4章 9話
「おっ、今日ってやってる?」
そんな馴染みの飲み屋みたいな言われ方しても困る……。
食堂で、先日仕事の依頼をしてきた上級生のジェレミー先輩と出会った。
あれから少し経つが、そういえばまだお兄さんの恋の行方を聞いていなかったな。
俺の作った剣が恋の一助になっていればいいんだが。
「ええ、たぶんやっていますよ」
恐らく鍛冶のことだろうと推測して、返事をしておいた。
同級生と一緒だったこともあり、「じゃあまた夜にでも行くから」と一言告げられてその場は別れた。
律儀なもので、本当に日が沈んでちょうど暗くなった頃、ジェレミー先輩がやって来た。
なんか顔がにやけていて、ほっぺたが赤い。
口臭からして、どうやら酒がはいっているようだ。
学園に酒を持ち込むのはタブーだが、上級生ともなると抜け道のいくつかを知っていてもおかしくはないか。
「先輩、結構飲んでいますね?」
「いやいや、バレちゃったか。まぁ今日は特別ってことで」
何が特別なのかは知らないが、まぁ迷惑な酔い方ではないので、被害を受けることもなさそうだ。
「よし、あがるぞ」
本人が希望するので、冷たい水を出してあげた。
ごくりと飲み干す。そして、すぐにもう一杯欲しがる。
一体どれほど飲んだのか。その割には足元はしっかりしていたが。
「いやー、昨日から飲みっぱなしでな。今日も昼からずっとだよ」
「いいんですか?教師陣にばれたら大変なんじゃ?」
「まぁ今日くらいは教師陣も勘弁してくれるのよ。なんたって、就職先が決まったしな」
就職先……。
そうか、ジェレミー先輩は最上級生だ。
もうすぐ卒業も控えているし、就職先の話が出て来て自然な季節なのか。
「俺はよ、一応貴族だが、まぁ端っこ貴族みたいなもんでな。ぎりぎり貴族ですって感じの家柄だから、何か家から引き継げるものってないんだ。でも、めでたく、王都の、しかも王城勤めの仕事が決まった。まさか兄貴と一緒に働けるとはな。これはめでたいことだ!飲まないとな!」
「おおっ!そうでしたか。それはおめでとうございます」
それでアルコールが許容されるわけか。期間限定で。
この学園も懐の深いとことがあるよな。鍛冶とかやらせてくれるし……。
「いやぁ、ありがとよー」
ジェレミー先輩は人好きする顔で笑った。
人当たりのいい人なので、素直にお祝いしてやりたくなる人だと思った。
「それでよ。この間の件さ。あれからすぐに兄さんに剣を送ったんだ。それからいいこと続きでな。兄さんは目的の相手とうまくいっているらしい。あの剣を相当気に入ってもらったってよ。なんでも、『彼女が眩しいほど鍛え上げられた剣をみて、笑っていた。私には、彼女の笑顔の方が眩しく、綺麗で、まっすぐで、心臓を真っ二つに斬られる思いがした』って手紙に書いてあった」
なんだそれ。
恥ずかしくなるから報告しないでくれ。酒を飲んでいないのに悪酔いしそうだ。
あんたの兄さんそろそろ目を覚ましたらどうなんだ!?将来死にたくならないといいけど。
「そ、そうですか。うまくいって良かったです」
「それからな、俺にもいいことがあったよ。兄さんに剣を送った数日後、倍率の高い王城勤めに受かったっていう知らせが届いたじゃないか!それから飲めよ、騒げよ、の日々ってわけだ」
「はぁー」
未だ酒の美味しさがわからないので、いまいち気持ちを理解するのは難しい。でも、嬉しいってことだけは100%伝わって来た。
「でな?まだ話は終わらねーんだわ」
そうだと思った。酒も入っているし、きっとまだまだしゃべり止まらないだろうなってテンションだもん。
「合格通知が来た後、俺は王城に呼び出しくらって、顔見せに行ったのよ。いろんなお偉いさんに頭下げたんだけど、最後にはまさかの超大物、宰相様にも会ってなー。いやー、威厳のあるお方で、いいもの見たよ」
宰相様って……、エリザのパパ上か……。
あの見た目ダンディ、仕事バリバリ、それでも娘が大好きすぎて他のことを二の次にしてしまういまいち決まり切らない人か。
改めて他人から言われると、やっぱり凄い人なんだなーって思ってしまう。
きっと権力バリバリなんだろうなー。間違った方に使ってないといいけど……、いかんいかん、自分からフラグを立てるようなことを!
