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5章 1話

王都の端も端。いや、王都圏の外と言い直したほうがいいのだろうか、とにかくクダン監獄は人の生活の輪から外された渇いた地に建てられている。

建てられていると言っても、それはほとんど人工物ではない。王都の近くに、クダンホールと古くから呼ばれる巨大な窪地がある。円形状に、平地から30メートルも凹んだ土地だ。その窪地は壁がほとんど90度の崖状なので、その中に囚人たちを入れておくだけで捕囚することが可能となる。

ここに入るのは、犯罪者の中でもかなりいわくつきの連中ばかり。

世間を震撼させた連中の輪に、無事俺も仲間入りと言う訳だ。

一時収監のわりに、最高に厳しいところに入れられたのには疑問が残るが、ダータネル家の財力がものを言ったのは想像に難くない。

はぁ、国王様や王子たちは俺を見捨てたのだろうか?そんな気がしてならない。彼らがもっと声を大にすれば、俺の処罰ももっと軽いものにできたのでは?

結局俺はそれほど価値のない人物だとでも?


まぁいいや。今は待つしかない。証拠集めとやらが公正な裁定のもと行われていることを願うとしよう。

それより、父さんたちは大丈夫だろうか。何かと俺の罪を派生させて迷惑をかけられてはいないだろうか。

……結構もろい人だから心配だ。


「他のことを考えるより、下でどうやって生きていくか考えた方が身のためだぞ」

「ありがたいアドバイス、どうも」

先ほどまでかけられていた手錠を外され、地下行きへの昇降機に乗せられた。壁沿いに昇降機が張り付いており、見た感じ、この地上と地下を行き来するにはこの昇降機を除いて他に方法は無さそうだ。

「もう一つアドバイスをやろう。食料は週に一回全員分をまとめて穴に入れる。中の連中と分け合って食べることだ。看守としての経験だが、先達には逆らわない、これが一番だな。しばらくは、飯にありつけないだろうが、耐えることだな」

「俺は無実ですから、どうせすぐに出ますよ」

「そうか。だが、短期間でも貴族様が耐えられる環境とは思い難いな。そもそも貴族様がこの監獄に入るのですら何年振りか……。目をつけられないようにすることだな」

優しい?看守さんに別れのアドバイスを貰い、昇降機は地下へと下って行った。地上がだんだんと遠くに見える。30メートルというのは結構な高さだな。

壁もとっかかりがなく、登れそうにない。なんだか、永遠に這い上がれないのでは、という不安な気持ちが襲ってくる。

ああ、もう一回、もう一回だけでいい。一目あの人の顔を見たかった。そしたら、地下の生活も平気なものだったろう。それと何か甘いものを食べておくべきだったね。無性に恋しい。


ガタッと衝撃と、強烈な音がして、地下への到着を知らせてくれた。

昇降機周りにある鉄柵を看守が開き、俺は収監された。

これから、しばらくお世話になるホームステイ先だ。あいさつはしっかりしなきゃ。

昇降機は衛兵をだけを乗せて、地上へと戻っていった。もう、後戻りはできない。そんな感情を押し付けられたようだ。


監獄の中はかなり広い。わかりやすく言うと、地上にいた時の目測で東京ドーム2個分はありそうなほど広かった。これならお隣さんのイビキに悩む必要もなさそうだ。

それにしても、土と、鉄柵と鉄板の屋根でできた部屋しかない粗雑な空間だ。ベッドも、ソファーも、もちろん美しい絵画もない。最悪だけど、まぁいいか。今しばらくの我慢だ。


さて、俺の部屋は136号室らしい。囚人と何人かすれ違い、自分の部屋を探し当てた。136号室ももちろん、鉄柵でできた部屋であり、床は土まみれの埃臭い部屋だった。

しばらくお世話になるし、まずは部屋の掃除かな。幸運にも両隣は空室なので過ごしやすそうだ。


そこらへんに落ちている布切れなどで床や鉄柵を磨いて、最低限の衛生環境は整えた。室内では靴を脱いで、とりあえず、堅い床に横になってみる。汚れることはなくなったので、いいのだが、壁が鉄柵で外から丸見えなので落ち着かない。さっきから何人か人相の悪い囚人が側を通っては覗いてくれるんだよな。すごく居心地が悪い。よし、なにか壁になるものを探そう。ボロでもいいから大きめの布でも落ちていたら最高だ。それこそ望み薄かな?


