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4章 20話

ラーサーが接待してくれた日から数日が経った。

魔石もだいぶ体に馴染んできている。ファッション的な意味で。


あれからもラーサーには良くしてもらっている。退屈を感じることが全くないほどに。

でも、今日は一人きりだ。

ラーサーは、あの年齢で既に忙しい身なのである。

今日は公務で王都の王立芸術館へと足を運んでいる。

そこで芸術的な歌声を聞きながら、金が大好きな連中の相手をしなければならないらしい。


俺も行ってみたいといったが、今日の会は純粋に芸術を楽しめるものではないから止めておいた方がいい、とラーサーに教えられた。行きたいなら、また別の日にでも案内するとの約束もしてくれた。


そういうわけで、今日は暇をしているところだ。

王城で好きにしていてくださいと言われているが、どこまで好きにしていいものかもわからない。裸でウロウロするのはダメだとわかるけど……。

アイリスは仕事中だし、そもそも秘密の場所なのでどこにいるのか知らない。

一人じゃやることも限られてくるではないか。

アーク王子をみつけても、あの人と二人きりで何をすればいいのか。


こういうとき、学園では鍛冶をやっていた。

もう、ほとんど習慣、毎朝顔を洗うほど身についているのでそれが当たり前だった。

けど、王城にそんなスペースはないよなぁ、常識的に。必要とも思えないし。


「よし、エリザのお母さんに会ってみよう」

ラーサーがつけてくれた有能女官にそう告げた。

彼女、なにか欲しいと伝えると3分以内に必ず用意してくる。初日にも突如現れたりして俺を驚かせたどこでもドア使いの疑惑がある女官だ。


「ええ、構いませんが、あの方は本当に神出鬼没な方です。こればかりは会えるかどうかわかりかねます」

どんな人だ。自由奔放な姿が思い浮かぶけど。


「国王様とツキミ様、あとラーサー様のお姉さまのマリア様。彼女等三人をあわせて、『トラベラーズ』と呼ぶ声もあります。いつも気が付くと姿を消しているのです。もはや才能というほかないほどの綺麗な消えようです」

「トラベラーズ……」

大物三人がそんなことをしているなんて、周りの気苦労が伝わってきます。

てか、国王様!あなたはダメでしょう!


「そういうことなら、一人でぶらぶらしてるよ。あなたは……お名前を聞いても?」

「スパティフィラ。私程度覚えて貰う必要もないと思い、名乗らなかったこと、申し訳ございません」

「いや、そんな謝罪するほどのことじゃないから。それより、スパティフィラさん今日はもう休んでいいよ。俺は城をぶらぶらしてるだけだし」

「そういう訳にはいきません。ラーサー王子よりクルリ様の役に立つよう言われておりますので」

「役には立ってるさ。それにお願いも聞くように言われているだろう?今日はもう休んでとお願いしてるんだけど?」

「そういうことなら。これで気兼ねなく『ラブラブカフェ2巻嵐編』を買いに行けます。今日が発売日なので行きたかったのですよ」


そう言い残し、スパティフィラさんは姿を消した。

有能そうに見えて、心の中ではそんな私心で満たされてたんだ。人は見かけによらないね。消えるの早すぎて『トラベラーズ』の称号を彼女にもあげたいです。


借りている部屋を出て、城の広い廊下を歩いた。

広すぎて室内だということを忘れてしまいそうだ。


そこからさらに歩くと、今度は何もない広大な空間にでた。

日の差し込む場所に歩み寄ると、そこからは城下街が見えた。

城が高い位置にあり、ここも4階にあるのかなり見晴らしがいい。


音までは聞こえてこないはずなのに、市場の賑わいを遠目に見ていると騒がしい音が耳に届くようだった。


「ここの景色はいいものだろう」

いつの間にか後ろに居た綺麗な金髪の壮年のおっさん。

あの日、風呂で一緒になった変なおっさんだ。ともに50メートル滑って頭をぶつけた仲だ。

出来ればもう会いたくなかったけど、意外な場所で出会う。


「はい、城下が一望できますね」

「我のお気に入りの場所だ。今日は晴れていて見晴らしがよい。しかし、雨の日や雪の日も、それはそれでなかなかいい眺めじゃ」

「そうなんですね」

おっさん、雨の日も雪の日も来てるのか。ちゃんと仕事してんのかな?

