8話
「やぁやぁ、久々においでくださいましたね、坊っちゃん」
「やぁモラン爺」
「ほっほっ、最近は精力的に活動しているようですな。姿もたくましい青年のそれになってきている。まるで子供の頃とは別人のようじゃ」
流石は歳食ってるだけあって人をよく見ている。
「まぁね。モラン爺の若い頃のように、この地にも結構な活気が戻ってきたんじゃない?」
「私は若いときこの地にはいませんでしたが、たしかこんなに活気はなかったように思います。
まさに今がこのヘラン領が最も栄えている最中ですよ」
「へぇー、今が一番か」
うん、うん、油断はダメだがいい流れなのは間違いない。あとは大きく踏みはずさなければ問題ないのでは?
いまはまだ出会っていない将来の嫁を俺が御すことができれば…
それはまた来春に考えるとしようか。
「久々にね、書庫で魔法書を読もうと思って。ここがやっぱり一番集中できるから」
「そうですか。私がいる間は最高の勉強空間を提供いたしましょう」
「どうも」
「魔法書2は内容も難しくなっておりますが、いかかがですかな?坊っちゃん」
「難しいね。でも4回5回と読み通しているうちにわかるようになってきてるよ」
「それは良いことです。学ぶということの基本を知ったようですな」
「モラン爺ってさ、どこで学識を積んだの?」
「私は独学でただ本を読みあさり、学識をつけているだけの老人です。高齢にして書庫番という仕事を得たラッキーな人物ではありますがね」モラン爺は笑っていた。
「ぱっと俺にこのシリーズの魔法書を手渡すあたり、モラン爺には相当な学識があると思っていたよ。まさか独学とはね。
まぁいまの話を全ては信じてはいないけどね」
「ほっほっほ、あまり老人をからかわないで下さい」
会話を少しばかり楽しんで、俺もモラン爺も自分の作業に戻った。
モラン爺は一日中本を読み漁っている。書庫の本は全て読み終え、何がどこにあるかも把握している。与えられた予算で新書を入手し、読み漁るのが今の彼の仕事であり、楽しみでもある。
老人に幸せがある国はいい国だと聞いたことがある。
それで言うとヘラン領はいい領地ということになるな。
魔法書2の内容は、魔力を本体から切り離した後の維持に主眼が置かれている。
性質変化で生み出した炎も、物質変化で生み出した植物も、魔力が手元から離れてはその形態を長時間は維持できない。
あくまで現状の俺の力ではだ。
魔力が本体から切り離されてなおその姿を維持し続ける。これをマスターすれば魔法書2も完了だ。
内容は理解したし、物質変化で出した植物も独立した物質として維持することに成功した。
今日書庫にきて集中してやりたかったのは、応用編の魔道具政策だ。
主体となる道具に、例えば物質変化であれば鉄から花を咲かせることが可能だし、性質変化であれば年中冷たい鉄なんてものも製作可能だ。
まぁ理論上であって、まだ俺が成功したわけではない。
そこで今日は主体となる道具、リンゴを持ってきた。
加えるのは水の性質変化。
水と言っても、魔力をハチミツに限りなく近い状態に性質変化させ、それをリンゴへと留める。
魔力で作ったハチミツのためリンゴには自然と吸収された。
見た目は普通のリンゴだ。
割ってみるとリンゴから魔力が溢れ出てしまう。
まだまだ上手くいかないようだ。
これが上手くいけばめっちゃ美味いリンゴができると考えているのだが。
モラン爺の教えの通り、これも繰り返しだな。
モラン爺は読書に没頭している。
俺はリンゴに魔力を込め続けた。
「坊っちゃん、一体何をされているのかな?」
「ああモラン爺」どうやら彼の意識が現実世界に戻ってきたようだ。
「応用編のね、魔道具製作を行っている最中だよ」
「リンゴにですか?」
「うん。とんでもなく甘いリンゴを食べてみたくてね」
「ほっほっ、変わったことをやりなさる。
普通、魔道具製作とは指輪や剣、防具などに対して行うものです。
魔道具となった指輪を装備して戦うという使い方、剣に性質変化を起こさせて使うやり方などが一般ですね。
