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5章 3話

朝、重要人物を待つ間に訃報が入った。

「ボス、枯れ爺が逝っちまった。最期に初めて笑顔を見せたらしいぜ。あんたに感謝も述べてたとか」

「そうか。冥福を祈ろう。ここでは死んだ人はどうするんだ?」

「今までは新入りに適当に埋めさせていましたぜ」

「東エリアに新しくできた空間に共同墓地を作ろう。これも分担で仕事だ。あと、温泉には正式に『枯れ爺温泉』と名付けること。あれは彼の功績だ」

「はい、皆に伝えてきますぜ!!」

最近取り巻き達もイキイキしているのは気のせいだろうか。

枯れ爺はどんなことをして、この地下牢獄に入ったのだろうか?今となってはわからないが、最後に一緒に風呂に入ったあの顔は、とても囚人のものとは思えなかった。気の良い爺様、そんな感じだったのだけれど……。来世ではまともに暮らしなよ。


「ボス、ガルドミラとサイシンの二人を連れてきましたぜ!」

急に彼ら二人が呼ばれたことで、良からぬ疑惑を生んだのか、取り巻き達が勢ぞろいしていた。彼らの存在が俺にとって重要なことを察しているかのようだった。


「俺たち、殺されるのかな?」

流石に動揺を隠せないガルドミラ。

「ああ、恐らくな」

『銭ゲバ』の方は腹を括った顔をしている。


「そんなおそろいしいことはしないよ。俺は一度もそんな命令を出していないし」

「そうか……。あんたスゲーやつだとは思っていたが、やっぱりスゲーやつだったんだな。来て2週間でこの地獄の牢獄を完全に掌握してやがる。こんな曲者だらけの場所でよ」

「いいから。俺の聞きたいこと、分かってるよね?」

ちょっとだけ苛立っていた気持ちが伝わったのか、二人とも乾いた空間の中にも関わらず、体を動かした後のように汗を流している。


「……俺からいいか?」

ガルドミラが話すようだ。

「どうぞ」

「あんたには悪いと思ってる。それに自分の潔白を証明したい訳じゃないが、事実だけ述べる。信じてもらえるかはわからないが」

「いいから、話してみて」

こんなに人相の悪い連中に囲まれたんじゃ、流石に彼でも話しづらそうだが耐えてもらうほかない。俺は彼らの行いによってここに居るのだから。


「俺はよ、ハンター仲間を斬った罪でここに入れられた。あんたのくれた剣でな。そういうことになっているのだが、俺はやってねーぞ。その剣に操られて同僚を斬ったと、無理やり自白された。3日間拷問まがいのことをやられたんだ。仕方なかった……」

「実際はどうなんだ?」

「もちろん心なんて操られていない。最初は否定したが、操られたというまでひどい目を受けたんだぜ?事実はよ、同僚の部屋に入った時、既に同僚は背中を斬られていた。倒れた同僚を抱き寄せたとたん、扉をぶち抜いて衛兵がなだれ込んで俺は捕まった。俺とあんたは完全に嵌められたんだよ」

「嵌められたか……」

「すまねぇ。だが、ああいう証言をするほかなかったんだよ……」

拷問まで受けたのなら仕方がない。全ては俺を嵌めるため……。なんとも手の込んだことで。


「じゃあボスは無実の罪でここに居るってことですか!?」

やたら慕ってくる取り巻きが激おこだ。まぁ落ち着け。

「『銭ゲバ』あんたの話も聞きたい。あんたは大事な弟子を斬ったんだろう?」

「……」

俯いて、話す気がないといった感じだ。だから腹を括っていたのか。


「ボス、俺が話させてやりますぜ」

「いや、いい。俺の剣に人を操る能力などない。そんなことは分かりきっている。知りたいのは、なぜ弟子を斬ったかだ。あんたには多くの目撃証言もあるらしいじゃないか」

「……」

変わらず沈黙。

「話す気はないらしい。ガルドミラさん、あんたが本当に無実ならいつかは出られるだろう。俺だって無実を証明してここら出ていくつもりだし」

「そうか?それはありがたい。また上でも宜しく頼むぜ」

「そうだな。一旦お帰り願おうか。『銭ゲバ』、俺にはあんたの行動の理由を聞く権利があるはずだ。何よりあんたの証言でここに来たからな。捕まったことはもういい。大事なのはこれからだ。俺も、あんたも、やり直したいのならな……」

