3章_4話
ラーサーが嬉しそうな顔して、我が領に来た。
かわいい弟分が来て非常にうれしいのだが、馬車から降りてきたのはラーサーだけではなかった・・・。
ラーサーが来ることに慣れたらしいうちの父親が朝から張り切っていた。
王族が我が領に来る、こんなめでたいことはないと前の週から夜な夜な語るのだ。
王妃様は迫力があり、それを父親は苦手にしている。
でもラーサーはそのあふれ出る優しさから、気づけば我が家に自然と馴染んでいた。
その甲斐あり、父はラーサーが来ると心から歓迎するのだった。
「いやー、ラーサー様が王位に就けばいいのになー」なんて恐ろしいことを言う日もある。
おー怖い怖い。父親の口からボロが出ないうちに早く矯正しておかなくては。
今夏に収穫できたスイカを川で冷やして、昼に着くというラーサーに合わせて屋敷内に運び入れている。
「ラーサー様が喜んでくださるとといいな」
なんて下心ありありの父親がにやにや顔で言う。
「そうですね」
昼になり、予定通りラーサーの馬車が着いた。
随分と馴染んだもので、領民も大きく騒がなくなっている。
ラーサーにとってはその方が来やすいからいいだろう。
馬車が屋敷に着くと、ラーサーが降りてきた。
「お久しぶりです、アニキ」
相変わらずの可愛らしい笑顔だ。
「よく来たなラーサー」
出迎えるのは俺と父と、アイリス、ヴァイン。
ヴァインとラーサーは顔見知りらしく、お互いに一礼していた。
「こちらはアニキの恋人ですか?」とラーサーが指すのはアイリスだ。
「いや、違う」
すぐに否定した。
「ところで、一人で来る予定でしたが・・・実は出発の際に捕まりまして、あのー」
なんとも気まずそうに口ごもるラーサー。
良くない話ですね、はいわかります。
「実は姉達と兄も着いてきまして・・・。姉は知人と一足先に街に行ってしまったのですが、兄は今馬車の中にいます」
なんとも申しわけなさそうに言うラーサー。
君は悪くないんだよ、君のお兄さんが自分の欲のために来ただけだから。
そう思いラーサーの頭を撫でてやる。
その話を聞いて一番びっくりしたのは父親である。
いたたたた、とお腹の調子を急降下させて「息子よ、あとは頼んだ」とかっこよく去っていった。
トイレへと。
満を持して、第一王子のアークが馬車より出てきた。
「ほう、ここがヘラン領か」とかブツブツ呟いている。
「まぁなかなかよさそうなところではあるな」
頭はアイリスのことでいっぱいのくせに、下手に景色ばかり見ている。
「よぉ、クルリ・ヘラン。第一王子としてお前の領の視察に来た」
「それはどうも」
「領主の姿が見えないが、在宅じゃないのか?」
「いや、腹を下して席をはずしています。まぁ私が対応させてもらいますので、お気になさらずに」
「そうか、それではよろしく頼む」
ふっふーと今度は口笛を吹きだし、なにやら落ち着かない様子だ。
「ヘラン領に近づくにつれてこのような様子なのですよ。兄が迷惑をかけるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
兄の真実の気持ちをしらないラーサーが、兄の様子を気味悪がるのも仕方がない。
変な兄を持つと弟は苦労するな。
ラーサーには姉もいると聞いている。たしか第一王女のマリア様だったか。まともな姉であればいいのだが、きっと話題に上がらないので、しっかりとした人なのだろう。
ラーサーをよろしくお願いします、そっと心の中で祈った。
第一王子アークの魂胆はわかりきっているので確かめる必要もないが、一応本当に公務で来てるといけないので形だけでも確認しておこう。
「ラーサー様はアイリス、ヴァインと一緒に屋敷でお待ちください。以前話したスイカを用意しております。では、アーク様は私と一緒に領内の視察に向かいましょうか?」
「うっ」と少し疼き、ひやりと汗を流すアーク。
やはり公務は言い訳だったか。
素直に遊びに来たとでもいえば済んだものを、俺だって休日を楽しみたいのに。
「兄をよろしくお願いします」
ラーサーが頭を下げ、アイリス、ヴァインと共に屋敷へと入っていった。
我が家への入り方と言い、もう手慣れたものだった。
のこされた俺と、アーク王子。
相手は嫌そうな顔をしているが、こちらも同じ気持ちだ。
ここまで状況が進んでは退くに退けず、結局二人で領内をまわることになった。
「あ、これ頼まれたから」とぶっきらぼうに渡されたのは、手紙だった。
宛先には、エリザ・ドーヴィルと書かれている。
その名を見て少し自分の気持ちが高ぶったのを感じた。
あれ?俺なんでこんなに喜んでいるのだろう?
