7話
マリア・クダン。
国王の長女で、弟のアークは次期国王。
つまり、私=最強の女と言い換えてもよし!
この度、お忍びでヘラン領へ来ております。
お忍びというのは、ヘラン領の温泉が美肌に効くとかで是非入りたかったのですが、一国の姫がおいそれと流行りに乗るのはどうかと思いまして。
結局我慢できずに来たわけですが。
来て正解でした。
肌がすべすべして、香りで癒されます。
なんと素晴らしい温泉なのでしょうか。
お忍びですが、一応この温泉を整備したクルリさんにはお礼を申し上げておきますか。
母と弟がお世話になっていますし、当然ですわね。
うーん、聞いた通り温泉から上がっても香りが体にも残っています。
これなら帰りの旅路も楽しくすみそうですね。
「ヘラン殿のお屋敷へ。お礼を申し上げたら王都へ戻ります」
「はっ」
従者が応え馬車はヘラン邸へと向かった。
「ひひひひひ姫様!?」
領主が出迎えてくれたが、とても驚いていますわね。
まぁ私は最強の女ですから当然の反応ですけど。
「クルリ・ヘランさんに温泉のお礼と、先日母と弟がお世話になったお礼を申し上げにきましたわ」
「えーと、クルリは今、夏の避暑地の開発にでロンシュ滝へ行っているところです。
わざわざお越しいただいたのに本当に申し訳ございません姫様」
「いいえ、かまいわせんわ。
では、クルリさんへの挨拶はまた後日改めさせてもらいます」
「恐れ多いことです。ですが、来られるのならいつでも歓迎いたします」
「ところで、夏の避暑地の開発とは具体的に何を行っているのでしょう?」
「申し訳ありません。
お恥ずかしながら、私には息子のやっていることはよくわかっていなくてですね。
えーと、確か、滝がパワースポーツ、いやパワーアップ、いや、そうだパワースポットだとかなんとか言って出て行きました」
「パパパパ、パワースポット!?」
おっと危うく動揺を隠しきれないところでした。
「そっそれはなんですの?」
「すみません。私もよくわからないのですが、神秘だの運勢が良くなるだのとクルリが言っていた気がします」
神秘!?運勢!?
「…我が国の領地を確認するのも王族の大事な役目でございますわ。
私、領地を見て回るついでに、滝でクルリさんに挨拶してまいります」
「えっしかし、今は街道などなくあまり通りやすい道ではないのですが」
「構いません。領民の生活を知るいい機会ですわ」
「はぁ、では案内のものをつけさせます」
「よろしくお願いしますわ」
「クルリ様!!」「クルリ様!!」「クールーリー様!!」
ロンシュ滝はとてつもなくでかい滝だ。
早馬でやってきた使いのものが、大声をあげて数回呼んでやっとその存在に気づいた。
「どうした!!」
「王都より来客です!!」
「だれだ!!」
真横で話しているのにお互い本気で叫んでいる。
「だれとは聞いていませんが!!髪がくるっくるの来客です!!
なんでもお忍びで来ているようでして!!領主様がクルリ様に知らせるようにと!!」
ん?髪がくるくる?だれだ?
「クルリ様!!王都の有名な音楽家ではないでしょうか!!おそらく温泉のお礼とかでしょう!!」
開発作業のため連れている50人の働き手の一人が声をかけてきた。彼もやはり叫んでいる。
「なんで音楽家!!?」
「音楽家に限らず!!王都では芸術に携わるものの間で髪をくるくるにするのが流行っているらしいです!!」
「へえーそうなんだ。ところで君は何者!!?」
「名前はロツォンです!!普段は農地を耕していますが、こういった臨時の仕事があれば受けています!!ちなみに温泉発掘のときもいました!!」
「ああ、いた気がする!!めっちゃ良く働いてた人だ!!」
「いえ、そんな」
「なに!!?よく聞こえない!!」
「いえ!!特に何も!!」
「有名な音楽家ならきっと父上が対応しているだろうし、問題ないか」
「なんですかクルリ様!!?よく聞こえないです!!」
「いや!!なんでもない!!
