4章 15話
なんかでかいのが出た。
右手に俺とアイリス、二人の体を包めるほどの、超ド級炎の塊が。
イメージしていたものはこの十分の一にも満たないだろう。でも、やってみると自然とこのサイズが出てきてしまっていた。
「な、なんか覚醒したみたい」
「本当だよ!コボルト云々じゃなくて、森が心配になるlevel!」
アイリスがテンパりすぎて、レベルの発音が超良かった。
そういう俺も俺で、結構テンパってたりする。
「コボルトも来ているし、これをぶつけようかと思うんだけど……」
「大丈夫かな?こんな大きいの」
「保証はない、かな」
「私、隠れていたほうがいい?」
「じゃあ木の後ろにでも」
アイリスが急いで隠れたのを確認して、向かってくるコボルトめがけて炎の塊を放った。
まっすぐな軌道で飛んでいったそれは、遮る木々を吹き飛ばしながら自己の都合のみで進んでいく。そして、地面にぶつかると同時にはじけた。
凝縮された魔力がはじけて、コボルトの群れを一気に焼き払う。
その直後、強烈な爆風を放って、俺たちがいた場所まで暴風が襲ってくる。
風に乗って小石や木の枝まで飛んでくる。
腕で顔を防御したが、体にはもろに当たる。アイリスが隠れたのはいい判断だったわけだ。
魔力が作り出した光と、暴風が徐々に止み、俺は腕を下げた。
コボルトたちがいた場所へ視線を戻す。
そこには木や、生い茂っていた雑草やらが完全に姿を消していた。
残っているのは真黒な消し炭だけ。
上空から見たら、森の中に現れた新種のミステリーサークルにでも見えてしまうだろうか。
やったのが俺なので、ミステリーでもなんでもないのだが。
ひょこっと現れたアイリスが若干引いた感じの視線を向けてくる。
「なんか地形が……、ここだけ開けた感じになっちゃったね」
「うん、結構まずい感じかな」
「そんなことないと思うけど、聞かれたら説明は面倒くさそうだね」
確かに。どう言えばいいんだろうか。覚醒したので、ちょっとやっちゃった!じゃ通じないのはわかる。
「クルリ、体とか大丈夫なの?なんか大きな反動とか来てない?」
「反動はないかな。でも、さっきみたいな感覚は収まりつつある。体のなかにあった謎のエネルギーの高まりも静まって来た」
「そう?それならいいけど。あんな状態だったら生活していけないよ。鍛冶場がぶっ飛んじゃうもん」
そんなとこまで心配させて申し訳ない。
「でも、さっきのをまだ二発くらいなら打てそう」
「全然大丈夫じゃなかった!?」
暴発の心配はないことを説明して、コボルトの魔石回収に向かうことにした。
まずは最初に仕留めた一匹分を。
軽く一瞥したアイリスが頷いていたので、それなりに物が良かったのだろう。
次に消し炭になったエリアへ行く。
一気にコボルトを焼き払ったが、魔石は残っているだろうか。
若干心配だ……。
まだほんのり暖かい地面に、赤く光る石っぽいのものが5つ集まっていた。
恐らくこれが魔石だ。拾い上げると、確かに魔力を感じる。間違いなさそうだ。
ただ……、いままでは魔石が青っぽかった。それがコボルトの魔石の特徴なはずだが、これは赤っぽい。やっちゃったか……?
「アイリス、この魔石たち質が悪くなってるかも」
「見せて」
アイリス大先生に渡して、鑑定結果を待つことに。
どきどきの時間だ。希望額は、夕食代ほどです!
「これは……」」
「これは!?」
「いいね!」
いいんだ!?ダメになっちゃったかと思ったが、いいんだ!?
「赤っぽいのは大丈夫なの?」
「うん、完全に亜種化してるけど、これは本来通常のコボルトからはとれないものなの。長く生き残って力をつけた個体がたまにこういう魔石を残すらしいけど、さっきのコボルトたちは普通そうだったし……」
はい、俺のせいって訳ですね。
「そんな申し訳そうな顔しないで!いいことなんだから。すっごく買い取り価格が上がるんだよ」
「ああ、そうなんだ。それじゃあ、ここは喜ぶべき?」
「そうだよ。飛び跳ねて喜ぶほどだよ」
じゃあ、飛んじゃおうかな……、とか思ったがやめておいた。恥ずかしいし。
「宿代くらいは稼げたかな?」
「概算だけど、宿代を補てんしても、大幅な黒字だよ!」
おおっ!?ならやっぱり飛んでおくべきか!?
