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4章 17話

「アニキがあんな変なことしているから誤解したんですよ」

「ごめんごめん」


無事王城に入れたわけだけど、ラーサーはまだ少し怒っている御様子。

門番たちがこっそりと、ラーサー様があんなに怒ったのを初めて見た、と言っていたので本当に珍しい光景だったようだ。

事実が分かった後のラーサーはひたすら気まずそうだったよ。ごめんな。


「それはそうと、よくぞおいで下さいました。本当に来てくれるなんて、嬉しい限りです。ここに居る間、このラーサー・クダンが一切の不自由をさせないことをお約束します」

「それはどうも。でもあまり固くならないでよ。俺は友達の家に遊びに来ただけだから」

「そうでしたね。じゃあここを我が家のように思ってお過ごし下さい。本当に我が家のようにして構いませんから。一日中ソファーの上でのんびりしていてもらってもいいんですよ」

それは流石にない。

家でも一か月に一回やるかやらないかくらいだ。


ラーサーの案内で客間へと通された。

ラーサーたち王族が過ごす部屋とは城の反対の場所にあるのだが、それは致し方ない。


通された部屋は、客間というには豪勢すぎるほどの部屋だった。

広いし、高級そうな家具が揃っているし、謎のお高そうな絵画も4,5点ある。我が家の屋敷の一番広い部屋よりも数倍広い。

凄く落ち着く作りだが、落ち着きすぎて逆に落ち着かない。もはやよくわからない自分の気持ち。誰用だよ、この部屋。他国の王族でもない限り、誰が馴染めるんだよ。


「ここは他国の王族などを招待したときとかに貸し出しているお部屋です」

本当に王族御用達かよ。

無理なんですけど、こんなところ泊まれる訳ないんですけど。


「もうちょっと、ほら、こじんまりした部屋がいいかな。あまり広すぎる部屋は慣れてなくて」

「そうでしたか。アニキが冬期休みの間に来てもいいように抑えていたのですが……。なぜか兄もこの部屋を抑えようと必死でしたが、それを押し通したのですよ?でも、アニキが他が良いというなら、残念ですが他の部屋にしましょうか」

アーク王子はまさか、アイリスにこの部屋を用意しようとしたのか!?馬鹿な!?使用人という体はどこへいった。

「大変心苦しいのですが、こちらのお部屋はいかがですか?地方領主を招いた際に使用する部屋です。先ほどよりだいぶ格式は劣りますが……」

十分すぎるんだが?むしろぴったりな立場ですが?

先ほどより狭いが、こっちの方がはるかに居心地がよい。さっきの部屋は面積だけでなく、天井まで高くてなんだか部屋の中にいる気がしなかったが、ここはそこそこ広いだけで、若干実家の屋敷と似た雰囲気がある。一つ一つ、家具を見て行くと差はあるのだろうが、あいにくそこまで知識は深くないので気にならない。


「ありがとう。ここにさせてもらうよ。いい部屋だ」

「アニキに失礼があってはなりませんからね。もし不自由があれば部屋の呼び出し鈴を鳴らしてください。必ず城の者がお伺いいたしますので」

便利すぎるな、それ。夜中に小腹が空いた時にも使っていいのかな?軽く夜食作ってもらうとか。

太るとか、こんな時間にとか、小言を言われたりしない?


