4章 8話
風邪をこじらせてしまった。
初仕事で体調を崩して以来、ダラダラと不調を引きづっていた。
あー、喉が痛い。
食堂まで朝食を摂りに行くのが億劫だ。動きたくない、寒い、だるい。
そんなときに限って来客があったりするものだ。扉が軽快なリズムでノックされる。
重たい体を引きづって、扉を開けた。
「あっ、エリザ!」
ガラガラ声だったが、驚かずにはいられない。そこには何やら照れ臭そうにしているエリザがいたのだ。
「朝食まだでしょう?持ってきたわ!」
勢いよく、朝食が入ったと思われるバスケットを突きだす。
ハンカチがかけられているが、空腹の俺の嗅覚を覆うことは敵わない。
トマト系の料理が入っているぞ。さっぱりしているので、朝方にはもってこいだ。
これは素直に嬉しい。
「ありがとう。ちょうど腹を空かせていたんだ。本当に助かるよ」
「ふんっ、随分とひ弱ね。情けない」
情けない男は嫌いですか?と聞いてみたい気もするが、体の不調が更に声高に自己主張しだしたので、俺は素直にベッドに戻ることにした。
「よかったら……、上がっていく?」
「……、そうね、そうしようかしらっ!」
何故語尾が凄く勝気なのか知らないけど、上がってもらうことにした。
きょろきょろとしているが、鍛冶場が気になるのだろう。
あれは仕方ないよな。だれでも気になる。真黒だし、女子は好きになれないよね。
まぁすぐに慣れるから、ちょっとだけ我慢してください。
お茶を入れてあげる余裕もないので、楽にしてもらうようにだけ伝えた。
俺はベッドに入り、テーブルを近くまで引きずり、そこに朝食を乗せて食べることにした。
マナーはなっていないが、この際仕方がない。本当に辛いのだから。
布団をかぶりながら、バスケットの中身を確認した。
パン、スープ、鶏肉の炒めと、サラダ。
有り難い、バランスが良くて素晴らしい。
「エリザはもう食べたのか?」
「ええ、食堂でいただいてきたわ。あっ、そのトマトスープすごく美味しいのよ!」
「そうか」
「……そうよ!」
少しはしゃいだのを恥じたのか、エリザが顔を背けた。
エリザの言う通り、確かにすごく美味しいスープだった。
「体があったまる。野菜が欲しかったので、今日のメニューはアタリだな」
「ええ、そうね。でも昨日の夕食はもっとアタリでしたわ。なんたってイモづく……」
エリザはそこまで言って、にっこりと笑い、なかったことにした。
いや、聞こえてるからね。芋って聞いたから。
昨日の夕食は抜いたから知らないが、芋がたくさんあったんだね。
それに、もう知っているからね。エリザが芋大好きなこと。
俺はサラダにも手を伸ばし、中にジャガイモが入っているのを確認した。ポテトサラダが添えられていた。
「よかったら、一口いる?」
「……、いりませんわ」
悩んだ!悩んだぞ!なんだ、今の一瞬の間は!
もう食べたのに、ジャガイモが入っているだけで悩んだぞ!
無類の芋好きだよ!芋フェチだよ!
体重とか大丈夫ですか!?細いから大丈夫ですよね!
「あっああ、よく噛んで食べてくださいね」
芋をぞんざいに食べる俺に、エリザが声をかけた。
よく噛むことはいいことなので、せっかくの機会と思いよくよく噛んで飲み込んだ。
うん、芋ってこんなに美味しかったんだ。今まで気づかなかったよ。
「ジャガイモって結構甘いんだな」
「そう!ジャガイモってよく噛んで食べると、ほんわりその身の持つ自然な甘さが出てくるのですわ!」
言い切って、キャラが崩れていることに気が付いたのか、エリザはにっこりと笑った。
言い切ったのに、誤魔化す気だ。
いや、あの顔の筋肉を100%制御したかのような笑顔は、先ほどのことをもみ消すつもりだ。力づくで。
彼女の前で、気安く芋の話はやめておこう。いつか飛び火してくる気がする。
パンもメインの鶏肉も食べた。大分食欲は戻っているようだった。
人に見られながら食べるというのも変な感覚だが、集中して食べたからか、細かい味までわかった。体長が上向いてきている兆候かもしれないな。
食べ終わり、片づけようとすると、エリザがそれを制した。
「私がやりますわ。朝食だけでなく、看病にも来たのですから」
エリザは言葉の通り、片づけを始めた。
彼女ほどの高貴な方に雑事を押し付けるなんて、なんて贅沢。
たまに風邪をひくのも悪くない気がして来た。
コンコンッ。
今日二度目の軽快な音が扉から響いた。
「はーい」
エリザが高いトーンの声と、軽快な足取りで玄関へ向かった。
奥さん!?
今の、「はーい」は奥さんの「はーい」なんですけど!?
それでいいんですか!?エリザさん!
「今開けますねー」
扉が開けられた音がした。すぐに閉められた。
なんで!?
絶対に来客の対応してないよね!なんで急に閉めるの?
何があったの?誰がいたの?
逆に気になって眠れないんですけど!
