2章_18話
部屋に戻り、早速封を開け、中の用紙に書かれた内容を見てみることにした。
報告書と記載されたその用紙に目を通す。
『実行犯、リーダ格のモーリ・ギャップ、トミル・ゲイン、ライアン・クリストファー。
午後16時頃、ビニールハウス内に侵入。
トト・ギャップと揉めた挙句、ビニールハウス内を荒らす。
その後モーリが手に何かの植物を握りしめビニールハウスから出てくる。
傍にあった畑も3人で荒らして、その場を去る。
トト・ギャップがしばらくして3人の後を追ったが、途中で返り討ちにあう。
トミル、ライアンはトトとの直接的な関係はなし。
モーリはトトと同じ領の人間だと確認。
本家のモーリと分家のトト。トトが一方的にやられた理由はこの関係性ゆえだと考えられる。
以上、今回の報告となります。
報酬はいつもの支払い方法でお願いします。
前回依頼分の、エリザ・ドーヴィル、クルリ・ヘラン交友調査の報酬が支払われていません。
急ぎ支払いの方をお願いいたします。』
おい!最後!!
あいつめ!
こんな情報網を持っていたなんて知らなかった。
無駄なことに金を使うんじゃないよ!
いや、今はそれはどうでもいいことだ。いずれ文句はつけるが、今はこの報告をありがたくいただくことにしよう。
この報告書を読んだ今の感想を一言で言い表そう。
『怒り』だ。
内容から察するに、明らかなトトへの嫌がらせでしかない。
しかも本家と言う立場を悪用した卑劣なやり方がそこには読み取れる。
一対一のやり取りですらない。あの運動不足なトトに3人も寄ってたかったのか。
トトはボロボロになりながらも後を追ったことも読み取れる。
なんだか、トトの痛みが手に取るように分かる。
悔しかっただろうな。
それにしても、実に簡潔でわかりやすい報告書だ。今度俺も依頼してみようかな。
どこの誰に頼めばいいのかな。
いや、今はそんなことはいい。
許せない!この三人に仕返しがしたいと思った。
トトが手を出せない理由もわかった。手を出せば自分だけじゃなく、家族にまで影響が及ぶのだから仕方がない。無理に追求しなくて良かったと思っているよ。
となると、俺も正面からやり返すわけにはいかない。トトとの関係性は知られているだろうし、俺がやり返せばそれはつまりトトがやり返したことにつながるのだ。
でもこのまま黙って、許してやる気にもなれない。
何よりこのまま放っておいたらいつまた嫌がらせをしてくるかもわからないのだ。
鉄拳制裁を加えてやる必要がある。
色々考えたのだが、どれもこれもうまくいきそうにない。
何かないか、トトに迷惑をかけることなく奴らに鉄拳制裁をする方法が。
結局思いつかなかった。俺は平和な人間だと思った。
友達のための仕返しの方法一つ思いつかないのだ。情けない。
この日はいろいろと考えながら眠りについた。
寝つきも悪く、いろんなことを思い出してしまう。
そんな夜は決まって悪夢を見るのだ。
朝起きて、鏡越しに真っ青な顔した自分を見た。
昨日見た夢が相当にひどかったのだ。ああ、思い出すだけでゾッとする。暖かい日なのに鳥肌がおさまらない。
もうあんな夢は二度と見たくない。
・・・だが、悪夢でもいいアイデアとなった。
鏡に映る自分の顔がニヤリと笑う。悪夢だったが、いい夢を見た。
「よし」
是非俺もこれをやろう。
日中、授業の休憩の合間にモーリ・ギャップなる人物を探した。
聞きこみをしていくうちに、D組にその人物がいることが分かった。
早速ちらりとクラス内を覗く。
いた!聞いた通り金髪でケツ顎の男。取り巻きからモーリと呼ばれているので、間違いないだろう。
見るからに憎たらしい顔だ。今すぐ飛びついてぶん殴ってやりたい。
