3章_2話
我が家に着くと同時に、家からある人物が飛び出してきた。
「クルリ~」と目に涙をためながら走ってくるのは我が父、トラル・ヘランその人だった。
一瞬にして判断がついた。
ああ、あれは息子との久々の再開を喜んでの涙ではない。
あれは困ったことを処理しきれず、それを俺に頼る顔であり、涙であることを。
さながら学校から戻ってきたのび〇君である。と言うことは、俺は頭の大きい青タヌキのドラ〇モンになるのか。
おい!誰が2等身やねん!!
「お久しぶりです、父上」
「クルリよ、よくぞ戻ってくれた。父は嬉しいぞ!」
会うや否やすぐに抱き付いてくるのが少しうざいが、ここは我慢しよう。そっと抱き寄せて、背中をさすってあげた。おい、鼻水つけるな、見えてるぞ。
満足するまでそのままにしておき、落ち着いたところで二人を紹介した。
「こちらがヴァインと、アイリス。二人とも学園の友達だ。夏季休暇はヘラン領で過ごしてもらおうと思っている」
「ああ、よく来たね」父は両手を開いて二人のもとへ行く。基本ウェルカムな人なのできっと二人のことも受け入てくれると思っていたが、その通りみたいだ。
ほほほ、と二人に近づき、しかしヴァインを見てそっと目を逸らした。
あまりの迫力に少し気圧されたらしい。父はちょいぽっちゃりのドラ〇モン体型なので余計に大きく見えてしまうのだろう。
ぷいっと顔を向きなおし、今度はアイリスの前に行く。
「やぁやぁよく来たね。君は随分と綺麗だね。もしかしてクルリのこれかい?」ニヤリと小指を立てる。
なんだこの父親は。久しぶりに会ったというのにまともな一面がない。
アイリスも苦笑いして「いえいえ」とか言ってる。
これ以上悪い印象を与える前に、父をひっぱりあげて、そっと耳打ちした。
「その子、将来の王妃様になるかもしれないから失礼のないようにね」
「へ?」
「ちなみに大きい方は王国騎士長の息子だから」
「ふえ?」
それを聞いた父は、ヴァインを見ては顔を逸らし、アイリスを見てはまたも顔を逸らす。
あいたたたとお腹を押さえて、遂には座り込んだ。
「大丈夫かい、父さん」
「クルリや、父さんはもうダメかもしれない。ここ最近ストレスで胃がキリキリしてるんだ。もうこれ以上抱えるとなると私はもう死んでしまうよ」
「大げさだよ。俺も帰って来たし、仕事があるなら手伝うよ」
「そう言ってくれると信じていたよ。早速だがいっぱい抱え込んでいるんだ。もう私じゃ限界だ。クルリに全てお願いしたい」
「すべて・・・ですか?」
「すべて・・・いや、もうほとんど済ませてあるから。・・・ほんとだよ?」
これですべて合点がいった。
領民の盛大すぎる歓迎と、父の涙の理由がわかった。
どうやらしばらく離れていた、このヘラン領には問題がたまりつつあるようだ。
出発前に随分と開発を行った。
街の活気を見る限り、その成果は出ているようだったが、どうやら問題も同時に起きているらしい。
それを解決しきれない父親と、それを理解している領民。
どうやら父も領民も俺に仕事をやらせる気満々のようだ。
そういうことか、とスッキリ納得した。
「わかったよ。父さんはゆっくり温泉にでも入っているといい。あとは俺に任せてくれ」
「クルリよ、じゃあ父さんは避暑地に行ってくるから。屋敷は存分に使いたまえ」
さっきまで腹が痛いと言っていたのに、アッという間に支度を済ませ、馬車で今夏オープンの避暑地に行ってしまった。
なんという逃げ足。なんという軽いフットワーク。
もっと働けよ!
