4章 2話
「花を見ていますね」
「花を見ているな」
花を見る可憐な少女を隅から眺めるストーカー二人。
いや、あくまでストーカーは王子一人。俺は王子の護衛だ。
「あっ、今ため息をついたぞ」
「そのようですね」
「やはり先ほどの女たちの嫌がらせが効いてきたか」
「いや、たぶんお腹が空いてきたんでしょう」
アイリスを見ていた王子の視線がこちらに移ってきた。
「まじめにやれ」
とのお告げを頂いた。
何を真面目にやればいいのかわからない次第です。
「それにしてもアイリスには花が似合うな」
「王子にも似合いますよ」
「そ、そうか?」
なに頬染めてんだよ。
適当に言ったんだよ。
イケメンのくせにあまり褒められ慣れてないらしい。
普段ツンケンしているから人が近づかないんだろうか。
これなら褒め倒して報酬倍増も狙えるかも。
でも懐かれても面倒くさいな。
ほどほどの距離がいい。いや、できれば近づきたくない。
「お前今心の中で失礼なこと考えていただろ」
「いえ、全く」
存外顔に出る性格らしい。危うし!
「アイリスが動きそうですよ」
「行くぞ、着いて来いクルリ」
アイリスの次なる目的地は、いつもの農園だった。
彼女お気に入りの大きい野菜たちがぐんぐん育っている最中だった。
到着するといつものように畑に大量の水をやっていく。
顔には先ほどのため息をついた様子は消え、にこやかな顔になっていた。
「あれは何を育てている?」
「見てわからないのですか?」
「質問を質問で返すな。素直に答えろ」
「野菜です」
「野菜……」
王子が戸惑うのも仕方がない。
博識であるはずの王子が野菜の葉を見てもいまいちピンと来ていない。
「大きすぎないか?」
「王子が小さくなったやもしれませぬぞ」
「マジメに言え」
「アイリスのために品種改良しています」
なるほど、と頷く王子。彼もまたあの大きな野菜に興味を持ったらしい。
流石は一国の王子。豊かな国づくりに励んでくださいませ。そして、我が領に還元を。
「品種改良は誰が?」
「トトという男です。あっちょうどビニールハウスから出てきますね」
ビニールハウスから出てきた顔色の悪い男がアイリスと談笑しだす。
もちろんトトのことだ。今日も丁寧にアイリスにアドバイスしているらしい。
マジメでよろしい。
「彼はアイリスに好意を持っているのか?」
「自分で聞いてください」
トトにそんな気持ちがないことは知っているが、王子は俺に甘えすぎだ。
それくらい自分で聞いてくれ。
「ちょっと消してくる」
「やめろ!」
今日二回目の羽交い締めだ。
もう!すぐ消そうとする!
「ないない。タダの友達ですから!」
「そ、そうか。それならいいんだが」
暴君だよ。一歩間違えたらすんごい暴君になるよこの人!
王子を必死に止め、二人が楽しそうに会話しているのを見ていると、急にトトの顔色が変わったのが分かった。
先日作った犬小屋の方から物音がして来たのだ。
ああ、ゴロウが目覚めたらしい。
犬小屋から飛び出たゴロウは勢いよくアイリスのもとに駆け寄った。
さんざん甘えたあと、標的をトトに変え、顔色の悪いトトを追いかけまわした。
単なる嫌がらせなのだと思う。
あの犬絶対楽しんでいる。
「もう悪い子ね。アルフレード、そのくらいにしなさい」
アイリスの言葉があると、悪犬はすぐに落ち着きを見せた。
トトは死にそうな勢いである。
可哀そうに。
「おい、あの犬はいつから飼っているんだ?」
「つい数日前ですよ」
「名前はアルフレードと呼んでいたか?」
「いえ、ゴロウです」
「えっ!?でもアイリスはアルフレードと」
「ゴロウです」
「……ゴロウか」
ゴロウ派2人目誕生の瞬間だった。
若干強引ではあったが。
陰で王子を洗脳していると、話題のゴロウがこちらに視線を向けてきた。
茂みの中にいるのではっきりとは見えないはずだが、気が付いているようにも見える。
「匂いでバレたか?」
そうか、その能力があったか。
まずい、いよいよストーカーが明るみに出てしまうのか。
しかし、ゴロウはすぐに興味を失ったように他のことを始めた。
完全にこちらへの意識は消えた。
「ふー、どうやら助かったみたいだな」
「もうやめません?今大量に汗が出ましたよ」
「まだ何もわかっていないんだ。止める訳にはいかんな」
アイリスが落ち込んでいることか。
うーん、楽しそうに見えるんだけどな。
畑を後にしたアイリスは、そのまま寮へは戻らなかった。
既に日も傾いてきている。
夕食時にも関わらず、彼女は一人学園の領地外へと出ていた。
次第に赤くなる夕日を眺めながら、一人黄昏ている。
王子はその姿を見て頬を染めている。
「うん、悪くないな」
こいつ、この姿が見たかっただけじゃ……。
アイリスは野原に座り込むと、ポケットから安物の紙を取り出した。
安い作りで、質感もいかにも薄く荒い。
アイリスはそれをじっと見つめる。
見つめているだけではない。どうやら何か書かれているようだ。大事に大事に何度も読み返している。
なるほど、そういうことか。
「恋文か!?どいつからだ!?」
「違いますよ。おそらく家族からのです」
「本当か?」
「ええ、貴族はあんな安物の紙を使いません。恋文ならなおのこと」
アイリスは安物の紙を大事そうに折りたたんだ。
きっと半年以上会えていない家族を思っているのだろう。
どうやら王子の洞察は正しかったらしい。
アイリスは落ち込んでいたのだ。ホームシックと言うよりは、しばらく見ない彼女の家族を思って心配しているのだ。
「原因がわかりましたね」
「アイリスは家族に会いたいのか。でもたった3年だ。何をそんなに心配する」
「うーん、我々とは状況が違いますし。そこは想像しづらい部分ですね」
まぁなんとなくはわかるけど。
王子への説明が面倒くさい。
「では会わせてやればいい」
「でも冬期休暇までまだありますよ。それにアイリスは帰りたがらないと思います。それなら勉学か、いい仕事があればそちらを優先すると思いますよ」
「あるだろう?この後にいい機会が」
王子は思いついたとばかりにニヤニヤとしている。なんだろう?
「あ、秋の体育祭ですか?」
「そうだ、父兄が学園に訪れる少ない機会がもうすぐ来るぞ」
「それでアイリスは呼べない家族のことを思っていたのかもしれませんね」
「呼べないのは昨日までの話だ。さっそく俺が手配してやる」
流石は能動的王子、やると思ったよ。
「アイリスの家族は庶民ですよ。参加したがりますかね」
「娘を久々に見れるんだ。きっと喜んで来るに違いない」
王子はもうやる気満々らしい。
「あまり派手にはしないで下さいよ。あと彼女の家の生活もありますから、都合もちゃんと聞いてください」
「その都合とやらは、金貨何枚あれば足りる?」
金に物言わせる気だ!!
でもそれが一番いいかも。
「……20枚くらいでいいんじゃないですか?内密にお願いしますよ」
お金があればなんとかなるよね、という精神で王子の提案に乗ってしまった。
まぁ家族に会いたい少女の願いを叶えるのは悪いことじゃないはずだ。
きっとやりすぎなければ、いい方向に進むはず!と信じて、悪魔の誘いに乗ってしまった。
こうして、アイリスの家族召喚の儀式が行われた。