「え、エリザ。なんで戻って来たんだ?誰か来たようだけど」
「あれ?そうですか?」
白々しい。唇に人差し指を当てて、首をかしげているが、そんな動作初めて見たぞ。自然に出てこない演技染みた仕草に違いない。
扉が再度ノックされた。
やはり誰か来ているようだった。
エリザから若干のイライラした気持ちを感じた。
それでも彼女は再度ノックされた扉へと仕方なく向かう。
「あーら、何の用かしら?」
「えーっと、クルリが体調を崩していると聞いたから朝食を持ってきたんだけど……、もしかして遅かった?」
「ええ、もう遅いですわ。おーほほほ、クルリ様は既にお腹いっぱいですわ!」
「ああ、それは良かった。私も上がっていいかな?クルリの様子を見て見たいし」
「ダメですわ!」
なんで!?
声からすると、来客はアイリスに間違いない。
敵意むき出しのエリザに戸惑っているのがわかる。
なんだかアイリスが可哀そうになって来たので、重たい体を再度起こして、二人に割って入った。
「よく来たね、アイリス。さ、二人とも奥へ入ったら。中は暖かいし」
と言う訳で、朝食を持って来てくれたありがたい二人が一緒になった。
俺の体はまだベッドから解放されないので、やはり二人には楽にしてもらうことに。
お茶とお菓子はあるので、そこらへんは自由にしてください。
「うーん、朝食食べたばっかりだし、何もいらないかなー。それより、クルリの方こそ何かいる?準備するけど」
「いいえ、クルリ様は何も必要ありません」
何故か、エリザが答えた。事実なので、彼女は俺の心を読む異能の持ち主かもしれない。違う可能性の方がはるかに高いが。
「この余った朝食残すのもったいないし、食べよっか。これだけ食べたら太っちゃいそうだね」
苦笑いしながらも食べ物を大事にするアイリス。流石は庶民の鏡。
そのアイリスが食べる様子を見ているエリザ、顔は向けずに横目だけ。
バレバレですよ。
アイリスの手がサラダに伸びた時、エリザがピクリと反応した。
「ん?エリザさん、サラダ欲しいの?」
「わ、わたくしのように高貴な方が、いちいち食べ物に反応するわけないでしょう!」
「そうだよね。私は隣で好物を食べている人がいると、すぐに反応しちゃうんだー。やっぱり貴族様はそういうがめついとこはないんだね」
てへへへ、と恥ずかしそうに笑うアイリス。
止めてあげて!エリザも一緒だから!めっちゃ芋に反応しているから!
「あっ、このジャガイモ美味しい!今日のはいいやつ使っているなー」
俺も美味しく感じたジャガイモを、アイリスも褒めた。
なんだ、今日のやつは純粋にものが良かったのか。
「え、ええ、今日のジャガイモはなかなかのものよね」
絶対に維持を張り続けるかと思ったエリザが、アイリスの言葉に反応した。
芋が二人に架け橋をかけたようだ。
「そうだよね。私ジャガイモって好きなの。ていうか、野菜は全体的にすごく好きだけど」
「ええ、美味しいわねっ!」
冷静を装っているけど、嬉しさが語尾に現れるエリザ。
芋トークに芽が出てきそうな雰囲気だ。ジャガイモの芽は毒だけど大丈夫だろうか。
「実は、私前からエリザさんともっと話してみたいと思っていたの。ねえ、エリザさん、私は平民だけど、良かったら友達になろうよ」
「断ります!でも……、ちょっと話すだけならいいわ」
「ああ、良かったあ!なんだか、それだけでも嬉しいよ。ねえ、エリーって呼んでもいいかな?」
「ダメですわ!……、まぁ今は、ね」
若干頬が赤いエリザ。嬉しかったのか!?
エリーと呼ばれたのが、嬉しかったのかよ!?
あれっ、それにしても、エリーってちょっとかわいいかも。いや、かなり可愛いじゃないか!
「え、エリー」
ガラガラ声で、調子に乗って便乗してみた。
激しいビンタが帰って来た。
あー、凄く痛い。さっきまでおでこが熱かったけど、今は猛烈にほっぺが熱い。
便乗失敗。
「ねえ、エリザさん。エリザさんはジャガイモ好き?」
「ええ、野菜全般好きですわ」
うわっ、濁したよ。芋が好きなくせに。
「ねえ、良かったら私の畑に行かない。大きくてしっかり身が詰まったジャガイモがそろそろ収穫なの。自慢の一品だから誰かに自慢したかったの」
「……、行きましょう!」
二人は仲良く連れ立って、我が部屋を飛び出した。
少女らしくない趣味だが、仲良きはいい事かな。
あれ?俺の看病は!?
ごほっ!ちょっと、なんだか悪化して来たんですけど!?
ねえ!!
その直後、扉がコンコンと鳴った。
良かった、どうやら途中で俺のことを思い出して戻ってきてくれたらしい。
嬉しくてベッドから飛び出て迎えにいった。
「おかえ……」
そこにはトマトスープの香りがするバスケットを抱えたレイルがいた。
「やぁ、朝食持ってきたよ」
「いらん!」
力強く扉を閉めた。