3章_5話
王子が我が領に来て、ゲッソリして帰る。
そんな状態にさせる訳にはいかず、帰る帰ると言っていた王子を無理やりとどめた。
我が領に行って王子が痩せて帰って来たなんてことが噂で流れたら大変な事態である。
そんなことは断じて阻止せねばと、王子を元気づけるために街に連れ出した。
「どうです?我が領の街は華やかでしょう」
「そだな」
王子のから返事だけが返ってくる。
顔色もよろしくない。
どれだけ昨日のことを引きずっているのだろう。
「そんなに落ち込まないで。ほら、かわいい町娘がいっぱいいますよ」
俺の指さす方角に確かにかわいい女の子の集団がいる。
街で若い娘が自由に買い物をしている。
領主目線から見ると、実にいい光景だ。
若い娘が自由に休日を謳歌しているのは、領が栄えている証拠でもある。
でも、今日はそういう目線は必要ない。
今日は王子の接待をせねば。
王子のアークは顔はかっこいい。
それになんでもできてしまう、天才肌でもある。
黙っていれば確実にモテるはずだ。
間違いない、これには確信を持っている。
黙って街中を歩いて、若い娘たちにキャーキャー言われれば元気に王都へ戻るだろう。
最期に我が領特産のスイカを手土産で持って帰らせればパーフェクトだ。
ちょろい仕事だよ。
「あっちに行ってみましょう」
抜け殻状態の王子を誘導し、若い娘達の集団の傍に寄った。
どうやら露店のアクセサリー屋さんで買い物中みたいだ。
王子を誘導して、俺たち二人も店に顔を出す。
それと同時に若い娘達がこちらに気が付き、急に色めき立った。
キャッと一人が声を上げれば、周りも声をあげ、一気に雰囲気が華やいだ。
横目で確認しているが、間違いなくこちらに興味がある様子だ。
さぁ、あとは声がかかるのを待つだけ。
「あのー」
きた!!
早速釣れました!
横を振り向き、その娘の顔を見ると、街中でもなかなか見かけないレベルの美人だった。
やりましたよ、これでアイリスのことを忘れて王子も現を楽しんでくれるはずだ。
さぁ美女よ、王子にアタックせよ!
「あのぉ、領主様のクルリ様ですよね」
「はぁ」
えっ、私ですか?
「その、私ずっとクルリ様に憧れてたんです。そのもしよろしければ、握手だけでもさせてもらえないでしょうか」
「あ、はい。いいですよ」
「キャッやった。で、では」
そっと差し出された手を握り、握手を交わした。
華奢できれいな手だった。
「すみません!私もいいですか?」今度は違う娘が声をかけてきた。
「あ、はい」
またも美人で、きれいな手だった。
それから立て続けに並ぶ町娘たち。気が付けば数十人が集まり、握手を待つ行列ができていた。
うん、いい気持ちだ。
違う!!
こんなために来たのではない!
急いで王子を見ると、こちらを死んだ魚のような目で見ていた。
なぜだ!?なぜ王子に勝ってしまったのか!!
間違いなく王子はイケメンだ。黙っていればとてつもなくかっこいい。
なのに、なのになぜ完勝してしまったのだろうか。
「はっ」
ここで俺はようやく気が付いた。
ホームとアウェーの差だということに。
王子の顔を知らない領民などいくらでもいる。
しかし、俺はよく領内に顔をみせることもあり、領民には顔が知れている。
ということはだ、顔では王子が勝っている。
しかし、この俺クルリ・ヘランもそこそこのいい男である。
つまり顔ではあまり差はついていない。
差がついたのは、まさしく女性が大好きなもの。
肩書だ!!
二人並んだいい男。
片方は得体のしれないイケメン。
もう片方は次期領主のイケメン。
これでは俺が勝ってしまうのも無理ない。
しまった!だが、もう手遅れだ。
それにしても我が領の女性はしっかりしているな。
将来はみんなしっかり者の嫁になると思うよ。
でも、でも今日に限ってはその選択は間違いだ。
なんたって俺の隣の人物は王子なのだから。
玉の輿なんてレベルじゃない、町娘から天に昇れるのですよ!?
しっかり見極めなさい!!
