3章_13話
学園に戻る日が来た。
ヴァインはまだ黙ったまま何も言わない。
何か言えばいいのに、と思ってしまう。
出発の直前、再びクロッシと会うことができた。
「師匠、せっかく来ていただいたのに何もできなくて申し訳ありません」
「いいんだよ。クロッシが大変なのはみんなから聞いている。これから大変だろうけど、頑張れるかい?」
「はい、私は大丈夫です。ただ・・・」
「ただ?」
「いえ、なんでもありません。それでは、お別れですね。次はいつ会えるかわかりませんが、きっと会えると信じて日々を過ごします」
「ああ、俺も同じ気持ちだ」
クロッシとのお別れだ。
本当に悲しい気分だ。
レイルもクロッシとの別れを惜しんだ。
二人はあまり仲のいい友人でもなかったので、特に深い気持ちもなさそうだ。
問題はヴァインだ。
彼が一番悲しいはずなのに、なぜか別れの挨拶すらしようとしない。
「ヴァイン」
クロッシが声をかけて、ようやくヴァインも顔を向けた。
「なんだ」
「なんだとはなんだ。これからもう会えないのかもしれないのだぞ」
「ああ、そうだな」
「何かないのか」
「特にはないな・・・」
「貴様と言う男は・・・バカ・・・」
「クルリ、もう行こう」
ヴァインは暗く重たい言葉でそう言った。
「いいのか?クロッシがせっかく来てくれているのに」
「いいんだ。もう別れの挨拶は済んだ」
クロッシは俯き、ヴァインは顔を逸らしている。
二人が今どんな気持ちかはわかっているが、素直にならない二人に俺が何をしようともダメな気がする。
馬車にのり、御者に出発の意志を伝えた。
馬車の窓より顔を出して、クロッシとの別れを済ませた。
何度も何度も外を覗いては、クロッシの顔を見た。
いろんな思い出がよみがえってくる。
なんだかとても幸せに思える日々だ。
涙が止まらない。
乙女のようにすすり泣いてしまったが、それでも馬車は無機質に進んでいく。
もうクロッシとは会えないかもしれない。
そう思うとやりきれない気持ちになった。
「大丈夫かい?クルリ君」
馬車がしばらく進み、俺の様子が落ち着いてきたころにレイルが声をかけてくれた。
「ああ、もう大分平気になってきた」
「そう、それはよかった」
しばらく馬車が静かになった。
誰も話そうとしない。
何か話をする、そんな気分にはなれなかった。
「詩を歌おうか?」
レイルが必死に空気を変えようとしたが、詩なんて聞きたくない。
なんでこの男は詩なんて歌うのだろうか。
無言の拒否を示していると、レイルは構わず歌いだした。
以外にも綺麗な声で、リズムよく。
なんだか小鳥がさえずるように。
さっきまで長く感じた道のりも、レイルが歌っている間は時間が短く感じた。
なんでこの男は詩なんて歌えるのだろうか。
無駄な才能すぎるだろ。
「クロッシはきっとこれから大変だろうね」
「何をいまさら」
レイルの発言にチクリと答えた。
クロッシが大変なのはわかりきっている。
一時は亡命したほどの立場だ。
これから国を再興する姫様が大変じゃないわけがない。
一体これから何年かけて彼女は国を再興するのだろうか。
考えると気が遠くなりそうだ。
本当に今日が最後の別れだったのかもしれない。
「クルリ君は本当にわかっているのかい?」
「なにが?」
質問に質問で返すのはNGと聞いたことがあるが、この男が焦らすのがいけない。
ああ、基本レイルが悪い。
「僕はね、いつも王子と一緒にいたからよくわかるよ。王族と言う生き物の大変さが」
「だからなんだよ。もっと具体的に言ってくれ」
先ほどから窓の外を眺めながら言っていたレイルだったが、こちらをちらりと一瞥し、やれやれと話し始めた。
「僕が知っているだけでも、アークは3回暗殺されかかっている。比較的安定した情勢を保っているクダン国でさえだ。この意味がわかるだろう?」
「ああ」
そうだった、今の今まで気づかなかったが、俺が描くクロッシの苦労と、レイルの描く苦労は全く違うものだった。
こんな直接的な危機に至りながら、クロッシは戻って来たのか。
本当に俺は何も知らなかったみたいだ。
「ヴァ、ヴァイン?」
衝撃の事実に汗を流している隣で、勢いよくヴァインが狭い馬車の中で立ち上がった。
本当に狭いので天井に頭をぶつけたが、あんまり痛みを感じていないらしい。
それもこれも、俺以上にレイルの話に衝撃を受けているからだ。
「レイル、今の話は事実か?」
「ああ、誓って事実だよ」
レイルの言葉をかみしめて、ヴァインはこぶしを握り締めた。
「御者よ、馬車を止めてくれ」
「はーい?どうなされました」
「いいから、止めてくれ!!」
ヴァインのあまりの迫力に理由などどうでもよくなり、御者は馬を止めざるを得なくなった。
ヴァインは固まる俺たちに構わず馬車から降り、相変わらずのあるかないかわからない量の荷物と、自慢の剣を手に取った。
「クルリ、俺は行かなくてはならない」
「・・・ああ」
聞いてすぐには理解できなかったが、ヴァインと言う男を知っているからこそ、その後は聞かずともわかった。
「行くのか?」
「ああ、俺は行く」
「もう会えないかもしれないぞ」
「それでも俺は行く。俺の剣でクロッシを守ってみせる」
ヴァインは剣をつきだし、堅くそう言い放った。
もともとイケメンだが、今日はより一層かっこよく見えた。
「ならこれを持っていけ」
俺は自分の名前を彫った短剣をヴァインに2本渡した。
「お守りだ」
「ありがとう」
ヴァインは受け取り、スカスカのバッグに剣をいれた。
最期の別れかもしれない。
ヴァインと抱き合い、言葉はかわさなかった。
ヴァインの背中は目で追わなかった。
見たらまた泣き出しそうだ。
一日に二人の親友と別れるのは、流石につらすぎる。
馬車を出発させた。
来たときは三人だったが、今は二人だ。
でかいヴァインがいなくなった。
馬車は案外それほど狭くもなかった。
「ヴァイン君は思いっ切りがいいね」
「ああ、そういうやつだから」
「しかも、仲間思いだ」
「ああ、そういうやつだから」
「しかも、めちゃくちゃかっこいい」
「ああ、そういうやつ・・・」
言葉にならなかった。
初めてレイルの胸を借りて思いっ切り泣いた。
レイルからはバラのいい香りがした。
えっ、なんで!?ちょっとドン引きした。