5話
領民がまた減った。
使用人は定期報告を終えそそくさと帰る。
「平穏無事で何よりじゃ」父親がのんきなことを言っている。
「そうですわね」母も同調する。
青ざめているのは俺一人だ。
先月、ダメ元でもう少し開拓農地を増やさないかと切り出したが、あっけなく却下された。
やはりヘラン領は美しさが命、それを絶ってしまってはヘラン領のアイデンティティそのものを失ってしまう。
いまのままでは領民は減っていく一方だ。
モラン爺にも相談してみたが、「うーん、昔は観光客が多かったのがこの領地の強みだったのですが」というなんの解決にもならない返答が帰ってくる。
「ところで、魔法書1は読破されたのですか?」
「ああ、基本の性質変化はもちろん、応用の物質変化、植物の生成にも成功したぞ」
「では次は魔法書2をどうぞ」
著者はやはりクリス・ヘランだった。一体何者だろうか。
剣の教師にも最近から我が家に来てもらっている。両親には3日かけて説得して得た教師だ。剣の特訓中は余計なことは忘れて集中した。
やはりというべきか、クルリは剣の上達も早い。うーん、この体でなぜ原作ではあそこまで太れたのか不思議だ。
「最近、領内で地面から謎の音が聞こえる」
領民から寄せられた悩み相談だった。父親のトラル・ヘランは特に何も対応はしないつもりだ。
俺もなんとなくしか聞いていなかったが、ほんの気まぐれで様子を見に行くことにした。
問題の場所へ行くと確かに地面からブクブクと音がする。
若干の振動があるのもまた領民を不安にさせている原因だろう。
「1年くらい前から突然このような状態になりまして。幸い村からは離れていますので、被害は今の所はありません」
領民の不満不安を取り除くのは大事な仕事だ。それが将来の没落回避にもつながりかねない。
領民と調査すること1、2時間。
ふと俺の頭に明かりがついた。
待てよ、これ温泉じゃね?
源泉がこの下を流れているのだろう。領内に数カ所あると聞いた。もしかしたら源泉が流れてどこも音がしているのではないか。
早速両親から金を巻き上げて働き手を30人ほど用意した。
俺自身もスコップ片手に作業に入る。
領主の息子の手前サボるわけにもいかず皆の仕事は効率よく進んだ。
「わっあっつ」
作業中、一人の声が皆の注目を受けた。地面から吹き出したお湯が体にかかったみたいだ。
途端地面が大きく揺れ、ブクブクの音がより大きくなった。
「みんな逃げろー!!」
俺の声に皆が一斉に逃げ出した。
間一髪、源泉が溢れ出し、天然の巨大噴水が巻き上がった。
やはり温泉だった。
皆驚き固まったが、すぐにお祭りムードだ。噴水がおさまると巨大な天然温泉が出来上がっており、辺りの花園が水にうたれて輝いていた。
温泉につかりながら花園を見るのは至福のひと時だった。
帰って報告を受けたのだが、ツボを刺激したのだろう。領内の源泉全てが吹き出し、一気に数十個の温泉ができたとのことだ。
これだ。
これだよ。
これこそが、ヘラン領復権の鍵になる!
「父上!我が領の温泉を売りに旅行客を増やすときが来ました。すぐにでも温泉を客をむか入れられるよう整備しましょう!」
「温泉か。湧き上がったらしいの。温泉ごときが売りになるのかい?クルリ」
「入ってみて思ったんです。花園を臨むあの景色、きっとうけます!!」
「えー、しかし温泉か。
ラザン領は宝石が取れるし、国王軍の優秀な兵士はほとんどタリスマ領出身。我が領もそんなかっこいい売り文句が欲しいの」
「温泉、最高じゃないですか!
いいですか父上。来月の第一王子の誕生パーティーで我が領の温泉をしっかりアピールしてくださいよ。貴族どもをこの地に呼ぶのです!!」
「うーーん、わっわかったからこの話は終わりじゃ」
「まずは整備の金をください」
「わかった、わかったからそう父に迫るな。呼吸が苦しくなるわい」
「ああ、すみません。無意識に父親にめちゃめちゃ迫っていたようだ」
こうして温泉施設の整備は俺に一任された。
父親のあの様子だとあまり期待はできんな。
よし、俺もパーティーに行き宣伝するぞ!
…そういえばそういったパーティーは行った事がない。うーん溶けこめるかな。
しかも、第一王子って同い年のアーク・クダンか。
「幻想学園」ヒロインの攻略対象の象徴的人物か。関わって大丈夫かな?
ちょっとだけ不安だ。
「集中が途切れていますよ」
剣の教師、リール先生に叱られた。
「すみません」
「何かあるなら打ち明けてください。その方が切り替えができていいと思いますよ」流石は女性の先生だ。優しさが違う。
「来月、第一王子の誕生パーティーに行くのですが、あいつ結構クールぶって嫌な感じだった気がするんですよ」
「あいつとは第一王子のことですか?」
「うん、なんか好きになれないタイプっていうか」
「随分と親しげじゃないですか。クルリ様が少しお譲りになれば友達になれると思いますよ」
「そうかな。不安だ」
「ではプレゼントなどあげてみては?」
「ああ、それいいね」
剣の特訓が終わり、俺はすぐさま鍛冶場に入った。プレゼントでデカイ剣もなんだし、作るなら護身用の短刀かな。
早速製作に入った。
師匠のところを出ても毎日打っていたからな。
出来上がった短刀は素晴らしい出来だった。
「うん、自分で持ちたいレベルだな、これは」