と、靴を履いて探索をしようとしたところ、最低に人相の悪い囚人の集団がこっちに向かってきているのが分かった。先ほどからすれ違っている囚人はどれもこれも一人で過ごしていたが……。彼らは見るに10名以上いる。どこの世界でも集団で暮らすと便利なのだろうか。一部では集団生活が行われているのかな?


「136号、ここか」

俺の部屋の前で立ち止まると、部屋番号と顔を確認された。

どうやら目的物が見つかったらしく、彼らは俺を囲む。俺に用事だったか……。で、何か用?

「言っておくけど、キャンディーはないよ?」

「そんなものいらねーよ。ボスがお呼びだ。ついて来い」

「今から壁になるものを探す予定なんだけど、ボスさんのところにはある?」

「知らねーよ。いいから来い。抵抗するなら無理にでも連れてこいと言われてる。わかるな?」

わかるな?ってすごまれても。そりゃわかるけどさ、引っ越し初日は忙しいのよ。そこらへん、わかるな?

半ば強制的に、がたいのいい男に両肩を掴まれて連行された。

「あのさ、ここ乾燥してるから水が欲しいんだけど、ボスさんに言ったら分けてくれるかな?」

「いい加減にしねーと強制的に黙らさせるぞ。わかるな?」

わかるな?ってそりゃわかるけど。ここ本当に乾燥してんだって。喉乾くでしょ。わかるな?

しばらく歩いて、むさ苦しい男が離散したかと思ったら、どうやらボスさんのところへ到着らしい。

おいおい、何だこりゃ。鉄柵だけで無骨な部屋ばかりかと思っていたら、目の前の男が座っているのはどこから調達したのかわからないが革製のソファーではないか。

しかも、後ろに見える部屋は壁があるぞ。これまたどこから来たのか、木板でできた壁だ。しかも広い!なんだあの快適そうな部屋は。


「後ろの建物が気になるか?」

ソファーに座ったボスっぽい男がそう聞いてきた。なぜ部屋の外にソファーを置いているかは気になるが、後ろの部屋が気になっているのは事実だ。

ボスの後ろに極悪顔の囚人が10名ほど控えており、更にこの空間を下っ端ぽい囚人が30名ほどで囲んでいる。

「後ろのは昔看守が使っていた建物だ。俺たちが反乱を起こして、今じゃ牢獄内に看守はいない。地上から、我関せずの状態だよ」

極悪顔に囲まれた男は、そのなかでは一際体が細く、顔もどこにでもいそうな一般人風な顔をしていた。この人がボス?そうは見ないけど、人は見た目に寄らないのも事実だ。


「136号、貴族様のクルリ・ヘラン殿だろう?」

「あ、そうです。もしかして顔見知りですか?」

「いいや、俺はこの監獄のボスをやらせてもらっている、ドゥーラスだ。他国のスパイだったけど、捕まってそれ以来ここで暮らしている。あんたのことはある人から聞いている」

「ある人?」

「そう、ある人だ。ここの監獄はな、囚人たちが自治しているから、独特のルールがある。まぁ言ってしまえば、俺がルールそのものなんだが、入ったからには従って貰わないといかない」

「ある人?」

「そこはもういい。ルールってのは簡単だ。新人の身分は下も下。食糧は残ったものだけ、排せつ物の処理、その他もろもろ、仕事はいっぱいあるぜ?」

どこの世界も新人に厳しいことにも変わりがないらしい。あー、早く出ていきたい。


「ただ、あんたは別だ」

「まさかのVIP待遇?」

「ある人からのお願いでね。地上からいろいろ届けてもらっている礼もある。きちんとやることやらないとね。あんたには地獄を見せるように言われている。なにもかも踏みにじるほどやっていいとのお達しだ」

「ある人なんて隠さなくてもいいよ。どうせダータネル家の人でしょう?フレーゲンからのお願いかな?」

「あら、知ってんだね。そうそう、いろいろ貰えるし、あんたには気の毒だけど、仕方ないよね」


話はもう必要ないかな。もともと新人としての待遇も受ける気はないが、そういう特別待遇があるのなら尚更従う訳にはいかない。

「全てお断りだね。決めた、平和的に行こうと思ったけど、もう猫被るのもやめた。とりあえず、あんたの座っている柔らかそうなソファーと後ろの家の木板を剥がして俺の部屋に持っていくと決めた。脅迫して来たのはそっちからだから、こちらも強引に行かせてもらう」

