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4章 21話

「昨日こんなものがポケットに入っていた。俺のものじゃないんだが、ラーサーのものだったりする?」

朝食のとき、寝る前に届けられた銀時計をラーサーに見せた。

洗濯係が見つけて、高価そうなものだったため急いで届けてくれたものだ。銀製で、蓋の部分に鷲のマークが精巧に彫られている。


「ぶっ!!」

ラーサーがちょうど飲みかけたコンソメスープを吹き出した。かなり驚いた様子だ。

テーブルナプキンにスープがこぼれ、周りに居た召使いが慌てて汚れを拭った。


「すみません。あとは自分で拭きますので、少し席を外してくださいませんか?」

ラーサーの頼みで4人いた召使いは全員部屋を出た。

慌てた様子といい、二人きりにしたことといい、なにかまずいものでも拾ったか……。


「アニキ、忘れてほしいと言ってももう見てしまったので説明しますね。おっとその前に」

ラーサーが懐を探り、丁寧な仕草で銀時計を出した。蓋部分のマークは違うが形は同じ、銀製の懐中時計だ。


「よかった。どうやら私の落し物ではないですね。この懐中時計は、それこそ国の重要人物の更にほんの一握りが持たされるものです。命の次に大事にしろと教え込まれて持たされましたので、まさか落とす輩がいるとは……。どういうものかは詳しくは言えませんが、どうせなら開いて中を見てください。落とした人物の名前が刻まれているはずです」

おそらく姉上でしょうけど……とボソリ呟いていたラーサーの悲しそうな顔。ラーサーの姉君はマリア様だよね?可憐な乙女だと聞き及んでいるが、ラーサーの気苦労具合からはおそらく評判ほどには可憐ではないのだろう。


「……クルリ・ヘランって彫ってある」

「ぶっ!!」

少し落ち着こうとして飲みかけたコンソメスープを再び吐き出す。今日二度目なだけにナプキンのほうもスープを受け止めるのに体力が尽きそうだった。


「ちょっ、ちょっとお見せいただいても?」

「ほい」

投げ渡すと、ラーサーは全身を使って受け止めた。

「投げてはダメです!」

「あ、はい」

怒られてしまった。

慌てた様子で、それでも事細かに時計を確認する。魔石を鑑定するアイリスの目とどこか似ていた。


「……本物ですね。一体、いつこれを?」

「いや、昨晩ポケットに入っていたらしくて、真面目な洗濯係の人が届けてくれた」

「うーん、何も説明は受けていないようですね。うーん……うーん……私が話してよいものかどうか……」

「そんなに大事なことなの?」

「はい!」


散々頭を悩ませたあげく、決心がついたのかラーサーが俺の眼を覗き込んだ。

「今から申し上げることは、一切他言無用です。例え、アニキでも例外はないです」

「……はい」

「では、お話しますね。この時計、発行できるのはこの国においてただ一人……国のトップである国王様です」

換金したらいくらになるだろう、という邪な考えが一瞬わいたが、押し殺した。


「国王様がなぜこれをアニキに持たせたのかはわかりません。面識はないはずですよね?」

「ない」

これは断言できる。

「まぁ、私の父ながら変な方ですので、あまり深く考えないほうがいいかもしれません。大事なのは、今アニキがその時計を持っていることです。何も聞いていないのなら、むしろ私から話すように仕向けているのかもしれません」

なにやら物騒な話になる感じ?俺としては今日連れて行ってくれるアイススケートの方が興味があるんだけど。美人さんがいっぱいいるっていう情報を片耳に聞いたし。


「これはクダン国が緊急時に効力を発揮するものです。国王様が、国が乱れた時に国を救える人物だと見込んでこれを託すのです。これがあれば身分の証明にもなるし、金、軍だって動かすことが可能です。特権の塊のようなものですね」

