4章 26話
『銭ゲバ』に招待されていることを思い出し、彼の経営する鍛冶屋へと赴いた。この王都において、『鉄脳』ゴーメン・アレスシックさんが経営する鍛冶屋に次ぐ規模の鍛冶屋らしい。それでいて、利益は断トツらしいから、彼の才能というか逞しさというものがいかに凄いかが伺える。
店の外装や周りの建物からそこら一帯は違っていた。貴族街に近く、貴族街にも劣らない清潔さや治安の良さ。『銭ゲバ』の経営ポリシーが垣間見える雰囲気の場所だった。
「久しぶりに二人一緒だね」
アイリスがそんなドキリとさせるセリフを言うものだから、馬車から降りる際に躓いてしまった。転ばなかったのは普段の鍛錬の賜物だ。鍛錬してないから、普段の行いが良いから運よく転ばなかったのかな?善行もしてないかな……。じゃあ、偶然だ。
アイリスは本日休みを貰っている。ラーサーが最近忙しいものだから、俺が彼女を連れ出したわけだ。珍しくアーク王子もアイリスの側に居なかった。あの人がアイリスの休暇を知らないはずはないのだが……。それほどに緊急の用事でもあったのだろうか?
「なんだか、鍛冶屋っぽくないよね」
いくつか支店があるらしいが、本店の目の前の建物はアイリスの言う通り俺の知っている鍛冶屋ではない。ここが宝石屋といわれても信じるだろう。奥の見えない部分は流石に煤まみれだろうが、この表向きの顔は綺麗なことこの上ない。
「おや、『華麗なる踊り子』ではないですか。来てくれたのですね。それに隣の人物は、本物の踊り子のようなみずみずしい美女ですな」
店舗に入るなり、カウンターで金勘定をしていた『銭ゲバ』と目があった。通り名の通り金勘定が得意そうだ。髪は綺麗にオールバックで整えられたインテリ風な30代の男。会議の日に見たまんまの姿がそこにある。
従業員に仕事を引き継ぎ、俺たちへの接待に切り替えてくれた。案外律儀な人だ。
「いやはや、本日は客の入りがいいと思っておりましたが、これまた上客が来られた」
「客じゃないんだけどね」
珍しいものを見せてくれるって言うから来たんだよね。アイリスにもそう伝えてあるし。
「客とは、私にはとっては将来的に利益を与えてくれる方も含まれるのです。あなたが私にいいインスピレーションを与えてくれる可能性がある限り、やはり私にとってはお客様です」
「そうですか……。でも、今日はどっちかというとこちらが吸収しに来たんだけどね。珍しいものを見せてくれるって言っていたから」
「はい。用意してありますよ。というよりは、以前よりずっと稼働させているプロジェクトがございます。それをあなたにも見せたくてね」
彼が不敵に笑った気がした。商才逞しい彼が自信をもって言うのだから、珍しいものを期待できそうだ。
珍しいものといえばもう一つある、アイリスも結構この分野に興味を持っていることだ。店の展示品を見る目が、ただ眺めている人物とは一味違う光を放っている。さて、彼女のお眼鏡に敵う商品はあったかな?