確か、風呂での発言を聞く限り、用務全般を管理している人だとは思うけど。


「まだ実用したことはないが、この街並みは外敵から守るようにうまく作ってある。実はそれも我が指揮して作らせている。今現在もな」

いかに経済活動を阻害せず、外敵からも侵入しづらい作りにしているか、そんなことをしばらく聞かされた。

おっさんって実は結構なのある大臣だったりする?もう話し的に用務じゃすまないんだが。


「私にそんな話をしてもよろしいのですか?結構大事な話だと思うのですが」

「なに、切り札は話していないし、お主はこの国の、しかもヘラン領を預かる一族の者であろう。話して害があるとは思えない」

「それはそうですが、私がむやみやたらに周りに漏らす阿呆かもしれませんよ」

「それなら、そんな阿呆にこんな話をした我こそが阿呆じゃ。まぁお主は阿呆じゃないと我は思っているから話した。別にたいした理由はないがなんとなく話しただけじゃ。気にするほどのことでもない」

「ふーん」

おっさんの街造りに関する話は理にかなっていて面白かった。

きっと頭のキレる人物に間違いはないが、風呂での一軒を思い出すたびに、この人に阿呆の要素がないことを否定できない。いや、絶対そっちの方が色が濃い。


「まぁ世間話はここまでにしようか。実はもっと大事な話がある」

もっと大事な話。

王都の軍事関係よりも大事な話って……。あんまり詳しくないので、いまいち想像力が働かないな。

硬直する体を悟らせないように、おっさんの言葉を待った。


「最近になってのことじゃ。城の中にやたら可愛い女子がいる」

「……」

言葉が出てこない。

俺は今どんな顔をしているだろうか。カエルみたいに横に広げられた顔だと思う。


「最初はそう気にするほどの女子でもないと思っていたのじゃが、ふむ、2,3日顔を合わすごとに、不思議と心に染み渡る。この綺麗な女子を息子の嫁にしてやりたい、そんな親心が湧いてくる」

「あんたさっきまで立派な話していたじゃないですか。急に何ですか。城にかわいい子がいる?思春期ですか?」

「いや、我はもう妻に心を捧げた身。いまさら恋に落ちることもなかろう。しかし、あれほどの美女、おいそれと逃すにはもったいない。我も息子を人並みには愛している。だから、その女子が良ければ、息子と縁も持たせてやりたい」

「はぁー、気を張った自分が馬鹿でした。美女なんて、この城に来て以来10秒に一回くらい見ますよ。何を今さら」

「10秒に一回とは羨ましい。我はもうここの生活に慣れて目が肥えてしまった。最近は一日に一回、あっかわいい娘がいるって思えればいいほうじゃ」

知らんがな。おっさんの趣味嗜好、全く興味ねーわ。


「それが、その女子に会って以来、かつての若々しい心が蘇ってくる思いじゃ。枯れた葉が再び緑いろに色づいてくる。我がいまさら恋しても誰の得にもならない。しかし、息子はそう言った方面には疎いと聞く。あまり構ってやれていないし、こういうところで力になれたらいいな、とは思う」

