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4章 22話

「へへっ、今日は休みなの」

目が覚めると、ベッドの横に美少女が座っていた。

窓から差し込む光が彼女を照り付け、余計に笑顔が眩しい。

朝一に見る光景としては最高だ。

「おはよう、随分と嬉しそうだね」

「うん、頑張って働いた後に得た休暇だから、余計に嬉しくって」

「それで、わざわざ朝から俺の部屋に?これはもしかして、どこかに俺を連れて行くつもりかな?」

「うん!でもね、私の案じゃないんだ。ラーサー王子とさっき会ったんだけど、嬉しそうに、今日は凄いとこ行きますよ、って言ってきたんだよ」

「へぇー、ラーサーがねぇ」

凄いとこね……。変な意味で凄いとこじゃないといいけど。

「ん?あまり乗り気じゃない?」

「いや、そんなことないよ。ただまだ眠気が。昨日夜遅くまで仕事していたから」

ヴァインの父君の剣、その設計を先にね。

「すごいね。もう職人さんだよ。転職したら?」

「考えとく」

アイリスを待たせるのも悪いし、とっとと着替えを済ませてラーサーの元へと向かった。


「仮面舞踏会?」

「そうですよ。毎年、この時期に行われるのです。私も興味のないイベントだったのですが、せっかくアニキたちもいるし……。貴族社会に生きる者として一度は参加しておくべきものらしいですよ」

貴族って言うか王族だけどね、君。

アイリスが仕事の休暇を貰ったと嬉しそうに朝から報告に来たかと思えば、今度はラーサーが嬉しそうな顔してそんなことを言う。これじゃ、もう断りようもない。

貴族社会の嗜みに欠けている身としても参加しておくべきなのかな?せっかくの機会だし。


「うーん、二人がいいなら、俺も行くけど」

「本当ですか!?いいですよね、アイリスさん!」

「私は貴族じゃないけど、いいの?」

「もちろんです!そこらへんは上手いことしておきます。それに、元々身分を隠しての交流を目的としていますから。ドレスも仮面も、好きなものをお選びください。この城にはそういったものが山ほどありますので」

確かに、山ほどありそう。俺用のものも用意してくれるとのことなので、ドレスコードには引っかかりそうにはないな。


ちょっと君!なんだね、その煤で汚れた頑丈そうな服は!

パーティーだよ、ここは!パーティー会場だよ、これ!


なんて恥ずかしいことを言われなくて済みそうだ。

慣れない場に行くと、変な妄想が暴れるな。


「では、今から仮面を選びに行きましょう。どうせですし、お互いの仮面は秘密にしましょう。会場で偶然見つけるっていう楽しみが出来ますよ」

「おおっ、楽しそう」

確かに、凄く楽しそう。

でも、一番美人風な人と、一番貴公子っぽい人をみつけるだけでしょ?楽勝だよね。

二人は一番鍛冶やってそうな人を探して、それが俺だから。

「着替えたら、別々に送迎してもらいましょうか。時間はまだまだありますから、それぞれ力をいれて着飾りましょうね」


というわけで、城の中でそれぞれ別にしたくすることにした。

俺の面倒を見てくれるのは、いつも通りスパティフィラさん。初日からお世話になっております。

「すみませんね、こんな娯楽にまで付き合わせて」

「大丈夫です、仕事ですので」

なんか、そんなこと言われると余計に申し訳ないよ。

彼女の案内で個室のドレスルームに通された。


靴から帽子まで様々なアイテムが大量に並んでいる。この中から好きに選んでいいらしい、ちょっと多すぎて困るな。


「タキシードは無難に黒でいいや。サイズの合うものをお願い」

「どうせなら赤とかチャレンジしてみは?」

……マジシャンぽっくならない?

「……採用」

どうせ顔隠すし、いいかもね。

「仮面はどうしようか。無難に目だけが露出した、この白いのでいいかな」

「どうせならもっと特徴的な奴にしてみては?」

「……例えば?」

「そこのクマさんとか」

クマ!?仮面舞踏会でクマの仮面!?

しかも、かなりマスコットっぽいクマのお面だし。


「……採用」

まぁ俺はいわゆる、素人だしね。ここらへんはスパティフィラさんの方が詳しいだろう。変に力が入っているよりかは、クマさんの方が気軽でいいよね。流石!

「あとは、帽子とかかな?」

「そうですね。無難にシルクハットでも被りますか?」

「そうだね、そうしようか」

「それでいいのですか?」

なんで!?薦めてきたくせに。


「どうせなら三角帽子なんてどうですか?パイレーツ風に」

なるほど、奇抜さと可愛さの中に、ワイルドさも入れろと。それに髪色も上手く隠せそうだ。

「……採用」


もはや俺のコーディネートじゃないけど、まぁいいんじゃないかな。これで周りが無難なコーディネートだったらその場で舌を噛む可能性が出てくるけど。

それからも細かいコーディネートをスパティフィラさんが行ってくれた。スマートに、それでいてゴージャスに、それがテーマらしい。若干楽しんで見えたのは気のせいだろうか。


「では、時間はまだありますが、ゆっくり余裕をもって会場に向かいましょう」

「そうだね、よろしく頼むよ」


馬車を手配してもらい、俺は中から街並みを見ながら会場へ向かった。

アイリスやラーサーは既に向かったのだろうか?