俺たちは客間に通された。しかも、高級な紅茶まで出される。
普通の鍛冶屋にはない設備ばかりだ。茶なんて出れば奇跡と言ってよい。
「貴族の客が多いように見えたが、こういった設備も貴族用に拵えたのですか?」
「ええ、そうですよ。腕の良し悪しだけで勝負する時代は古いと思うのです。うちが繁盛している理由の一つに、過去の古臭い概念を壊したところにありますね」
店の外観に気を遣う時間があるなら腕でも磨いていろ! という我が師匠のような頭の固い人が多い鍛冶業界においては異端だが、それで成功しているのだからやはり正しさは一つではないということだ。
「剣を毎日使う仕事は限られてきます。貴族様方はその剣の良し悪しよりも、見た目重視な方が多いです。それに店が汚いと自分で足を運ぶことを恥と考える方もおられます。我が鍛冶屋はそういったニーズに応えているのですよ。まぁ、うちに質の悪い商品はございませんが」
この人の言うことは正しい、気がする。こういう店を求めている人は実際多い気がする。大先輩の意見を聞けれていい経験になったのだが……俺のやりたい仕事とはちょっと違うな。
“本物”と呼ばれるものを作りたい。たとえ高価でも、何代でもその家に大切にされるような剣を打ちたい。装飾の宝石で輝いていなくても、わかる人にはわかる輝きで勝負したいのだ。根本的には、俺も古い部類の職人になってしまうのかな。
「『華麗なる踊り子』はこちらの道は好まないようだ」
「顔に出ていましたか?」
「いいえ、でも客のご機嫌を窺うのが得意なもので。お連れ様も好きではないようですね。女性には非常に評判の高い店だと自負しているのですが……」
アイリスも不満足?あれほど熱心に商品を見ていたのに。『銭ゲバ』は流石に大経営者なだけあって、そういった感覚に鋭いようだった。
「うーん、クルリの剣の方が好きだな」
ハッキリというアイリスは大好きだが、こう目の前に優劣をつけられた相手がいると流石に怯んでしまう。流石です、アイリスさん。
「はい、剣の質では、間違いなく『華麗なる踊り子』が上だと思いますね。十傑委員でも私は一番下でしょう。しかし、価値観は人それぞれ、私の剣を最上とおっしゃってくれる方も多い。私はその方々と商売をすればいいだけの話。だから、申し訳なく思わなくてもいいのですよ、『華麗なる踊り子』」
やっぱり感情は筒抜けらしい。それにしても、どこまでもあっさりした人だ。普通は自分の腕に疑問を持たれたら、感情に少しばかりの波が立っても仕方ないのだと思うのだが。
「私はね、いちいち小さなことに傷つく軟なハートは持ち合わせておりません。しかし、ここまで上り詰めたのは少なからず負けず嫌いな気持ちも持ち合わせているからです。いくらでも金は稼げるが、私だって鍛冶職人として頂点から眺めてみたいと思うこともある。しかし、私は既に限界が見えているのが事実ですよ」
「そんなこと……」
「あるんです。しかし、頭を使えばその溝を埋めることも不可能ではないとも思います。珍しいもの……あなたに見せたかったものがその答えなのですよ」
『銭ゲバ』の顔はどこまでもイキイキとしていた。彼が抱える秘密、俺に見せたいもの……。
「これより先は秘密のエリアになる。まだ世間には出回っていないものですよ」
店の奥へ奥へ、俺たちは案内された。大きな店舗だとは思っていたが、なんど扉を潜ったことか。
着いたのは、一見普通の鍛冶場。特に秘密がどうとかっていうのは見当たらない。
「場所に秘密はないのですよ。我々がやっている、といっても知っているのは私を含めて後は弟子の3人だけなのですが、今そこにある剣、見ていて何か違和感を覚えませんか?」
壁に掛けられた完成品の剣。
何が違うって……もしかして……。
「「魔力が流れている?」」
アイリスと同時に気が付いた。その剣には魔力が流れているのだ。
「はい、その通りですよ。流石に貴族様なだけあって魔法に精通していらっしゃる。その剣には魔力が流れている。なぜならば、魔石嵌めこまれているからです」
「剣に魔石を?」
魔石の知識に詳しくはないが、魔石とは人の体に身に着けるものだと理解している。それを剣に?確かに珍しいけど。
