4章 11話
最近よく部屋を訪れてくる王子だが、此度は珍しくいいものをその手に持って来ていた。
「ほら、お前にだ」
その手に握られていたもの、それはラーサーからの手紙だった。
太々しい兄とは違い、可愛らしい第二王子のラーサーだ。俺を慕ってくれているラーサー、そして俺が溺愛するラーサー。ああ、可愛らしいこと。
懐かしいその顔を思い出しながら、ドキドキして手紙を開けた。
特に何か緊急の用事があっての手紙ではなかった。
久しく会っていないので、その挨拶と、近況といったところだった。
手紙とは本来そういうものなので、構えた俺の方が間違っている。
それでも、気になるところは三つある。
『久しく会っていなので寂しいです』という一文。
可愛すぎる。
愛しすぎる。
今どき、こんな純情な少年がいるだろうか。
俺をこんなに思ってくれているのは、ラーサーくらいしかいないんじゃないかと思うくらいの深い愛情だ。
俺も寂しいよーと念を送っておく。
ぴぴっぴぴー!……、届いただろうか。
そして、『アニキのつくった剣が王城で話題になっています』という一文。
これは、あれか。
ジェレミー先輩に頼まれたやつか。
ジェレミー先輩があれだけ褒めてくれていたので、ある程度の評価を受けていることは知っていた。
11人から追加で制作依頼が来て、それも既にジェレミー先輩が客に送ってくれている。どうやら、その剣たちは使い手たちに愛されているらしい。
しかも、評判になるほどに。
うーん、これは鼻が高いぞ。
それに、本当にこの道でやっていけそうだ。自信になるなぁ。
名前もちょっとばかし知れ渡っているみたいだし、この調子なら数年後には……、ふふふっふ。
狸の皮算用は止めにして、最後に気になった一文へと目を向けた。
『アニキ、良かったら冬期休みは王都に来ませんか?滞在中は我が家へお泊りください』
という一文。
一見、我が家へ遊びに来なよっ!というフランクな内容。
しかし、その我が家とは、王城を指している自覚はおありか!?ラーサー王子!
王城にお泊り目的で行く人間なんていません!
王都には何度かいったことがある。
あれは、確かにいい場所だ。
大自然が綺麗なヘラン領とは違った趣がある。
古く、大きな建物が多く並ぶ王都。あれはあれで、人類が作り出した美しさがある。
しかし、王城内には入ったことがない。
父さんが何回か行ったことがあって、その感想を聞いたことがある。
『んー、城がでかくてな、騎士もいっぱい居て、お腹がずっと痛かった』だそうだ。
幼稚園児みたいな感想だ。
王城はつまり、王族が住むにふさわしい壮大さ、更にその安全を守るために屈強な兵共が詰めかけている場所だ。
うーん、とてもリラックスできる気がしない。
最悪、俺も父さんと同じようにお腹を痛めて、同じような感想を口にしてしまうかもしれない。
とはいえ、かわいい弟分の誘いだ。
無下に断るのはどうなのだ?
ラーサーだって、何度もヘラン領に遊びに来てくれているじゃないか。
それなのに、俺は王都へ全く立ち入らないのは良くない。
ラーサーにだって会いたいし。
んー、と言う訳で、行くことに決めた!