「平時は?」

「……無用の長物ですね」

「嗚呼」

「何をガッカリしているんですか……。もしかしたら、ヘラン領での功績や、その他にも判断できるポイントがあり、授けられたのかもしれません。アニキ、重荷になるかもしれませんが、大事に持っていてくださいませんか?」

「うーん、まぁ貰ったものは仕方がない。持っておくとしよう。他人に見せびらかすものではなさそうだし、ひっそりと持たせて貰うよ。緊急時には、猫の手くらいの力しか発揮できないとは思うけどね」

「そんなことはありません。きっと国王様の目が正しかったという結果になるはずです」

なんか出世した気分だ。

悪い気はしない。


国王様に認められたってことでしょ?それはいいことだ。

でも、一体俺のどこを見たのだろうか?ていうか、どこから見ていたのだろうか?

謎すぎる、国王様。


「あら、吹雪いてきましたね」

外はチラチラとした雪から、気が付けば猛吹雪に。スケート日和から鎌倉日和だよ。

雪合戦をしてもいいが、風が強すぎてあらぬ軌道を描いた魔球が誕生しそうだ。


「スケートは中止かな……?」

「残念ですがそうせざるを得ないですね。よければ、今日は騎士兵舎へ寄っていきませんか?彼ら、前々からアニキを出せってうるさいんです」

「え?ボコられるの、俺」

「まさか、歓迎されているんですよ。あまり綺麗な場所ではないので、出来れば案内したくはなかったのですが、こうして時間が出来たのに案内しないと後から更にうるさくなりそうなので」

「なるほど、剣のお礼でも貰えるのかな?」

「そんな律儀な連中ではないと思いますが、まぁ少しは期待してもいいでしょね」


というわけで、プラン変更。可愛い女性たちの踊り場から、むさ苦しい男の詰所へと向かう。

塀の中に城とは別の建物があり、騎士たちはそこにいるらしい。偉い騎士様はそのうち城の中に個室を持てるらしいのだが、あいにくそれは一握りだ。

実力と、家柄が伴っていないと、なかなか厳しい道だとも聞く。


我が友ヴァインも、順調に行っていればいずれはここに来ていたのだろうか。いや、来ていただろうな。そう思いながら、騎士兵舎を見上げた。

中から小うるさい声が響いてくる。男が集まって静かにってことは無理らしい。


「あっ、王子」

兵舎に入ると、一人の青年が王子に気が付いた。歳は20ほどくらいだろうか。俺よりは確実に年上に見えた。


「何しに来たっすか?」

「あなた方が来いとおっしゃるから、来た次第ですよ」

「あれ?てことは、そちらの赤い髪の人がクルリ・ヘランさんっすか?」

「ええ、私のアニキ、クルリ・ヘランさんですよ」

「うぉぉぉぉおおおお。マジっすか!?マジっすか!?マジで来たんですか!?」

彼が騒ぎ出すと、兵舎でくつろいでいた連中も次々と集まりだした。


どいつが!?あの赤い髪のやつ。本当か!?全然印象が違う。若くない?偽物?あり得る。王子が仕立てた偽物だ。詐欺だ詐欺。


言いたい放題だ。見世物じゃねーぞ!散れ散れ!


「みんな落ち着け!まずはわたしが話をする」

群を割って一人の女性が出てきた。

見た感じの印象と、腰に帯びた俺が打った剣。これらから推測するに、彼女はジェレミー先輩のお兄さんが恋した女性だろうか?名前はなんて言ったか?


「わたしはマディ。この腰に帯びている剣はあんたが打ったものだ。実にいい、名剣と言ってもいい代物だ。その腕の高さに皆が噂をしていてな、兵舎はあんたの話題で持ちきりだ。こんな状態になるほどにな」

「そりゃどうも」

こんな状態とはほとんどの騎士が玄関に集まって肌を寄せ合っていることか。確かに剣への熱は凄いようだ。

マディさん、記憶違いじゃなければ、やはりジェレミー先輩のお兄さんの恋人だ。


「そこで、まずは私が代表して言うことがある……。もう一本剣を打ってくれないか?」

はあ!?っと後ろから一斉に驚きの声が上がった。

卑怯だぞ!俺が先だ!金ならある!俺のも作れ!馬鹿野郎!男女!