おっさんの息子思いな気持ちは伝わって来た。

しかし、なぜ俺に話すかね。一緒に背中を洗い合ったくらいの仲で……うわっ、おっさんと背中を洗い合ったのか。そりゃもう他人じゃねーな。


「息子って、何歳ですか?あとその美人さんも」

「二人とも、お主とそう変わらんだろうよ。お主が手伝ってくれれば心強い」

「まぁちょっとだけならいいですよ。でも、色恋沙汰は面倒事になりやすいですけど、大丈夫ですかね」

「大丈夫じゃ。いざとなれば逃げればよい。逃げるのは得意じゃ」

いいのかおっさん。それでいいのかおっさん。

俺は逃げるのそんなに得意じゃないですよ。ここホームじゃないし。


「よし、その女子のもとに案内しよう。今から辿る道、覚えてはならんぞ。いや、覚えてもいいが口外してはならん。よいか?でないと我が怒られる」

怒られるくらいならいいじゃないかと思ったが、頷いておいた。


それから複雑なルートを進んで2度ほど階段を上がった。

今、自分がどこらへんにいるのかまたしても見失ったが、2回階段を上がったのは確か。

あれ?ここって秘密のフロアじゃない?確か、城の要人しか入れないような場所……。

「あの、ここって不味くないですか?」

「バレてしまった怒られるだろうな」

「あんたはそうでも、俺はもっと厳しい処罰になりそうなんですけど!?」

「まぁ心配するな。堂々としておれば誰もお主が変人とは気づかないだろう」

変人ではない。変人はお前だ。部外者とか行って欲しい。


「おっと、立ち止まれ。この曲がり角の先にその娘がいる」

「えっ、もう!?」

「そうだ、仕事中だから声をかけづらい。お主、道がわからぬふりして聞いてみてはいかがか?」

「こんな秘密のフロアまで来て道がわからないって怪しすぎるでしょ。その場で叫ばれてもおかしくないですよ」

「それもそうか。とりあえず、そこし覗いてみるといい。お主も惚れかねんぞ」

そんなに可愛いの?

おっさんにポジションを譲ってもらい、曲がり角からそっと顔を出した。


視線の先に美女をとらえる。

城専用の使用人服を着て、廊下を丁寧に掃除する女性……。

あれ?知ってるんですけど。めちゃめちゃ知ってるんですけど。


数多の美女がいる城の中においても、遂には抜きんでてしまったか、アイリスよ!

おっさんが息子の嫁にしたがっているぞ。逃げて!


曲がり角から頭をお戻して、おっさんと向き合った。

「かわいい、であろう?」

「かわいい、ですね。でも、ダメですよ。あの人は」

「なぜじゃ?」

「うーん、息子さんには申し訳ないですが、相手が悪いですね」

「というと?」


おっさんが残念そうな顔していたが、ここは真実を教えてあげるべきだろう。深入りしてひどく傷つく前に。


「あの女性、アイリスというのですが、見た通り美人ですよね。恋する男は多いだろうけど、なんといっても王子が狙っている女性です」

「王子とは、どちらの?」

「アーク王子ですね。あのイケメン秀才と張り合うとなると、なかなか辛いものがあります。息子さんのことを考えるのはいいけど、最悪息子さんを傷つけることになるかも」

「アーク……。ほう、そういうことなら身を引こうか」


意外とあっさり諦めてくれたおっさん。

残念さを必死で隠しているのかもしれない。

意外と優しく、気丈なところあるんだ。次会ったら、もう少し優しくしてあげようかな。


秘密のフロアをドキドキ気分で脱出して、おっさんと城下町が見える広間まで戻った。


「お主のおかげで貴重なことを知れた」

「いや、力になれなくて申し訳ないです」

「そんなことはない。お主には2度も世話になった。次会ったときは、是非お返しがしたい」

「別にいいですよ」

「そうか?まぁそういうのならいいか……」

別におっさんから何かもらっても嬉しくないし。

それにあまり身綺麗ではないおっさんからのお礼なんて、大したものも期待できそうにない。

「じゃあ、また機会があったら」

「そうじゃな。困ったことがあったらいつでも我を探すとよい」


おっさんと別れて、自室に戻った。

それから読書をして残された一日を過ごした。


風呂に入って、結局その日のうちに戻らなかったラーサーとは会えずにいた。

寝る前、服の洗濯係りからズボンに何か入っていたという知らせを受けた。

物を受けとる。


手のひらに乗るサイズの銀製懐中時計だった。表面に鷲のマークがある。どこかで見たこともある気がする。

なんでこんなものが入ってるんだろうか?そもそも俺のものじゃないし。


引き出しにしまって、その日は寝ることにした。


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