「王城はさ、綺麗な人いっぱいいたよ。俺なんか相手にしてくれそうにないだろうなーって感じのかわいい娘がたくさん」
「ジェレミー先輩はいい人ですよ。真面目に働いていればいい出会いもありますよ」
「おっ、そうか?わかる男だなー、お前は!」
頭をなでなでしてくる。すごくやめてほしいけど、まぁ飲んでいる今日くらいはいいか。
「でな、まだあるんだよ」
はい、続けてくださいな。
「兄さんに挨拶しに行ったらな。なぜだか俺、騎士団の連中に囲まれてしまったわけだ。騎士団ってあれだぞ、幻想なんて持ったらダメだ。アレはな、緊急時にピッカピカの鎧をまとって、馬にまたがり、整然と行進していくからかっこよく見えるんだ。普段の奴らなんてただの芋よ。俺の学年で、同じクラスにもいたがな、奴らは喧嘩が強いだけの、芋よ!芋ットのはな、美味しいよ?でもな、ここでいう芋ってのはな、豚野郎のブタと同じで、あなた芋みたいに美味しくて柔らかくてほんわりしてますねってことじゃねーよ。芋野郎ってことだからな?」
なんだろう。きっと囲まれたその先に話したいことがあるはずなのに、騎士団は芋です、の話になって来たぞ。
「俺はな、芋たちに囲まれたんだ。筋骨隆々で、汗臭い騎士連中にだ。でな?奴らは言うんだ。マディに剣を用意したのはお前らしいなって。あのクルリ・ヘランと職人の名前が彫られていた剣を。マディ?誰ですかって感じだったよ。ああ、そうだ、兄貴が惚れてる女騎士の名前だって思い出した。ああ、あの剣ね。そしたらよ、そいつら俺に必死で詰め寄って来てな。俺たちにも一本寄越せっていうんだ!俺はよ、てっきり就職の祝いでも言ってくれるのかと思ったら、奴ら自分たちのことしか考えてねーよ。なんだよ、その筋肉だけじゃ不満なのか!?剣も立派なものが欲しいのか!?芋がバターを欲してんじゃねーよ!」
じゃがバターですね。それは正しい組み合わせですよ。ジェレミー先輩。
「だからな、俺は言ってやったんだ。俺のマブが造ってる。ただし、かなりの変わり者男でな、簡単ニャ造ってもらえねーと」
変わり者って俺か!?俺なのか!?
ジェレミー先輩、王城で既に飲んでいたわけじゃないよな!
「そしたらよ、そいつら必死に頼んで来てな。値段なら気にしないとか言ってきたから、俺も勇気を出していったのよ。そりゃ驚くような値段をな。ざっと俺の初任給半年分をだ。カッカッカッ!」
「半年分も……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「そして、これが預かって来た金だ!」
どこに隠し持っていたのか、ジェレミー先輩が大金の入った革袋を取り出した。
開いてみると、金貨がジャラジャラと自己主張しちゃっているじゃないですか。金貨よー、うふふふ、私金貨よーてな具合に。いや、本当は知らんけど。
「お、おおっ!?」
「総勢11名。とれるだけとって来てやったぜ」
「おおっ!!」
なんだか急に良いが冷めたように、クールな顔してジェレミー先輩は笑った。
「こんなにも!?いや、なんか悪いですよ。そうだ、手数料としていくらか持って行ってください」
「いいや、手数料はもらえねーな。ていうか、いらない。俺安定した仕事手に入れたしな」
高笑いしだすジェレミー先輩。やっぱり酔っているままだった。
「いや、でもなんかお礼をさせてください。こんなにも……」
こんなにも稼がせてくれて、ありがとうございます!マジで将来の見通しが明るくなりました!いや、本気で!
「いいってことよ。兄貴に送った剣は、今思うとよくあんな安値であれだけいい物を作って貰えたなーって感じだったし。それに、お前の腕はやっぱすげーよ。あんな剣を造れる職人なかなかいないって。腕を安売りしちゃいけねぇ。だから取れるだけとったのよ。それでも11人が仕事を頼んだんだ。お前の剣は、それだけの価値があるって客が認めたんだぞ」
おおっ!ジェレミー先輩、マジでイケメンに見えてきました!
地味な見た目だけど、貴族に見えないけど、どこにでもいそうだけど、でも今日は輝いて見えますよ!