あの二人、どんな格好しているか気になる。


外を見て気が付いたのだが、仮面をつけている人ばかりだった。

貴族だけでなく、今日は王都全体でそういった催しがあるらしい。なるほど、楽しいことは貴族の間だけで隠せるものではないらしい。


仮面をつけた集団が騒がしい市街を通り抜けて、会場となる古い館へと着いた。

入り口付近に人の列ができている。

仮面……ていうか、仮想している人が多い。鳥人間みたいなのがいるし……。

よかった、俺だけが浮く、なんてことにはならなさそうだ。


馬車から降りて、スパティフィラさんとは別れた。終わった頃に迎えに来てくれるらしい。

すまない、と伝えたら、仕事ですからって返された。……申し訳ないです。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

受付で並ぶことしばらく、俺の番がやって来た。

「クルリ・ヘランです」

「ええ、招待客にいらっしゃいます。では、こちらを首からかけてください」

魔石が付いたネックレスっぽいけど、なんだろうか?

「これは?」

「声を変える魔石です。今日だけで効力はキレますが、パーティー中は問題なく使えますので安心してお使いください」


なるほど、声まで変えてしまうのか。

顔に、声、更に女性に至ってはヒールで身長まで変わってしまいかねない。

これは……。多分ラーサーにもアイリスにも会えないな……。

それはそれで、新しい出会いに期待しようかな。


会場に入ると、中は薄暗く、大勢いの人が狭い会場に詰め込んでいた。

皆小声で会話しているはずなのに、中はガヤガヤとうるさい。でも、ステキな出会いをして秘め事を話すにはちょうどいい雑音だ。


さて、入り口でトマトジュースも貰ったことだし……、なぜトマトジュース?

まぁ、まぁ気を取り直して、誰かに声をかけてみようかな。


「あ……あ……」

その前に声の調子を試してみたのだが、渋すぎる。この声は渋すぎるぞ!

マグロ!!とか言ってしまいたくなる。


せっかく美人風な女性がそこら中にいるのに、声のせいでハードルが上がってしまった。

でも、そういうものだし、開き直ったほうがいいのかな?


「すまない。ちょっといいか?」

銀仮面をかぶったスタイリッシュな男性が声をかけてきた。いかにもかっこいい感じなのに、声が高くて面白い。

「なんでしょう?」

やたら渋い声でこたえた。

「あ、いや、すまない、渋い声に少し驚いた」

「そうでしょうな。私も話していて違和感が凄い」

「こちらも高い声にはなかなか慣れなくて苦労している。ところで、少し訪ねたいのだが」

「ええ、どうぞ」

「アイリスという女性に会わなかったか?」


……アーク王子だ、こいつ!!よく見たらあの綺麗な金髪が帽子から少しはみ出てる!

仮面舞踏会に来ていたのか……。

どうしよう、アイリスの場所なんて知らないし、それに協力する気もない。


「……さきほど、話しましたよ」

「それは本当か!?」

「確か気分が優れないとかで、帰ると聞きましたな」

「何!?しまった、既に手遅れだったか……」


おそらくアーク王子である人物は、ていうか確実にアーク王子、側にあった手ごろなソファーに座り、大きくうなだれた。

想像以上に落ち込んでしまった。

なんか申し訳ない。


「……すまない、先ほど話した女性はアイリンという女性だった。アイリスという女性は知らないな」

「本当か?よかった!まだ機会はあったか。声の渋い方、世話になった」

急いで会場の輪に戻る王子。

バイバイ、声の高い方。


面倒くさい男も去ったので、俺は俺で楽しむことにしよう。

綺麗な感じの女性に声を駆けつつ、アイリスとラーサーを探そうか。


会場中を見回す、うーん、顔が見えないので美人風な人ばかりだ。

正直まったく誰が誰だかわからない。


トマトジュースを飲みながら、ウロウロしていく。

そのときだった、ビビッと来た。正に体が叫んだ感じだった。


絶対にこの人は美人だって俺の美女センサーが叫んでいる。

青いドレスに、可愛いウサギさんの仮面をかぶった女性だ。

あの人は絶対に美人だ。

あのオーラは相当な美人じゃないとだせない。もしかしたら、あれがアイリスかもしれない。


「少しよろしいかな?可愛らしいウサギさん」

「あら、渋い声ですね。少しだけならいいですよ、クマさん」

彼女はそのオーラに相応しい、綺麗で済んだ声だった。あれ?魔石使ってるはずだよね?……なんかずるい。こっちは野獣みたいな声なのに。これじゃ美女と野獣、まんまじゃないか。


