4章 6話
エリザ特性芋も食べて元気が出たところで、俺の競技の時間がやって来た。
待ち時間の間にしっかりと体を伸ばしておいた。
いきなり激しい運動をすると怪我しちゃうからね。痛い脚で生活なんてごめん被る。
上げた両手を組んで左右に体を傾けながら、横目で同組の競い合い手を確認した。
目立ってすごそうな人はいないな。
200メートル走は一番エントリーが多い競技であり、予選、準決勝、決勝の3レースが行われる。もちろん勝ち上がればの話だ。
予選はグループ内で2位以内に入ればよし。
たぶん行けるだろうなという期待の中、いよいよ順番がやってきた。
各レーンに選手が入ると、音声拡張の魔法がかかった機器から選手の紹介がなされる。
本人の名前と、もちろん家名も大きく紹介される。
父兄が見に来ているだけではなく、どこどこの家の跡取りは優秀なのですよ、というアピールの場でもあった。
「さーて5レーンは、今好景気に沸くヘラン領の次期当主、クルリ選手です!」
紹介があったので、手を上げて一礼した。
のほほんとしている両親と、アイリス家族から元気にこちらに手を振っているのが見えた。
それと、意外とほかの貴族のお嬢様方からの声援が多かった。
これは本当に驚きだったのだが、嫁ぎ先としては申し分ないほどに我が領が栄えているから、当然の反応だったかもしれない。
まっ、声援を貰って嬉しくないはずもないので、余計にやる気に満ちてくる。
いよいよスタートというときになって、もう少し練習でもしておくべきだったかなと後悔したりする。
号砲がなった。
スタートは完璧で、勢いよく飛び出せた。
直線200メートルなので、なかなか距離感が図りづらいところはあるが、深く考えずに出せるものを全部出した。
結果は一位だった。
荒れる息と、吹き出す汗をぬぐい、ちょっとだけ気分が高ぶるのを感じた。
これで予選は突破だ。
まぁ家名を引き立てるにはこのくらいでいいかな。最低限の働きはしたと思う。
レース後、早々に敗退して商売に精を出すトトのもとを訪れた。
「レース見たよ。いい走りだった」
「どうも。それより、しばらくここで休ませてくれ」
「いいよー」
と言う訳で、怪しい精力剤を売るトトの露店で居座ることにした。
ここで昼飯を食べながら、怪しいおじさま方を捌いていくのに協力した。
もぐもぐと食べながら、トトに今日の売り上げを聞いてみた。
「そりゃ見ての通りめちゃめちゃ売れてるよ。ちょっと足りなくなりそうなくらいだ。そうそう、上級生が誰が勝つかの賭け屋を開いててね、僕も一枚嚙ませてもらったよ」
「そんなことまで行われているのか。で、誰に賭けたんだ?」
「もちろん、君にだよ。結構おいしい倍率だったし、君が運動神経いいのは知ってたから買ってみた」
「で、俺が勝ったらお幾らほど返ってくるの?」
耳打ちして教えてくれた額は、正直びっくりするほどのものだった。流石は貴族の学校、悪いことするにも規模が大きいぜ。
「勝ってくれるよね?」
「……」
さて、俺の勝利を願う者が一人増えたので、準決勝は頑張って走ることに決めた。
俺のグループは流石に予選を買ってきただけのメンバーであり、皆体が引き締まっていた。
流石に楽にはいきそうにない。
しかし、現金の力が俺にかつてないほどのエネルギーを与えてくれて、準決勝も無事突破した。
悲しいことに、貰えるのは俺じゃないが、それでもなんだか張り切ってしまう。
これでいよいよ残るは決勝だ。
ここまでくるとトトのほうも本気になってきたようで、商売そっちのけでギャンブルの結果が待ちきれない様子でいた。
決勝の面々は、すっかり忘れていたあの人たちがいた。
まずは隠れたスーパーエリート、レイルだ。
