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4章 7話

「学園内の鍛冶屋はここであっているか?」

「……、たぶん違います」


珍しく扉から礼儀の正しいノックがあったと思いきや、発言内容は相変わらずおかしなものだった。

学生の身分であり、まだ鍛冶屋を開いた覚えはないので、扉を閉める。


「まっ待ってくれ!仕事の依頼なんだ!ここが腕のいい鍛冶屋だと聞いて」

腕のいい!?

ようし、少しだけ話を聞いてみようかな。


部屋に招き入れたのは、ジェレミー・トアライズ、この学園の3年生。

素朴で、人当たりのいい人だった。少なくとも今はまだ好感の持てる人だった。

変な来客が多いので、こちらも変に身を構える癖がついてしまっていた。


相手は上級生ということもあり、礼儀を欠かさないようにお気に入りの紅茶を出してあげた。

決して褒められたからではない。


「どうもこの寮室で剣を打っている生徒がいると聞いた」

自信なさそうに言っているが、あたりを見るにつれてそれが確信に変わっていくのを見た。

あくまで趣味でしかないので、誤解なんだけどな。


「どうやら噂は本当なようだ。作業場を見るに、毎日やっているようだな」

「ええ、あくまで今の段階では趣味ですが」

「そうか……」


情報が違うことをしって、ジェレミー先輩は少し恥ずかしそうにした。

自分が先走ったのを知ったのだ。

常識のある人っぽいので、少しだけこちらも安心した。


「それでも、目撃情報が多くあるんだ。この部屋で剣を造っている者がいて、しかも出来がかなりいいと。こう、素人目に見ても、どこか繊細で、力強い作りだということがわかると聞いた。そんな噂を聞くたびに、興味が沸いてな」

繊細で、力強い!?

ほうほう、続けたまえよ、先輩。


「そして、今回ちょうどいい用事が出来てな。これはよし、と思い仕事を依頼しに来たんだ」

どうやら先輩の中で、俺の評価はすでにある程度のものがあるらしい。

嬉しいことではあるが、まだ自分は修行の身という気持ちが強いので、正式に仕事を頼まれるのはなんだか緊張もする。


「自分はクルリ・ヘラン、一年生です。いろいろあって、鍛冶職を学び、修行していますが、未だ半人前という気持ちが強いです。師匠には認めてもらいましたが、まだ客を持つには早いかなと思います」

「そうなのか。でも、評判はすごいものだぞ。決して嘘ではない。俺の他にも興味を持っている者は多いんだ」

「そうですか……」


やっぱり褒められるのは嬉しいな。

どうしようか。


「まぁ取り敢えず、話は聞きます。事情次第では」

「そうか!それはよかったよ。是非聞いてくれ!」


長くなるようなので、熱い紅茶をもう一杯出した。

決して褒められたからじゃない。


ジェレミー先輩には一人兄がいるらしい。

その兄は王都のしかも王城で働く貴族だ。


仕事熱心で、かなりの堅物。

趣味はなく、弟のジェレミー先輩ですら、何を楽しみに生きているのかわからないほどの人物らしい。そういう人物は人生そのものが好きだったりするのだが、まあ今は関係ない話だ。