食べものを魔道具にしようというのは初めて聞きました」
「そうなの!?そんな使い方もったいないじゃない」
「ほっほっ、人の考え方はそれぞれ。
ちなみに今回の件に関しては坊っちゃんがイレギュラーですな」
「モラン爺も試したことないの?」
「ないですな。自分で出した魔力を自分で取り込む。ありそうで、なかなか試そうとは思いません。
そもそも魔法を外部に維持できる使い手がそう多くありません。坊っちゃんは既になかなかの使い手ということです」
「へぇ、純粋な魔法による戦闘だと俺はどれくらい強いかな」
「んー、外部に維持できなくとも強力な性質変化、物質変化だけを追い求める方たちもおられます。
戦闘面においてはまだまだですかな。ほっほっほ」
こういった話は他では聞けない。流石のモラン爺といったところか。
「ふーん」
「リンゴできたけどモラン爺もいる?」
夕方頃、2階で読書に勤しむモラン爺の下の一階で俺の製作は完了した。
ほぼ完璧に魔力をリンゴに留めておくことができるようになった。
「遠慮しておきます。老人ですので体をいたわらなければ」
「それ、ちょっと失礼だよモラン爺」
「ほっほっ、じゃあ次は3巻をどうぞ」
モラン爺め、本を投げてくるとスルスルと書庫の奥へと逃げて行った。
とは言ってもいざ食べるとなると、途端に俺も怖くなってきた。
「よし、食べよう」
と何度宣言したことか。
しょうがない。こうなったらあの手だ。
毒味にちょうど最適な人物がいる。
「父さん」
「なんだいクルリ」
暖炉の前でくつろぐ父親を見つけた。
「リンゴをとってきたんだ。とっても甘いよ。
父さんは領主の仕事でいろいろかかえこんでいるだろうしさ、体調崩さないようにしっかり栄養つけてもらいたいんだよね」
「あぁ、クルリよ。お前は本当に親孝行な息子だ。
思えば3年前にリンゴをとるため木に登って、落ちて以来お前は少し変わった。
あれから私はね、りんごを見るたびに「まぁいいから、たべてよ」
「おっおう、わかった」
リンゴを手渡すと、父親は丸被りするのに少し抵抗があったのだろう。
ちらちらとこちらをうかがったが、あきらめてかぶりついた。
「ん!!!うまい!!
なんという強い旨み成分!リンゴはまだ幼くその実の堅さと酸味を残しつつ、完璧までとも言えるほどの甘みを有している。しかもこれがまた不思議とさっぱりした味だ!甘みはいくつもの甘みが混ざっているかのような豊潤さをもっており、口の中に溶け出す果汁はまさに至高の天然スープ!先ほどつまみ食いをしており正直腹は膨れていたが、そんなこともお構いなくこのリンゴはダイレクトに胃へ侵入してくる!もう一つ、もう一つと口が勝手に騒ぐ!もはやこの旨みを口で語るには言葉があまりにも枯竭しているーーーー!!!」
「・・・」
なんだこいつ。腹パンしたい気持ちを抑え、俺は部屋を出た。
そんなにうまいのか。
結局父親がもっとせがんできて、父が騒ぎ終えるまで作ってあげた。
夜になり、風呂を終え自分の部屋に入った。
目の前には今日魔力を込めたリンゴが一つ。
夕食を食べたので正直気は進まなかったが、父親があれだけ饒舌に語るのだ。
一口だけ。
「うまい!!口の中に広がる深い甘みが・・・」
おっと危うく父親の二の舞を踏むところだった。
さて寝ようか。明日もやりたいことはたくさんある。
父親が食べ終わった後にすごく疲労が抜けるような感じがしたと言っていたが、俺は現状そんなことはない。制作段階での違いがでたのか?
まぁ深くは考えないようにしよう。目がさえてしまう。
・・・おかしい。
体が熱い。ランニングした後のように体が熱く、頭は興奮する。
なぜだ!?
一つしかない。リンゴだ!!
ベッドから飛び出し、叫びだしたくなる気持ちを抑え冷静に自分を観察した。
魔力があふれ出している。
体の中から膨大な魔力が洪水を起こしているみたいだ。
自分の魔力を込めた真道具を自分で食べたらこうなってしまうのだろうか?合理的に考えればそれしかない。
魔力だけではない。なんだか俺は今、ベッドを持ち上げられる気がする。そんな気がするのだ!!