「私は自分の腕の限界を誰よりもいち早く気づけた。あれは今思えば幸運でしたね。私の腕で『鉄脳』やほかのメンバーの打つ剣を超えることは不可能です。ただし、同じ道を行けば、の話ですが」
「その言い方だと、魔力の流れた剣はそれほど凄いものなのですか?」
「ええ、それほどに凄いものですとも」
かけてあった魔力の流れた剣と、もう一本普通の剣を取り出す。
普通の剣の方が質は良さそうだ。彼はその二本をお互いにぶつけた。
折れてかけらが飛んだのは……普通の剣の方。剣の質では優っていたはずなのに。
「これが魔力を流した剣の威力です。あなたの目にはどちらが質のよい剣かわかったでしょう?でも結果はこの通りです」
「……なんていうか、凄い。本当に凄いですよ。商才だけじゃなく、あなたは鍛冶師においても本当の天才のようだ」
正直驚いている。こんなものがあっただなんて。そしてこれを思いついた『銭ゲバ』の発想力も凄い。
「でも、これを俺たちに見せても良かったのですか?まだ商品化している訳じゃないのに」
「構いませんよ。もちろんあなたが帰ってから作るのも自由です。ただ、到底売れる物ができるとは思えませんね」
「何か、秘密でも?」
「もちろんです。鉄の中に魔力が通る魔力回路を作る必要があるのですが、それがいかに難しいか。やってみればわかります。これがいずれ商品化して世間に出回った時、多くの鍛冶師がこちらの道に流れるでしょう。そしてこの分野でもいずれ私を抜く逸材が出てくる。特にあなたとかね。しかし、それはそれでいいのです。私の限界がそこですから。大事なのはこの魔法剣を完成させた人物として名を残せれば、それでいいのですよ」
なるほど。生みの親として名を残すか……。
確かに、まだいい物が出来ていないのに、時期を焦って発表してもそれはいかがなものなのか、ということになる。普通の剣の方が凄いものがあるなら、魔法剣は値段だけ高くて、大して価値のないものになるだろう。
魔法剣で、現存する最高の剣を凌ぐ一本が出来てこそ、その存在に意味が出てくる。だから、当分の間、その領域に踏み込めないだろう俺にこの情報知らせてもいいというわけか。
「この剣が今できている最高のものなのですか?」
俺はさきほどぶつけあって、元気にその存在感を放っている魔法剣をもう一度眺めた。
「これがベストと言う訳ではないですが、そもそも使えるようにするのが難しいので、実用できているこれでもかなりいいものですね」
彼が指をパッチンと鳴らせば、しばらくして戸から若い職人が剣を抱えて入って来た。唯一魔法剣の制作に関わらせている弟子の一人だろうか。
「これが弟子のつくったものです。魔力は流れていますが……」
彼はその剣を素振りしてみせた。何度か繰り返していると、剣がぽきりと折れた。先ほどの完成品とは天と地の差だ。空気を斬っているだけで折れたんじゃ、実用できるはずもない。
「弟子のうち、一番出来のよい彼でも3年でこの出来です。それほどに難しいのですよ。現状、使えるものを作れるのはこの私を除いて他にはいない」
「3年……」
俺が師匠のところで修行した期間より長いとは驚きだ。
一番の弟子で、この結果か。
「あなたも3年やっているのですか?」
「私はもう4年ほどになる。形が見え始めて弟子たちにも教えた。初めて使えるものが出来たのはちょうど3年経ったころだな。今は更なる質の向上に努めている。魔石回路を通しつつ、いつも通りの腕前を出せれば私は鍛冶職人として一気に頂点に踊りでる。そうは思わないかい?」
そう思います。凄い技術だよ。ワクワクしてきた。いち早く、俺も取り組んでみたい。まさか、こんな大きな収穫があったとは。もっと早く来たらよかった。言っても仕方がないことだけど。それより、今出会えたことに感謝しよう。
「君はいつか私を抜くだろう。しかし、数年間はこの私が先頭を行かせて貰うよ。もちろん、私の弟子たちがリードする可能性もあるが」
「俺、もう帰ってもいいですか?」
「ああ、早く打ちたくて仕方がないといった感じだな」
「アイリス、ごめん。と言う訳で、今すぐ帰りたいんだけどいいかな?」