そんな堅物の兄が、数年ぶりに弟へ手紙を書いたらしい。

友人もおらず、頼れる上司や、可愛い後輩も近くにいなかったため、彼は弟のジェレミーに手紙を出すほかなかった。

知らせがないのは無事な証拠だと普段から思っていたジェレミーは、急な手紙に驚きを隠せなかったそうだ。

急いで手紙を開封すると、そこには弟の彼ですら想像のつかない内容が記されていた。


まず、手紙のはじめは、この一文から始まっていた。


『最近、なんだか心が苦しい』

ジェレミーは顔を手で覆ったらしい。

手紙の内容を一瞬にして読み取り、気恥ずかしさと、兄の不器用さを嘆いたのだ。


同時に驚きもあったが、父親も堅物な人物なので、同じ堅物の兄にもいつかは春がくるという予想は普段から持っていた。

だから、驚きよりは、気恥ずかしさという気持ちが上回ってしまったのだ。


堅物で、後方事務職をしている兄だが、なんと恋した相手は前線バリバリの騎士団の女性らしい。

その女性は騎士団でも有名な荒くれ物でかなり腕の立つ人物だった。

絶対に嫁の貰い手がないと言われているほどの人物だ。

騎士団の誰かが、あいつを貰ってくれる男がいるなら俺はその男に100樽の酒を奢ったっていい。苦労するのが見え見えだからな!と豪語したこともあるくらいだ。


そんな性格が対照的な二人は、意外な場所で出会う。


ジェレミーの兄が深夜、王城にある貴族専用の共同浴場に入っているときに、なんとその騎士団の女性が入って来たらしい。

もちろん全裸で、しかもまったく恥ずかしがる様子もなく、我がもの顔で。


「こ、ここは男湯ですが……」

「あ?だからどうした?」


彼女はジェレミーの兄を気にすることなく体を洗い続けたらしい。

彼はそんな姿を見て恋に落ちたのだとか……。


えっ!?

と声が漏れたのは、ジェレミー先輩には聞こえなかったようで安心した。

世の中に変わった恋をする人がいるもんだと、感心したものだ。


普段、男同士でも大事な部分をタオルで隠すような兄らしい。

もしかしたら、エロティックな目ではなく、本当に世界が変わるような衝撃を受けたのかもしれない。

そう告げると、ジェレミー先輩も同意した。

「たぶん、そちらの線が有力だと思う。兄さんの手紙に、彼女と出会ったときのことが書かれていたんだ」


『彼女は体をさらけ出すことに一切の恥じらいがなかった。あたかも戦神を見るかのような気分にさせられた。ああ、あの姿が忘れられない。ああ、彼女のことが頭から離れない。ああ、世界がなんだかもやもやしている。きっと私は大病にかかったのだ。王都の名医ですら苦笑いして、病名を告げてはくれないのだ。どうしたらいいのだ、最愛なる弟よ、兄を助けておくれ』


「うーん、なんだか重症ですね」

「そうなんだ。重傷だ、かなりな。あの堅物の兄が俺に、最愛の弟、なんて言葉を使う日が来るなんて思いもしなかったさ……」


言い終わり、ジェレミー先輩は変な化け物でも見て来たかのような顔をした。

確かに、全く違う兄の姿を見せられたのだ、ショックは大きいこと間違いない。


「それで、どうしてここに来ることになったのです。全く繋がりが見えませんね」

「ああ、そうだった。それで俺は兄に助言したんだ。何かプレゼントを贈ればいいのではないかと。しかし、兄のことだ。きっと声をかけることすら躊躇われたのだろう。プレゼントを渡す口実が見つからないだとかで、毎日のように学園に手紙が届くんだ」


疲れた様子でジェレミー先輩は続けた。


「やれ、花を渡して気に入られなかったらどうしよう。やれ、他に好きな男がいたらどうしようと毎日そんな内容の手紙が届く」

「……苦労お察しします」

「はぁ、それで俺はいったんだ。誰か彼女に詳しい人物に彼女が欲しがっている物でも聞けと。そしたら彼女は剣を欲しがっているということが判明した。ならば剣を贈ればいいと伝えたのだが、どんな良品を見てもなかなか自信が持てないそうだ。だからいっそのこと、お前が何かいい剣をえらんでくれないか、と頼まれた訳だ」

「なんだか、大変な兄を持ちましたね」

「まぁこれでもいろいろ世話になっているしな。それに昔から手のかからない子だと言われていた兄さんだ、きっと人生で最高に面倒くさい時期なんだろう。今くらいは協力してやりたいのさ」