なんだか自分でもすこし不思議だった。
馬車の中でガタガタと揺らされる二人。特に話すこともないので二人ともただ遠くを眺めている。
「ヴ、ヴァインと、アイリスは何しにここへ?」
沈黙を破ったのは王子の方だった。アイリスがなぜここに来たのか、気になるらしい。
「遊びに来ただけですよ。ああ、あとバイトをしに」
「そうか。バイトか・・・」と王子は納得している様子だ。
しばらく離れていて、だいぶアイリスのことを考えたのだろう。
ようやくアイリスと言う人間がわかりだしてきており、その手があったかと今納得している様子だ。
俺としては早いとこアイリスと上手く行って欲しいが、何せ思ったより王子が残念なのでいまいち応援してやりたくなる気持ちに熱が入らない。
今日も、ちらちらとアイリスと覗き見ていた姿が情けなかった。
もっとしっかりしてくれよ王子!
そしてまた厄介なタイミングで来たな!
今アイリスは別の男性に夢中なのだ。
それを知ってしまったら、アークはどうするのだろうか?
うちの領内で身投げとかやめてよ?本当に。
「あのー、屋敷にスイカと言う美味しい果物を用意しています。もしよかったら、公務を早めに切り上げて戻りますか?」
「そうだな。それがいい!」
水を得た魚のように目が生き生きしだす王子。
もう素直にアイリスにあいたいと言ってくれればいいのに。
そしたらこんな回り道をしなくても済んだものを。
屋敷に戻ると三人が庭で並んでスイカを食べていた。
種を口に含み、誰が一番とばせるか競っているようだ。
俺も混ざりたい。
こちらに気づいたラーサーが駆け寄って来た。
「もうお戻りですか?」
「ああ、ちょっと予定を変更して一緒にスイカを食べることにした」
「それはよかったです。さぁ一緒に食べましょう。本当に美味しんですね、このスイカと言う果物は」
そう言われてしまうと、もう我慢はできない。
スイカを一切れもらい、すぐに俺も居並ぶ。
口いっぱいにほおばり、種だけを飛ばす。ピュッ!
んー、幸せだ。
「見て、私も結構飛ぶから」ピュッとアイリスも吹き出す。
レディーがやることじゃありません!と言いたいが、楽しそうなのでよし!
そんな会話をしていてすごく楽しいのだが、ちょっとだけ困ったこともある。
今の席位置は、アーク、ヴァイン、アイリス、ラーサー、俺と並んで座っているのだが、アイリスがこちらばかりを見て話すのだ。
ラーサーと俺の方を見て3人で話す。すごく楽しい空間ができている。
向こうのヴァインは一人で黙々とスイカを食べている。彼はあの静けさが幸せなのだ。
何も問題はない。
問題なのは端っこで拗ねている第一王子のアークだ。
いままで集団にいて、自分が中心にならないことはなかったのだろう。
どうしていいかもわからず、彼の目はかなり寂しそうだった。
イケメンだからなー、普通は女の子が飛びつくのに。
アイリスは普通の女の子じゃないから。ドンマイ、王子。
「あ、アイリスは休みの間ずっとここに居るのか?」疎外されていたアークが勇気を振り絞り、輪の中に飛び込んだ。
大きいヴァインが遮っているので、彼は随分と苦労したことだろう。
「うん」
それに対するアイリスの返答はあまりに素っ気ないものだった。
流石にそれは冷たいっすよ!アイリスさん!
もうアークは泣き出しそうだ。
イケメンで王子で、何もかも持っているのに・・・、なんなんだろう今現在放つあの負のオーラは。
レイルの話によると、学園では結構つきまとっていたらしい。
もしかして、既に嫌われてる?そこまでいったの?
「そういえばアイリスとアーク様は結構親しいようですね。学園で一緒にいることが多いのでしょうか」
会話を途切れさせないように、とっさに二人の間に橋を架けた。
「そうだな、二人で良く一緒に話したりするぞ」デレデレ顔の王子が言う。
「一緒の授業が多いだけよ」
冷たくアイリスが橋をぶっ壊す。
あ、もうダメだこれ。王子さん、しばらく顔見せない方がいいよ。
「今日初めて会いましたけど、アイリスさんはすごく魅力的な人ですね。みなさん同様に僕もこれからアイリスさんともっと仲良くなりたいです」
「あら、私もラーサー様となら仲良くなりたい」ニコッといつものアイリスの明るい笑顔が飛び出し、ラーサーの頭を優しくなでた。弟みたいな可愛さがあるラーサーのことが気に入っているようだ。
「やった」ラーサーも嬉しそうに笑った。
ラーサー様と(’)なら?と、なら?