「よっと」本当に持ち上がった。
また叫びたくなる気持ちを抑え、ベッドをゆっくりおろした。
俺は今無敵だ!そんな気分にさせられる。
もう今日は眠れっこない。どうせのついでだ。この状態、スーパーモードと名付けよう、を領民のために役立てよう。
領地に観光客が増えだしてから領民は豊かになってきている。領民の移住がここ最近は激増している。
人が増えて困るのは食料問題といつも相場は決まっている。
こんど居住区になる土地のめどはついている。地下水が通っていることも知っている。
ならば井戸だけでも今晩掘っておこう。
「うおおおおお!!」やってやるぜーー!!
「弟よ、なぜ有名な盗賊『黒い影』の我々がこんな田舎のヘラン領に来たと思う?」
黒いマントで体を覆った怪しげな男が口を開いた。
「さぁ」
こちらも黒いマントに体を包んだ、体躯の大きな男が答えた。
「では、今回の仕事を説明しよう」
「ああ、たのむよ」
如何にも物騒な会話をしている二人なのだが、場所は酒場。ふたりの話に聞き耳を立てているような人物はいない。
「このヘラン領はな、歴史上唯一記録が途絶えている土地なのだ。
理由はわからない。しかし、途切れる前の記録はどれもこの地を不毛の地として記している」
「この花咲き乱れる地が、不毛の地か」
「そうだ、歴史上と全く違く姿が現在のヘラン領にはある」
「続けてくれ」
「初代国王、マーレー・クダンがこの地を大層好んでいたのは知っているな」
「もちろんだ」
「その気持ちは熱く、この地で死ぬことを望んでいたほどだ。
本題に入る。今回のターゲットはその、初代国王の隠し財宝だ」
「未だ見つからない初代国王の財宝か。それがこの地にあると?」
「歴史から消された記録然り、モランという国王直属の歴史家がわざわざこの地に移住したのもあやしい。極めつけは、領主の息子クルリ・ヘランの動向だ」
「ああ、確か温泉を掘り当てた領主の息子か」
「その通り。やつめ人を雇ってはこのヘラン領を調査しているようだ。先日は自分で地面を奥深く掘り進めていたという情報もある」
「やつは既に場所の目途がたっているのか?」
「それはないだろう。行動に法則性がなさすぎる。おそらくモランから情報を聞き出したか、モランの手先かだろう」
「兄者は場所の検討がついているのか?」
「もちろん。確実ではないが、まぁ失敗すればまた他をあたればよい」
「どこなんだ。はやく言ってくれ」
「灯台元暮らし。宝はヘラン邸だ!!」
「兄者、あれがヘラン邸のようです」
夜中のヘラン邸外、二人の男が忍びこんでいた。
「警備もいないか。正にいなかの領主様って感じだな」
「どこから忍び込む?」
「財宝がたんまりとだぜ?地下に決まっているだろ。地下へと続く扉をみつけろ」
「わかった」
「兄者の言う通りだ」
「地下への入り口が邸の外にあったとはな」
二人の捜索にそれほどの時間はかからなった。この辺りは流石プロの仕事だ。
カギを兄が破り二人は地下への階段を下りた。
夜目もきくだろう、二人に明かりはいらなかった。
「物置のようですね」
「そのようだ、隠し扉があるはずだ」
これまた捜索に時間はかからなかった。
二人の仕事には無駄が一切ない。
「あったが、量がおかしいな」隠し扉の奥にあったのは広い空間に似つかわしくない小さな木箱が一つ。
「どういうことだ兄者!!」
「ここじゃないってことだ。ただそれだけのこと。失敗をいちいち気にするな。
まぁこれはいただいていこうか」
「本?」弟の体躯の大きなほうが言った。
二人の前に木箱から現れたのはたった一冊の本だけだった。
「くそっ、帰るぞ弟よ」
「ああ」
二人の引き際も早かった。
長居は無用。ここら辺が彼らがいままで仕事をしくじったことのない理由の一つであった。
「ちょっと待った!」
今日の彼らはついていない。宝がなかったどころか、地下より這い出たとたん人に見つかってしまった。
「ちっ、みつかったか」
「鍛冶の仕事後はどうも五感がさえわたる。やっぱりあの単純作業が頭にいい影響を与えているのか、それともあの軽快な金属がぶつかり合う音がいいのか」
「こいつ何を言っている・・・ん?
