4章 16話
懐も温まったので、俺たちは王城へ向かうことにした。
二人とも初めての王城だ。
正直めちゃめちゃドキドキしている。さっきから心臓の鼓動がうるさい。
静まれ静まれと念じるほど、余計に高まる気持ち。
考えないようにすることが既に考えてしまっている状態だ。こうなったらどうしようもない。潔くお上りさんになるほかは。
「うわー、でかー」
「そうだね、巨大だねー」
まず俺たちの前に立ちはだかったのは5メートルはあろうかという塀。
分厚さまではわからないが、見た感じ俺のタックルでどうこうなるものではないことは確かである。
俺たちは客として来ているわけだし、正門から正々堂々と入ろうと決めたが、いざ来てみるとそれは間違いだったのではないかと思えてしまう。
意匠を凝らした正門はいかにも王城を敵から守らんがばかりに存在感を放っている。
その奥に見える王城はおとぎ話に出てきそうな、まるで白亜の城そのもの……夢の世界へと連れて行ってくれそうな、そんな城が建っていた。
ロマン心はくすぐられるし、王子たちはこんないいとこに住んでいたのかという嫉妬心は燃えるし、場違いな感じがして気恥ずかしいしで、もう頭のなかグルグルだ。
俺とアイリスは正門の前で奥に見える城を、顔を上げて眺めていた。
田舎者丸出しだが、つい見てします。特に城の一番高いとこを見てしまいたい衝動にかられてしまう。
「何をジロジロと見ている!怪しい輩め!」
城の正門付近にはそれなりに人通りがあるのだが、立ち止まってまじまじと見ているのは俺たち二人だけだった。
そのせいで門番に長い槍を向けられてしまったのだが、流石に気が短すぎやしないか。
俺たちがお客だったらどうする。ていうか、お客だ。
それに、観光に来た田舎っぺにも優しくない対応だ。見てるくらいいいじゃないか。それとも、この短気さというか、敏感さが門番には必要だったりするのだろうか。
「あのさ、俺たち怪しいもんじゃなくて、ちゃんと用事があって来たんだ」
「用事?そんな身なりでごまかせると思っているのか?」
言われてようやく気が付いた。
俺たち結構細かい汚れが体中にあることに。
森から帰って直でこちらへ来た。
そりゃ、あからさまな汚れは落としたよ?でもさ、なんか体動かした後ってこともあって興奮してたのかな、まぁ気楽に行っちゃえって感じで来てしまった。
そして、改めて身なりを指摘されるとなんだかものすごく恥ずかしい。
城がこんなに立派だとは思わなかったし、完全に想定ミスだ。
あげく、本当に客かどうか疑われる始末。
そもそも正門の規模からして、徒歩で訪れる客すら少ないのではないかと気が付いた。
顔が熱い。恥ずかしさで燃えてしまいそうだ。
「俺たちアーク王子の学友で、今日も招待されて来たんだ。ちょっと汚れているのは……その、若気の至りってことで」
「怪しさ全開だな。王子に会いたいがために似たような嘘をつく連中は多い。招待されたというのなら、招待状を見せて頂こう」
招待状!?……そんなのないけど。
「……ないです」
「確定だな。ここでひっ捕らえてもいいが、国王様は寛大なお方だ。お前たちのような者にも最低限の礼儀は払えと言われている。さぁ悪いこと言わないから、とっとと立ち去れ」
しっしっと手で払われた。
槍は収めてくれたので、手を出さないうちに帰れよってことだろう。
困った。まさかの門前払い。
てっきりラーサーあたりが上手く手配しているものとばかり……。
馬車でそれなりに綺麗な身なりで来ていたら違っていただろうか。
いや、それでも名乗ればまだ可能性はあるかもしれない。
「クルリ・ヘランとアイリス・パララ、この二名が来たら通すように言われてないかな?」
「……確かに、アイリス様が来たら通すようにとは言われている。クルリ・ヘランとやらは聞いていない」
なんで!?