最後のヤジは許せなかったらしく、それを言った騎士の人はマディさんに殴られていた。

騒ぐ一同の前に、ラーサーが立ちふさがる。

「残念ですが、アニキは休暇中です。仕事の依頼は受けませんよ。今日もあなた方がうるさいから連れて来ただけです。一目見られただけでも幸運に思うことですね。アニキは私だけのアニキです」


ずるいぞ!腐れ王子!面だけ綺麗で腹が黒いぞ!おこちゃまおこちゃま!給料上げろ!


最後のヤジはラーサー関係ないだろ!

そこは別の人に言ってください。そのほかのヤジもラーサーが優しくないと大変だよ!?

優しいことを知っているからこそのヤジかもしれないが。


「ささ、アニキ、彼らに義理はつくしました。戻ってスイーツでも食べましょう」

「あっ待って!」

マディさんが俺たちを呼び留める。何か思い出したかのような顔だ。


「そうだ、クルリ・ヘランさん、よかったらうち等の団長に会っていってよ。ロット団長が会いたがっていたよ。あまりそういうこと望む人じゃないんだけどね、普段は……。珍しいから、つい、まぁ伝えたからね。行くかどうかはあんたの勝手だ」

ロット団長……。

ヴァインの家名がそうだったな。騎士の一家だし、父親で間違いないだろう。


会いたいってなんでだろう?

大事な息子を誑かせおって!!ってな感じで叩き斬られるのだろうか……。だったら行きたくないなぁ。極端な考えになってるな。


「騎士団長の部屋は知っておりますので、行きたくなったらご案内しますよ」

うーん、悩み中だったけど、案内してくれるなら行こうかな?王子の前じゃ、流石に騎士団長も思い切ったことはしないだろう。


「……行ってみようか」

城の一階に騎士団長の部屋があるらしいので、すぐにたどり着いた。

扉をノックする前、若干ドキドキした。“騎士団長が殺す”なんて流行りに反抗した結果にならないといいけど……。


扉を2回ほどノックすると、中か渋い声でどうぞと聞こえてきた。

声の感じがヴァインと似ている……気がする。


「あっ」

部屋の中に入って、いきなりそんな声を漏らしてしまった。

失礼にあたるだろうけど、声を出さずにはいられなかったのである。

なんたって、デカイ!とてつもなくデカイ!巨人だ!食べられる!

ヴァインが2メートルほどの身長と熊のような筋肉を持っていたが、父君は更に20センチほど大きく、その分筋肉のボリュームも増していた。


「すみません、変な声が漏れました」

「気にすることはない。初めて会う方にしては質素な反応なほうだ」

なにか、この人の敏感な部分を見てしまった気がする。意外と自分の体格が他人に与える影響を気にしているのだろう。そういえば、ヴァインもそういうとこあったな。


「叫ばれたこともおありで?」

「……妻と初めて会ったときは叫ばれたな。遠き日の思い出だ」

そうだったんだ。これからハイライトを異国で見られそうですね。


「外からのお客人とは珍しい、もしや、クルリ・ヘラン殿ではないかな?」

「はい、良くお分かりになりましたね」

「噂と、タイミングでそうだろうと予測した。私が会いたがっていると聞いて尋ねてくれたのかな?」

「はい、それも正解です」

「そうか、それはありがたい。会えたら、いろいろと話したいことはあったのだが、いざあってしまうと何から話せば良いのか。すまないな、我が家は代々コミュニケーションが得意ではない」

「ええ」

わかります。その図体でペラペラ軽口を言われても困る。違和感やら、恐怖やら、悲劇的な結果にしかならないだろう。


「まずは、ありがとう、が一番いいかな」

「ありがとう……ですか?」

「そうだな。あの不器用な息子の友達になってくれてありがとうってところか……」

「照れますね」

「……以上だ」

以上かい!!異常だよ!ここで話を終わらせるのは!