「だからさ、その金はお前が受け取れよ。お前に対する正当な対価だ」
「はい、わかりました!クルリ・ヘラン、ジェレミー先輩の目に誤りがないことを証明するためにも、11人の客にも同等、いや前回以上の仕事をやらさせてもらいます!」
気がついたら騎士団がやる胸に拳を当てる仕草をしていた。
ジェレミー先輩いわく、芋たちのやるポーズはよせ、あの汗臭い感じを思い出す、とのことだ。
早速仕事に取り掛かった。
材料はまだある。足りない分を仕入れる間に、できるだけ仕上げておこう。まとめて送ることもないだろう。
出来上がったものから客に送ろう。
待ってくれているのなら、それが一番いいだろう。
ベロンベロンのジェレミー先輩は、寝るか帰るかすると思っていたが、どうやら残るようだ。
「仕事を見て行きたい」
と言われた。
見られるのには慣れている。邪魔にはならない。
むしろ、最初の客で、俺の腕を認めてくれた人だ。是非見て行ってほしい。
カンカン、熱した鉄を叩いていると、ジェレミー先輩が恭しく声をかけてきた。
「話ってできるのか?」
「ええ、この段階は大丈夫ですよ」
「ダメなときもあるのか、気をつけるよ。クルリは将来どうするんだ?王都に来るのか?」
将来か……。
そりゃヘラン領を継げるのが一番いいだろう。
そしたら安定した生活ができるし、それにー……没落したエリザを嫁に迎えることが出来るし?別にどうでもいいけど……。いや、よくないけど。別に興味ないっていうかー……。
まぁヘラン領を継ぐのが一番だ。
エリザが来ても生活レベルを下げることなく、満足いく生活させてやれそうだしね。まっ、来なくてもいいんだけどねー。興味ないし?別に……。
「俺はありがたいことに、領地持ちの貴族なので、たぶんそれを引き継ぎます」
「そうなのか!?てっきりこんなことしているから、俺と同じようなぎりぎり貴族だと思っていたが……。じゃあ、なんで鍛冶職を?」
そりゃ、そうだ。当然すぎる質問だ。
俺が逆の立場でも聞く。むしろ、聞かれないと逆に不安になるレベル。可笑しすぎるよ、俺の行動。どう説明しようか。
趣味?変すぎ。
哲学?わけわからん。
「手に職持った男って、かっこよくないですか?」
没落のことは伏せておいた。ていうか、まだ没落するってきまったわけじゃないし。エリザも大人しいし、エリザパパだって案外まともな人だった。
我が家も崩れる要素は少ない。
なら敢えて自分から言及することもないのだ。
「ま、わかる気がしないでもないかな。でも貴族の趣向からは外れているな。やっぱりお前変わってるよ。ま、嫌いじゃないけどな」
「そうですか。おれもジェレミー先輩のこと嫌いじゃないですよ」
「そう言ってもらえるとありがてーな。王城でも身分の高い貴族様方とやっていくから、ちょっと不安だったんだ。お前と話してたら、なんか気も紛れたよ。
お前も将来王城勤め目指してるんなら、入りやすい土壌でも作ってやろうかなって思ったけど、余計な気回しだったな」
そんなこと思ってくれていたのか。
やっぱり、優しいなこの人。ま、お兄さんの恋事件で、そのことはもう知っているけど。
「それに、お前は鍛冶職があるしな。なんならそっちでやった方が稼げる気がするしな」
「はははははは……、
まんざらでもない気がして来た。
ヘラン領の温泉が枯れたら、貴族ご用達の鍛冶屋でも開くか。
いかんいかん、我が領の温泉は永久に不滅です!
「じゃあ、俺はよ、そろそろ限界だから……」
「ああ、良かったらベッド使ってください。今日は眠れない気がするので」
オロゲロオロゲロオロゲロオロゲロ――
いや、限界ってそっちかよ!!
勘弁してくれ!!
「す、すまねぇ、あっ……」
オロゲロオロゲロオロゲロオロゲロ――
「喋るな、もう何も喋るな!」
「けどよ、最後に、クルリ、これだけは……」
「もういいって。喋るなよ。もう分かってるから!」
どうせ吐くんだろ!?
「俺は、お前と……」
オロゲロオロゲロオロゲロオロゲロ――
「うっ……」
行った。ジェレミー先輩は行ってしまった。夢の世界へと。
おいおいおいおい、誰がこのゲロを片づけるんだよ!!なぁ!!