4章 14話
慣れた足取りでどんどん奥へ進む連中や、気だるそうに放浪する連中。
更に、割合は少ないが、俺とアイリス同様に初めてっぽい連中もちらほら見える。
「俺たちは森の浅いところでやろうか」
「うん、その予定。森の奥には手ごわい魔物も多いし、手配中の魔物なんかとやり合うと無事に済むかもわからないから。森の浅いとこなら、壁の向こう側に逃げることも容易だし」
「最初に速足で森の奥まで行った連中は手配中の魔物狙いだろうか?」
「随分と立派な装備をしていたし、恐らくそうだと思うよ。それかこの森の稼ぎどころのいい場所を知っているとか。魔物は出現するポイントにある程度の法則があるらしいから」
「へぇー、それは知らなかったな」
「私もそんなに詳しくはないの。学園にあった書物じゃそこまでの情報はなかったから。たぶん、彼らの経験則で動いているから、世間に広まるような知識じゃないんだよ」
それを知っているだけでも、十分な知識である。
正直この業界素人の俺にとっては頼もしいことこの上ない。
「ところで、モブの相場はどうだった?」
「うーん、正直この時期はハズレだね。春になるとゴブリンが大漁に増えるからゴブリンの相場が良くて稼ぎ時らしいけど、この時期は目立って相場のいい魔物はいないの」
「冬は魔物も休みたいらしい」
「そうみたい。だからね、ほどほどのリスクで、そこそこの稼ぎを見繕ったの。今回のターゲットはコボルトにしたよ」
今回!?次回もおありか!?
「コボルトと言ったら……、詳しくはないけど二足歩行の魔物でいいんだよね。それに武器を持っている」
「大体それであっているよ。犬面に2メートルほどの体格、大きな群れでいることが少ないからそれほどの危険はないと思うの」
「うん、いいんじゃないかな」
下手に意見を挟むよりかは、アイリスの考えを尊重したい。
彼女は自然なくらい普通に聡明で、危機管理の出来る女性だ。俺の方が知識がある場合でも、彼女に頼る方が正しい時だってあるほどだ。
「コボルトは森の南側に多く生息するの。でも、私たちが狙うのは東南エリアに生息するコボルト。ここのコボルトは群れから追い出されたはぶれ者で、しかも体格が貧弱だったりするの。その分魔石を売るときに安くなっちゃうんだけど、初めて、だし妥当なところだとおもう」
気のせいかもしれないが、アイリスが“初めて”の部分を強調した気がした。
あれ?彼女やるつもりだよ。絶対にまた来るつもりだよ。
まぁ俺もアイリスの案内についていきながら、ちょっとずつワクワクはしているのだが、やはりアイリスは俺以上にワクワクしている。
「アイリスと俺の実力ならいけると思う。それに俺には代案がないし従わせてもらうよ」
「うん。頼りにしてるから」
森の東側が壁に近く、皆そこから森に入っていく。
森の東南だと、すこし奥に入ってしまう形になるが、それほどのリスクはない。
実際奥に行けば日の光が差し込まない場所もあるらしいが、俺たちが到着したエリアは細い光の線が何本も差し込んでいた。
「視界は問題なさそうだ」
「そうだね。コボルトは鼻が効くから、奇襲は難しいの。だから、基本正面からの戦闘になる。ただ、このエリアのコボルトは逃げることも多いらしいから、逃がさないように気をつけよう」
「そうだな。逃げられたら深追いは止めとこうか。加勢があったらバタバタしてしまいそうだし。おっ……」
アイリスと並んで歩く、その視線の先に今日のターゲットであるコボルトらしき姿を捕えた。
距離にしてまだ100メートルはあるだろうか。木の隙間からほんの僅か見えるくらいだ。
しかし、あちらは既に気が付いていたのか、臨戦態勢だ。
片手に剣らしきものを持ち、こちらに歩いてくる。どうやらやる気らしい。
「あちらさんは気が付くのが早い。単独みたいだし、もちろんやるよね」
「うん。身長180くらいかな。情報通り、やっぱり南にいるのより小さいね」
俺とアイリスは剣を抜き放った。
抜きながら、アイリスが剣をすごくありがたがっている。これから遠慮なしに使ってほしいのだが、見ている限り少し不安だ。
最悪自分の身を犠牲にして剣を守りに入る不安すらある。
「アイリス、俺が前衛に立とう。魔法で援護を頼む」
「でもクルリの剣は短いでしょ?前衛は私の方が」
「慣れてきたら交代でもいいけど、今は俺がやろう」
俺が前に立ち、後衛のアイリスは後ろから気配を消しながらコボルトの様子を見つめる。
コボルトはいよいよ10メートルほどまで迫って来て、いつでも斬り結べるところに立った。