「あの、息子さん……ヴァインが他国へ渡ったことを怒ってはいらっしゃらないのですか?その、私がそそのかしたようなものですし」

「怒るようなことではない。あれには幼少の頃より自由に生きろと伝えてあるし、我が一族も昔から旅をする血筋だ。むしろ、息子の方が正しい道を行っているくらいだ」

旅をする血筋……、ロマンがある。かっこいいなぁ。ちょっとだけ憧れてしまう。うちはどういった血筋なのだろう。こんど帰ったら父さんに聞いてみるかな。……たぶん、知らないって言われそうだけど。


「息子に友達ができたと聞いた時は驚いたが、そなたを見たらなんとなく納得した」

どういう意味!?

「まぁそういうことでそなたには感謝しかないのだよ」

「そうですか」斬られなくて良かったです。本当に。


騎士団長のお話も後が続きそうになかったので、部屋を出ることにした。

扉を開けて、出ようとしたら、そこにはマディさんと兵舎で最初に会った男性がいた。


「何をしている?」

騎士団長の渋い声が飛んだ。

「団長!この人クルリ・ヘランですよ!それで終わりですか!?」

「ん?そんなことは知っている」

「いや、知っているなら言うべきことあるでしょ!剣を打ってもらってくださいよ。団長いつも化け物染みた力で剣をぽきぽき折るんですから!ここらで一本凄いの作って貰ったら騎士団の予算面も長期的には改善されますよ」

彼らの主張を一蹴しようとして、やはり自分に非があることを思ったのか、騎士団長は言いよどんだ。

「うむ……」

悩んでいる御様子だ。


「すまない、部下たちの言う通りだ。私がやたら剣を折るばかりに騎士団の財政面に支障をきたしている。今まで安物ですませて、対処していたのだが、そろそろしっかりしたものを一本持って長く使うのもいいと思っている。頼まれてはくれないか。そなたの腕はなかなかと聞き及んでいる」

ラーサーを見てみる。彼に招待された身としては、一応彼の意見も聞いてみたかったが、団員たちに頼まれたときとは違い、その顔には受けてもいいのでは?という表情が読み取れた。

ならば、俺としても拒否する理由はないし、決定だな。


「最善を尽くして、いいものを作ってみましょう。時間は少しかかります」

「それで頼む。期待して待たせて貰う」

その返事に、何より喜んだのが騎士団員の方だった。一体今までどれだけ折れていたのか……。


帰るとき、ラーサーが面白い話をしてくれた。

「騎士団長はいろいろと逸話があるのですが、つい最近のも凄いのですよ。盗賊団を掃討しに行った際、一撃目で己の剣を真っ二つに折ったらしいです。そこから、部下の剣を借りるでもなく、敵の武器を奪う訳でもなく、素手で盗賊団30名を仕留めたらしいです。部下たちの話なので、どこまで信じられるかは分かりませんが、彼らの興奮具合からは現場での騎士団長の迫力というのは凄まじいものがあることが窺い知れます」


……盗賊団のほうに同情してしまったが、自然な心の動きだと思う。あの巨体がツッコんでくるのだ、恐怖以外の何者でもない。


「あの方が物を欲するのは本当に珍しいですよ。それだけアニキの作った剣を認めているのでしょう」

「俺の剣を見たのかな?」

「城中で一時期持ちきりでしたから。騎士団長も見ていますよ」

ヴァインにも一本俺の剣を渡している。

今度は、その父親からの依頼か。

結構な予算を組んでくれるみたいだし、これは大きな仕事になりそうだ。








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