ただ、冬期休みまでにはまだ時間がある。
冬期休みが終われば、俺たちも無事に2学年だ。
学年末の最後にはクラス入れ替えの評価に関わるテストもある。
この時期はだいぶ忙しくなる。
それらが済んだら、王都へ向かう準備をしよう。
王都は雪が良く積もるというから、積もった雪で遊ぶのもいい。
大型の店も多いだろうからショッピングも楽しめそうだ。
綺麗な女性もたくさんいるから、目にいいこと間違いない。
気が付いたら、王都を満喫する気満々で妄想していた。
なんだよ、案外俺ってノリノリだったりするのか。
夏季休暇同様、あの人の動向は気になる。
授業の合間に、捕まえた。
「アイリス、冬期休暇のご予定は?」
「未定だけど、一応誘われている場所はあって……」
「まさか……、王子から?」
「うん、王都に来ないかって。断るつもりなんだけど、なかなかしぶとくて」
苦笑いするアイリス。王子を傷つけずに上手く断るのに神経を削っているのだろう。苦労が伺えます。
「それなんだけどさ、良かったら王都に行ってみない?俺も行こうかと思って」
「そうなんだ!?でも、やっぱり私はいいかなー。夏のヘラン領は楽しかったけど、王都じゃ流石に田舎者の私は浮いてしまいそうだし」
「でもさ、ラーサーが会いたがっているんだよ。それに俺だって田舎者だし」
「でも、庶民の私と、貴族のクルリじゃ雲泥の差だよ。同じ田舎っぺでも、ほら、クルリは田舎の最先端を行っているし」
田舎の最先端!?
なに、その謎にかっこいい称号。
「田舎に上も下もないよ。それに、俺たちの田舎っぽさを抜くいい機会かも。アイリスは王子に正式に招待されているし、迷惑だってこともないだろ。行こうよ!」
「そんなに元気に誘われると心が揺れちゃうな。ヘラン領のとき同様に、働き手として呼んでもらえると楽なんだけどなー」
「ああ、そうか」
そうだった。アイリスにはそっちの方が案外居心地がよかったりするのか。
せっかくの休暇に働くなんて、俺は言語同断だが。
「じゃあ、王子に相談してみようか。頭が固くダメそうならラーサーに相談してみるのもいい」
「うん、そういうことなら前向きに考えてみるよ」
「俺が王子を捕まえてくるから。結果は待ってて」
と言う訳で、王子の説得へ。
「王子!仕事をください!」
「なんだ、藪から棒に」
若干不機嫌そうに昼食を食べていた王子を捕まえた。
隣には不機嫌な王子をものともせず、涼しい顔したレイルが。
「王子、冬期休暇にアイリスを王都に来るよう誘ったらしいですね」
「ふんっ、断られた俺を笑いに来たか」
「そうじゃないですよ。アドバイスに来たんです」
「アドバイス?信用ならんな。お前もそう思うだろう?レイル」
「僕は聞いてみてもいいと思うよ。夏季休暇はクルリ君がアイリスさんを勝ちとっているわけだし」
「くっ……」
王子の苦い記憶を的確に刺激するレイル。
アーク王子はそういや、夏も断られていたね。
「王子、アイリスは客として呼ばれることに大きな負担を感じるんですよ」
「……続けろ」
「だから、アイリスを王城の働き手として呼べばいいんです。雑事なんて任せれば最高です。彼女そういうの完璧ですから」
「ならん。アイリスにはアイリスに相応しい高貴な仕事を用意するべきだ。そんな雑事なんて押し付けられるか」
「相応しい仕事とは?」
「そうだな、何か政治のポストでも用意するか」
ドアホ!!
それは俺にくれ!!
「ん、ごほん、論外ですね。それなら客として呼んだ方がましです。そうだよな、レイル」
「このタイミングで振るかな?まぁ概ね賛成かな」
「馬鹿な!?貴様ら、アイリスに王城の清掃でもやっていろと言うのか!?」
「そうです。アイリスがそれを望むんですから、いいじゃないですか」
「……ならん!」
「それに、アイリスを国王様の部屋付近に配置したら、思わぬ化学反応があるかもしれません。
『あれ?あの綺麗な若い娘は誰かね?』
『ああ、あれは冬期の間だけ臨時で入っている清掃員です』
『そうか。若いのに、真面目に働いておる。よく見れば顔も大層きれいじゃ。そうじゃ、思いついたわい!あの娘、我が息子と結ばせようじゃないか!』
『おお、それは素晴らしいお考えです!すぐにでも手配しましょう』
てな感じで、国王様と謎の爺やの会話があるかもしれません」
「父上はそんな話し方じゃない。それに、謎の爺やじゃない。爺やはいる。そんなに簡単に話が進むものか」
とか言いつつ、楽し気な妄想をする王子。顔に出てるぞ。
聡明なのに、恋に落ちるとこんなアホな論理を真に受けてしまうらしい。
恋は盲目だなぁ。
「お前の言う事にも、一理ある」
ねーよ!言っといてなんだが、そんな奇跡起きる訳ねーだろ!
