5章 2話
「ボス、木板の解体が全部済みました」
ボス……。ドゥーラスのこと?
いいや、そんな遅れた情報じゃこの牢獄では生きていけない。ボスとはこの俺、クルリ・ヘランのことだ。猿山のごとく、ボスを殴り飛ばして再起不能にした後、気持ちがいいくらいに取り巻き共は態度を急変させた。指示によく従う。彼らも悪いことしてここに入れられているし、こき使うだけ使ってやるつもりだ。
「全部済んだのか。136号室に全部運んでおいて」
「おいっす!」
「ボス!」
今度は別の取り巻きから。
「なんだ」
「ベッドや書棚、書物もございますが、それらも全部運びましょうか?」
「ああ、全部136号室に。ソファーもね」
書物まであったか。これは一気に牢獄生活が楽なものになってくるぞ。
しかもベッドまで!ふかふか具合によっては、もはや牢獄ではなくなってしまうぞ。
「ドゥーラスの野郎はどうしてやりましょう」
「怪我の治療はしてあげて。その後は態度次第かな」
賄賂を貰って俺を害そうとした奴だ。もちろんただで許すわけにはいかないが、知っていることも多いだろうから、有効に扱わせて貰うのが一番いい。特に、ダータネル家に買収されているであろう看守とのつながりは大事だ。
あるだけのものを全部136号室へと運び、まずは壁づくりから取り掛かる。元大工がいたので、仕事は基本彼に任せる。人相は悪いが、腕は悪くない。
その間、俺は部屋のレイアウトを。ベッドは窓の側で、ソファーは部屋の真ん中あたり、書棚は奥にひっそりと。うん、いいね。後は窓際に花とか欲しいな。
「ボス、そろそろ昼飯の時間です。ボスからお召し上がりください」
「今日から俺がボスだ。ルールを変える。飯は全員に平等に配るように。あと、牢獄内の仕事も分担しよう」
「いいんですかい?ボスから好きなだけ食べていいんですぜ?」
「いいから。今日からはなるべく全員平等だ。破った者には鉄拳制裁を」
「おいっす。全員に知らせてきますぜ!」
飯を独占するつもりもなかったので、何気なく決めたルールだったが、これは牢獄内では大改革だったらしく、すれ違う囚人に次々と感謝の礼をされた。
全員礼をしながらも、視線を合わせてこないのには違和感を覚える。何か、ボスというのは異常に恐れられていることを知った。この牢獄の中においては凄い肩書を得たようだ。ソファーと壁板が欲しかっただけなのに……。
そこからは快適だった。ソファーもベッドもある。
日の出ている明るいうちに本を読み、日が暮れれば俺も牢獄内の仕事をこなす。食事は質素で少ないが、そんなに食べる方でもないので心地よい充足感で終えることが出来る。
なんていうか、結構幸せだ。
飯は貰えるし、読みたい本も結構あるし、日の入りも申し分ない。
あれ?普通に快適だぞ!?
「皆は普段何をしてるんだ?」
「自分らは、いままでは新人いびりなどをしてましたが、クルリボスになってからはそういう指示がないので皆暇してますぜ」
「他の囚人たちは?」
「いままで汚れ仕事を押し付けられてましたが、今は皆でやってるので、結構全員が暇してますぜ」
うーん、そりゃ退屈で生きがいがないな。
なにか遣り甲斐のあることがあるといいのだが……。
「よし、明日から新しいことを始めよう。俺もそろそろ本を読むだけにも飽きてきた」
「おっ、何をやるんですか?」
「シャベルとかつるはしをみつけたが、あれは何に使ってるんだ?」
「へえ、昔まだ看守がいた頃に、あれで壁を掘ってこのホールを拡大してたんでさぁ。今はもっぱら武器として使われてますが」
「よし、明日からそれを再開しよう。負荷がかかり過ぎないように、一日数時間だけにしよう」
「へえ、しかしボス、何のためにそんなことをするんですかい?正直意味がわかりませんぜ」
「言っちゃ悪いが、いや、はっきり言わせてもらう!お前らはなんだか腐っている!囚人どうのこうのじゃない!本当に腐っている!人間働いて、食って、寝る!このサイクルがうまくいってようやく、充実した生活が送れるというものだ。お前らの顔には、人相が悪いどうのこうのより、まず生気が薄い!最低だ!まともな生活をして正してやる!」
「へ、へえ……」
次の日、囚人全員が集まった。
取り巻きに数えさせたところ、全員で369名。働けないものは除いて、それ以外は壁を掘ることにした。