まぁ待て、別に逃げらるわけじゃない。自分を落ち着かせてその場を後にした。
放課後、すぐさまD組へと行き、モーリを追跡する。
報告書にあった取り巻きの二人と一緒に教室をでた。
どこかへむかっている。こそこそと後を追う。
着いたのは、校舎の隅の一角。
いつも彼らがくる場所なのだろう、その一角には彼らの物と思われるものがちらほらと並んでいた。
そこにトトから奪ったと思われる、顔パックの植物もある。既に枯れ果てて、もう使い物にはなりそうもない。
「おい、昨日のトトの顔は面白かったよな。あいつこんなもののために必死になってよ。バカみたいだよな」モーリがそう言って、取り巻きの二人が笑う。
思った以上に下種な奴らだった。
「また植えたらしいからさ、育ったらまた盗りにいくか!」
「いこうぜ。何なら今日でもいいくらいだ」
「そうだな。ははははは」
もう我慢ならない。
奴らが笑って見せる白い歯がたまらなく俺の癇に触れる。
変身魔法を使い、自分の姿を魔法生物の大根たちと同じものにした。大きさは人間サイズだ。
顔は例の堀の深いおっさん顔。手足は不自然なほど短い。
屈辱だ。こんな姿になるなんて。
どうしてこんなことをするのかと言うと、昨日見た夢にこいつが出てきたのだ。
俺は等身大の大根たちにぼっこぼこにされた。除草剤を使ったことに怒りをあらわにしていたのだ。
恐ろしい夢だった。もう二度と除草剤は使わないので許してくださいとお願いしたほどだ。
屈辱的だった。
ならばこの屈辱ごとこの三人にぶつけてしまおうと、今朝思いついたのだ。
「何を楽しそうにしているウィ?」
「な、なんだお前は!?」
突如現れた俺に驚く3人組。まぁ驚くわな。
正体を聞いてきたか、なら応えてやるのが世の情け。
「お前たちが先日抜いた薬草ウィ」
「はぁ、バカか。そんなのありえねーよ」
取り巻きの一人が噛みついてきた。流石にこの年にもなってそんなおとぎ話のようなことを信じるやつもいないか。
今頃になり、自分の悪手に気が付いた。
こうなったら暴力に訴える。
両こぶしを顔の前でかまえ、駆けだす。
取り巻きの一人が呆気に取られているうちに、懐に潜りこみ顎への強烈な一撃をお見舞いした。
「ゴふっ」うめき声を上げながら一人が倒れる。
すかさず振り向きざまにもう一人の取り巻きの鼻柱に鉄拳をお見舞いした。
「あああ!!」
悲痛な声をあげてそいつも倒れた。
後は一人。
と、そのとき後ろから飛び乗ってくる男に押し倒された。
押し倒されるなか何とか反転できたが、完全に上をとられた。
腹の上に乗られ、振り下ろされるこぶしをもろに顔に受ける。
「死ね!死ね!死ね!」暴言と共に降ろされるこぶし、何とか手で払い最初の数発以外は直撃を免れている。
しかし、不味い。このままでは魔法が解ける。
状況を打開しないといけない。
振り下ろされるこぶしを一つ受け流し、一瞬のスキをついて手首をつかんだ。それをすぐさまひねる。
「いたたたた!」
モーリは間接をひねられ、その痛みを逃れるため体を投げ出した。
これにより、何とか乗っかられている状態からは回避できた。
反撃開始だ。
「くそっ、死ね!」
反撃開始とこぶしを構える俺に、モーリはなんと炎魔法をぶっ放してきた。
喧嘩に魔法はご法度だろ!!と思ったが、向こうからしたら謎の生物に襲われているのだ、自己防衛なので仕方ないのだろう。
炎は俺の頭の草に引火し、燃え広がる。
「あつっ、あつっ、あつっ、あつっ、うわあっつつつつつつつつつつ」
足をバタバタさせもがく、手が短くて頭のてっぺんに届かない。
もがいているうちに、とうとう魔法が解けた。
ボンと現れる人間の姿。
「お前は、クルリ・ヘラン!はっ、トトのやつの頼みで仕返しにでも来たのかよ!」