まぁ仕方がない、種を蒔いたのは俺である。
もともとヘラン領は静かな領だった。徐々に過疎化していく問題はあったが、領主が表に出てやることなど何もなかった領だ。経験のない父には確かに重荷だったのかもしれない。
それは俺も同じなのだが、将来への確実な不安ある分だけ父よりはよく働くつもりだ。
そうと決まれば、早速山積みになっていると思われる問題に取り掛かるとしよう。
「アイリスにはバイトをしてもらおうと思っているけど、実はまだ何をしてもらうかは決まっていない。決まり次第、伝えるから客室を自由に使ってよ」
「うん」
快諾してくれたアイリスを客室に通して、荷物の整理をしてもらうことにした。
「ヴァインはどうする?」
「そうだな。世話になるわけだし、せっかくだから働かせてもらおう。力仕事なら何でも任せろ」
「それは助かるよ」
働き手が早速確保できた。一人二人増えるのでも大変ありがたい。
家に仕えるものに、今現在抱えている問題を教えてもらうことにした。
領民から来ている依頼は毎日のように書状で送られてきているらしく、それを読むように勧められた。
以前からあったシステムらしいが、父からこんなシステムのことは聞いたことがないし、実際機能したのも最近なのだろう。
いっぱいある書状の中から、できるだけ日付が経っているものを選び出し、読んでみた。
色々書いてあるのだが、要点をまとめてみるとつまりはこうだ。
・最近の好景気に後押しされるように領民が続々増えている。
・あまりの多さに家の数が足りていない。借り屋も埋まっている。
・そもそもお金があまりない人ばかりで家を建てるどころではない。
・その住民たちが街の端に住み着き、治安も悪くなっている。
どうやら人が増えすぎたことゆえの問題が起きているようだ。
正に俺が蒔いた種ではないか。
領の発展は喜ぶべきことだ。それが将来の安定した生活にもつながる。ならばやるしかない。
書状を他にも何通か呼んでみたが、やはり住宅がない領民の問題が大きく取り上げられたものが多い。となると、まずはこの問題からだ。
幸いにしてこの問題は、家はないが、どうやら移り住んできた人たちに仕事はあるようだ。
手に職あるものはしっかりと雇用されているみたいだし、何よりもサービス業は特に人手が足りないらしく、とにかく人がいればいいとの店も多い。
農家も潤っているらしく、それを手伝う人たちも増えてきているらしい。
それぞれに家を建ててやるひつようがある。それにはやはりお金がいる。もちろん土地も分配しなくては。
建設には人手もいるだろう。思った以上になることが多いようだ。
でも思い悩んでいる時間はない。行動あるのみだ。
早速屋敷の金庫を開け、中を覗いてみた。
領が潤っているだけあり、我が屋の金庫も潤っていた。
全部を任されたのだ、金庫に手を出す権利もあるだろう。
仕方がない、領民が困っているのだ。
そう自分を納得させ、心でそっと父親に謝罪し、金庫内に手を出した。
「クルリ、来客みたいだぞ」
金庫内を整理していると、外にいたヴァインが戻ってきており、来客と一緒にそこに立っていた。
「お久しぶりです。クルリ様」
「ロツォンさん!!」
思わぬ来客に少し喜色の声をあげ、駆け寄った。
懐かしく、そして相変わらず凛々しい人物のままだ。
「お帰りと聞きましたので、お会いしに来ました」
「いやー、会えて嬉しいよ。よく来たね」
「はい、避暑地計画が開始しましたので、その経営報告書をまとめてもってまいりました。経理書類に、来場者数の統計データ、様々な意見、要望、従業員の報告などを持ってまいりました」
「相変わらず凄腕だね!感心しちゃうよ。どれも全部見るから屋敷内にもって入ってよ」
「はい、かしこまりました」
できる男ロツォンさんに感服しながら、ついでなので相談に乗ってもらうことにした。
「ロツォンさんこちらへ」
書類を運んできたロツォンさんはそれを屋敷内に置き、こちらへ来る。
金庫内を指し、ロツォンさんに話した。
「この私財をはたいて、家のない人達に家を建設していこうと思っている。早急な対策が必要だと思うので、簡素なものを予定している。見てのとおり資金には余裕がある。働き手も集まるだろう。これで進めていこうと思うのだが、何か意見があれば聞きたい」
「早速行動に移してくれて、一領民として大変感謝しております。私財をはたいての寛大な政策、器の大きさを感じます。ですが、無償で建てるとなると既に家のある領民たちからの嫉妬に似た不満が出てくるのではないかと思われます」
「そうだね。確かに今いる領民にとっては自分たちにもお金を使って欲しいと思うのも当然だ」
「ですので、家はあくまで有料にしておきましょう。原価よりも安い値段で売りつけるのです。お金の返済は分割でもよし。これならば買う側も負担が少なく、既にいる領民たちにも不満が出てこないでしょう。ですが、領主様は損してしまうことになってしまいますので、その面だけが・・・申しわけございません」
「それで構わないさ。領民のための領主だ。その計画で行く。さぁ早速取り掛かるとしよう。まずは人集めからになるかな」
「人集めは私にお任せください」
「でもロツォンさんは別荘の管理があるでしょう?」
「勝手なことをして申し訳ないのですが、管理の方は下の兄弟たちに任せても大丈夫だと思います。しっかりと教育はしておりますので、間違ってもおかしなことは致しません。そこはご安心ください」