「ここは乾いた土地で、不毛の土地だ。開拓していっても意味はないと思われるが、そんなのやってみなければわからない。とりあえず、壁を掘っていこう。生活圏も増えるし、何か見つかるかもしれない。何より、お前たちの顔は死んでいる。働いて、その充足感を味わうがいい!」
囚人の誰かが手を上げた。
「発言許す!」
「ボスさん、食事を平等にしてくれたのはありがたいが、肉体労働が入ったらとても足りない量ですぜ」
「心配するな。看守と話をつける!」
おおっ!という歓声が上がった。今度のボスは看守と渡り合えるらしい、と彼らが嬉しそうに話し合っていた。
と言う訳で、ホールの開発作業が始まった。
辺りで生き生きとした声が響き渡る。うん、なんだか、ようやく生きた人間に出会えた気分だ。
「ボス、ドゥーラスが来ました!」
「そうか、通せ」
どうやら、新ボスに忠誠を誓うと決めたドゥーラス。なら、精一杯活用させて貰うとしよう。
「ボス、以前の非礼はお許しください。自分もまだ若かったもので」
「それはもういい。それより、外と連絡が取れる手段があるんだろう?物資を届けてくれる人物もいるらしいし」
「はい、一週間に一度まとめて食料が届けれれる日の夜、買収された看守が降りてきます。外との連絡や物資はそこから調達できます」
「それはいつだ?」
「今日です。はい」
いいタイミングだ。その不正に染まった看守。天罰はいつか与えるとして、今は活用させてもらおうか。
昼間の活動で疲れ切った囚人たちが寝静まった頃、昇降機から一人の男が降りて来た。買収された看守だ。いつもの通り、彼はドゥーラスの住む部屋へと向かう。
そこで気が付く。あの一軒だけまともだった家が、今じゃあばら小屋になっていることに。
「これは、一体何があった?」
応対したのは取り巻きの中でも一番人相の悪い男。
「ボスが入れ替わった。今日からは俺がボスだ。約束のものを出せ」
「ああ、そうなのか。ほら甘味と書物とそのほか酒も……」
中身を見て、全部あること確認する。
「ボスが変わってもダータネル家との取引は続けさせてもらう。今後もよろしく頼むぜ」
「ああ、そういうことならこちらも楽でいい。それより、頼んでいた件はどうなっている?あの新しく入った貴族様の様子は」
「そりゃもちろん予定通りだ。これほどにないくらい程踏みにじっているぜ」
「そうか、そりゃ報告のしがいがある。様子も見させてほしいのだが」
「いいけどよ……。本当に見てみたいのか?ああ?」
「……いや、やはりやめておこう。やってくれているのならそれでいい」
ここで、影武者ボスが大きくため息をつく。わざとらしく、とにかく大げさに。
「ところでよ、報酬なんだが、ちーとな。不満があるんだよ」
「なんだ?与えるものは与えているじゃないか」
「これからはもっと食料が必要だ。それも遥に大量にな」
「そんなことを言われても困る。ダータネル家にも聞いてみないとわからない」
「うるせー!!いいから食料をもっと大量にもってこい!出ないとあの貴族様への洗礼もやめにするぞ!」
「それじゃあ約束が違う!お前たちが甘い蜜を吸えるようにすればいいという約束だったじゃないか。大量の食糧なんてどうするつもりだ!?」
「食うんだよ!いいか?次からは大量の食糧だ。お前がダータネル家に交渉するんだ。出なきゃ、交渉は決裂だからな。いいか、週二回、大量の食糧を持ってこい!」
「わっ分かった。相談してみるとしよう。貴族の件をしっかりしてくれていれば、なんとかなる交渉だろうよ」
買収された看守は帰っていった。人相の悪い囚人に散々脅されたあげく。
影武者はよく働いてくれた。
近くに潜んでいた俺のもとへと駆けつけてくる。
「ボス、あんな感じで良かったでしょうか?」
「ああ、良かった良かった。これでちょっと食料も充足するんじゃないだろうか?明日からまた健全に働けるというものだ」
結果を言うと、交渉は上手くまとまった。
貴族の件をしっかりしていてくれれば、今後も取引は続くとのことだ。貴族の件とはもちろん俺をボコボコにすることだろう。適当に報告してればそれでよい。
新しい食料も平等に分配し、監獄内の労働はより一層はかどった。