ぎゃくー!客として招待されたのは俺なんですけど!?
「しかし、アーク王子から頂いた情報とは大きく相違する。アイリス様は天女のように美しく、散りゆく桜のように儚く、それでいて太陽のような明るい笑顔も持ち、ただそこにいるだけで皆を幸せにしてしまうような女性だと聞いている。正直……、そこにいる女性は美しいが、王子が述べた女性とはかけ離れている気がする。ちょっと薄汚れているし」
王子が盛りすぎたせいでとんだ迷惑を被りそうなんですけど。
王子にはアイリスがそんな風に見えていたのか。
俺のこともどう見ているのか聞いてみたいような聞きたくないような……。
事態が好転しないので、俺はちょっとばかしずるい手段に出ることにした。
門番の近くまでより、こそりと告げる。
「こんなことは言いたくなかったけど、門番さん、あなたは今とんでもなく損をしていることに気が付いているか?」
「ん?説き伏せようと言う訳か」
「そうだ。将来の王妃様となるかも知らない方がいるのに、門を通さないばかりか、薄汚いとまで言ってしまった。これが王子の耳に入ればどうなることやら。ただでさえ、王子にアイリスが来たら通すように言われているのに。あーあ、出世が遠のきますなぁ」
「ぐっ……ずるいぞ。しかし、確かにそうだった場合非常にまずい」
「そうでしょ。まだ取り返しはつきますよ」
「そ、そうだな。よし、確認だけはとってやる。もし嘘だったら覚えていろよ!」
声をかけた門番が急いで小さな入り口から塀の中へと走った。
残った門番たちの視線が相変わらず鋭い。
これで嘘だったらどんな目にあわされるのだろうか。嘘じゃないけどね!あれ?嘘じゃないよね?ちゃんと招待されたよね!?不安になってきた。
しばらくして、先ほどの門番が戻って来た。
息を切らして青い顔しているので、相当急いだらしい、更には王子のお叱りでもあったか?
「まことに申し訳ない!アイリス様、あなたの特徴をお伝えしたところ、王子からまさにその人だと言われました。大変失礼な言動があったと思いますが、ご容赦ください!」
「いいよ、いいよ。気にしてないから」
明るい笑顔で許してあげるアイリス。流石だ。俺に謝罪がないのが気になるが。
「ああ、天女のように優しい方だ。ささ、どうぞアイリス様。王子がお待ちかねです」
態度をまるっきり変えて、腰を低くしながら手招きする門番。
巨大な正門も全開になる。こんな巨大な門をわざわざ、結構労力がいるだろうに。
人が二人通るだけなら門番たちが使っている小さな門でもいい気がするのだが。
腰の低くなった門番がアイリスに入るように伝えた。
通り過ぎる際、俺は門番に向けてニヤリと笑った。
ふっ、俺たちはちゃんとした客なんだよ!
「ちょっ、ちょっとお待ちいただきたい!」
アイリスが正門を潜り、俺も続けて潜ろうとしたとき、腰の低くなったはずの門番に制止された。
「アイリス様はお気になさらずにお進みください」
塀のなかで待っていた従者の女性がアイリスをそのまんま案内していく。
抵抗もできないままアイリスは城の中へと入っていった。
「いや、あの俺は?」
「それが、王子にお伝えしたところ、クルリ・ヘランは自分の客ではないとおっしゃいまして。申し訳ないが、お引き取りいただこう」
あの王子!!全面戦争だ!こら!やってやろうじゃないか!おら、出てこい!
一対一だぞ!衛兵使うんじゃねーぞ!
門番に囲まれて、俺だけ塀の外に押しやられて、正門は再び閉じられた。
手作業みたいなので、ご苦労様です。
そうじゃない、なんで俺が入れないんだ!?客だよ?俺客なんですけど!?
