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4章 13話

「あのね、こんなこと言っちゃっていいのかな……、でもすごく面白い夢を見て、どうしても話したいの」

朝食を共にしているとき、アイリスが勿体ぶったあげく、そんなこと話し始めた。

一体何事か。

言い淀むということは、王子の笑える夢でも見たのだろうか。是非、聞きたいぞ。


「発言するのは自由だろ。それに聞いているのは俺くらいだし」

「そうだよね。じゃあ、話しちゃおうかな。昨日ね、夢でエリザさんがクルリのお腹を何度も殴ってたの。もう、それが可笑しくて、可笑しくて」

その夢、俺も見たんですけど!?

正夢!?正夢なの!?ねえ!!


「あのお淑やかで、貴族の鏡みたいな人が夢中でクルリのお腹を殴ってるの。みんなの憧れみたいな二人が、そんなことしてるからなんだか可笑しくて。朝起きてもずっと頭に記憶が張り付いてるの」

笑えないんだけど!!

何発ですか!俺の夢では5発だったんだけれど!


「はは、ハハハ、笑える。次もさ、そんな夢を見たら話してよ。もっと聞きたいかも」

「そう?よかったー、二人の華やかなイメージに泥を塗るような夢を見たから、怒られたらどうしようとか思ってたの」

華やかさも何もない。なんなら夢の中のイメージが現実の姿に近いと思います。


アイリスが不気味な夢を見たことは置いといて、彼女がリラックスしていてよかった。

ガチガチに緊張していたら、魔物狩りどころじゃない。逆に狩られる側になってしまう。


「魔物狩りでへばらないように、しっかり朝食は食べておこうか」

「そうだね。なんだかまた笑ったら、一段と食欲が出てきた」

相当気に入って頂けたみたいだ。俺がエリザに殴られているのが、そんなに面白いのか。


「朝食が済んだら、まずは役所に行くね。モブの相場を確認するから」

「そこらへんは任せるよ」

「うん、モブにも相場があってね、王都が討伐してほしいモブの魔物はレートが良かったりするの。討伐した魔物は証明となる魔石を持ち帰れば、それで報酬が貰えるよ」

本当にお詳しい。

「深く考えずに済みそうで、気持ちが楽だよ」

「そうだね。段取りは全部私に任せて!クルリはちょちょいっと軽く魔物を捻ってくれればいいから」

信頼されているのは嬉しいけど、過信されてる気もする……。ちょちょいっとは無理かも。


「アイリス、武器は剣だけか?」

「その予定だけど?」

「良かったら俺の作った剣を持っていってくれ。結構評判がいいから、折れることもないと思う。剣だけで挑むのなら、それを使ってほしい」

「でもクルリがつくる剣は、本格的すぎて私が持つには……」

「いいから、いいから。耐久性のテストも兼ねてるから、是非使ってくれ」

「……うん、じゃあ大事に使わさせていただきます」


朝食が済んだ後、荷物をまとめて宿に預けた。

別途料金を払うことで、しばらく預かってもらえるサービスだ。


そこから剣と、軽く必要になりそうなものを見繕って、一本をアイリスに渡した。


「これ!?使うの!?」

目を見開いて剣を凝視するアイリス。

「ダメだよ。これって商人が店の奥に隠してる剣だもん。それか貴族様がお屋敷とかに飾ってる剣だもん。もしくは子供が読んでる童話とかで出てくるやつだもん!」

そんな大層なものではない。嬉しいけど。

その剣は、ジェレミー先輩が依頼してきた剣と似た作りだ。


ただ、こちらは余った材料が一本分には量が足りなかったこともあり、何種類か鉄を混ぜている。

軽い素材を組み合わせたので、ジェレミー先輩に渡したものより耐久値は下がるが、軽さは2段階ほど上だ。


「いいから。今日はそれでいくよ。今日中に折れることはないと保証するから、遠慮なく振ってくれ」