そこまで言うと、ボスさんは大笑いしだした。

本当に普通な感じの人なので、笑うとただ単に優しい人に見えてくる不思議。もしかしたら、諸々くれるのかもしれない。


「ここじゃ貴族様の権力は振るえないんだぜ?そこらへん分かってる?おい、誰かやってやれ」

「じゃあ自分が」

一際体つきの逞しい男が前に進み出た。やるってそういうことでいいんだよね?……受けて立つよ。

「へへ、こういう楽しみを人に渡してたまるかよ。俺はこういう餓鬼を叩きのめすのが大好きなんだ」

「そう。俺はあんたの汚い顔を叩きのめして綺麗にしてやる達人だから、安心してかかってきなよ」

安い挑発に乗って、突進して来てくれた。

現状一対一なだけ良心的だな。それもどこまで続くか……。


なんどもつきだしてくる激しい突き。それを見極めて、要所要所で急所にカウンターのジャブを合わせていく。

大分体があったまってきたころ、拳が横腹に突き刺さり、一人目撃破。涎まみれで倒れた大男を払いのけて、次を要求した。

「よしっ、いい感じにあったまって来たし。次、次!」

ボスが口笛を吹いた。ニヤリと笑い、次を向かわせてくる。

次はいっきに5人か。まぁ悪くない。まだまだいけるだろう。


拳を何度か貰ったが、一人目、二人目とのしていく。倒れる男どもが涎まみれになっている辺り、自分のパンチの正確性に感動するほどだ。だんだんと楽しくなってきた。いいね、久々にやれるだけやれそうだ。

三人目の顎に膝を叩き込んで、倒れたところで、一瞬鋭いものを感じた。

直感は正しかったようで、どうやらボス、ドゥーラスが魔法を放ったようだ。鋭く尖った氷の氷柱が大量に飛んでくる。感づいたし、反応も出来たが、敢えて俺はその全部を体で受け止めた。

「なっ!?」

道楽に飽きて、自ら手を出してきたボスだったが、どうやら驚愕におののいているらしい。

「なんだよ、先に魔法を使うのかよ。あんたから魔力が一段と多く流れていたから使えるのは知っていたけど、ピンチになったらこちらから先に使ってやろうと思ったのに」

「馬鹿な!?なぜ立っている!?なぜ無傷でいる!?全部当たったはずだ!」

ボスがたじろいだ。無理もない。魔法は全部直撃した。かわすことだってできたけど、敢えて受けてやった。むしろ、俺の体質上受ける方がプラスに働いたりもする。つい先日知った事実だけどね。


「あのさ、俺、どうやら魔法が効かないんだよね。それどころか、魔法を受けると自分の魔力が爆発的に増えて抑えきれないって言うか。ほら、まずいな、もう抑えきれないほど魔力が高まっている」

「馬鹿な!?なんだこの魔力量は!?一体どうなっている?」

流石に魔力が見えるだけあって、この事実に驚愕している。ボスがボス足りえたのは、魔法が使えて一番強かったからだろう。じゃあ、俺がそれを上回って、更に強いことを示せば、つまりは俺がここのボスだ。別にボスなんてなりたくはないけど、ソファーと木板は手に入れたい。ボスになれば可能だろう。


「風よ巻き起これ。このうざったいゴミどもを巻き上げ、薄暗い地下へ再び叩きつけろ!」

大漁の魔力を使い、それでもまだまだ溢れるほどあるのだが、巨大な風魔法を起こした。辺りにトルネードが出来上がり、3,40いた取り巻きの囚人たちを全員飲み込んだ。空中に投げだし、今度は地下へと吹き付ける風に変換させて叩きつける。

悲鳴が上がり、もはや立てる者はいなくなった……ボスを除いて。


「巻き込まなかったのは偶然じゃないよ。あんたは特別だ。俺の手でぶん殴ってやろう」

「や、やめろ!俺のバックにはダータネル家がいるんだぞ!いいのか!?わかってるのか!?」

「いいよ。そのダータネル家とは既に戦争中だ」

「おわわわっ!? やめてくれ! そんなので殴ったら死んじまうぞ!!」

俺は残りの溢れる魔力を全て拳に込めた。炎魔法へと変換して、右腕全体を覆う巨大な炎と化したそれを、思いっ切り現ボスの顔へと叩き込んだ。


ふっ飛んでいくドゥーラス。もうしばらくはまともな生活は送れないだろう。そして、今日から俺がボスだ。悪いね。


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