「美味しそうなウサギさんがいたので、つい声をかけてしまった」

どうせだし、役に徹してみよう。

「ウサギ程度で腹は膨れますか?」

おっ、乗ってくれるようだ。

「量より質を求めるので問題ないです」

「ふふ、では少しだけお相手致しましょう」


彼女が手に持っている人参ジュースと乾杯して、一気に飲み干した。

その仕草、凄く上品で色っぽい。彼女、アイリスじゃないな。アイリスはこんな仕草はしない。本物の、深窓の令嬢かもしれない。


「ウサギさんが一人でこんなところに迷い込んで、少し不用心ではありませんか?」

「あら、わたくし、こう見えても結構強いのですよ?それに逃げ足も速いですし」

「そうでしたか、余計な気をまわしてしまいました」

「そうですよ。クマさんだろうと失礼があれば一撃で倒して差し上げますよ?」

「……気をつけます」

随分と気の強い女性のようだ。実力も伴っているならこれは注意しなければ。不用意に距離を縮めて痛い目を見ることないように。


「ウサギさんはよくこういったパーティーに来るのですか?」

「いいえ、ほんの気まぐれ……と、少しばかりの期待を持って。最近はあまりこういった場には来ませんわ。昔は好きでしたけど」

「昔は?何か変わるきっかけでも?」

「女性は常に変わる生き物ですよ」

彼女の声になにやら切ない感情が乗っている気がする。だれか、探し人でもいるのだろうか?……この会場に。

「ところで、先ほどから視線が落ち着かない人だ。せっかく私とこうして話しているというのに」

「あら、気づかれてしまいましたか」

「私はあなたしか見ていませんから当然気づきます。よければ、一緒に探しましょうか?」

「……」

彼女は空になったグラスをみつめて、視線を再び上げた。


「あなたはそれでいいの?」

「悲しそうな顔している女性を放ってはおけません」

「顔なんて見えてないのに……」

彼女が少しだけ、ほんの少しだけ笑った気がする。そんな気がするだけだ。


「あの方と、もう、しばらくお会いしていませんの。この会場にいるかもわかりません。ただ、王都にはいるらしいのです。ですから、もしやと思い、この場に来ております」

「そんなに悲しまないで。きっと彼もこの会場にいますよ」

「どうしてわかるのですか?クマさん」

「願いは通じるものですよ、ウサギさん」


彼女はしばらく俺の瞳を覗き込んだ。俺の優しい言葉が彼女の心に響いたようだ。少しでも助けになれたようで、こちらも嬉しい。


「……クマさんはステキな方ですわ。あの方と出会っていなければ、クマさんとももっと仲を深められたかもしれません」

「そうですか。ステキな方なのですね。私もこうして他の女性にフラフラしておりますが、実は想い人がいるのです。あなたの気持ちはわかりますよ。私もその方がいなければ、ウサギさんのことをもっと知りたがっていたでしょう」

「……悪いクマさんですこと」

仮面の眉間部分を彼女に小突かれた。軽いお仕置きという訳だ。


「ウサギさん、ささっ、お探しの方はどんな男性ですか?教えてください。きっとこの会場に居るはずですよ」

「そう自信をもって言われると本当に居る気がしてきましたわ。えーと、あの方の特徴……」


聞いておいてなんだが、ここは仮面舞踏会の会場だ。特徴なんてあっても、それを隠す場ではないのか。あれ?これって見つかるの?


「そうですわ。よく袖に煤をつけております」

煤??

「……失礼、そんな方居ますか?ここは貴族の集いの場ですよ?」

「そんなにかしこまらないで。確かにあなたが正論を言っております。ただ、あの方はただの貴族ではないのです。少し……変わっているお方なのです。……それがいいのですけれど」

袖に煤か。随分とやんちゃな思い人のようだ。最期、なんで惚けた。


「こう薄暗くては汚れ程度ではわかりづらいですね。もっと、ほら、わかりやすい特徴とかないですか?」

「もっとわかりやすい……」

うーんと一通り悩み、彼女は答えをひねり出した。


「帽子で隠れてしまってわかりづらいですが、赤い髪をしておりますの」

「……」

「ん?どうしたのです?急に黙って」

赤い髪に、煤か……。心当たりがあります。


「ウサギさん、唐突で申し訳ありませんが、好きな食べ物とか教えていただいても?」

「好きな食べ物?……芋、ですわ」

ビンゴ!


「公式の場ではシフォンケーキ。芋っていうのは仲のよい友達に対しての回答です。同じ芋好きの相手にはもっと細かい品種も答えますわ。……って、ちょっと!!クマさん!?なんで逃げるの!?クマさーん!!」


気が付くと、俺は走り出していた。

逃げる、逃げる。

ビビッと感じたあの美人から逃げる、逃げる!

絶対に美人だと思ったあの女性、エリ……逃げる、逃げる!


思わぬところで、思わぬ人と出会うものだ。

男たる者、惚れた相手がいるならフラフラするべきじゃないよな。とんでもない痛い目を見る羽目になることになるところだった。


逃げおおせた場所で、ふーっと思いっ切り息を吐きだし、もう遊びはお終いとすることにした。

さっさとアイリスとラーサーをみつけて、その楽しみが終わったら一足先に退散するとしようか。

今日はもうお腹いっぱいだ。肝が冷えるとはこれを言うのか。

もう終わり終わり、さて、アイリスとラーサーはどこだ?


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