こいつはクリル・ヘランじゃないか?」
「物音がして来てみればネズミが2匹、このクリル・ヘランが召し取ってくれよう!」
「兄貴、こいつ少しテンションがおかしくないですか?」
「そうさ!!今日試しに魔リンゴをもう一度食べたらこの通りさ!眠れないので相手をしてやる!」
「兄貴、ここは俺が片づける。先に逃げてくれ」
「そうは、いかない!水魔法!水沼!!」
クルリの声と共に男二人の足元に沼が現れた。
「水魔法で足元に沼を作ってやった。これで逃げられまい。底なし沼だから、命にかかわるぞ!!
警備兵を呼んできてやるから、おとなしくしていれば刑務所行き、あばれればあの世行だ!」
「ちくしょう」
ああ、やばい。こそ泥二人相手に大量に魔力を使ったが、まだまだ魔力があふれてくるな。
こそ泥二人が盗んだのは本一冊だけだったみたいだ。
それもすぐに渡してきたから、本当に欲しかったわけでもなさそうだった。
『魔法書5』
おお!これモラン爺が貸してくれるシリーズのやつだ。
ほら、著者クリス・ヘランだし。
とりあえず、自分の部屋に置いておこう。
さて、こんな騒ぎでも眠りが覚めない親が心配だが、こそ泥も警備兵に渡したし、また井戸でも掘りに行こうか。
しかし、しばらく魔リンゴは食べるべきではないな。次の日の疲労感がとんでもない。
次の日の酒場。
「聞いたか、昨日クルリ様が『黒い影』の二人を捕まえったってよ」一人の男が言った。
「ああ、今朝情報屋が流してたな。どうやら王都より報奨金がでるようだ」右隣の男が酒を飲み終わると答えた。
「最近はいいニュースばかりで街があかるい。いいことだな」左の男も続く。
「クルリ様は、あれはいい領主になる。この地もクルリ様がいらっしゃる間は安泰だな」
「そうだな。ところで、少しばかり気になることがあるのだが」
真ん中の男の疑問にふたりが反応した。
「なんだ?」
「黒い影の二人組だが、情報屋によればほとんど何も盗らずして帰ろうとしたところをクルリ様に捕まったらしい」
「あの大物盗賊が何も盗らずに!?」
・・・。
「もしかしてよ、領主様の家には金目のものがないのか?」
「確かに贅沢な話は一切聞かないな」
「俺領主様のズボンのまたが破れているのを見たことがある。本人は平気な顔して履いてたぜ」
「んーそれは少しまた別な話な気がする。それは領主様の資質の問題だろう」
「これはどうだ?クルリ様は昔まるまる太っていたらしい、それが今じゃあんなに痩せている」
「おいおい、さすがに食料には困っていないだろう?領主様の一家だぞ!?」
「それもそうか。しかし俺は一度クルリ様と一緒に働いたことがあるのだが。
そのとき見た手はものすごくゴツゴツしていたな。上半身についた筋肉も一朝一夕で着くようなもんじゃない。あれは毎日力作業をしている男の体だったぜ」
「おいおい、それまじかよ。でも温泉のおかげで民衆が潤っている。その分税収も上がっているのではないか?」
「実は税金は一切上がっていない。それにクルリ様は最近土地の開発にどんどんお金をつぎ込んでいる。もしかしたら、俺らの想像もしていないところで領主様たちはとんでもない苦労をしているのかもな」
「くっそ、俺たちばかりが春を謳歌していたなんてな。今度商会長にでも話してみっか」
「そうだな。クルリ様には恩返しをしてやらねーとな!」
「そうだぜ!それがヘランの男気ってもんだぜ!」
はっくしょん!!
「うー、夜な夜なの作業で風邪ひいたかも」
「はっは、クルリは自己管理ができていないな。お父さんは仕事をバリバリこなしているが、この通り元気じゃよ」
「あー流石だね、父さん。そういえばさっき母さんが怒り気味で探していたよ」
「えっ!?じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「あなた!!領内は観光客が増え、領民が潤っているというのに領主の我が家に入るお金はどうしてあまり増えていないのかしら!?」
「そっそれは、いまから増えるはずさ」
「あなた!ちゃんと税金の管理はなされているの!?」
「やっ、やっているに決まっているじゃないか。・・・決まっているじゃないか!」
「そう、ならいいですけど」
「・・・。 さてと、温泉でも行こうかな」