「ところで、アニキは一人で来たのですか?てっきりアイリスさんなどを伴って来られると思ったのですが」

「ご想像通り、アイリスと来たんだけど、君のステキなお兄さんに取られちゃいました」

「はぁー、兄の帰って来てからの慌てぶりようはそういうことでしたか。まさかあの部屋もアイリスさんに使わせるため!?馬鹿な!?アイリスさんが使う訳ないのに……」

ふふ、気が付いたかい、ラーサーよ。君のお兄さんは馬鹿なんだよ。普段頭はキレるが、恋愛方面に傾くと、途端に馬鹿になるんだよ。それが君のお兄さんの正体だよ。


「兄が変なことしてないといいんですが……。まぁ私が後で見ておきましょう。それより、アニキは旅の疲れをお癒しください。お風呂も既にご用意しておりますので」

「お風呂か、ありがたい」

俺が城に入ってからの段取り、素晴らしくいいな。流石はラーサー。

有り難く、その厚意に甘えることにしよう。


外はまだ夕日が沈み切っていない。少し風呂には早い気がしないでもないが、結構汚れていることを考えると早めに入っておいた方がいい気がする。

ラーサーがアイリスの様子を見てくるというので、代わりの女官が案内にしてくれることに。

この女官、一体どこに潜んでいたのか、ラーサーが呼んだ瞬間に姿を見せた。

俺は知らないのだが、王城にはどこでもドアがあるのかもしれない。


「クルリ様、ラーサー様からこちらの浴場を利用するように言われております。今着ている服は洗濯しておいてよろしいでしょうか?代わりの服はご要望があれば申し付け下さい」

「洗濯をお願いします。代わりの服は動きやすいやつを頼むね」

「はい、そのように」


最低限のことを話すと、その女官は姿を消した。どこでもドアを使ったかもしれない。

脱衣室で服を脱ぎ、タオルを肩にかけて浴場へと入っていった。


「うわぁー」

これまた、巨大な浴場だ。

大浴場的な場所なのだろうか。城で働く人間が皆入れるように作ったのだろうか。それにしては作りが高級すぎる気がしないでもないが、まぁ王城だしこんなものだろう。

裸の女性がツボを持って、その壺から水が流れ出す石像なんてリアルで見たのはここが初めてだ。流石王城。はんぱねえっス!


流石に時間が早かったか、まだ俺一人しかこの場に居ない。

誰か来るまでは独占できるのか。最高だな。


湯につかる前に、体を洗っていく。

洗髪液の種類が多すぎてどれを使っていいかわからない。結構汗を掻いているので、2,3種使ってみた。

どれも香りが強い。それに髪がやたらサラサラする。

あまり手入の行き届いている髪ではないので、ここいらで回復させてやろうか、俺のキューティクルたちを。


頭で洗髪液をごしごし泡立てていると、ピッチピッチと足音が聞こえてきた。

2番客が来たようだった。独占はここまでか。

隙あらば体中に石鹸を塗って、端から端までスライドしようとしたのだが……。


「おや?我よりも早く入っている者がいるとは珍しい……、赤い髪の客人か……」

声をかけられたので、無理してそちらを見ると壮年の男性だ立っていた。

目に泡が入るからあんま話しかけんなよって感じだけど、まぁここは失礼のないようにしておくか。


「あ、どうも、一番風呂頂きました」

「そうか。一番風呂を取られるのは久しいな」

「そうですか。それは申し訳ない」

「かしこまる必要はない。風呂は万人を受け入れるものだ」

「そうですか」


何言ってんだこのおっさん。

いつも一番風呂って、仕事はどうしたんだよ。相当暇なんだろうか。

窓際って奴かもな。王城にもあるんだ。


見た感じかなりのイケメンだ。イケメンっていう年齢でもないな。いい男って感じか。

金髪で、整った顔にもそれなりにしわがあり、綺麗な口ひげを蓄えている。


良家の出で、なんとか王城での仕事を手にしたが、無能で周りが扱いに困っているおっさん。でも、見た目はいいからなんやかんやで女性に助けてもらって生きているおっさん。そんな感じの評価を下した。違ったらごめんね。


「泡が目に染みるだろう。ゆっくり洗うといい」

「そうですね」

おっさんに言われなくてもそのつもりだったけどね。横に座るおっさんが優しいほほえみを向けてくる。なんだろう、この人。顔はかっこいいのに、気味悪いんだけど。


「その洗髪液、なかなかいいだろう。我が選んだものだ」

「あっ、そうなんですね」

仕事できないばかりか、浴場に余計な口出しまでしてんのか。かなり厄介な人間じゃないだろうな?