覚醒しちゃった件や、この後王城に入ることなど、いろいろ考えることはあるが、目先の目標は達成できたので嬉しい。素直に喜んでおこう。嬉しいときは喜ぶべきだ。
アイリスと今一度魔石を見て、ひとしきり喜んでいると、森の東側から足音が聞こえてきた。
一瞬で警戒感を取り戻す。二人ともだいぶ離れした感じは出てきたかな。
先ほどまで感じていた驚異的な感覚は消えていた。
相手の姿が見えるまで待つしかない。剣をしっかり構えていると、その対象が姿を見せた。
5人組の男達だった。
魔物ではなく、どうやら同業者だ。同業というには俺たちは経験がなさすぎる気もするが、ここはそう言わさせてもらおう。
「おっ、おめーは貴族の坊ちゃんじゃねーか」
「……?」
向こうは俺のことを知っているみたいだ。
俺は正直忘れてしまっていたが、たぶん笛をくれたおっさんだ。みんな見た目がごつくて、汚い感じなので見分けがつきにくい。申し訳ないな。覚えてほしいなら変な格好とかしておいてほしい。
危ないときは銀の笛を吹いて助けを呼べてと言ってくれた、金さえあれば優しいおっさんだ。
「ほらぁ、役所で笛をもたせてやったろ。もう忘れたのか?」
「いや、思い出した。笛は必要なさそうだから返しておくよ」
銀製で高価だろうからしっかり返しておいた。あとから変な請求されるかもしれないし。
「そうか。返してくれなかったら後で現金を請求しようとしたんだがな。大抵の貴族様は気前よく払ってくれる」
本当にそういう魂胆があったのか。それにしてもどこまでも正直な男だ。嫌いじゃなけど。
「おいおい、笛のことよりよ、この辺りでスゲー落としただろ。見たところ、あの真黒なところが現場らしいな。もしかして、お前らがやったのか?」
「……」
アイリスと視線を交わす。
ビミョーな顔をしていた。
「……違う」
「絶対嘘だろ!今の間は絶対に嘘だとわかる」
「俺らだったらなんかあるのか?」
「まぁ、とりあえず、俺らの臨時収入はなくなっちまうわな。あんなどでかい魔法をぶっ放す奴に助けがいるとは思えないし。むしろこちらからいろいろお願いしたいくらいだ」
「それだけか。じゃあ、俺がやった」
「じゃあってなんだ。最初からそう言え。でもな、あまり森を傷つけすぎると罰金をくらうって話もある。この森は王都には必要なものだからな」
「じゃあ、俺じゃない」
「おい!!言ってること無茶苦茶だぞ!」
もう、おっさんが面倒くさいのでこの場を離れることにした。
「アイリス、逃げるぞ」
「逃げるって言ってる時点で後ろめたさ全開だぞ!」
おっさんにこれ以上突っ込まれるのは良くない気がしたので、アイリスの手を引いて歩き出した。
「待て、待ってくれ。美味しい話があるんだが、一枚噛まねーか?」
美味しい話?
「そうだ、少しだけ待ってくれ。別にお前が森を焼いたどうこうを誰かに告げ口するつもりはねーからよ。俺の話を少しだけ聞いてけ」
そういうことなら聞いてやってもいいよ。美味しい話は俺も、アイリスも大好物ですので。
「俺らの今日の予定なんだがよ、一つ目はおめーらを救出してがっぽりお礼を頂く。二つ目は、ターゲットの魔物にマーキングをつける。今日はセーフティにこの二つをやろうとしてたわけよ」
一つ目の当事者なので、あまり聞いていて心地のいい話じゃないな。一体いくらほどぼったくるつもりだったのか……。
「この二つ目の予定がな、結構おいしい話でよ、これを一緒にやらねーかって誘いだ。今日は居場所を探るだけの予定だったが、おめーのような実力者がいるなら狩ってもいい」
「危ない話じゃないだろうな」
「相手は討伐指定のかかった魔物だから手強いことに違いねーけど、リターンは期待してもらっていいぜ。なんたって、魔石の売却金、役所からの特別報酬、更に今回とある貴族様が多額の懸賞金をかけている。前回助けた貴族様だが、そいつに襲われて未だに夢に出てくるらしい。だから討伐してくれって。我がままな依頼だが、俺たちにとっては美味しいことこの上ない」
確かに聞いた限りの美味しい。
でも、危険なことにも違いない。
具体的な金額を聞いてみたが、やはり美味しい。
正直その謎の貴族様からの報酬がどでかい。ビックリするほど。流石は王都だぜ。規模が違う。
俺は正直どちらでもいいのだが、アイリスはどうだろうか。
隣にいるアイリスの顔を覗き込んだら……、目が輝いております。
絶対にやりたがっている。俺が賛成したら間違いなく喜んで賛成するだろう。
俺が反対したら……、残念がるだろうがたぶん従ってくれる気がする。
「こんな風に森をぶっ壊せる魔法が使えるなら後ろのほうで援護してくれればいい。前線は俺たちで抑えるからよ」
なおさら美味しい話に聞こえてくるじゃないか。
「もちろん分け前は半々だよな」
「ダメだ。これでもいろいろと裏で苦労してんだ。7:3だ」
「6:4なら乗ってもいいかな」
「じゃあそれでいいぞ」
あっさり譲歩するあたり、そのくらいで妥協する威満々だったな。なんかやられた感じがする。
「アイリス、とうわけだけど、いいかな?」
「もちろん!」
快諾だった。知ってたけど。
「まだ名乗ってなかったな。俺はハンターをやってるガルドミラだ。業界じゃそこそこ名は通ってるぜ」
「俺はクルリ・ヘラン。貴族会ではあまり名は通っていない」
「よろしくな。実力者は大好きだぜ。ヘランってのはあの辺境の土地のか……。それと、クルリってのもなんだか聞いたことがある気がするな……」
「勘違いだろう。こっちに来たのは数年ぶりだし」
「そうなのか。じゃあいいか。よし、案内するから後ろについて来いよ」
ガルドミラ一行と合流して、彼らの後を付いていくことになった。
彼らの足取りは慣れたもので、普通に歩いているようでスピードが結構出ている。
ぬかるんだ場所も問題なく進む。流石に経験を積んでいると思った。
「腹とか減ってるなら言えよ。有料で譲ってやるからよ」
「持ってるので結構ですよーだ」
アイリスが言い返した。事実食料は十分にある。アイリスがそこらへんをおろそかにするはずはなかった。
「お嬢ちゃんは平民だろ。なんだか親しみが沸くぜ」
「平民だけど、ガルドミラさんに親近感を持たれるのはちょっと違う気がする」
確かに。薄汚い連中に親近感を持たれるアイリス、同乗します。
「クルリも貴族だが、なんだか他の貴族よりは親しみを感じるぜ」
俺もかい!!