顔はまんま犬で、いや獰猛な狼か。涎を垂らしているので空腹なご様子。
片手に刀身の太いサーベルを持ち、体を剛毛で覆っている。全体的に青っぽい。
恐怖はないかな。やはり、好戦的な気持ちが優っている。
コボルトが助走をつけて突っ込んできた。
振り上げられたサーベル。動きは良く見えた。
カウンターの一撃も入れられただろうが、確実にサーベルを受けた。
衝撃が腕に走るが、全然問題ないレベル。
剣を弾き飛ばすことはしない。力比べでも勝てそうではあったが、今日の長い予定を考えると頑張りすぎるのもどうかな。それに、今はもう一人仲間がいる。
いつの間にかコボルトの後ろに回り込んでいたアイリスは、一瞬俺と視線を交わして、それを合図とばかりに両手から炎魔法を発動させた。
鋭く尖った槍状の炎が飛んでくる。
コボルトは全く気づかず、その背中にもろに炎の槍が突き刺さった。
背中から、腹まで貫通し、危うく俺にまで届きそうなその炎の槍は俺に到達する目前で消えた。
コボルトが倒れ、体が霧状に消えていく。残るのは青っぽいゴツゴツした魔石だ。
ふぅ、終わった。
危うく俺も貫かれそうだったけど……。
魔石を拾い上げている間に、アイリスも駆け寄ってきていた。
「私、うまくやれたかな?」
「上出来。いつの間に後ろに回り込んでいたのか全然わからなかった。それに魔法もすごかった」
危うく俺も焼き殺しかねないほどにすごかったです。
「そうかな?役に立てて良かった」
「アイリス、この魔石はどう?金になりそう?」
アイリスに魔石を手渡す。それをまじまじと鑑定していく。
その動きが素人の動きには見えないんですが……。片目をつむって凝視する姿なんて、もう十年選手だよ。
「うん、当たりの部類に入るわ」
「幸先良し、だな!」
プロ魔石鑑定士アイリスさんの評価もいただいたし、これはいいスタートが切れた。
怪我もないし、疲労も最小限だ。
「次行こう、次」
歩き出すこと、ほんの数分ですぐに次のコボルトに出会った。
今度は2匹組で、やはり先に気が付かれていて、相手は既に臨戦態勢に入っていた。
鼻が良く、先にこちらが気づいて奇襲できないのは確実そうだが、今のところ相手がかなりかなり好戦的っぽいのは何故か。情報では逃げることもあると聞いたが。
俺たちが弱く見えてしまうのだろうか。
確かにほかの狩りに来ている人間と比べるとか細いが。
見かけで判断するなど愚の骨頂。痛い目見せてやろう。
「やり方はさっきと同じで。俺が二匹ひきつけるから、後ろから仕留めてくれ。俺もやれそうなら剣で仕留める」
「わかった」
アイリスはさっきもそうだったが、集中すると凄い。
本当に気づかないうちにコボルトの後ろに回り込んでいたのだ。
コボルトだって並外れた嗅覚があるはずなのに、俺に気が向いていたとはいえ、その存在を認識できなかった。
きっと今回も彼女に期待して大丈夫だろう。
コボルト2匹がスピードを上げ、俺に向かってくる。
既にアイリスは姿を隠したようで、俺にはどこにいるかわからない。
コボルト2匹は一斉にとびかかってきたが、片方に躊躇いがあり、攻撃に少し差が生じた。
小さな差だが、これなら片方ずついなすことが出来る。
少し毛先を斬られたが、自分を褒めていいくらいに2匹を上手くいなした。
それからもコボルトが攻め続ける。
連携は悪いが、2匹とも先ほどの個体より強い。思えば体格も少し大きい。
無理なカウンターはこちらも傷を負いそうなので、現状維持に努めた。
剣をはじき返すが、追撃はしない。
今はアイリスを待つばかりだ。
期待通り、すぐに炎の槍が飛んできた。
最初に攻撃をためらったコボルトが頭を貫かれて、骨を焼かれる。
死んだ証として霧状と化して、魔石が残った。
これで一対一。
かなり楽になった。
アイリスがもう一撃放とうとしているが、コボルトには存在がバレてしまっている。
避けられる可能性が大きい。
俺が仕留めてもいいのだが、アイリスがもう次の槍を発射しようとしているので、それを待った。
槍が飛んできた。
コボルトはやはり気が付いていたようで、宙に飛んで華麗にかわした。
しかし、宙で無防備になったところですぐに俺が襲い掛かる
剣を、あとは突き刺すだけという距離まで一気に詰めるが――そこで、炎の槍がもう一本飛んできていることに気が付いた。
アイリスはどうやら初めの一本は捨て同然で放ち、2本目が本命だったみたい。
ふたりとも無防備になった状態のコボルトを狙うという、まさかの連携ミス!