「ロツォンさんの兄弟なら問題なさそうだね。じゃあロツォンさんにはこちらを手伝ってもらおうかな。人集めはよろしく、原価の計算と返済プランは俺が用意しておくから」
「はい、では早速行ってまいります」
てきぱきと動いて、来た道を引き返すロツォンさん。
見てて安心するよ。
「で、私たちは何をすればいいのかな?」
気づくと横にいたアイリス。さっきの話も聞いていたみたいで、事情は話さなくてもよさそうだ。
「ヴァインは俺と共に力作業になる。よろしく」
「ああ」
現場にもいくつもりなので、ヴァインにはそこをお願いしたい。
女性のアイリスの力作業はないので、ほかをお願いしようか。
「書類作りと、契約作業を手伝ってもおうか」
「家を買う人達用のものを?」
「そう。これから大がかりな仕事になるし、煩雑な仕事になると思う。アイリスなら任せて安心だと思うから」
「わかった。やるよ、私」袖をまくって、やる気満々と言った雰囲気だ。
実行に移せたのは次の日からである。
集まった100余名の働き手。職人も結構集まったようだ。
ロツォンさんの働きにはボーナスを支払わなくてはな。
昨日から領民には話が広まっており、今日の建設予定地に赴いたころにはたくさんの領民が集まっていた。
自分の仕事をほったらかして見物に来る人もいる。
アイリスの受付が始まると同時に大勢の領民が詰め寄る。
破格の安さで我が家が建つだけあり、今回の調査で判明した移住者世帯のほぼすべてから建設依頼があった。
それぞれに土地を割り振り、権利書と契約書を発行する。
アイリスの事務処理能力は流石のものだった。ロツォンさんにも手伝ってもらっており、どうやらあちらは問題なさそうだ。
実際の建設作業は集まった100余名に俺とヴァインが加わり、徐々に作業を開始していった。
領主の俺が働いていることもあり、領民が仕事終わりにボランティアで来る人も多くいた。自分たちの家が建つのだと、皆が活きこんでいた。
暑く、魂の焼ける夏でもあった。
夏季休暇は2か月あるのだが、結局この問題に実に1か月もの期間を割き、なんとか解決した。
やりがいはあったが、ひどく疲れた夏になった。
後に『アルイネの奇跡』と呼ばれることになる一つの夏でもあった。
アルイネは土地の名であり、多くの領民の悩みを解決したことで領民から称えられ、呼ばれるようになったらしい。なんともありがたい話だ。
ロツォンさんとアイリス、ヴァインは特によく働いてくれており、非常に助かった。
これで当面の課題は解決できたと言ってもいい。
しばらくの本当の夏季休暇に入れそうだ。
「ロツォンさん、今回の報酬とは別に、これは特別に取っておいてよ」
少し多めのボーナスを包み、それをロツォンさんに渡す。
「私なんかが、もったいない限りです」
そう言いながらしっかりと貰うロツォンさん。流石はしっかり者だ。どうやら結構な大所帯らしいので、きっとお金はあればあるだけ助かるのだろう。
「クルリ様がいる限りこの領は安泰です。是非今後とも役に立てればと思います」
「ああ、期待しているよ」
「では、私はこれで」
静かに去るロツォンさん。渋い男なだけに、背中がかっこいいぜ。
「ちょっと待って」帰りかけるロツォンさんを呼び止めたのはアイリスだった。
その目はなんだか、うるんでいる。
震える唇を何とかかみしめて、言葉をひねり出すようにアイリスが話した。
「ロツォンさん、また会えますか?」
えっ!?どゆこと!?なんだか汗が止まらない俺。
「ええ、クルリ様の友人の頼みであればいつでも」
「そうじゃない・・・。いえ、何でもないです。では、また今度」
「はい、ではまた今度」
静かに去るロツォンさん。それをじっと眺めるアイリス。
なんともロマンチックな光景が目の前に広がる。
えっ!?どゆこと!?!?
「あの、アイリス。これ、今回の報酬、色つけておいたから」
「ありがとう」
きっと飛び跳ねて喜んでくれると思ったのに、なんだかあまり興味がなさそうに受け取る。
やはり中身を確認することもなく、ロツォンさんが去った道をただ眺めるのだ。
「・・・これはヴァインの」
「いや、俺はいらない」
「ああ」そうですか。いや、今はそんなことどうだっていいんだ!!
いや、やっぱり働いてくれてありがとう。すごく助かったよ、ヴァイン。
「受け取ってよ。ヴァインは良く働いてくれたし」そう言って無理やりに渡した。
「なぁそれより、アイリスのあの様子・・・もしかして」
「俺にはわからん」ヴァインは視線で俺に指示を出す。アイリスに聞け、と。
「すいません」遠目をしたアイリスに恐る恐る声をかけた。
「はい」アイリスはそのまま顔も視線も動かさずに答えた。
「どうしたの?」
「私、こんな気持ち始めて」
「えっ!?」
えっ!?えっ!?えええええええ!!!!?
「そ、それってどんな気持ち?」
「なんだか、胸がどきどきするの。あんなに仕事ができて、気の利く人初めて出会った」
ステキ、と言葉の最後に続きそうな勢いだ。確かにロツォンさんはいい人だ。でも、でも・・・。
アイリスは両手で心臓を覆うようなしぐさをしている。なんだか顔が艶っぽい。ほほが赤らんでいた。
あ、はい、それ恋ですね!
まさかのロツォンさんに恋ですか。
原作で全く出てこない人ですよ!?俺以上のサブキャラですよ!?いいの!?
大丈夫ですか!?アイリスさん。大丈夫ですか!?俺の人生!!