それが一週間も続いたころ、ほとんどの囚人の顔に生気を感じるようになった。
やはり、人間には規則の正しい生活が必要なようだ。
これによって、更に感謝される日々が来る。最近は目も見てくれるようになった。
なんだか今までの人生で初めて生きている感じがする、ということを良く言われる。健全は素晴らしきかな。
「ボス、枯れ爺が面会を求めてますぜ」
「誰だい?枯れ爺さんって」
「この監獄の最古参ですぜ。なんでもボスに大事な話とかで」
「いいよ、通してくれ」
部屋に入って来たのは本当に枯れた細木ように爺さんだった。栄養状態が悪いのか?その割には背筋はピンとまっすぐだった。
この人が最古参の人か……。なんだか貫禄がある。
「ボスに感謝を述べたい」
枯れた声で、いきなりそう述べて来た。
「別に感謝されるようなことはない。俺の居心地が良くなるようにしただけだ」
「そうですか。それでもありがたい。ここの連中はワシを含めて大半がどうしようもない屑ですが、その屑にも生きがいを与えて、人にしてくれたことに感謝したい」
「そういうことなら感謝を受け入れるよ。そんなことより、何か用事があるんだろう?」
「ああそうじゃ。新しいボスに恩を返したくての。役に立つかどうか怪しいが、実は少し変わった土がある。ワシの部屋002号の壁は湿っておるのです。ずっと黙ってきましたが、あそこの土だけは少し違う気がするのですよ」
「ほう、興味深い。002と言えば、西方面か。今掘っている東方面とは真逆だ」
「はい、どうかボスの指導の下、西方面の土を掘ってみてはいかがでしょうか。何か面白いものが出るやもしれません」
老人、いや長者のいうことには耳を傾けてみるものだな。実にいい話が聞けた気がする。
次の日、早速西側の壁を掘らせることにした。
枯れ爺さんの言っていた通り、掘れば掘るほど、この枯れ地には似つかわしくなほど土が湿ってきているらしい。この新しい発見が、さらに皆の労働意欲を掻き立てた。
労働時間が終わっても、まだ掘りたいという連中ばかりだ。
次の日に疲労を残さないことを条件に、やりたい者だけやってもいい許可を与えておいた。
その次の日だった。
変化は突如訪れた。
俺もつるはしを両手に壁を掘っていたのだが、近くで悲鳴じみた声が上がった。
「あっつ!!」
「何があった!?」
「なんか一段と湿っていたところを集中的に彫っていたら――ああああああああ!」
一瞬地面が揺れるような感覚に襲われた。
そして、ゴゴゴゴゴゴゴと轟音がした後、壁から強烈な勢いで熱湯が噴き出した。
「に、逃げろー!!」
「「「おいっす!!」」」
騒ぎが収まったのは昼頃だった。
看守も地上から覗くし、囚人たちも遠巻きにそれを見ていた。
「温泉だ!」
不思議な縁だ。掘れば温泉が湧く。どうやら俺はとんでもない運を持っているな。
「よし、垂れ流しはもったいないし、明日から整備にかかるぞ!」
がぜん皆にやる気が沸いた。
穴を折り、石を敷き詰め、そこに湧き出る湯を張って、この地獄のクダン監獄に温泉を作った。
なんということか、もの凄く快適なものだった。風呂なんて何年振りか、何十年ぶりの者もいた。全員が本当に生き返ったような顔をしている。なんだか、ここに来たことも悪くない気がしてくる。皆が眩しい顔をしてくれていた。
温泉はあまり広くないので、順番だ。俺の順番が回って来て、一緒に枯れ爺さんたちと入った。
「あんたがボスになってくれて、本当にいいことだらけだ」
「そうかい?この温泉はあんたの手柄だと思うけど」
「いいや、あんたの手柄じゃ。ワシは30年前から知っていたが、あんたは知ってから一日でこの極楽をもたらした。ああ、ようやく生き返った気分じゃ」
俺も生き返った気がするよ。
始めはどうなることかと思ったけど、今はそんなことどうでもいい気さえする。
「あんた何をしてこんなとこに入ったんだい?全くここにくる人間とは思えないのじゃが」
「いろいろあってね。あっ、そうだ。大切なことを忘れてた」
なぜ入ったかって?そりゃ嵌められたんだけど、ここにはあの人たちがいるじゃないか。
俺は取り巻き達に伝えて、ここに居るはずである『銭ゲバ』サイシン・ウプストルと、ハンターガルドミラを呼び寄せることにした。
彼らから、真実を聞かなくては……。