しかも、炎の槍は連続で放たれたことで、若干の精度を欠き、あろうことか俺の視線に平行に飛んでくる。
慌てて剣を盾にして、炎の槍を受けた。俺の剣が勝ち、槍は貫通しない。
しかし魔力がはじけて、燃え広がった炎が俺の体を覆う。
着地したコボルトは俺が燃えている間に逃げて行った。一匹になり勝機を失ったのを悟ったようだ。
それはいい。まずは体を覆う火を消さないと。
炎に包まれているのに、あまり痛みを感じない。逆にそれが怖い。
ゴロゴロと地面を転がりまわるが、火は消えてくれない。
アイリスの魔法、強力すぎ!!
気が付くとアイリスが駆け寄って来て、水魔法をぶつけてくれた。
凄い衝撃で水がかかってくる。
つめてっ!体が冷える……、あれ?おかしい。
火がまだ消えない。
しかも、水でギンギンに冷えた体がすぐにポカポカと温まる。
それになんだろう。先ほどから、体に力がみなぎる。
「ア、アイリス!魔法はもういい!なんだか、様子がおかしい」
俺の声を聴いてアイリスが水魔法を止めた。
体にかかっていた水がジュウジュウと音を立てて蒸発していく。
あたりがかるく霧に包まれたみたいに、急激に水が水蒸気へと化していく。
「これって!?」
アイリスが驚いて、言葉が続かない。
俺も驚いている。なんたって、俺の体、さっきからずっと燃えている。
ごうごうと炎が踊り、俺の体から離れようとしない。
アイリスから受けた頬の槍が燃え広がり、俺の体を包んだはずだが、今はその炎が自分のものになっている不思議な感覚がする。自分の体の一部と言ってもいいかもしれない。
痛みはない。よく見ると体中どこにも傷がないので当然痛みなんてあるはずもない。
「なんだか、体の調子が凄くいいんだ。変な気分。もともと楽観的な性格ではあると自覚しているけど、今はなんだかもっと、世界でもなんでも手に入れられそうな気さえしてくる。いや、世界がすべて見えるような。とにかく変な気分なんだ」
「回復魔法も最近習ってけど、必要?」
「必要なさそうだ。なんだろうこれ、本当……。てか、いつ消えるんだろうか?」
「ごめんね。私が変なところに魔法を打つから」
「いや、いいんだ。二人とも連携がなってなかった。どっちかの責任じゃない」
実際そうだ。
今日が初めてハントで、こんなに魔法を使える二人組の方が珍しいだろうから、普通はないミスだと思う。
大体は、実力と共に連携が深まるのが自然だろう。
そこはハイスペックのアイリスと、クルリの体だから、いきなりこんなチートまがいな戦い方でバグが生じるのも仕方ない。
一向に消えない体を覆う炎。
赤い髪をしているので、頭も燃えているのかどうかわからない。
「もしかしたら、毎日鍛冶で火の魔法を使っているから変な病気になったのかも」
「絶対鍛冶関係ないよ!そうなると世の中変な人だらけだもん!」
「もしかしたら、赤い髪が影響しているのかも」
「絶対違うよ!やっぱりそうなると世の中変な人だらけだもん!」
おれよりも、なんだかアイリスがだんだんと焦燥感に襲われてきていた。
俺はだいぶ馴染んできたが、見ているほうが目に毒な状態なのだろう。案ずるより産むがやすしってやつだな。
まぁ、人ひとりが燃えているからアイリスの不安な状態は仕方ないんだけどね、これ。
バチバチいってきたし。木に燃え移ったか?