それは誰を省いているのでしょう。怖くて想像したくありません。
それを見てより一層泣きそうになるアーク。
もう帰らせてあげた方が、彼のためかもしれない。
頼むから我が領内で身投げとかやめてほしい。
こんなやり取りが続き、夜になるころにはアークはついに涙目で「帰る」と言い出した。
ふらふらになりながら、さながらゾンビのように家の中を徘徊する。
「夜は危ないから、明日まで待ちましょう」となんとか引き止め、一泊してもらうことになった。
「温泉に入りましょう。そしたら気分も変わりますから」
「そうだな、俺なんていっそ温泉に沈めばいいんだ」
あかん、あかん!死ぬのは勝手だが、うちの領で死ぬのは止めてくれ!
その身を従者に任せ、俺はようやくひと段落着くことができた。
俺も温泉に入って寝ることにしよう。ひどく疲れた一日になった。
温泉は体と心を癒してくれた。
風呂上がりにラーサーが待っていてくれて、一緒に散歩に行くことになった。
「ヘラン領は相変わらずきれいな土地ですね」
夜道の散歩は気持ちがいい。おれも同じくきれいな自然を楽しんでいた。
「それにしても今日は兄がお世話になりました。連れてくるべきじゃなかったですね」
「いやいや、別に世話ってほどでもないよ」
「でも、やっぱり連れてくるべきではなかったです。兄はアイリスさんに好意を持っているみたいですし」
「ああ、あれね」
「アニキ、アニキは兄のことなど気にせず自分の恋を貫いてください。アイリスさんとアニキはお似合いです。幸せにしてあげてください」
「えっ!?」
ラーサーがとんでもない勘違いをして、とんでもない発言をしたため、温泉上がりのポカポカ気分がぶっ飛んでしまった。
「違う、違う。そんな間柄じゃないから!」
「でも休みにずっとヘラン領にいるのですよね?それが恋人でないとでも?」
「違うよ。彼女にはここで働いてもらっているだけ。本当にそういう気持ちはないよ」
「そうなのですか?それはとんだ勘違いをしてしまいました」
「ああ、びっくりしたよ。アイリスはいい子だけど、恋愛対象としては見てないから」
「なんだ、心配して損しましたよ。なんだかホッとしたら、眠くなってきました。私はもう戻りますね、アニキも戻りますか?」
「いや、もうすこし風をあびてから戻るよ」
ラーサーと夜の挨拶を交わして、その場で別れた。
芝の上に座り、一人屋敷の庭で夜風をあびた。
夏の夜風は気持ちがいい。
冷たくなく、暑くもない。
星もよく見えた。虫のきれいな鳴き声も聞こえる。
そんな素敵な空間に、人の足音がして、振り向くとアイリスが歩いてきていた。
「気持ちがよさそうだね」
「うん。夜風が気持ちいいよ、アイリスも座る?」
「座る。本当だ、すごく気持ちがいいね」
二人で黙って星を眺めた。
出会ってもう数か月経つのか、今ではこうして一緒にいても緊張することもなくなった。
それだけ仲良くなったのだ。
まさか俺がこんな美人さんで運命を左右する人と仲良くなるなんて。王子が嫌われて、俺が仲良くなっている。
運命は変わりつつあるのか、ふと夏の夜空の下でそんなことを考えた。
「実はさっきの話聞いてたんだ・・・」
「ん?ラーサーとの話?」
「うん」
聞かれてたか、でもそんな変なことも言ってないし、まぁ特に問題はない。
「クルリは私のこと女性としては見てないんだね。私はね、クルリが私のこと好きだったらいいのになーなんて思ったこともあるよ?」
「えっ、だって」ロツォンさんのことが・・・、えっ!?どゆこと?
「ふふ、なーんてね。じゃあお休み、先に戻るから」
「あ」
固まる俺を放って、アイリスは屋敷へと戻っていった。
さっきのは何だったのだろうか、からかわれたのか?
・・・きっとそうなのだろう。彼女が好きなのはロツォンさんなのだから。
俺も重い腰を上げて、屋敷に戻った。
その日の夜は、なんだか眠りにつけず翌朝まで目がぱっちりとしていた。
俺もまだまだピュアだなと、痛感した日でもある。