ばれてしまったか。
しかも予想通りトトとの関係性も知っているようだ。
「トトに頼まれたわけじゃない」
「そんなこと知るか。お前をぶっ潰した後にあいつも絞めてやる。俺に逆らったことを後悔させてやるからな」
「本当に今回の襲撃はトトとは関係ない。俺の独断だ」
「うるせー。俺がどうしようとてめーには関係ないだろ」
「謝るから。俺のことは好きにしていい。だからトトには手を出すな」
「は?だからてめーもつぶすし、トトの野郎もつぶすって言ってんだろ!!」
それを聞いて、頭の中でブチっと何かがキレた音がした気がする。
こんな感情ははじめてだ。こぶしが少し震えていた。
力強く足を踏み出し、気が付けばモーリを殴り飛ばしていた。
殴ったときに鈍い、変な音がしたのが聞こえた。やつの骨に何か起きたのかもしれない。
でも、もういい。もう我慢するつもりはない。
「これだけ譲歩してもダメなのか。ならもう我慢はしない。お前がこれ以上何かしてくるのなら俺はお前は許さない。クルリ・ヘランの名に懸けてお前をぶっ潰す。トトに手を出したらぶっ潰す。俺のものに手を出したらぶっ潰す。俺の知らないところで何かしてもぶっ潰す。わかったか!!」
「な、なんなんだよ」
最期に何か小声で言い返してきたが、何を言われたかはよくわからなかった。
取り巻きの二人に連れられて一行は去った。
・・・やってしまった。
自分の浅すぎる策と、結局トトに迷惑をかけてしまうことになってしまったことを後悔している。が、もうやってしまった。仕方がないが、やはりふがいない。
「申し訳ない」
そっとそんな言葉が出てきてしまう。
この日俺は教師に呼び出された。
暴力を行ったことを報告されたのだ。
もちろん言い分はあるが、それでも先に手を出したのは俺だ。
それに何か言い訳をしたい気分でもなかった。
三日間の懲罰部屋での生活が強いられるらしい。
とはいっても、反省を促すような部屋であり、特別に何か罰があるわけではない。
3日間頭を冷やせと言う訳だ。
懲罰部屋に入り、一日中考え事をした。
自分の行動が正しかったのかと。
間違っていたのだろう、と今は思う。浅はかだった。
放課後の時間になり、トトが一人でやってきた。
「聞いたよ。モーリ達とやり合ったんだって?」
トトの問いに答えられなかった。顔もあわせられない。
「三人とやり合うなんて無茶な。でもすごい勇気だよ」
「ごめん」
「そんなに自分を責めないでほしい。僕は今、結構スッキリしてるんだ」
俺は頭を上げて、トトを見た。
予想外の言葉に驚いたのだ。
「僕が怒っているとでも思ったのかい?最初はびっくりしたさ。でもね、僕は自分のことを思って戦ってくれた友達に怒りを向けるほど愚かじゃないよ」
「でも、結果トトに迷惑をかけることになった」
「別に死ぬわけじゃない。確かに苦労することになるかもしれないが、将来的にあの領にいるつもりもないし、少しだけだよ。それよりも今のスッキリした気分の方が僕には何倍もうれしいのさ」
トトはそう言って、珍しくさわやかな笑顔を見せてくれた。
それからトトが帰り、色々と考えた。
今回の行動は・・・、結局答えなんて出なかった。
でも、考えて損はない気もした。
気持ちは落ち込んだが、そんな日もあっていい気もする。
7時になり、夕ご飯の時間が来た。
一日やることがないと、食事だけが楽しみになっていかん。開けられる懲罰部屋の扉、さてさて夕ご飯はなんだろう。
「面会のついでに、私が食事を届けることになりました」
「エリザ!?」
なんと食事を運んできたのは、エリザだった。
どうして!?食事も気になるが、エリザも気になる。
食事はなに?どうしてエリザが?