ここの調査は済んだしみんなー!!次の目的地へ行くよー!!」
滝の音で聞こえているか心配だったが、伝言でちゃんと後ろまで届いたようだ。
「間も無く滝につくようです」
従者が案内の説明を伝えてくれた。
パワースポットがいかなるものか、この目で確認しなくては。
ロンシュ滝。
いざ近づいてみるとものすごく大きい。
音が大きすぎて、周りの音が全て消される。
水しぶきが細かく飛んできて、すごく呼吸がしやすい。
これがパワースポット?
何かが起きるのではないのかしら?
それとももう起きているのかしら?
でも、なんだかここに立っていると力がわき上がる気がするわ。
これがもしかしたらパワー!?
しばらく目を閉じて感じておこうか。
「姫様!!」
「姫様!!」
「姫様!!」
従者が数回大声で呼んでいたらしいが、全く気づかなかった。
きっとこのパワースポットが私の意志を支配していたのね!
パワースポット素晴らしいわ。
「近くの村人が言うには!!どうやらクルリ様は既にここを立って!!次の開発地に向かわれたようです!!
追いますか!!?」
「いえ、私はもう少しこの地にいます」
「え!!?なんです!!?」
「もう少しこの地にいます!!!
ところでクルリさん達はどちらへ!!」
「キリ湖に向かったとのことです!!
精霊の水がどうたらこうたらと!!集団で話しながら向かっていたそうです!!」
「せせせせせ精霊の水!?」
「なんです!!?」
おっと危うく動揺がばれてしまうところでした。
「そっその精霊の水とは何でしょう!!?」
「えーと!!普通水が綺麗すぎると魚は生きていけないのですが!!どうやらその湖は水がどこよりも透き通って綺麗なのに多種多様の魚が住んでいる秘境だとか!!」
秘境!?
「その水の秘密がわかれば国益になるやも知れません!!すぐに向かいます!!」
「はっ!!」
「クルリ様、何やら村人が報告したいことがあるようで」
湖の調査中、ロツォンが声をかけてきた。
後ろには村人が控えている。
「どうした!!?」
「えっ!?」
おっとつい滝同様叫んでしまった。
「どうしました?」紳士的に聞いてみた。
「クルリ様たちが先ほど調査していた滝ですが、何やら思いつめた表情で女性が立ち尽くしておりました。もしやあれは身投げでは…」
「えっ身投げ!?
困るよ。あそこは観光ルートの目玉なのに。
変な噂が立つとまずいなー。
わざわざ知らせてくれてありがとう。
はい、これお礼」
「ありがとうございます」
こういった情報がありがたい。
礼は惜しまない方が後々いいだろう。
銀貨1枚を情報料として村人に支払った。
「クルリ様」ロツォンさんが話しかけてきた。
「あの滝はむき出しの自然が何よりもの魅力です。ですが、音が大きすぎて恐怖を感じる方も多いのでは?
柵などを作っておけば事故も起きづらいし、それで安心して観光を楽しめる方も多いと思います。管理人などをおけば身投げしようとするものも近づかないのでは?」
「うん、いいね。じゃあ柵は後日張りに行こう。
ロツォンさん、なんかすごいね。
昔、何か学んでたりしたの?」
「いえ、自分は農作業だけの男です。管理人ですが、私の弟でよろしければ明日からでも向かわせます」
「じゃあ弟さんに頼むよ。みんな次行くよー!」
「うーい!」
「間も無くキリ湖でございます」
「はい」
パワースポットの次は精霊の水か。
どこまで私を楽しませてくれるのかしら。
「ぐへへへへ」
おっと、はしたない。
キリ湖、綺麗な場所ですわね。
湖を囲む木々はあれど、日差しがいいためすごく安心する。
湖は波一つ立たず、穏やかな水面が広がっている。
とても広い湖だけど起伏がないため奥までよく見える。
さて精霊の水はどう活用したらよろしいのかしら。
やはり飲むのかしら。
早速一口手に取り、飲んでみた。
「うまい!気がする!」
こんな水で泳いでいる魚はどんな味なのかしら」
後ろをみると従者の姿はなかった。
クルリたちがいないのを見て、また聞き込みに行ったらしい。
ふん。従者などいずとも、私は最強の女。
魚くらい己の手で捕まえますわ!!
水分をおもいっきりすいそうな服だけ脱いで、軽く体操する。
そりゃ!!
潜水開始!
魚を視認!