「存分に使うがよい。体を洗う石鹸液もかなりいいぞ。それも我が選んだものだ」

おっさん口出しすぎでしょ。

浴場の管理は流石に平民出身者がやっているだろうから、その担当者が可哀そうだ。

幾ら無能な貴族でも、無下に扱えないだろうし。

でも、おっさんのチョイスは悪くない。確かにいい洗髪液だ。


「髪を洗い終えたか。どうだ?背中を流してやろうか?」

おっさん、もう構わんで欲しいのだが……。

「……お願いします」

でも、やっぱりありがたいので洗ってもらうことに。


おっさんお気に入りの石鹼液を贅沢に使って、俺の背中を流してくれる。

おっさんが結構張り切っているのが、なんか不気味だ。

「洗い終わったら今度は私が背中を流しましょう。あっ、私の背中は適当で大丈夫ですよ。いつも適当ですから」

「まぁ焦ることはない。どうせしばらく誰も来ない」

しばらく誰も来ないのか。王城の仕事って忙しそうだもんなぁ。おっさんは暇そうだけど。


「王城には仕事で来たのか?」

「いや、友達に会いに来ました。ありがたいことに、しばらくこちらに滞在できることになりました」

「そうか。ゆっくりしていくがよい」

なんか、おっさんって結構尊大なものの言い方をするな。

それにまるで城を自分のもののように。

用務を一通り管理しているお偉いさんだったりするのだろうか?

風呂に先に入るのも管理の一環なのか?

だったらおっさんは真面目なできる男じゃないか。申し訳ない。評価を改めよう。


「いつ頃になると他の人が来るのでしょうか?」

「んー、まぁ一時間は来ないだろうな」

「そうなんですか。じゃあゆっくりしていてもよさそうですね」

「そうだな。せっかくなので、石鹼液を体に塗りたくって端から端までスライドしてもいいぞ」

おっさんんん!!!なんで同じこと考えてんだよ!

おっさんくらいの歳なら止める側に居て欲しいのだが。


「はは、御冗談を」

「冗談ではない。この時間はいつも他に誰もいないし、ストレス溜まった時なんかはやっている」

「何やってんですか!?……まぁ、先ほど同じことを考えていたんですけどね」

「そうか!ならばやるほかないな!」

やるほかないの!?やらなくてもいいよね!絶対!


