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4章4話

「王子、いつまで落ち込んでいるんですか」

学園玄関口でぐったりしている王子に声をかけた。

明らかに落ち込んでいた。

無理もない。彼なりに頑張った結果、好きな女の子のお母さんを気絶させてしまうというアクシデントを生んでしまったのだ。


「はぁー、俺はダメなやつかもしれない」

「はい」

「おい、そこは否定しろ」

わがままだなぁ。


「王子の気持ちのケア分の報酬はいただいておりませんので」

「レイルならいつもフォローしてくれるのに」

「私はレイルではないですから。臨時ボーナスしだいでは慰めてあげないこともないですよ?」


横目ですっごい睨まれた。そして、飽きれた感じで深いため息をついた。


「お前はいつもいつも金、金、金だな。もっと心に余裕を持て。わかるか?この俺のようなピュアで美しい心を持とうとは思わんのか」

好きで付き合っているとでも!?それにこっちは将来の生活かかってんだぞ!


「そういうことは衣食足りてこそ抱ける感情です。そんな気持ちが抱けるだけで幸せです」

「何を達観している。お前だって十分贅沢な生活をしているはずだ。それもと何か?お前の家、借金でもしているのか?」


変な誤解を持たれてしまった。

うちの父親はそりゃ優秀じゃないけど、借金作るほど落ちぶれてもいない。

健全だ、うちは健全な一家だ。


「未来永劫、いや、少なくとも王子の代までは楽な生活ができるであろう人には、私の気持ちなんてわかりませんよ」やれやれ。

「よくわからんやつだ。そんなに不安なら……、まぁこれはまた今度でいいか」

「なんです!?その勿体ぶった言い方は!?」


王子の話し方から、何か貰える匂いを嗅いだぞ。これは絶対そうだ。

「お前何か貰えると思った途端、急に眼の色が変わったな。わかりやすい奴め」

うっ、バレていたようだ。

そんなに顔に出てるかな?まぁ出てるんだろうな、必死だし。


「そんな大した話じゃないさ。お前は前々から将来への不安を感じているように見えるからな、なら何か将来への保障となるものでも与えてやろうと思っただけだ」

「王子ー!!」


ドン引きな顔した王子の手を両手で包み込んだ。離すもんか。もう王子のあったかい心を離さないぞ。

「王子って、ピュアで美しい心の持ち主ですね」

「本当に現金なやつだ」


パシリと手を払われて、王子は歩き出した。


「まっ、これからの働き次第だな。良きに働き給えよ、クルリ・ヘラン」

急いでその背中を追いかけた。

うーん、いつくれるか、何をくれるか、までは言われなかったな。

これは最悪こき使われ続けて、勿体ぶられたあげく「あれ?そんなこと言ったけ?」という最悪のパターンかもしれない。

そんなに悪い人じゃないよね?王子、信じていいよね!


「あのー、王子」

家族がやってきたことを告げるため、アイリスの部屋の前まで来て、いきなり緊張しだした王子に声をかけた。

「報酬の話ですが」

「またか、さっきいい感じで終わっただろ。それよりもアイリスの部屋だぞ。どうやって呼び出す?」

「先日アイリスを尾行した件の報酬です。まだいただいていないです。さっきの将来への保障とはまた別の話なので早く払ってください」

「たっく、ムードもなにもない野郎だ。えーい、これをくれてやる!」


王子はそういうと、ポケットから神々しく輝く宝石をつけたブレスレットを取り出した。

なんでこんなものをポケットに入れているのか。金持ちか!


「王子、これは一体……」

「アイリスの母君に渡そうと思っていたものだ。しかし、お前の言う通り、確かに重荷になるかもな。えーい、今後もしつこく言われるのも面倒くさい。それが今回の報酬でいいだろう」

「時価にして幾らくらいになるのでしょうか」

「知らん!」


王子が大きな声を出すものだから、アイリスの部屋の扉が開いた。

顔をひょっこり出したアイリスは、部屋の前で騒々しい俺たち二人に視線を向けた。


「あれ?アーク様とクルリだ。二人とも何をしているの?あっ、私に用事?」

「う、うん、おほん!く、クルリがどうしても来たいって言うから。でも一人で女子寮は心寂しいらしくてな、それで俺も誘われて来たんだ」

なんのこっちゃ。家族が来たことを告げに来たんでしょうが。


「そうだよな、クルリ」

王子が堅い木彫りのような笑顔を向けてきた。これはもう否定できないよね。

「……はい、そうです」

さっきいいもの貰ったからね。ブレスレットはちゃんとしまったよ。賄賂はばれないようにしないと。


「あれ?二人ってそんなに仲良かった?一人で来るのが不安ならトトとか誘えばよかったのに」

痛いところついてきたー!

そうだよね、あんまり仲良さそうに見えなかったよね!それが事実だから!

「最近な、最近すごく仲良くなったんだ」

肩を組んでくる王子。その腕には異様な力がこもっていた。


「そうなの?」

それでも怪しむアイリス。

「そうだよ、アイリス。俺たち今日からブラザーだから。王子がさ、将来どんなことがあろうとも俺にかなりの地位を与えるって言ってくれたんだ。そうですよね、王子?」


先に利用してきたのはそちらだ。ならばこちらも利用させてもらうだけよ。

アイリスの手前発した言葉の重み、俺が知らないとでも?