ジェレミー先輩の懐の深さに感銘を受けて、この人の良さそうな青年に剣を打ってやりたい気分がこみ上げてきた。正しくは、この人の兄にか。

こんな純粋な気持ちの人達にこそ、鍛えてきた腕を発揮するべきなんだろうな。


「うーん、しかし、そんな大事なものを私に頼みますか。王都にはもっと腕のいい職人もいるのでは」

「いいや、かなり信頼できる人物からも、クルリ殿の打つ剣はいいものだと聞いている。まぁ実際に見たことのない俺が言うのは違うかもしれないが、よかったらこの仕事受けてはくれないだろうか?実際に出来上がったものを見てみたい」


紅茶を軽く飲んで、今一度考えた。

既にできている剣はいくらでもある。しかし、客に剣を直接造るのは初めてだ。この人は俺の正式なお客第一号になるのか。

最初の仕事にしては悪くない気もする。


「いいでしょう。この仕事受けました」

「そうか、それは良かった。報酬は後払いでよろしいか。生憎今手持ちが寂しくてな」

「ええ、もちろんですよ」


握手を交わし、商談成立だ。


将来はこのような形で、顧客の要望に従って剣を打てれば一番いい形だと思っている。

まさか、正式に店を構える前から客が付くとは……。


ジェレミー先輩から告げられた期限は1週間だ。

それだけあれば十分いいものができる。


大事な初仕事だ。

せっかくだし、前々からとっておいた鉄を使おう。


クダン国最大の鉱山で採れた鉄だ。ちょうど国の中心にあるその鉱山は、資源豊富でクダン国が大金をかけて開発に取り組んでいるところだ。

名をイルミーネ鉱山という。


供給量が多く、質もいいため、最もクダン国で使われている鉄になる。

昔、師匠に言われたことがある。


「イルミーネ鉱山の鉄は職人の腕が一番見えてくる素材だ」と。


練習でいつも使っている質の悪いものじゃない。きっと自分の力を最大限に注げるものだ。


その日から、学園で授業があるとき以外はこもりっきりで打ち続けた。

何度か材料を無駄にしたり、打ちなおしたりもした。


しかし、約束の報酬分より費用はかけていない。

利益率30%を目指して作り上げた。

職人になるには、こういった制約があって当然なのだから。


できうる限りで、全力を尽くし、均等にバランスのとれた綺麗でまっすぐな剣が仕上がった。

最後に剣身にクルリ・ヘランの名を刻む。


これはレイルからのアドバイスを活かした。

職人である以上、名前は売っていくべきなのである。



一週間後、約束通りにジェレミー先輩がやって来た。

相変わらず礼儀正しい人で、商品を引き渡す前から報酬を払おうとする。

それは順番が違うので、謝辞して剣をとってきた。


鞘から抜き、先輩に見せる。

「直刃で、左右、前後、幅に一切のバランスの崩れはありません。私の今注げる技術を全て注ぎました」


先輩は剣を手に取り、刃が顔にあたるぎりぎりまで近づけて、凝視した。


「いい出来だ。まるで水が滴っているように輝いている。それに、バランスのいい剣は軽く感じると聞いたことがある。これはまさにそれだな。贈り物故、試し斬りするわけにもいかないが、非常に満足するものだ」

「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこちらだ。一週間でよくこれだけのものを仕上げてくれた。これなら自信をもって兄さんの背中を押してやれることができる。再度、感謝する」


報酬を置いていき、ジェレミー先輩は帰っていった。

今すぐにでも兄に剣を送ってやりたいらしい。兄のことを自分のように喜んでいる辺り、本当に人の良さが垣間見える。


こうして、初めて正式な客を一人捌いた訳だ。

珍しく、その夜は体調を崩し、寝込むことになった。


随分と疲労していたようだ。

決められた期間、費用。求められる技術と経験。それに客からの大きな期待。


なんだかいままで鉄を打ってきたが、全く違うことをしたような気分だった。

思っていたよりも、随分と大変な道に進んだかもしれない。それでも、幸せな将来を願うなら、突き進むしかなさそうだ。

初めて得た報酬は、きっと無駄には使わないと心に決め、その日は目を閉じた。

あとは、ジェレミー先輩の兄、その人の恋が上手くいくといいのだが……。



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