「おっと、どうやらターゲットがいる場所だから少しこの場で休む」
ガルドミラが指示すると一味は全員その場に荷物を置いた。
俺たちもそれに倣う。
ガルドミラの仲間の一人がその間に気に上り、単眼鏡でターゲットを探っているようだった。
「ガル、この先にいるぜ」
本当に探っていたし、しかも見つけたらしい。あんな方法もあるのか。意外と優秀なんだな。
「距離は?」
「350メートルってところだな」
近いな。そう考えると、この場で休んだのは最善に近い選択だったわけだ。
「作戦立てるから、クルリ、お前らも来いよ」
作戦か……。うーん、どうしようかな。
「あのさ、俺がやろうか?」
「あ?」
「いや、だから俺がやろうかって。ここから350ほどだろう?なら俺がやれると思う。そのほうが安全で良いだろう?」
「……あ?いや、すまん、そんなことできるのか?」
「たぶんだけど、届くと思うよ。今はめちゃめちゃ調子良いし」
「ははっ、いや、スゲーな。貴族のくせに。いいぜ、やれるならやってみな。これで仕留められたら報酬は半々で山分け、それでいいぜ」
マジでか!?
提案してみるものだな。
「クルリ、もしかしてさっきの大きいやつ、もう一回使う気!?」
「いや、あれは余り距離は稼げないから、他ので行こうと思う」
「大丈夫かな?森が……」
心配先は森なんだね……。
とりあえず、攻撃は一任されたし、俺も単眼鏡でターゲットを確認する。
確かに見えた。ていうか、めちゃめちゃでかい。
3メートルはあるんじゃないか。筋肉も盛り上がってるし、明らかにモブたちとはオーラが違う。それに握っている武器が岩のかけらだったのが余計に怖い。
あの武器を選ばない感じは間違いなく実力がある証拠だ。
近くで一番高い木に登り、再度ターゲットを確認する。
しっかり軌道を決めて、魔法を発動した。
残った大量の魔力を注いでいく。
魔力の力で弓と矢を形作る。
魔力を凝縮させると手にも触れることが出来た。
弓の絃に矢をつがえて、思いっ切り引いた。
発射する直前、矢じりの部分だけは強力な炎へと変える。
凝縮した強烈な熱を持った矢じりだ。当たればただでは済まない。
狙いを正確に、矢を放った。
魔力でできた矢が飛んでいく。
俺の魔力なので、飛んでいく間も操作で来た。
加速させていく、軌道がずれればミリ単位で修正をかける。
加速、加速、加速、……。
何度目かの加速をかけたとき、矢は既にターゲットの頭を貫いていた。
矢は勢いそのままに、地面を抉りながら奥深くへ消えていく。
遠隔操作で大分魔力を消費したが、目的は達せられた。
ターゲットがその巨体を倒す。
しばらくして、体が霧状になり、巨大な魔石だけが残った。成功だ。
「こりゃたまげたな。こんな使い手が貴族にいたとは……。しかも、まだ若い」
「今日は特別調子が良かっただけ」
話している間にもう、ガルドミラの仲間が魔石の回収に向かっていた。
段取りのよろしいことで。
「クルリ・ヘランか……お前のことは覚えておくぜ」
「そうかい。俺はあんたのこと明日には忘れそうだけど」
「それは困る。また美味しい仕事があったら頼むかもしれねーのに」
「そうか。じゃあ覚えておこうかな」
「都合のいいこった。とろこで、宿はどこなんだ?貴族様御用達の場所じゃなきゃ用事があるときに尋ねやすいんだが」
「ん、王城」
「あ?」
「王城」
「王城!?」
こうして、俺とアイリスの初めてのハンター体験は終わった。
その後、森を抜け、ガルドミラたちと報酬を分け合い、俺たちは王城を目指した。