表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/155

4章 5話

アイリスには怒られずに済んだ。


家族仲良さそうで、なんだか安心したよ。

王子もそんな様子にホッとしていた。


あれから王子はレイルに呼ばれてどこかへ去っていった。

体育祭で任されている仕事があったのに、すっぽかしてきていたようだ。

怒られろ、怒られろ!


俺はというと、特になにか任されているということはないので、実は自分の競技が来るまで暇だったりする。

そんな理由もあって、今はアイリスの弟、ミカルと一緒に行動中だ。


なんだか懐かれてしまって、アイリスもクルリなら任せて安心だね、と言い残して女3人で体育祭を楽しみに行ってしまった。


「赤毛の兄ちゃん、この学園広いね」

「そうだね。ミカルは好きな食べ物とかあるかい?」


そんな流れで、二人して露店が並ぶエリアへと来ていた。

流石に手をつなぐ年ではないので横に並んで歩いているが、ミカルは女性受けする容姿の持ち主なのでやたらと視線を感じる。


姉のアイリスがそうであるように、弟のミカルもしっかりとモテる人生を歩まれているようだ。


「お姉ちゃんが冬に焼いてくれる餅かな」

そういうのは売ってないんだよね。

俺の質問の意図がわかってないみたいだね。


食べたいものがあるなら言ってみな!この太っ腹な兄ちゃんがおごってやるから!

っていう意味だよ。


「赤毛の兄ちゃんは何か好きな食べ物あるの?」

「うーん、生の羊肉とかかな」


ミカルに、うげって顔をされた。

もちろん冗談だよ、でも面白いからそのままにしておこう。


「適当に何か食べようか。せっかく露店が多く出ていることだし」


二人で上級生が営んでいるお店へと入った。

露店なぞ貴族の我らがやってたまるか!という雰囲気はなく、楽しそうだしやっちゃえ!といったノリで皆楽しんでやっている。凄く明るい感じのお店だった。


「美味しそうなお菓子ですね。二ついただけますか?」

「はーい、ポワンセ二つ入りまーす。二人ともかわいい顔しているから、更に二つサービスね!」


ウインクまでつけてくれて、ポワンセと呼ばれたお菓子を包んでくれた。

かわいい顔しててよかったよ。


「ミカルがかっこいいから得したな」

「いえ、赤毛の兄ちゃんもかっこいいよ。いままで見た中で一番かっこいい」

いいやつだなー、もうなんでも買ってあげるよ。


ポワンセは王都の女の子の間で流行っているお菓子らしく、上品でそこそこの値段がした。つまりは、ちっちゃくて食った気がしないものだった。


クッキーサイズだったので、ヒュッと口に入っていき、胃袋まで達した実感が沸かなかった。


「どうだい?美味しい?」

「うーん、なんだか貴族様は不思議なものを食べるんだね。よくわからない内に食べ終わってしまった」

うん、全く一緒の感想だよ。

貴族様全体がその上品な嗜みを理解できるわけじゃないんだ。残念ながら。


ミカルは餅が好きだと言っていたので、餅菓子が売っている店にも寄っていった。

ここでも可愛いからサービスしてもらった。本当、可愛くて良かった!


これは口に合うんじゃないかと思ってみていたが、ミカルの表情は芳しくない。

なんだか不完全燃焼な顔だ。

「やっぱり口にあわない?」

「この餅、クリームばかり入っていて餅の部分がかなり少ない。なんだか餅を食べている気分じゃない」

わかるー!もっと餅感が欲しいんだよ。クリーム一杯で贅沢だけど、それじゃないんだよなー。


と言う訳で、冬にお姉ちゃんが焼いてくれる餅にかなう食べ物はそれ以降も現れなかった。


華やかな露店エリアを過ぎると、次は結構地味な露店エリアに入ってきた。

こちらのエリアは貴族っぽさが薄く、個人趣味に走っている人が多かった。


いかにも怪しい食べ物を扱っているので、食指は動かなかった。


そんなエリアに、一人知り合いがいた。


「おい、何をやってんだトト」

「見れば分かるだろ。僕の傑作たちを販売しているんだ」


暗い様子で、トトはイスに座り商品を見守っていた。

体育祭の露店なんかは、生徒の楽しみで行われているのが大半だ。

なのに、この男は本気で商売をしていた。


だって、『精力剤』と書かれている乾燥させた植物を売っているからね!

マンネリ気味の貴族のお父様方を狩るつもりだよ!本気度が違うよ!


