4章 10話
灰に全身を包まれ、剣を一本仕上げた。
最近は腕の調子がいい。気分も乗っている。
こういう時は、大抵……邪魔が入る。
「夜遅くすまんな、入るぞ」
ほら、来た。
既に慣れたもので、王子は今日も自分の部屋のごとくずかずかと入ってくる。
「なんだ、嫌そうな顔しているな。帰ってもいいんだぞ?お前がそれでいいならな。ほら、帰るぞ、いいのか?」
面倒くさいな、異常に面倒くさいな。
アイリスに嫌われてしまえ。
当然口には出せないので、心の中で大声で叫ぶだけにとどめた。
「そんないい方されたら追い返せませんよ。で、何の用ですか?」
「今日はな、いい物もってきてやったぞ」
いいもの?
「嬉しそうな顔しやがって。さっきの嫌そうな顔を横に並べて見比べてやりたい」
「いいものとは?」
「物を過剰に欲する奴っていうのは、大抵心の底に何か恐れを抱えているものだ。やっぱりお前、何か良からぬことでも胸に秘めているんじゃないか?」
す、鋭い。恋愛面ではポンコツなのに。
「ま、まさかぁ。よっ王子のイケメン!クダン国一ッ!!」
「なんだ、そのあからさまなお世辞は。ま、悪いことしたのなら早めに言っておけよ。後々になれば対処が余計に難しくなる。さて、土産の話に戻ろうか」
「そうですね。その右手に持っている黒い箱がそうですか?」
王子の片手に握られているレザーでおおわれた四角い箱。
あれにいい物が入っているはず。匂いがする。俺の鼻が言っている。
「そうだ。お前が前々から報酬報酬、とうるさいから、特別に調達して来たんだぞ。これは王族や、貴族のなかでも限られた者しか食すことができない――
なんだ?そのあからさまに嫌そうな顔は」
王子は最近俺の表情を読み取ることに長けていると見える。
事実俺は落胆していた。
食べ物って。
王族からの報酬が食べ物って。
子供じゃねーんだよ!
食べたら終わるだろ、それ!
もっとあったでしょ、王城にいろいろと。壺!壺系が望ましい。絵画ならなお良し。
はぁー、お子ちゃま王子にはそこらへんのことがわからないようだ。
「お前、わかっていないな。前にお前自身が言っていただろう。報酬は後々価値が出る物がいいと」
「ん?よく覚えていますね、そんなこと。それなら何で食べ物を」
「食べ物は食べ物でもな、これはすごいぞ。いいから、まずはものを見せてやる」
王子は黒い箱を、両手を使って、大事そうに開いた。
中からは、うわっ、くっさ!!
臭い、めちゃめちゃ臭いぞ、これ。
「どうだ?凄いだろ」
「すごい、凄い臭いです!」
箱の中には、茶色い丸い球が入っていた。
かぴかぴで、皺だらけ。それで、魚を腐らせたような強烈な匂いを放っている。
ていうか、これ……。
「王子、二人きりだから包んだ言い方をしませんが……」
「ん?」
「うんこですよね、これ」
「うんこじゃない!」
「いや、うんこでしょ!匂いから形まで、何高級な箱に入れて誤魔化してるんですか!?うんこはうんこだから」
「あー失礼な奴だ。持って帰ろうか?いいんだぞ、持って帰ってもな」
だから、そんな言い方はずるい。ずるいぞ!
もう聞くしかないだろう、詳しい説明を。
「じゃあなんですか?」
「ミイラだ」
「ミイラ?」
「そうだ。しかも、太古の竜の目玉のミイラ。こいつを煎じて、飲めば、かなりハイになれる」
「かなりハイって、かなり危険な香りがするんですけど!?」
白い粉的な?マジで勘弁してほしいんですけど。
「正直言うと俺もそこら辺はよくわかってないんだ。だが、価値があることには間違いない。手に入れるのに、苦労したんだぞ。価値も落ちないだろう。ミイラだし、これ以上腐ることもない。もう腐っているし」
「うーん、父さんにあげるので、貰っておきます」
「おいおい、本当に高価なものだぞ。まぁどうしようかは、お前の勝手だが」
こんな汚い物、保管しておきたくない。
父さんにハイになってもらう。こういうものはあの人にあげるのが一番だ。
王子から貰ったものって言えば、きっとありがたがって、即刻食べるだろうな。
腹を下さなければ儲けものだろう。
「実はな、今日は他にも用事があるんだ」
「なんですか?借金ですか?いいですよ」
「違うわ!あれだ、あれ。あー、なんだっけ、ど忘れしてしまった。お前のせいだぞ」
「借金でしょ。照れなくてもいいですよ。なんですか?賭博でもやっているんですか?困った人だ」
「違うわ!ああ、そうだ、思い出した。お前大量に剣を保管していただろう。自作のやつを」
「ええ、あちらの部屋に」
「知っている。見させてもらうぞ」
なんの用かと思いきや、これまで何度も見てきた俺の剣を見たいと。
一体何の気まぐれだ?買い取ってくれるのか?是非そうしていただきたい。
しばらく隣の部屋からガサゴソと物音がしていたが、王子はなにをしているのだろう?普通に考えれば、山積みの剣を物色している。
しかし、あの王子だ。良からぬことをしている線も念頭に置いておくべきだろう。
扉の開く音が聞こえて来て、王子がこちらへ戻ってきた。
両手に、剣を三本持っていた。
「前々から思っていたんだが、お前の作る剣は、その製作者の曲がった根性とは裏腹に、これがなんとも言い難くはあるが……、美しい」
「え?」
今なんと?美しい?