食事のことが先によぎったので、やっぱり食事の方がちょっとだけ気になっているみたいだ。
食欲恐るべし。
「エリザ。どうして君が?」
「クルリ様が懲罰室に入って退屈しているのではないかと思って。書物の差し入れはいいとのことなので、私の愛読書を持ってきました」
「ああ、ありがとう。『花の王子様』、なんともメルヘンな本だね」
「ええ、でもこれが意外と内容の濃い物語なのですよ」
「へー、ありがとう。本当に退屈していたから嬉しいよ」
「まあっ、それは持ってきた甲斐がありましたわ」
エリザがにこりと笑った。
いつも冷静沈着なイメージのエリザが先日から大分印象が変わってきている。
見た目は冷たい感じの高嶺の花的な女性なのだが、こうして正面きって話すと柔らかい雰囲気もある。
顔が綺麗なので、笑いかけられるとドキッとする。勘違いしてしまいそうだ。
「クルリー。来ちゃった」
そんないい雰囲気のなか、扉が開けられ、これまた笑顔のアイリスが入って来た。
「あ」
すぐさまエリザの存在に気が付いて、固まるアイリス。
「お邪魔でした?」
「いや、そんなことないよ。来てくれてうれしい」
「そう?じゃあ、入るね」
そう言って入り、エリザの隣に座った。
「エリザさんも来てたんだね。私、アイリス、知ってる・・・よね?」
アイリスは若干気まずそうにエリザに声をかけた。
「ええ、存じ上げておりますよ」
エリザの雰囲気が鋭くなった気がする。なんだろう、この嫌な感じの空気は。
「あのね、クルリ授業に出られなかったから、ノートの写しを持ってきたの」
「ノートを!?ありがとう!!いやー、授業に出られないから不安だったんだよ。テスト近いし。助かるよ」
「うん、きっと欲しがってるだろうなーって」
「アイリスは気が利くなー。きっといいお嫁さんになるよ」
「そんなことないよ」そう言って、頭をかいて照れ隠しをしている。
アイリスは褒めるとすぐ浮かれるのだ。
「今夜はもう遅いですね。食事をとった後はどうするのですか?」
エリザからの問いだ。
「ああ、やっぱりテストも近いし少し勉強して眠ろうかと思っているけど」
「ということは、そのノートの写しを見て眠るのですね」
うっ。エリザの言いたいことがわかってきた。
「読書はいつも寝る前にしていてね。今日もそのつもりだよ。いやー、楽しみだなー花の王子様」
「そうですか」
エリザのさっきまでの柔らかい雰囲気はどこへ行ったのか、今はすごく話しかけづらい。
「クルリ・・・、今日喧嘩したんだよね。トトには悪いと思いながら私もレイルからいきさつは聞いたの。クルリは悪くないと思う。ううん、むしろかっこいいって思ったくらい。私凄くスッキリした!」
今度はアイリスが話しを切り出した。今日の出来事だ。
アイリスもトト同様に怒ってはいなかった。それどころか、俺の行動を肯定してくれているようだ。
「いや、そんなこと言われると自分の行動が正しいことのように思えてくる。結果、トトに迷惑をかけることになった。やっぱり、俺のやったことは迷惑以外の何物でもないよ」
「いいえ、そんなことはありません!私も正しいと思っていますわ」
今度はエリザが、返答した。なんで!?
「かっこいい・・・と思いましたわ」
言い終わり、一人で小声でキャーとか言っている。なんだろう、エリザのテンションがわからない。
「クルリは正しいことをしたよ。私はそう信じてる」
「私の方が信じています」
エリザはそう言って、目をつむる。
アイリスは目をそらす。
「はい」
いたたまれない空気につい、返事をしてしまった。
「クルリ、来たぞ」
「なんだか、変に静かですね」
そこへ、ヴァインとクロッシがきた。
この場の空気に気が付いたようだ。
いやー、やっぱり男はちょっと悪い方がいいのかね?