せっかく連れ出したのに、俺の都合で帰るなんて彼女に申し訳ないことだらけだ。でも、アイリスは笑って許してくれた。
「そっちのクルリの方がいいよ。いきいきしてて。私もその魔法剣づくりに立ち会ってもいいかな?」
「もちろん!」
急いで帰った。帰り際にラーサーが紹介してくれた魔石ショップで魔石を購入した。堅牢さがプラスされる魔石だ。普通は身に着けて、怪我から守る物なんだけど、剣の堅牢さを上昇させるために使わせていただく。
王城に帰って気が付いたんだけど、鍛冶場ってあるのかな?スパティフィラさんに聞いたら、ある、との回答があった。あるんだねぇ。意外だよ。
「まさか、クルリ様が働くのですか!?」
「なに、その超意外そうな反応は……」
「アイリス様がお休みで、クルリ様が仕事をなさるのですか!?」
「再確認しなくていいよ。あとアイリスと比較しないで」
アイリスと比較すると人類の大半は怠けものになってしまう。
王城にあった鍛冶場は、無駄なくらい広くて清潔だった。あまり使われていないな。
火を灯していく。各種道具のメンテナンスを行い、場があったまって来たところで魔石と鉄の加工に入った。
魔石の魔力は人の体には流れやすいが、実は物質には流れづらい特性があるらしい。鉄なんかは意外と流れない。しかし、珍しい鉄があって、魔力を良く流す鉄がある。それを材料として使う必要があるのだが、これがかなり厄介らしい。
その珍しい鉄、実はもろく、加工が難しく、おまけに錆びやすい。屑鉄として有名なものだ。俺も何度か目にしたことがある。買うなら、本当にはした金で買えるものだ。
二種類の鉄を混ぜて作るのだが、中にこの魔力を通す鉄を、外に使いたい鉄を。
この合わせ技がかなり難儀で、『銭ゲバ』は完成に3年もかかったらしい。
さて、俺はどのくらいかかるかな。気長に行こう。きっと、いつかは俺だって完成させられるはずだ。
魔力を流す鉄を芯部分として鍛錬していく。次に、その上に上質の鉄を打つ。今のところ……なんだか、うまくいっている。
剣部分の鍛錬が終わり、最後に柄の部分と繋げる。柄の部分には魔石をはめる場所を用意して、魔石を嵌めたら完成だ。
……確かにかなり難しい。……でも、実力の八割は出せた気がする。魔力が流れていることを考えれば、普段作っている剣と性能差はないのではないか。
いや、流石にそれはない。いくらなんでもそんなうまい話はない。
あの天才『銭ゲバ』が3年もかけて完成させたものを、たった一日でなど不可能だ。
「素人目で申し訳ないんだけど、凄く出来がいいと思うよ」
側でじっと見守ってくれていたアイリスが完成を待って口を開いた。
はは、素人だな。そんな訳がない。俺はこの分野ではまだひよっこもひよっこ。ピヨピヨ。卵の殻すら取れきっていない状態だ。ああ、そうか。お世辞を言ってくれたのか。アイリスってそんなことを言う人だった?
「そんなにいいものじゃないと思うよ。俺はまだまだ首を突っ込んだだけ、素人もいいとこだ」
「そうかな?すごくいいものに見えるけど……」
そこまで褒めてくれるのか。
そうだ、使ってみれば分かるだろう。
一振りしてみたら、剣が粉々になるかもしれないし。いや、そうなるだろう。きっとそれでアイリスも納得してくれるはず。
……振っても振っても壊れそうにない。あれれ?おかしいなぁ。
本当におかしいぞ。なんか変な汗が出てきた。
「壊れそうにないね」
「……そうだね」
だって振れば振るほどなんか剣が魔力に馴染んできてより輝きを増してきたぞ!?これはいかん。
そうだ、実戦で使ってみれば分かるはずだ。絶対にまだ使えるものじゃないんだよね。
誰かに使って貰ったら真実の結果が分かっていいじゃないか。
その前に、不良品を使わせる訳にもいかないので、少しテストを。そこらの衛兵が使っている剣をアイリスに、先ほど打った魔法剣を俺が手にして打ち合った。アイリスに未完成の危ない剣を使わせるわけにはいかないので俺が魔法剣を使うべきだろう。
……粉々にしてしまった。衛兵の剣を。弁償しなきゃ。なんだこの剣、強すぎて怖い。