「遠慮なくなんて無理!あわわわ、折っちゃったらどうしよう。一生かかっても返せないよ」

大丈夫。あなたは返せる人だよ!てか、請求しないし。


それからアイリスはずっと心に重荷を思った状態だったが、いざ剣を抜いてみるとその魅力に取り付かれた。

剣が軽く、水が滴ったような剣身に見惚れている。瞳がぐっと開かれているので、気持ちがこちらにすごく伝わってくる。

「これ絶対に凄いよ!私詳しくないけど、素人でもわかるもん!うわぁー、私こんな剣を買える大人になりたいなぁ」

大丈夫。あなたは順調に行けば、それ何本でも買える人になるから。

気に入ったら買ってくれてもいいんだよ?出世払いで。


アイリスに渡したのは長身のスピードタイプの剣だ。

俺は、その半分くらいの長さしかない小ぶりの剣を。

剣身が太いので、重さはアイリスのものと同じくらいだ。攻守にバランスのいい剣だ。


実は俺も長い方が使いやすいのだが、あいにく手元にはこれしかない。

あまり荷物は増やしたくなかったから、これだけだ。

どうせ魔法メインでやるつもりなので、どちらでもいいと言えばいいのだが。


『役所』といっても訪れるほとんどの者が魔物狩りの専門家たちなので、通称『魔物役所』と呼ばれる建物の前に来ていた。

建物に入る面々は、どれもこれも筋骨隆々な連中だ。


俺とアイリスは、はっきり言って場違いだ。体の線の太さが全く違う。

俺たち二人を合体したらちょうどこの場に相応しいサイズになりそうだ。

だが、アイリスはそんな異端である自分たちを全く気にした様子を見せない。


強気の顔で、筋骨隆々の男の達の間を割って入る。

中に入ると、あたりを見まわして「あっちでレートの確認ができるの?」と髭モジャのおっさんに話しかけていた。

「おっおう」と逆におっさんが少し戸惑っていたくらいだ。


アイリスは多くの男たちが集まる巨大掲示板の方へと向かった。

段取りは任せるように言われているので、俺は入り口付近で待機だ。


「おう、赤い髪のボウズ」

坊主?俺?

声のした方を向くと、これまた体格のいい壮年の男がこちらを向いていた。

額にある水平な傷が印象的だ。過去の武勲だろうか。


「なんですか?」

「あんた貴族だろう」

やっぱり分かってしまうのか。

まぁ、ここの連中ははっきり言って汚い。不潔と言ってもいい。

それなのに、俺は全て一流の素材で作られた服を着ている。街中に居ても、見る人が見れば違いが分かるだろう。

それが、この場では綺麗な服を着ているだけで浮いてしまう。すぐにばれて当然だった。

高級な服を着ているのは、別に贅沢する趣味がある訳ではない。

旅で服を長持ちさせるには、いい素材を使うのが一番だ。案外これの方が長持ちして、結果お得だったりする。


「そうですが」

「がはっはは、受け答えも上品だな。別に貴族の坊ちゃんをからかいに来たわけじゃねーから安心しな。俺も貴族に逆らうほど馬鹿じゃねーしな」

「じゃあ何の用ですか」

「そう警戒しなさんな。あれだよ、こんなとこに居る貴族っていや、俺たちには臨時ボーナスに見えちまうのさ」

「臨時ボーナス?俺が?」

「そうさ、あんたがそうだ。貴族だってピンキリなのは知っている。でも、あんたは間違いなく上にいるような貴族だ。魔物狩りもただの道楽だろう?」

確かに、彼らからしたらそう見えてしまうのか。

嫌がらせに見えても仕方ない状態だったか。

いきなりぶん殴られるようなことがなくて良かった。


「想像に任せます」

「クールだね。まぁぶっちゃけ、あんたら貴族様は俺たちの仕事を舐めている人が多いのさ。道楽で来て、魔物にやられて怪我するパターンが非常に多い。そこで俺たちの臨時ボーナスが発生するってわけだ」