息つぎのため浮上!
もう一度潜水!
無機物にように魚に近づき、エラめがけて手刀を一撃!
すぐさま浮上!
「ふん、たわいもないわ!」
「お嬢様ーーー!一体、一体、なーにをしておられるのですか!?」
ちょうどもどった従者があわてふためいている。
「魚を少しばかりね。この魚さばいてくださる?」
「ええ、構いませんが。
しかし!姫様!このようなことはおやめ下さい。もしものことがあっては遅いのですよ!」
「今後は気をつけますわ」
「はぁ、わかりました。
それとクルリ様たちの情報を得てきました。
どうやら別荘を建てる地を見つけたようで、トータペイルの丘へ向かったとのことです」
「わかりましたわ!
ところでその別荘地は何か特別な逸話なんかあったりしてー」
「・・・昔、病にかかった子供がその丘で一晩過ごしたのち病が治ったという逸話はあるようですが。
所詮噂レベルです。到底信じられませぬな」
「わかったわ。
すぐに追います」
「おっお嬢様、もうしかして信じていらっしゃるのでは?
「まさか」
「クルリ様、また村人がきました」
「なんだろう」
ロツォンさんが何かを知らせたいという村人を連れてきた。
「クルリ様たちが先ほど調査していた湖ですが、子供達が溺れている女性がいたと騒いでおりまして、あまり人がおぼれるとか言った話のある湖ではないのですが。くれぐれもお気をつけください」
「えっまた!?
なんか今日ついてないなぁ。
報告ありがとう。これお礼ね」
「ありがとうございます」
「困ったなぁあそこは海水浴場として活用しようと考えていたのに」
「クルリ様、私に別の案があります」
「ん、言ってみてよロツォンさん」
「あの湖は綺麗で泳ぎやすいことは確かです。しかし、実のところ深いところは水深30mにもなります。十分に事故が起こる可能性のある深さです。
それにあの湖周辺は夏でも朝方は冷えます。
魚が多い湖ですので、いっそボート専用にし、釣りを楽しんでもらっては?
ちなみに私の妹は水泳が得意でして、湖を管理させればおぼれる人もいなくなるでしょう。
よろしければ明日からでも妹を向かわせることができますが」
「うん、ロツォンさんやっぱりすごいよね。それ採用!キリ湖は妹さんに管理してもらおうか」
「ありがとうございます」
「もうロツォンさんここの別荘地の管理人になってもらってもいいかな?」
「ありがとうございます。謹んでお受けします」
「よろしく。
じゃあ帰ろっか。
みんなー今日はこれで終了です。
賃金を受け取ったら各自解散で」
「うーい!」
「今日はいろいろあって疲れたけど、ロツォンさんがいてくれて助かったよ」
「いえ、こちらこそ弟と妹と私に仕事を任せてもらって、大変感謝しています」
「いやいや、これで避暑地計画もうまくいきそうな気がするよ」
「あっ、クルリ様目の前に」
「あっ!髪くるっくるだ」
帰り道に馬車に乗った芸術家っぽい男を見かけた。ロツォンさんの言う通り髪はくるくるだった。
馬車も豪勢で、きっと王都から来たお客人はあの人に違いない。
「ちょっとあいさつしてくるよ」
「いや、あれは温泉上がりでリラックスしている御様子。クルリ様が声をかければ向こうもある程度かしこまるはずです。ここは素直に見送った方があちらも心地よくかえれるかと」
「それもそうだね。流石だよロツォンさん」
「いえ、私なんか褒めるには値しません」
家につき、1日よく働いたからすぐに休みたかったが、父親が飛んできた。
「クルリ、王都からな「ああ、さっき会ったよ。向こうも帰り路だったのであえて止めず一礼だけして見送りました」
「おっそうか。それは良い判断だったかもな。いやー、父さんにとって嵐のような1日だったよ」
「いやいや、こっちも結構たいへんだったよ」
「そういえば、トータペイルの丘に素手でクマをなぎ倒した野蛮人が出たそうだが、お前は大丈夫だったか?」
「うん、会わなかったな。すごい人もいるもんだ。
明日、ロンシュ滝に柵張りにいくから、資金よろしく」
「ほっほ、お前の温泉でがっぽりかせいどるからの。よいぞ」