「そ、そうだぞ。そういう約束をしたんだ。ブラザーだからな」

自分から言ったけど、ブラザーってなんだ。

俺たちいつからそんなワイルド路線へ入ったんだろう。


「うーん、友だちなのに、将来の地位とかそういうの変じゃない?そういうの友達じゃないよね」

またまた的確な指摘がきた。そうだよ、君の見解は正しいよ。100点だ、しかし今日は見逃して。それがみんなのためになるから。


「ゆ、友情の形は人それぞれだからね!」

語尾の強調と、無理やりの笑顔で訴えかけた。

アイリスは俺の気合に負けたのか、それ以上は俺たちの関係について聞いては来なかった。


びっちょびちょに汗を掻いたので、王子とお互いにかけあった腕をひっこめた。


「で?クルリは私に用があるのよね?」

おっと、気を緩めてしまったが、それが本題だ。

これは俺の口から伝える流れなのか?


アイリスのお母さんが保健室で寝込んでいます!ナウ!

あわわわ、言いたくないよ。なんか怒られる気がするよ。


「アイリス、新しい紅茶が手に入ったんだ。良かったら一緒に飲むかい?」

王子から肘で小突かれた。小突き返してやった。

「うーん、凄くありがたい話だけど、クルリって今までこんな感じで誘う人だった?」

「今回のは特別美味しいからさっ。そういえば、王子もなにか用事があるって言ってたなー」


アイリスの視線が俺から王子に流れる。

クリリと大きくて丸い目が王子に向けられた。

普段ならあんな目で見つめられて嬉しくない男などいないのだが、今日ばかりは胸を締め付けれれる。

王子も例外ではなかった。


「実は下に……、いい茶菓子がある。一緒にどうだ?」


言いかけてたじゃん!下にアイリスの家族が来てるって言いかけてたじゃん!

茶菓子あるの!?あるなら後で食べに行くね!


「ありがとうございます。クルリの紅茶と一緒にいただいたら美味しそうですね」

にっこりと笑って、アイリスはそこまで半開きだった扉を全開にさせた。


腕を組み、親指を下唇に乗せる色っぽい仕草をした。


「もしかしてだけど、二人とも私になにか隠し事をしているんじゃないかなぁ」

もしかしなくても隠し事しておりますとも。はい!


今一度王子を肘で小突いた。即座に小突き返された。


「もう、二人とも子供みたいなことして。怒らないから言ってよ。絶対に怒ったりしないから」

怒るやつだ。

絶対怒られるやつだ。


「王子が言ってくださいよ。主犯でしょ」

「主犯ってなんだ。わかった、言う」

アイリスは怪訝そうな顔をする。主犯という言葉に何か心当たりでもあるのだろうか。


王子が言う、とか言ったのにもじもじしているものだから、アイリスが先に口を開いた。

「言いづらいならいいよ。どうせ、私の下着を盗んだことでしょ?もう、男のこはそういうことするって聞いたけど、次からは許さないからね」


いや、知らねー!俺たち下着ドロボーとは関係ないからね!


「違う!アイリス、それは俺たちじゃない!本当だ!下着ドロボーなんて知らん!」

「アイリス、本当だからね!王子の言っていること本当だから!俺たち下着ドロボーではないから!」

男が二人して全身全霊込めて否定すると声も自然と張り、気が付くと下着ドロボーという単語が強調されて、他の部屋の扉がちらほらと開きだした。


えっ?なになに?

下着ドロボー?あの二人がそうなの?


そんなざわざわとした声が聞こえてくる。

違うよ!

己たちの罪を必死に隠そうとした結果、飛んだ方面から汚物をかぶせられたんですけどー!


「あのー!違います!俺たちは下着ドロボーじゃありませんので!みなさん冷静に」

なんだか言ってて虚しくなったよ。

貴族にまでなって、なんて低次元なことで弁明してんだ。


辺りも徐々に静まってくれたので、ようやくアイリスとの会話に戻れた。

「ごめんなさい。私とんだ勘違いをしたみたいで」

「いや、いいんだ。隠し事をしているっていうのも事実だし」

「あははは、変な誤解あたえちゃったし、余計怒れないくなったね。ほら、もう言ってよ」


王子が下着ドロボーという疑念を抱かれたことに結構なダメージを負っているようなので、ここは俺が言うしかなさそうだ。


「実は、学園にアイリスの家族が来ている……」

ようやく言えたよ。心の荷が下りた気分だ。案ずるより産むがやすしってやつだね。

俺の言葉をしっかり聞いたはずだが、アイリスは一瞬理解できないでいた。


「……、私の家族が?お母さんと、ミカルとアーシアが?」

「そうだよ。3人とも今保健室まで来ているよ」


アイリスは両手で口を覆うと、吸い込んだ息を吐き出さないまま一気に走り去った。

俺と王子もすぐ後を追う。


「アイリス、逆逆!保健室反対だから!」

普段こんなミスはしないアイリスがテンパっている。

よほど混乱させてしまった。


アイリスはその運動神経の良さをフルに発揮させて、すれ違う人たちを軽やかにかわしながら、俺たちが重い脚を引きずりながらやって来た道をあっという間に踏破した。


勢いよく開け放たれる保健室の扉。

中では、元気にはしゃいでいるミカルとアーシアがいる。

そして、ベッドの上では、アイリスのお母さんのクラリッサが目を覚ましていた。


「アイリス……」

いち早く気が付いたのはアイリスのお母さんだった。

アイリスは駆け寄り、母の体を抱きしめた。


すぐに二人の兄弟もその輪に加わる。

アイリスは目元を若干湿らせながらも、満面の笑みで家族を抱きしめていった。


俺と王子は、そこまで見て保健室の扉を閉じた。

野暮な二人は退場すべきだ。


外に出て、お互いの顔を見合わせた。

いろいろあったけど……とりあえず、ハイタッチした。


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