「・・・」
ほら、王子が黙って泣きそうになってる。
もう見てらんないよ。
「すみません。もう握手は終わりでお願いします。今日は友人が来ているので」
ええー、と行列から声がする。
どうも、なんかスターになった気分だ。
みんなに手を振ると、さっさと王子を連れて逃げだした。
「俺がいつお前の友人になったんだ?」
「まぁいいじゃないですか」
「お前はいいな。女にモテて」
「・・・」
殺気のようなものを感じたので、ここは聞こえなかったことにしよう。
「そういえば、昨日エリザからの手紙を渡したよな。あれも、もしかして」
ちっ、覚えていたか。
「あれは違いますよ。ただの夏の挨拶みたいなものでしたから」
事実そんな内容だった。
ただやたらと書かれていたエリザの日常が気にはなったが、意外と平凡な内容で案外だった。
「はぁー、俺はいつからこんな情けない男になってしまったのか」
王子がついに座り込み、遠い目で黄昏だした。
ダメだこれ、どう励ましていいのかわからない。
王子、原作ではあんなにかっこよかったのに。
人間どこで足を踏み外すかわからないな。
あー、無情。
「エリザはな、むかしはいつも俺を追いかけてきていたんだ」
「・・・はぁ」
「昔はうざいくらいしつこくてな。何でも自己中心でなければ済まないあの性格のせいで、俺も何度かキレたことがあったよ。それが今じゃ懐かしい」
なんだろう、彼は寿命を迎えた老人にでもなったのだろうか。
「エリザは最近全然俺を追いかけなくなった。最初は憑いた霊が落ちたような気分だったが、思えばあの頃が俺の人生が一番輝いていたかもしれない」
「エリザは忙しいそうですし」
「大切なものはなくして気づくって、本当だったんだな」
「そうですか」
これでツーと涙が流れようものなら、もう旅に出たらいい。
きっといい文集が書けるに違いない。
「お前はいいよな。アイリスと仲良くして、エリザからも手紙を貰って。俺から何もかも盗っていくんだな」
これは言いがかりだ。
いや、でも本来ならこんなことにはなっていないはず。
俺のせいなのか?
「レイルも最近じゃお前とよく一緒にいる。俺から親友まで奪うのか」
「いや、あれは違う」
これだけは即否定させてもらおう。
あいつはちょっと危険だ。できればもう近づきたくない。
見ていて王子が一秒一秒ごとに痩せていってる気がする。
いままで挫折とかしたことないんだろうな。特に恋愛方面では。
100戦99勝の男が初めて刻んだ唯一の一敗。
それが運命の相手か。
ぷぷぷ、なんか笑える。
「まぁ元気出してください。女の子なんていくらでもいますよ」
「お前はモテるからそう言えるんだ」
モテていた過去など忘れてしまったかのように、その言葉には寂しさしかなかった。
「女性にはプレゼントを贈るといいと言いますけど、気になる女性でもいるなら贈ってみてはどうでしょう」
「そんな相手はいない」
とか言いながら、きっとアイリスのことを考えているのだろう。
「でもな、以前贈ったときは断られた。むしろ嫌な気分にさせたかもしれない」
「何を贈ったんですか?」
「ダイヤのネックレスだ」
「・・・」
「なぜ何も言わない」
「いえ」
「やっぱりおかしいのか!?俺のセンスはいつの間にか枯れ果てて、前時代の遺物と化したのか!!??」
「いえ、落ち着いてください。そういう訳じゃないです」
「じゃあどういうことだ」
「いや、だってそんなの贈られたら・・・普通怖くないですか?」
「・・・わからない。その気持ちがわからない」
人の気持ちがわからない。
人間わからない。
人間怖い。
人間・・・。
と続きそうなトーンだ。
しょうがない。彼が野獣になる前に、拙い俺の知識を分けてやることにしよう。
「以前女性に花を贈ったら、すごく喜んでくれましたよ」
「花・・・、ようし、なら俺は花園まるまる送ってくれるわ!」
「いや、それはまた怖がられるのでは?」
「・・・わからない。その気持ちがわからない」
人間・・・以下省略。
「一輪の花で充分です」
「一輪?けち臭くないか?」
「そうでもないですよ。ヘラン領にはそれは珍しい花があります。広大な花園に一輪しか咲かないと言われる大変貴重な花です。それを見つけて贈れば、きっとどんな女性も喜びますね」
「おお!わかる。その気持ちはわかるぞ!」
人間・・・。
人間温かい。
人間優しい。
人間は愛。
おっと、これ以上心で王子をバカにするのは止めよう。
早速とばかりに花園に案内しろと言われた。
どうせなので領で一番大きな花園を紹介した。広大な土地だ。
ココなら間違いなく咲いているだろう。
「花の名は『ハーマイオ』。花弁6枚がそれぞれ赤、白、青、黄、緑、ピンクと色が違う世にも珍しい花です。花言葉は、この世の奇跡。見つけただけできっといいとこが起こるでしょう!」
「ああ、なんだか気力がわいてくるぞ!そうだ、俺はこれを見つけて、そして・・・。いや、全ては見つけてからだ!」
「その調子ですよ!」
「ありがとう、クルリ。あとは自分の力でやりたい!お前は屋敷に戻っていればいい」
「ええ、期待して待っていますよ!」
「まかせろ!」
こうして俺は先に屋敷に戻り、ラーサーたちと楽しい休暇を楽しんだ。
邪魔者がいない休暇は本当に楽しいものだった。
ラーサーはいいやつだ。ヴァインは愉快な奴だ。アイリスはいつも新鮮な気持ちをくれる。
いい休暇だ!
そんな時間を忘れる楽しい休暇だったため、いつしか第一王子のアークのことなど忘れ去ってしまった。
3日後、ボロボロの半泣き状態で帰ってきた王子を見てようやくその存在を思い出した。
・・・どうやら見つからなかったらしい。
王子はさらに痩せていた。
「・・・ドンマイ」そんな言葉しか出てこない。
王子に春はもう来ないかもしれない。