじゃあ、うちの温泉の話でもしようか」
「うん、お願いします!」
相変わらず目がキラキラしている。話がいが出てくるじゃないか。
やはり、近くで顔を見るととてもきれいな顔立ちをしている。
以前王妃様を見たが、若い分アイルスのほうが美しさが上だ。
これじゃ、王子たちが取り合ってもおかしくはないな。
「もう情報誌で読んでいるかもしれないけど、ヘランの温泉はなんといっても美肌、美白に抜群の効果があるんだ」
「うんうん」アイルスは興味深々だ。
「花の成分がそうさせるんだけどね、さらに最近すごいことが判明したんだ。うちの優秀な領民のロツォンさんが見つけたんだけど、実は温泉のお湯は飲んでも体にいいことが判明したんだ」
「ほんと!?そんなの初めて聞いた!」
「だろ?これが今徐々に流行りだしていて、もうすぐ国中にもこの情報が広まるだろう。
そしたらまた観光客が増える増える!我が領は儲かる儲かる!」
「すごーい!私、聞かなきゃよかったかも、もう行きたくてしょうっがないよ」
「来たかったらいつでも来たらいい。最高のおもてなしをするからさ」
「うん。ありがとう!」
二人で興奮さめやらぬまま、温泉の話を延々とした。
つい調子に乗って、領内の自慢などもしてしまったが、それも全部聞いてくれた。
やっぱり、王子が惚れる女はスゲーよ、器が違うぜ!
「クルリ様、トラル様が記していた店が間もなく見えてまいります」従者の声で会話は中断した。
「ああ、もう着いたか」
アイルスとの会話でしばらく時間がたつのを忘れてしまっていた。
本当に旅は道連れがいるのがいいことを体感した。
「アイリス、馬車からおりて昼食にしよう。父さんおすすめの美味しい料理屋がこの先にある」
「いえ、私お金をあまりもっていないので。それに学園までの旅路の保存食も持ち合わせていますから」
「もちろん、ごちそうさせてもらうよ。
さぁさぁ美味しい料理を食べながら、ヘラン領の自慢話でも聞いてよ。それが飯代ってことで」
「いえ、本当にいいんです」
アイリスは首を横に振っている。
「馬車に乗せてもらっただけでも大変ありがたいことなのに、さらにご飯をごちそうしてもらうなんて。
そんなにいっぱいじゃ、恩が大きすぎてとても返しきれません!」
これには少し笑ってしまった。こういった価値観が王子たちをメロメロにしてしまうのか。
俺も好きな女の子ができたら参考にさせてもらおう。
「行こう」
「本当にいいです」しばらく腕の引っ張り合いをしたが決着はつかない。
こうなったら話してしまおうかな。
話していいのかな?
ていうか、こんな出会い方自体がイレギュラーだし、もう好きにやらせてもらおう!!
「しょうがない。アイリスに大事な話がある。本当にここだけの話だから他言無用でお願いしたい」
「なに?急にどうしたの?」
俺がかしこまったから、アイルスは少し不安そうな顔をした。
「学園での君の生活はあまり楽しいものにはならないかもしれない。
あくまで、かもしれないだ。
でも、きっと君は平民だからいろんな不当な差別を受けるだろう」
「うん、なんとなくそこら辺は想像つく。でも私そういうのにも負けずに頑張るって決めたから。
将来いい職見つけて家族を養っていくのが私の最終的な目標だから」
偉い!!いい子だよこの子!!
「そっその、君を差別する人物なんだけど・・・。目の青い魔女が主犯になる、と思う・・・。」
「と、思う?」
「いやいや、まぁそいつは平民への差別がすさまじいからきっと君への接し方も嫌なものになると思うんだ。そして、そいつが実は・・・」
「実は?」
「俺とは切っても切れない縁の人間でして・・・。
つまりは、そいつが迷惑をかけるだろうから、その分俺が償いますってこと!
身内のものが迷惑をかけたらあ身内が処理するのは当たり前だろ!?
そういうことだよ。今のうちのいっぱい償いをさせてくれ!」
「んー、あいまいな話でよくわからなかったです」
「まぁ、もういいや。とにかく昼食に行くぞ!!」
「いかないです。これ以上は私申し訳なくてクルリさんに今後顔向けできません!」
「できるから!」俺は一生懸命アイリスの手を引いた。
「できません!」アイリスは必死に抵抗した。
「俺一人だけおいしもの食べてアイリスは保存食って、そんなの楽しい旅にはならないだろ?」
「私のことはいいんです。もう十分助かってますから!」
「お二人とも、さっさと行きますよ」従者の冷静な一声で俺たち二人の引っ張り合いは終わった。
「ほらっ、いくよ」
アイリスはようやく観念して来てくれた。
「本当においしいよ!父さん!」
ちょっとだけ疑っててすみませんでした、父上!