ちゃっかりエントリーしておいて、ちゃっかり決勝まで残る、最高にかっこいいパターンのやつ。事実めちゃめちゃ女子からの声援が多い。
そして、もちろん王子も残っていた。
がっつりエントリーして、がっつり決勝まで残る熱い男にモテるパターンのやつ。
目が燃えているが、その先に見えているのは彼の優勝を喜ぶアイリスの姿だろう。幻だということに早く気が付いた方がいい。足が速くてモテるのは小学生までだぞ。
こちらはレイルよりもさらに大きな声援が巻き起こっている。元来持ち合わせている優美さに、闘志むき出しの顔。彼のことを愛してやまない女性たちにはたまらない雰囲気だろう。本人の耳にその声援がまったく届いていないのが残念ではあるが。
「アーク王子頑張ってねー」
多くの声援に混じって、アイリスの声援も飛んできた。
王子がその声を聴いた瞬間にニヤッとしたのを見てしまった。
……王子の心に隙あり。待っていろトト、金が一歩近づいたぞ。
他には俊足で知られる上級生のウルサイン先輩くらいが相手になるだろうか。
「おい、レイル。なんでお前まで決勝に残っているんだよ。こういうのは余り興味ないと思っていたけど」
「王子が面白い妄想で凝り固まっているから。いっそ勝ってやってどんな反応するかみてやろうかなって」
なるほどね。流石は腹黒男。ニコニコしてとんでもないこと言っているよ。
でも王子の眼は覚まさせてあげたほうがいいかも。
「我は誰にも負けん!」
こそこそ話す俺とレイルの隣で、王子が仁王立ちして勝利宣言をした。
ちょっと暑苦しいので離れてほしい。
金のために走る俺と、愛のために走る王子と、自分の楽しみのために走るレイル。
先の未来は分からないが、走ってみれば分かることであり、俺たちはいよいよスタートラインに並んだ。
号砲がなると同時に全員が見事なスタートを切る。
そのなかでも天才的ないスタートを切ったレイルが飛び出す。
勢いそのままに加速が止まらない。一気に勝負を決めるつもりだ。
レイルは今どんな気持ちなのだろう。きっと最高に楽しんでいるに違いない。
王子のためにも無欲そうで、一番あくどい願いのやつに勝たせるわけにはいかない!
今一度歯を食いしばってそのスピードに食らいついた。
食らいついたのは俺だけじゃなく、王子と予想通りウルサイン先輩もくらいついてきた。
しかし、ここでウルサイン先輩がまさかの故障発生!一番人気が倒れた。
必死にレイルを追う、俺と王子。
次第に差が……、差が、差が開く!
あの男、めちゃくちゃ短距離走はえー!!
結局レイルがぶっちぎり、俺と王子は同着決着という結果に終わった。
崩れ落ちる王子。崩れ落ちるトト。
全ての野望は砕け散った。
ただ一人ニコニコな男は「やー、いい汗かいたねー」とか言っちゃってる。
こうして体育祭は、腹黒男に美味しいところを持っていかれて、幕を閉じた。
「もう帰るの?」
名残惜しそうに家族を見送るアイリス。
その後ろで一枚噛んでいる俺と王子も待機している。
「うん、もう帰るよ。アイリスの元気そうな姿を見られただけでも来てよかったよ」
優しい笑顔でそう告げるアイリスのお母さん。
ミカルとアーシアもお姉ちゃんに笑顔を向けていた。
「じゃあお母さんたち行くからね。アイリス、辛くなったらいつでも帰って来ていいからね」
「うん、でも大丈夫だよ。私、結構楽しくやっているし」
「そうだね。いい友達もいるようだし、大丈夫そうね」
最後に軽く抱擁して、アイリスの家族は去っていった。
アイリスはその去りゆく馬車を見えなくなるまで見守っていた。
俺と王子もそれに付き合ったのだが、途中、うちの両親が通りかかって「おーいクルリー!楽しかったぞー!」と言い残して去っていき、雰囲気をぶち壊したのは許していただきたい。
うちの親は空気とか読めませんので。