「芋……とか焼けそうだな」
「呑気!?でも、クルリが大丈夫そうならいいけど。どうしよう。いったん帰る?てか、帰っていいのかな?」
確かに常識的観点からはまずい。
「いや、でもまだ宿代稼いでないから」
「もうそんな状態じゃないよ!?」
「宿代は絶対に稼ぐ!何があろうと!」
「ありがたいけど!ありがたいけど、でも燃えてるから!ダメだ、私いままでクルリにいろいろ驚かされたけど、今回だけは頭がパンクしそう!」
若干目を回して座り込むアイリス。
どうしよう、不味い。
炎が消えれば彼女も落ち着くと思うんだけど。
「もう一回槍を刺してくれたら消えるかも」
「燃えているのに更に焼けと!?」
だめだ、これ以上アイリスには負担をかけられない。
魔法はイメージが大事だから、これもイメージでなんとかならないかな。
今凄く血が滾っている。気のせいか、滾るほど炎の勢いも増している気がする。
深呼吸して、大きく息を吐きだした。
若干炎がおさまる。やはり、それが正解みたいだ。
座り込んで、心を落ち着かせる。
出てくる思考や感情に意識を向けないようにしていたら、いつの間にか心が穏やかに静まった。
そして、体を覆う炎も消えていた。
「ふう、消化完了!」
「楽観的!クルリ楽観的過ぎだよ!さっきまで燃えてたんだよ!?」
「まぁおちつけ、アイリス。害はなさそうだ。ほら、この通り元気だし、それになんだか肌もすべすべしてきた気がする」
「美肌効果があるの!?」
「あっ、なんだか大量に汗も掻いているな。体中の悪いものが流れ出したみたいだ」
「デトックス効果も!?」
女性のアイリスには羨ましい効果だったみたいで、動揺した気持ちが興味に向いてきていた。
「その、クルリってなんでそんなことできるの?鍛冶や髪色は関係ないと思うんだけど」
「アイリスの魔法に変な効果があったりして」
「それなら魔物にも起きるはずだよ。それに学園でもこれより軽いやつだけど、猫先生に当てたことあるよ。でも、毛を焼いただけだったよ?」
当てたことあるんだ。
ある日、猫先生の髭がカールしていたのはそういう事だったか。
「じゃあ俺側の問題か」
「何か思い当たることはないの?」
「……」
ないことはない。
ぶっちゃけある。
我が家にあった変な魔法書だ。
俺はあれのおかげで、普通の魔法使いとは違う道で魔法を覚えた。
いかにもってくらい怪しい本だったけど、中身は凄かったんだよなぁ。
分かりやすいし、全て要点は抑えているし。
うわっ、絶対にあれだよ。モラン爺から貰ったあの本しか心当たりがないよ。
「……ある」
「あるんだ!?」
「あるけど、確定ではないし。そこにはこんなこと書いてなかった」
「なにかの本ってこと?へぇー、世の中には不思議なものがあるのね」
「子供のころから読んでいたやつなんだ。まだ続きがあるけど、最近は難易度も上がってあまり進捗が良くない」
「子供の頃から。そんなものを呼んでいるからクルリは変わっているのね」
おい、本音が漏れていますよ。
変って、モロ言っちゃってるよ。
「あっ、違うの!そうなんだぁ、クルリが一流なのがなんだか納得できたなぁ」
もう聞いたから!
変わってるって、聞いちゃったから!
「ん?」
炎を体の中に押し込んでから、やけに感覚が鋭い気がしていたが、それは勘違いではなかった。
「南の方角300メートルからコボルトが5体来る。体格は2メートルくらい。間違いなくさっきのより手ごわい」
「うわぁ、クルリが違う世界の人になっちゃった!?いや、もともと違う!?」
もともと違うって何!?
あっ、貴族と平民っていう区切りかな?それならいいんだけど。
「なんだか感覚が凄く鋭いんだ。アイリスの鼓動まで良く聞こえる」
「えっ?」
顔を赤くして、胸を抑えるアイリス。
やだ、なんかエッチな感じになっちゃった。
「いや、違うから。ごめん、本当は聞こえない」
「いいの。恥ずかしがった私もおかしいから。鼓動なんて聞かれたの初めてだし」
初鼓動を俺が奪ってしまったか。初鼓動ってなに!?
「アイリス、向こうもこちらに気が付いたみたいだ。向こうは200メートルほどの距離に入ると気が付くらしい」
「う、うん……」
若干まだ信じられないアイリス。
それもそうだ、いきなり賢者モードっぽくなられても困るよな。
王子が俺の前でこんな状態になったら、ほっといて帰る自信がある。うん、間違いなく帰る。
「俺がやってもいいかな?」
「どういうこと?」
「なんだか、炎は静まったけど、体中に力がまだ漲るんだ。なにか魔法でも放って発散したい気分だ」
「なら、いいけど……」
不安そうに、俺の顔を見上げるアイリス。
しかし、コボルトが本当に南の方から現れると、アイリスの感情は不安から驚きへと傾いていった。
俺は片手に意識を集中して、魔力を集めた。
アイリスと同じ炎魔法を。
相手が複数なので、炎の槍はパス。炎の球体をはじけさせて殲滅する作戦だ。
ぐぐっと力を込めれば、一気に炎の球体が出来上がる。
「ちょっと、クルリ!大きい、大きい大きい、大きすぎるよ!!森が消えちゃうよ!!!」
巨大な炎の塊が右手に現れていた。