「ちょっと君、買わないなら退いてくれるかね」

「あっすみません」


ちょうどお客さんが来ていたようだ。

「これは……どれくらい効くのかね」

「……びっくりしますよ」

金持ちそうなおじさんは、精力剤の植物を束で買っていった。満足そうな顔で。


「よく売れるな、こんな怪しいもの」

「怪しいとは失礼な。よく使う人たちにとっては良質なものはある程度経験でわかるんだよ。僕の傑作を見てすぐにすごいものだとわかったと思うよ」

知らない世界だ。ミカルに聞かせたくない。


「で、後ろのそいつは?」

トトがミカルを威嚇しているので、まだ人嫌いの性格が治っていないらしい。犬も苦手だし、本当に大変だな。


「アイリスの弟、ミカルだ」

「ほう?アイリスの弟か、よろしくな」

トトにしては珍しく、自分から手を差し伸べた。

ミカルも手を出し、握手を交わした。


「随分と早く馴染んだな」

「アイリスの弟ならいいやつに決まっている」

こんな明るい調子の彼は初めて見たかもしれない。

「そうだ、トトはなんの種目に出るんだ?」

「僕は200メートル走に出る。誰の力も借りなくていいし、最短で終わるから」

「俺と同じだ。勝ったら準決勝、決勝もあるけどな」

どうやら知らなかったらしい。

まぁ本気で走る気もないのだろう。

彼の眼は精力剤を売ることに本気になっているのだから。


トトと別れると、ミカルがトトについて言ってきた。

「俺、あの人に好感を持ちました」

「そう?気難しい人に見えなかった?」

「お姉ちゃんのことを良く言っていたから、きっといい人だ」

いい子だなーと思ったので、頭を撫でてやったら、照れ臭そうにしている。


「お姉ちゃんもよくやってくるけど、俺はそれほど子供じゃありません」

「子供じゃなくても撫でてもらえばいいじゃないか」

世の中には撫でてもらいたくても、撫でてもらえない人だっているんだよ。

他国にいる背の高い友人とか。


「赤毛の兄ちゃんは、お姉ちゃんの恋人なのか?」

はい?突然、変なことを言いだしたな。

あまりの急さに、返答し損ねたぞ。


「ずっと気になっていたんだ。でも切り出すタイミングがわからなくて。でもいいんだ、赤毛の兄ちゃんならお姉ちゃんを取られてもいいかなって……」

「違うから、安心しな」

まだお姉ちゃんを取られたくない少年を慰めて、二人で食べ歩きの続きを再開した。

ちょっとだけミカルが嬉しそうだったのは、見なかったことにしよう。


ミカルがこっちからいい匂いがするというので、二人でフラフラと人垣から外れた場所へと移動していく。


そこは普段から誰も立ち寄らないエリアで、露店もあるとは思えない場所だった。

それでも、ミカルは鼻に自信があるのか、こっちこっちと案内してくれる。


辿り着いたのは、大木の下で焚火をしている謎の人物がいる場所だった。

綺麗な髪をしているのは分かるが、顔はマスクと色付きメガネで隠されていてよくわからない。女性であることに間違いはないのだが、どこか見覚えのある風貌な気もする。


「赤毛の兄ちゃん、連れて来てなんだけど、怪しくない?」

「怪しすぎるね」

「あ、怪しいことなどありません。よくぞ見つけましたね。もしや散りばめられた暗号を解いてこちらへ?」

「いえ、匂いで」

「あっ、そうですか……」


なんだか手の込んだことをやっていたらしいが、すみません。

それにしても、マスクで声がこもっているがやはり聞き覚えのある声だった。

俺の知り合いで、こんな怪しい場所で焚火をする女性……、いないなそんな変人は。


「ここでは何をなさっているんですか?随分といい匂いがしますが」

怖いが聞いてみると、それは嬉しそうに答えてくれた。


「芋を焼いています。とろとろに甘く、栄養価やっぷりの芋です。特殊な品種で、栽培が難しく、私が一年間かけて丁寧に世話を致しました。芋を愛する方々へのメッセージを学園中に隠していたのですが、まだ気づかれていないみたいですわ」

そりゃ、こんな広い学園で気が付くかな。


10個限定ということで、早く来た者から芋をプレゼント中らしい。

慣れた手つきで、たき火から芋を取り出し、俺たちに差し出すその女性。

ミカルは嬉しそうに包み紙をはがして、芋にかぶりついた。

口に籠った熱気を吐き出しながら、よく噛んで飲み込んだ。

「美味しい!」

何やら食べ方に文句のある様子だった謎の女性も、その一言で満足げな態度に戻った。

今日一番の喜びを携えて、ミカルは芋を食べ進める。


俺は少し冷ましてから、食べることにした。

包み紙をはがして、芋の皮もはがそうとしたところで、女性に手首をガシリと掴まれた。


「ふふふ、皮は向かずにお食べ下さい、芋ルール違反ですよ、クルリ様」

そういえばミカルもむかずに食べていたな。

ダメなんだね、芋ルール的に。芋ルールってなんだろう。


皮をむかずに食べてみた。ミカルが叫んだように、確かに深い甘みが芋にあった。

皮は口の中で溶けて、全く気にならない。凄い芋だ。

「美味しい。なんて美味しい芋なんだ」

「そうですわ!よく分かってくださいました!」


女性は大いに満足したようで、帰り際に芋を更に持たせてくれた。

可愛い顔しているからじゃない。芋が可愛いからそれを揉めた褒美に持たせてくれたのだ。


ミカルは喜んでいたが、去り際の俺は余り楽しい気分にはなれなかった。


「どうしたの赤毛の兄ちゃん」

「いや、なんでもないよ」

なんでもなくはないけど……。まぁ話すわけにもいかないし。


「俺、あの女の人好きだな。貴族の女性なのに、芋を大事そうにしていて。きっといい嫁さんになるよ!」

……、なんだか勘の鋭い子だよ、ミカルは。


さっきの女性きっとエリザなんだよなー。

裏で悪いことしてなくてホッとしているけど、あんなことしていたんだね。

これからも気づいていないふりしてないとな……。他言すると、芋ルールに触れるかもしれないし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
EDでクルリとエリザが質素な生活をしてるってことだったけど、大好きな芋を畑で作れて貴族的なしがらみのない生活ならば満足してそうなエリザ
[良い点] エリザ良いキャラだなあw
[一言] 芋のところで、栄養価やっぷり になっています。 たっぷりでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