ギリギリで、本当にギリギリで、一応実践でも使えるっぽい。しかし、恐らくだが耐久性がダメに違いない。そうなんだよ、まだ一本打っただけだもん。そんないいものが作れるはずはないさ。
以前、アイリスと魔物を狩った時に知り合ったハンターのガルドミラさんのところへと足を運んだ。彼に先ほど打った剣を無料で授けることにした。
「お?いいのか?なんかいわくつきか?」
「そんなものじゃないです。その剣を思いっ切り、本当に思いっ切り使って貰って感想を後日知らせてくれるだけでいいんです。本当にそれだけで。でも、きっとすぐにダメになると思います」
「なんだ?よくわからねーが、見た感じ悪いものじゃねーな。剣は消耗品だ、いくらあってもありがたい。使ったら感想を教えてやるよ」
感想じゃなくて苦情になると思うけどね。それじゃ、苦情、楽しみにしているよ。
……、後日来たのは『スゲーよ!あの剣スゲーよ!マジスゲーよ!』という文章の半分がスゲーよという単語で占められた手紙だった。貰っていいかと言われたが、そこは授けたものだ。いまさら返せとは言えない。でも欠陥があるはずなんだ。細心の注意をしてくれたら使い続けても構わないとだけ返事をしておいた。
……汗が止まらない。おかしいぞ、何もかもがおかしい。
そうだ、ビギナーズラックというものだ。きっとそうだ。そうに違いない。そのはずなんだ。
あれから『銭ゲバ』より便りがあった。
君のことだからあれから毎日打っているのだろう?成果を少しでも見せてくれないか?というものだった。
実は怖くなってあれから一本も打っていない。
スパティフィラさんに働いたのは一日だけでしたか……と呟かれる始末だ。
そうだ、きっと二本目は上手くできないだろう。それに、『銭ゲバ』に見せたらきっと粗を見つけてくれるはずだ。
「よし、もう一本打つ」
「ようやくだね。クルリ、あれからなんだか怯えていたから、再開してくれるのは嬉しいな」
俺、怯えていたのか。そりゃね、気持ちに波は立っていたかな。
鍛冶場へ行くと言ったら、スパティフィラさんが卒倒しかけた。
「まさか、またお働きになるのですか!?」
俺をなんだと思っているんだ。敬愛するラーサー王子と奇跡的に仲が良くなった穀つぶし程度にしか思っていないかもしれない。
振るえる手をリラックスさせて、2本目の魔法剣を打ってみた。
確かに、相変わらずかなりの難易度だ。
……あれれ?おかしいぞ?実力のほとんど全てを出し切れたぞ!?
魔力が流れてなくてもかなりいい剣になるぞ!?これ!!魔力が流れていることを考えると、今まで作った中でも最上の部類に入ってしまうぞ!?
いや、きっとそれは誤解だ。そうだ、『銭ゲバ』の意見を貰おう。
「……うっ」
彼は手が震えていた。唸るような声を漏らしてもいた。鼻水も漏れていた。脚がガクガクしている。もう一度震えなおした。唸るような声を押し切れない。鼻水が溢れ出す……。以下省略。
「すごいよ。……まだまだ、だがね!」
「そうですよね。まだまだですよね」
「……この剣、いただいても?いや、有償で引き取らせてもらいたい」
「そんな。アイデアは貰ったものだし、どうぞ持っていってください。まだまだ売りに出せるようなものじゃないし」
「売りに出せるようなものじゃないか……。堅牢性を高めた剣だね。その部分だけを取り上げれば、世界に二つとない剣だと思うが……」
彼は手が震えていた。唸るような声を漏らしてもいた。鼻水も漏れていた。脚がガクガクしている。もう一度震えなおした。唸るような声を押し切れない。鼻水が溢れ出す……。以下省略。
世界に二つとない?
そんなことないはずだが……。
もしそうなら、騎士団長から依頼されている剣にピッタリじゃないか。まだ、わからない。なぜここまで出来てしまったのか。正直、自分の才能というものを、俺自身が一番見失っているのかもしれない。
そして、後日俺は知ることになる。
才能は一種の毒を秘めたものだと。おそらく、他人に対してはそうである。
俺はこの剣を『銭ゲバ』に見せるべきではなかったのだ。だったら、どうしろと?
結局俺は自分自身を信じきれなかったのだ。信じ切っていれば『銭ゲバ』の言葉にすがる必要もなかったし、彼を狂わせることにもならなかった……。