「そうか、そういう事なら、手配しておこうかな。あれだ、決定だ。そうしよう。アイリスを臨時で雇うことにした!クルリ、お前から伝えるように!」
一理どころじゃない。
全面的に受け入れられた。
上機嫌に笑いながら食堂を後にする王子。
機嫌がいいときはいつも笑いながら去って行く人だ。
「クルリ君も冬期休暇は王都へ?」
「ああ、ラーサー王子に誘われている」
「そう、じゃあ冬期休暇も退屈せずに済みそうだ」
意味あり気なことを言って、レイルはアーク王子を追いかけた。
レイルが意味ありげなことを言うとき、それは大抵意味がない。
アイリスはこれで王都に連れていけそうだ。
あとは、トトも誘っておこうかな。
多分いかないだろうけど。
畑で、犬のゴロウを乗り回しているトトを見つけた。
ゴロウは大型犬で、トトは小柄だから、なんだか様になっている。
それはそうと、いつの間に仲良くなったのか。
「トト、随分と楽しそうじゃないか」
「うん、こいつアイリスがしばらく居なくなるのを予感したのか、急に僕にすり寄って来た」
賢い!賢すぎるよゴロウ!
「まぁこうやってすり寄られると、案外可愛く思えてね」
上手い!取り入るのが上手すぎるよゴロウ!
「冬期休暇がもうすぐ来るだろう?王都に行くんだけど、トトも来るか?」
「いや、僕はいいや。それにこいつがこんな調子だし。どうせアイリスが帰ってきたら、また僕を追いかけ回すんだろうけど、可愛いうちは可愛がってやろうかと思ってね」
悟ってるよ!トトさん、悟ってますよ!
「そ、そうか。トトがいるなら、アイリスも安心して王都に行けそうだな」
「うん、楽しんできてよ。あと、前回みたいなお土産はいらないから」
前回とは!?
ああ、あれか。温泉水。
あれは絶妙なポイントを突いたいい土産だと思ったが、腹を下させてしまったしなぁ。
でも、チャレンジは止めたくない!
「お土産楽しみにしていていいぞー」
「聞いてる!?前回みたいなのは要らないって、聞いてる!?」
「楽しみにしてていいぞー」
「聞いてないよね!絶対聞いてないよね!」
旅の目途は立った。
道連れのアイリスも得た。
となると、残されたのは、学園での後始末だ。
いろいろと遅れた勉強もラストスパートで追い込んで、テストに間に合わせた。
準備は完璧で、試験も完璧に近い出来だった。
結果が楽しみだ。
学期末テスト、順位
1.アーク・クダン
2.エリザ・ドーヴィル
3.アイリス・パララ
流石の三強。
鉄壁は崩せなかったか。
しかし、俺だって結構良かったはずだ。
勇気をもって視線を進めた。
・
・
7.クルリ・ヘラン
8・レイル・レイン
やった!奴に勝った!
あのクール系イケメンのレイルに。
やつに苦杯をなめされられること暫し。
やっと勝ったぞー!
マジで気持ちいい。
これで来年もAクラスに居られそうだ。
それに、いい気分で冬期休暇に入れそうだ。
後ろの方で、宿敵に勝ったエリザの胴上げが行われていた。
あの高貴でお淑やかなエリザが宙を舞う。なんだか、見ていて凄く微笑ましかった。