「それでいて、機能性にも優れている。軽く、頑丈で、バランスもいい。うむ、やはりいい腕をしているな」
なに?急に。そんなに褒めても、別にあんたのこと、好きになんてならないから!
まずい、乙女っぽくなってしまった。
王子に褒められたくらいで動揺するな俺!
これじゃあ軽い女だと思われる!やはりまずい、心が完全に乙女モードになっている。
「素人が勝手なこと言ってんじゃねーだげ」
渋い声で、訳の分からない語尾をつけてしまった。
我ながら、もう少しまともな照れ隠しはできなかったものか。
「ああ、すまないな。職人のそういう繊細なところ、気をつけるべきだったな」
なんだよ、今日の王子なんだよ!
手土産は持ってくるわ、褒めてくるわ、嫌に素直だわ。
死亡フラグかよ。死ぬのか?この後?どうぞ、お気をつけて!
「この三本、貰っていくぞ」
貰うんだ。そこはバシッと、言い値でいいぞ!とかじゃないの?
ま、本当は別にいいんだけどね。どうせ、在庫状態だし。
「いいですけど、三本も持ってどこへ行くんですか?」
「ああ、ちょっと人に贈るんだ。いろいろと世話になっている人でな」
「世話にね」
「その人は、高価なものを嫌がるんだ。かと言って市場に多く出回っている物や、変な商品を贈って品位を損ねるようなこともしたくない。そこでいろいろ考えて、ふと、お前の作っていた剣を思い出した。あれは、そういえば、美しかった。そんな気持ちが芽生えてな。そう思って今日来てみたが、やはりいい物ばかりだった。今まで真面目に見ていなかったが、お前の腕はどうやら本物らしい。これなら、贈っても恥にならないし、多く出回っているありふれたものでもない」
たぶん、王子この後死ぬやつだ。死亡フラグ立っちゃったよ。いいやつすぎるもん。
そして、死んだあと、俺がめちゃめちゃ後悔して泣くやつだ。絶対そうだ、そうに決まっている。
「贈る相手、大事な人なんですか?」
「ああ、幼少の頃、城を抜け出して、知り合ったんだ。病気になった俺を解放してくれてな、それ以降もいろいろと教わった。俺が今まっすぐいられるのも、あの人のおかげだ。本当に素晴らしい人だ」
「それって、かなり大事な人じゃないですか」
「もちろんだ。俺にとっては家族も同然の人だな」
王子にもこんなピュア一面があるのか。いや、この人はもともとピュアか。
相手は一体どんな人なのだろうか。きっと生意気だった幼少期の王子を絞めてくれた人なのだろう。ムキムキのお兄さん?それとも聖母のような人?どちらでもいいや。
「なぜ3本なのですか?」
「そりゃあれだ、護身用、観賞用、保存用だ」
どこのオタクだ。
「はぁー、仕方ありませんね。2本だけ持って帰ってください。護身用の一本は今から真心を込めて打ちますので、明日にでも取りに来てください」
「ん?なぜだ?お前にはどうでもいい事だろうに」
「俺の剣のせいで怪我でもされたらかないません。せめて護身用のだけでも自信のあるやつを持って行って欲しいですね。それに、何かの縁です。せっかく俺の剣を選んでもらったのなら、中途半端なことは出来ないです。いいんですよ。明日の夜にはできていますから、取りに来てください」
王子は「そうか」と囁くように言い、その後にも何かを言ったようだが、聞き取れなかった。
剣を1本しまい、帰り際に王子が俺に声をかけてきた。
「なんだか、今日のお前となら生涯の友人として付き合えそうだ。お前……、今日この後死んだりしないよな?」
お前がな!!