「そうと決まれば、赤い髪の少年よ、早く背中を流してくれ」

「わかりましたよ。ちょっと言わせてもらいますけど、自分に甘いようで申し訳ないですが、私の年齢ではギリ許されても、あなたの年齢じゃ許されませんよ」

「大丈夫じゃ。しばらく誰も来ん。お主が黙っていれば誰の耳にも入ることはないぞ。もし漏れたら、それはお主の口からじゃな」

「言いませんよ。私も同罪ですからね」


はやく、はやくと急き立てるおっさんをなだめながら、背中を流し終えた。おっさん楽しみすぎだろ。

洗い終わったおっさんだが、石鹸液を持たずに、浴場の隅へと向かった。

まだ塗ってないのに。いくら浴場がヌルヌルでもその状態じゃ肌がやられるぞ。


おっさんが壁を何か所か触わると、壁からガポッと音がした。

大きなタイルの一枚を剥がすと、そこには酒やら雑多なものが収納されたスペースが。


「嫁に酒を禁じられたときなど、ここの酒を嗜む」

このおっさん、ダメなやつだ。

「ここに、我お気に入りの石鹸液がある。街で売っている安物だが、試した限りこいつが一番滑りがいい」

ダメだ、本当にダメなおっさんだ。

王城の施設を使って、なんで個人的なものを隠してんだ。しかも、かなり禄でもないものを。


「試したって、一体どれくらい前からやっているんですか」

「それこそ、お主くらいの歳からずっとだな。不思議と、子供の頃は興味が沸かなかった」

知らんがな。聞いたんじゃなくて、呆れたんだよ!おめーの少年時代の話なんざ、毛ほども興味ねーわ。


「いいか、先輩からの助言だ。心して聞け」

「……はい」

「勿体ないとか考えて少量を塗るなよ。腹が擦リ切れるからな。女性の前にしばらく腹を晒せないぞ。どうせ安物だ、好きなだけ体に塗りたくれ」

ちょっと期待した自分がアホだった。

過去にそういった経験をしたのだろうか……おっさん、実に哀れなり。


「よし、まんべんなく塗ったようだな。次はコース上にも垂らしていく。ここもぬかるとたまに腹を擦りきる。地味に痛いぞ」

「あんたどんだけ本気ですか!?あとから来る人が滑って頭を打ちますよ!」

「気にするな。いいか、カーブを描いてもいいが、まだ初心者のうちは止めておけ。今日は直線コースにするぞ」

「極める気なんてないですよ。軽く遊ぼうとしただけで……」

「さぁ、お前も自分のコースを作れ。我のは我が使うのでな」


おっさんと二人、裸で浴場に石鹸液を垂らしていく。

……なにやってんだろう、俺。本当に、なにやってんだろう。他人に見られたら大恥だよ。


「コースはできたし、体も出来上がった。ふふふ、いざいかん!」

おっさんと二人で浴場の端まで行き、遥先に見える終着点を眺めた。

50メートルはあるんじゃないだろうか。

改めて、巨大で豪勢なお風呂だ。王城住みはこんないい生活ができるのか。


「しっかりと壁を蹴ろよ。中途半端な蹴りじゃ、端までは届かんぞ」

「おっさんもな。言っとくけど、俺は完璧なイメージが出来上がってるから」

おっさんって言っちゃったけど、まぁいいか。もう同志みたいなもんだし。

「もう一つアドバイスすると、ペンギンをイメージしろ。床と接する面積はできるだけ減らせ。背筋の力も試される」

裸で何注文してんだ。

こんな格好で背筋反らしてみろ。ど変態の出来上がりだよ。

既に手遅れ感はあるのだが……。


せーのっ!で二人して壁を思いっ切り蹴った。


蹴る力は俺の方が強いんじゃないかと思ったが、すぐにおっさんとの距離が開く。

おっさんのフォームはアドバイスしてくれたように、背中を反って腹の一部分しか床と接していなかった。

咄嗟に俺も恥を捨てておっさんのフォームを真似た。

ぐんぐん加速していく。おっさんのフォーム理論は完璧だったようだ。


端の壁が徐々にはっきりと見えてくる。見えてくるのだが……。

あれ?減速しない!?

「あっ――」


手をペンギンの翼のごとく広げていたので、頭を守ることも出来ずに壁に直撃した。

頭は割れそうに痛いし、首は折れるかと思ったし、なんだよこれ!おっさん、全然余裕で端まで届くじゃん!


「かっー!!いってー!!」

おっさんを見ると、頭を抱えてもがき苦しんでいた。

馬鹿だ、このおっさんが馬鹿だということを忘れていた。


くっそ、もっと簡単にやっておけば軽く楽しめたものを。

おっさんに釣られて本格的にやりすぎてしまった。


「どうだ?王城が気に入ったか?」

「いや、このタイミングで聞かれて、はいそうですねって頷ける訳ないじゃないですか」

「それもそうだ」


おっさんと共に頭を痛めた後、やけに機嫌がいいおっさんと湯に入った。

隠していた酒も出した。

あまり飲みたくなかったが、高いお酒だというのでちょいと一口頂く。


「あ、美味しい」

「だろう。なっははは、まだ若いのによくわかっておる。ささ、注いでやるからもっと飲め」

「おっ、すんません」


こうして、二人で茹蛸になるまで風呂で飲み続けた。

変な悪友ができた瞬間だった。


王城にいる間、何か困ったことがあったら我に申せ、と言ってくれたが、正直頼む気にはなれないな……。変なことに巻き込まれそうだ。

まぁ暇なときにでもまたはや風呂しようか。酒は美味しかったし。










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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかwwwwなんかwwww これまでの流れからの予想が正しければ大変な相手な気がするぞwww
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