「ピンチを救って、その分お高い請求をしようって腹か」

「その通りでさぁ。でも悪い話じゃないでしょ。命が助かるんだし。まぁこの笛を渡しておきますよ。おれたちもそんな遠くにゃいねーから、すぐに向かっていくからよ」


服から戦いのシミが取れきれないその男は、全く予想外なほど綺麗なシルバー製の笛を手渡してきた。

ここらへんも、貴族仕様ってわけだ。


案外、貴族でこの場にやってくる人は多いのかもしれない。

彼の手慣れた感じを見てると、そんな予想がつく。

助けられた貴族たちは、一体どれほど請求されるのだろうか……。自業自得ではあるが。


「悪いが、期待には応えられそうにない」

「そうかい?みんなそういうけどなぁ。あんたいい剣持ってるから、報酬はそれでいいよ。ピンチのときに交渉も面倒だし」

どこまでも図太いやつだ。

まぁ嫌いじゃないけど。悪い人じゃなさそうだし。


「じゃあ俺行くわ。連れが来たみたいだし」

「おっ、あの可愛い娘もいっしょか。こりゃいい稼ぎになりそうだ」

まだ言うか。


それからおっさんがしつこく粘着してくることはなかった。

役所を出た俺とアイリスについてくることもない。


「さっきのおじさんと何話してたの?」

「なんでも、困ったときに助けてくれるらしいよ」

「へぇー、そんなサービスがあるなんて知らなかった。本にはそんなこと書いてなかったから」

「貴族専用サービスらしい。たっぷりと報酬は必要らしいけど」

「なるほど。賢いやり口ね」

学んじゃダメだからね!


「というわけで、レスキューもあることだし、存分にやってしまおうか」

「そうだね。速くこの剣を使ってみたいの」

「さぁ行こう!最低でも昨日の宿代は稼ぐ!」

「うん!!」


魔物は人の悪い気を吸い取って、その身を成すと言われている。

言われているだけであり、事実かどうかはわからない。

あまり、魔物が誕生する瞬間の情報は少ないのだ。そをに研究しようという変わり者も少ない。資金援助もないし、なかなかそこらへんの学問的進歩は少ない。


王都は人が多く、その分悪い気も多くなるので魔物も多いという道理だ。通説ではあるが。

だから、魔物を狩る専門の職業が成り立つ。


王都には、王城があり貴族たちが住む中心街と呼ばれる区域がある。

名前の通り王都の中心に位置し、そこを囲う塀がある。

一般市民は仕事上の立場を除いて、簡単に入ることができない場所となっている。

その中心街の塀の外に、一般市民たちが住む街が広大に広がっている。それが王都だ。


王都は人が多く、しかも来る者も後を絶たないため、街は常に拡大している。

だから基本的に、中心街を囲む塀のようなものは他にはない。


ただ一か所、王都西区、魔物の森前線を除いて。


王都は王城を中心として、円状に広がる街並みだが、西側だけは少し事情が違う。

途中までは街が普通に広がっているのだが、ある場所を境に、急に森が広がる。

境となるのは5メートルを超す巨大な壁だ。

壁は街と森を明確に区別する。

しかし、森は王都民にとっては街の一部という認識もある。


俯瞰で見れば王都は円形に街が広がっているが、西側の森もこの円形の中に入る。

だから、一部とみなす者もいる。

何より、魔物を狩るものたちにとっては無くてはならない存在でもある。


なぜ大都会の王都に森があるかというと、魔物は不思議と街中には誕生しない。

森のなかに誕生するという法則のようなものがある。


しかし、近くに森がないと、街に出る例も過去にはあったりする。

それ故、森はあえて魔物をそこに誕生させるために残されている。

必要悪的なものだ。


森が魔物であふれないように、魔物を狩る専門家たちが生まれる。

王都では彼らに安定した収入が入るように、きっちりとシステム化もしている。役所がその例であるし、アイリスが読んだ本も王都から図書館に支給されたものだ。

もちろん治療院や、その他もろもろ語り切れないほどある。


王都というのは、こういった面もあり、腕っぷしだけで成り上がりを目指してこの地に来る者が後を絶たない。

今日もそうしたルーキーたちが西区の壁を越えて、魔物の森へと向かおうとしている。


定刻になり、壁に取り付けられた二重の扉が開かれる。

一斉に広大な森へと駆けていくハンターども。


その中に俺とアイリスもいた。



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