「噓でしょ。本当に入れてくれないの?」
「ええ、やはり怪しい方は入れられないですね」
どうしよう。路頭に迷いそうだ。金があるのが救いだが。
「門番さんの家に泊めてよ」
「ダメに決まってるだろ!」
「冗談だよ。そうだ、俺を招待したのは第二王子のラーサーだ。ね、ラーサーに確かめて来てよ」
「様か、王子をつけろ。ラーサー様からは特別何かを言われていないな。ただ、アイリス様と一緒だったこともあるので、一応確かめに行かせよう」
そういえば、ラーサーには手紙の返事を書いていない。
もちろんこちらに来ることも伝えてはいない。
手紙をもらったときに、いきなり来てびっくりさせようと考えていた気がする。すっかり忘れていた。
おかげで俺がびっくりさせられる羽目に。
「ラーサー様とは一体どういう関係なのだ?」
「そりゃマブダチよ」
「そんな失礼な言葉をラーサー様の前で使うなよ。ラーサー様は公明正大な方だから許して下さるだろうが、失礼のないようにな。いや、そもそもまだ知り合いと決まったわけでもないが」
「もーう、ヘラン領に来たらタダで温泉入れてあげるから、もう入れてよ。疲れてるんだって」
「確認がまだ済んでいない。もう少し待て。お前ヘラン領の者か。そういえば家名もそうだな」
「そうでしょ?怪しい者じゃないから。本当に入れて、饅頭つけるから」
「饅頭もか。そういう問題じゃないが。すぐに来る。本当に知り合いなら正式に城に入れるしな。大体なんで招待状を持っていない」
「知り合いの家に遊びに行って誰が招待状を持っていくんだよ」
「知り合いの家って、ここは王城だぞ」
「それ思ったけど!学園にいるとき思ったけど!いろいろあって、結果考えが甘かったよ!」
「そ、そうなのか。まぁ本当にもうすぐだ。しばし待て」
あー、やだやだ。もー、待たされたくない。
ずるいよ、アイリスだけはいれて。アーク王子め、覚えてろよ。
いつか仕返ししてやる。
大体、疲れてんだってば。さっきまで魔物と戦ってたんだから。
慣れてないと、終わった後にどっと疲れがくることを今知ったよ。
……横になって待つことにした。
抗議の意味も込めて仰向けになって待つ。どうせ服はもう汚れてるし、今更多少の土など気にするほどでもない。
「何をしている!?なぜ横になる!?」
「……抗議、……疲労、……不貞腐れ」
「わかりやすい!簡潔に全部伝わったぞ」
なんか知らんけど伝わったらしい。
駄々こねていると、正門が動く音がした。
その大げさな石造りの門が再び開いた。
門の内側に立っていたのは、俺をこの場に読んでくれたラーサーだった。
その顔には笑顔が携えられていたが、すぐにそれが消え失せた。
まずい、変な格好で待っていたのが悪かったか。
「貴様ら!アニキに暴力でも働いたのか!?」
「い、いえ、決してそのようなことは……」
「じゃあなんでアニキは倒れている!?」
おっと、変な格好で待っていたせいで誤解を与えてしまった。
門番さん、申し訳ない。彼らは真面目に仕事してただけです。
「ラーサー、これは違うんだ。ちょっといろいろあって倒れていただけ」
「いろいろあって倒れるってなんですか!?そんな状況ある訳ないじゃないですか!貴様ら、優しいアニキにつけこんで、暴力を働くなど許せぬ!」
「いや、ラーサー?本当に何もなかったから」
「アニキの優しいところは好きですよ。でも、怒ってもいいときはあるんです。それが今ですよ!貴様ら、覚悟しておけ!」
ラーサーが剣を抜き、本格的に危ない感じなって来たので、一生懸命に弁明した。
門番を追いかけ回すラーサーを必死に止めて、それからしばらく騒動は続いた。
王城に入るだけでも一苦労だ。疲労はピークに達するし、いきなりトラブるし……。
もう帰ろうかな?