結局それからも何も言わず、強面の取り巻きに連れ去られるように部屋を出た。話す気がなにのなら、それもいい。他をあたるだけだ。


午後、共同墓地の制作作業は捗どった。なんだかんだ、枯れ爺に感謝している人物は多かったらしい。出来上がった墓地は質素なものだったが、派手な場所を望むような人じゃなかったろう。安らかに……。


やはり、一仕事後の風呂は最高だ。

一人になりたくて、皆が寝静まった夜中に風呂に入った。

この枯れ地にはちょうどいい少し温めの湯。今日は月が綺麗に見える。


チャポンと湯が音を立て、波を立てた。

傍らに、『銭ゲバ』いた。彼も遅めの湯につかりに来たのか。


「いい湯だ」

「そうだな。外と何にも変わらないくらい快適だ」

「鍛冶ができないくらいしか不満がない」

「それは結構デカイ不満だな。お互いに」

聞きたいことは山ほどあるが、話してもらえないんじゃ仕方がない。

湯をのんびり楽しむことを優先しようではないか。せっかく雲がかかっていないお月様があるのだから。


「なぜ、こんな監獄に墓を?ここは私のようなどうしようもない屑ばかりだというのに」

「……ないよりはマシだ」

「そんなものかね。来たときは地獄だったが、新しいボスになってからは快適な生活を送れている。感謝しているよ」

「別に感謝なんていらない。全員が働いている結果だ。この温泉も一人じゃ掘り起こせなかった」

「君はいつでも達観しているな。自分のやっていることの凄さもわからず」

「別に凄いことはしていない。できることをやっているだけだ」

「……話したいことがあるんだ。いまさら話したところでどうかなるとは思えないが」

「ん?聞くよ、いい気分だし」

『銭ゲバ』が何度も何度もためらいながらも、ようやく決心して話し始めた。俺の求めた剣の話、彼のためらっていた真実の話。


「君の打った剣は完璧だった。いつか抜かれるとは思っていたが、まさか一日で抜かれるとは思っていなかった。まさか……だろう?そんなこと誰が思うよ。一日だぞ!?ふざけている!」

……なんかすんません。ほんとすんません。

「私はそれを認められなかった。認めていいはずはなかった。あんな完璧なものを見せられては、私の4年間は何だったんだ、ということになってくる」

……返す言葉もありません。

「私は現実から逃げたんだ。君の剣を見なかったことにした。心から消し去った。しかし、弟子が……二人きりになった時に、私に告げて来たんだ。この領域に到底到達することは不可能だと。間違いなくクルリ・ヘランが最上の職人だと、そう言ってのけた。その時、自分でも抑えきれない怒りが爆発した。持っていたその剣で弟子を斬った。本当にどうしようもないほどの怒りだった。……激しい嫉妬というやつだな。私はその恥ずべき心を隠すため、ダータネル家の甘く暗い誘いに乗った。君の剣に心を操られたという言い訳をしたんだ。自分の嫉妬心を隠すために。幸い弟子は助かったが……、私は間違いに間違いを塗り重ねてしまった」

「……そうでしたか」

「君の剣は完璧だった。更に上も目指せるだろう。ここを出たら、もっと上を目指してほしい。いつか辿りついた場所を私にも見せてほしい。私はまだまだ出られそうにはないが……」

「真実を聞かせて貰えて良かったです。これからは自分の腕にもっと自信を持ってみます。そしたらこんなこと、もう起こらないかもしれない」

「君はそんなことを考えなくていい。これは完全に私の過失だ。心の弱さが招いた結果だ。君はただまっすぐ上を目指してくれるだけでいいんだよ」


今日の風呂はいろんなものを洗い流せた気がする。

それは『銭ゲバ』も同じだったみたいで、随分とスッキリした顔をしていた。

「明日からは元気に働けそうだ」

彼のその言葉が随分と心地の良い響きをしていた。

もう彼に対する怒りも欺瞞もない。自分の潔白が分かった。

これで俺もようやくダータネル家と戦える。さて、長風呂はよそう。


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