4話
運動を開始してから一週間、顔に若干のスマートさが現れ、走れるだけの体力もついて来た。
魔法の方も火と水の性質変化に成功し至って順調だ。魔力量も順調に増えていっている。両親とは違いクルリには魔法の才能があったようだ。
早起きして、領内を駆け回る。領民が朝から働いているのが感心だ。
ここ一週間で近くの領民には顔を覚えてもらった。いままでも出不精で顔を見せたことなんてなかったからなぁ。
走り出しても苦しさはなかった。それよりもテンションが上がりもっともっと速く走りたい気分になる。
やはりクルリの体はポテンシャルが高い。やった分はしっかりと成果になって帰ってくる。動けば動くほどに体は軽くなって行った。
それでもあまり無理はしたくない。成長期に無理は禁物だ。
ほどほどに済ませると、いつもの書庫へと向かった。
実は基本の性質変化、雷につまづいていた。水と火は簡単だったのだが、雷はなかなか発動しなかった。
「モラン爺、うまくいかないよー」
「ほっほほ、何事も繰り返しが大事です。続ければできるようになります」
流石はジジイの言葉、重みが違う気がした。
まぁ結局今日もうまくはいかなかったのだが。
夕食後、風呂上がりに自分の体を鏡で確認してみた。
うーん、顔だけでなく体にもいい変化がある。いい傾向だ。
運動、魔法の毎日をおよそ3ヶ月続け、クルリ・ヘランこと俺の体は見違えた。
体はスマートに引き締まっており、顔はやはり美少年だった。
魔法の方も基本の性質変化は全てマスターしたし、魔力量なんかはちょっとやばいくらい増えた。
体が軽い。ジャンプしたら飛んでいきそうだ。逆立ちも、一回転ジャンプも思いのままだ。もうぽっちゃり癒し系クルリとは誰にも言わせない。
早速ドンガのおっさんのもとへ行こう。
馬を一頭連れて、飛び乗った。
さぁ駆けろ!
馬が走り出すと同時に俺は宙を舞った。
調子に乗りすぎた。乗馬がこれほど難しいとは。痩せてなんでもできるようになったと錯覚してしまっていた。
「クルリ様!大丈夫ですか!?」馬番が飛んできた。
「乗馬を教えて欲しい」
「は、はい」
泥まみれの俺を馬番が立ち上がらせてくれた。
乗馬はなんといっても脚の力が必要になってくる。腿でしっかりと馬の腹を締めなくては落ちてしまう。
最初の日は下馬とともに崩れ落ちた。まともに自分で立てないくらいに脚が疲れはてていた。
「初めは誰でもこうですよ」馬番が優しく慰めてくれた。馬番いいやつだな。
それでもまぁクルリのポテンシャルの前には馬もひれ伏す。
あっという間に一週間が経ち、俺は乗馬ができるようになった。
「ちょっと駆けてくる」といった具合に得意げだ。
これでいよいよドンガのおっさんの元へ行ける。
「すみませーん」俺は『ドンガ武器屋』の入り口に立ち声を上げた。
やはり出てこないので勝手に入らせてもらう。
「ドンガさーん!!」
「なんじゃ!うるさい!
ん?領主のバカ息子?」
「あっはい、3ヶ月前にきたクルリです」
「ほー痩せたのー。見違えたわい」
「加冶職を習いに来ました」
「ああ、そういう話じゃったの。まぁ入れ、使えんかったら追い出しちゃるけえの」
「よろしくお願いします!」
ドンガのおじさんんは見た目や言葉遣いとは裏腹に仕事は丁寧に教えてくれた。
魔法が使えることを知ってからは、火つけの仕事は俺に回ってきた。
鍛冶場に入って雑用を1カ月ほど続けたあと、ようやく鍛冶職を教えてもらえることとなった。
「ここにきて1ヶ月じゃな。環境にも慣れたし、鉄打ってみるか」
「お願いします!」煤で汚れた顔をタオルで拭きながら答えた。
「鉄を叩くのは、鉄の不純物を取り除き、純度を上げるためじゃ。
それ以外にもバランスを整えたり、種類の違う鉄を混ぜ合わせたりするために叩く。
まぁなにはともあれ鉄を打ってなんぼの世界。打って打って打ちまくるのが何よりもの上達手段じゃ」
「おっす」
ドンガのおじさんが言う通りに毎日を鉄を打った。
雑用や気付いたら接客、仕入れも俺の仕事になっていたので、ほとんど住み込み状態だ。
両親にはちゃんと報告しているのだが、「あの子、どうしちゃったのかしらと心配される毎日だ」
そんな生活が1年が続き、「すっかりお前も鍛冶場の男って感じだな」とドンガの師匠からお墨付きをもらった。
細い体とは裏腹に俺の手はめちゃめちゃたくましくなっていた。
火傷のあと、まめ、傷口など無数にあった。
うーん、一年ってなかなかすごいな。
そんなある日、師匠から呼び出しをくらった。
「これはお前が打った剣か?」
師匠が持っていたのは昨晩俺が打った剣だった。
「ええ、そうですが」
師匠は絶句していた。
「純度が高く、バランスはほぼ完璧なくらいに均等じゃ。わしがこの領域に達したのはおそらく30代後半・・・」
師匠がブツブツ呟いている。
確かにあれは出来が良かったが、最近はあのレベルなら安定して打てる。師匠が気づいていなかっただけだ。
「素晴らしい。クルリよ、お前に教えることはもうなにもない。ここから先はもはや己と戦い。探求する者の世界になる」
「えっ!?」
「お前の技術がもうほとんど熟練のそれと変わらん。ここから先は他人に教わることはできない。ひたすら己と向き合う世界になる」
「はぁ、あのー今のレベルで飯が食えるって言うことでよろしいのですか?」
「ああ、試しにこの剣を店において置こう。きっとすぐに売れるじゃろう」
おお!!
やった。手に職ゲットじゃないですか?!
「教えることは無くなったが、鉄は毎日を打っておけ、休むと腕が鈍るからのぉ」
「はい、ありがとうございました師匠!」
「恐ろしい才能よのう。領主の息子なんぞに生まれてきたのがもったいない」
いやいや、それは普通ラッキーと捉えますよ。
家に久々に戻り、専用の鍛冶場を作ってもらった。
クルリちゃんが戻ってきたわーと家中大騒ぎだ。両親は特に嬉しかったようで鍛冶場は必要以上に豪勢に作られた。
これからは、鍛冶場としばらく遠ざかっていた書庫を往復する生活になるだろう。
剣を打てる、どうせなら剣を習ってみてもいい。うん、今度両親に頼んでみよう。きっと反対されるだろうけど。