2章_17話
期末のテストが近づくこの頃、俺は勉強にあまり集中できないでいた。
トトと作り上げている試作品が気になり、毎日ビニールハウスに通ってしまうのだ。
それはトトも同じで、「僕は別にテストの点とかどうでもいい、そう薬草さえあればね」というどこかで聞き覚えのあるフレーズが彼の理屈だ。
しかし、気になるもう一人の人物も来ていた。
アイリスだ。
「君はテストに集中しなきゃダメだろ」と注意したのだが、「野菜たちが気になってしょうがないの」と上目遣いで言われればそれ以上言う訳にもいかなかった。
結局夜まで3人でいて、それから帰る日々が続いた。
アイリスは夜から勉強するらしい。真面目で素晴らしい。
俺の部屋には変な二人がいるからなかなか集中できない。
「二人は勉強しないの?」と聞いてみたが、明日からやる、と現実逃避中だ。最近になってやっと二人とも本腰を入れて勉強している。俺の部屋で・・・。
そんな平和な毎日が過ぎていくなか、ある日事件が起きた。
今日ビニールハウスに一番にやってきたのは俺だった。
珍しい。
いつもはトトがいるのだ。今までで初めてかもしれない。
先に作業を始めておくかと思ったが、すぐに異変に気が付いた。
ビニールハウスの裏にあるアイリスの畑が荒らされていたのだ。掘り返されたものや、単にふみつけられたものまで。
アイリスへの嫌がらせだろうか。
反吐が出そうなことをする。許せない。自分の中ですごく怒りがわいてくるのが感じられた。
こぶしをぎゅっと握りしめ、その気持ちを押し殺した。
でも完全に荒らされたわけじゃない。今日がんばって修復すればなんとかダメージは少なく抑えられるだろう。
少しの間一人で思案して、あたりを見回すとビニールハウス内にも異変があることに気が付いた。
急いで入ってみる。
ビニールハウス内はもっとひどいことになっていた。
どの薬草たちも千切られ、無事なものは一つとしてない。
「顔パックは!?」
一番大事なものを思い出し、特別に設けた加湿してある部屋に入った。
「ダメか」顔パックの植物は既になかった。他のものはいたぶられていたが、これは持ち去られたようだ。
何もこんな時期に、怒りよりもなんだか脱力感の方が大きかった。
気持ちの沈みが激しく、なんだか立っているのがしんどくなり、その場に座り込んだ。「なんでだよ」
最初はアイリスへの嫌がらせだと思った。
けど、ビニールハウス内の惨状をみて考えを変えた。
ターゲットはこのビニールハウスのものだ。
となると、ターゲットは俺か?トトか?
考えてみたが、俺に心当たりはない。
トトは・・・、わからないが、今日いないのがすごく気になる。
なんだか考えるのも嫌になってきた。
ビニールハウスから出て、外の空気を吸った。気分は全く晴れない。
しばらくしてアイリスがやってきた。
俺と同じように驚きと悲しみの声をあげている。
「どうして?」
俺も聞きたい。ただただ、状況の整理がつかないのだ。
「わからない」
とりあえず片付くところは片づけようというアイリスの提案に乗り、二人で散らかった物を集め始める。
「悲しいね」
「うん、とても悲しい」
「私クルリの悲しんでいる顔なんて見たくなかった。これをやった人を許さない」
「・・・うん」
アイリスが何度か優しく声をかけてくれるが、今の俺の心にはあまり響かない。
もう帰って、寝てしまおうか。そしたら考えずに済む。それが一番いいかもしれない。
「トト!?どうしたの!?」
隣で作業していたアイリスが急に駆けだした。どうしたのかと気になり、頭を上げるとそこにはボロボロになったトトがいた。
「どうした!?」俺もすぐさま駆け付ける。
「すまねぇクルリ、大事な試作品がなくなっちまった。でも心配しないでほしい、根っこと種はまだある。いまから作り直しても全然間に合うからさ」
「何言ってんだよ。お前こんなにボロボロになって。何があったんだ?」
「何もないさ。それより忙しくなるからビニールハウスの中を整理しないと。夏季休暇はもうすぐだから」
そう言って、トトは強引に手を振りほどきビニールハウスに入っていった。
トトの傷はどう見ても暴力によるものだ。
なんだか良くないことが起きている、それだけはわかった。
「クルリ」アイリスも不安な顔をしていた。
「俺に任せて、アイリスは外を頼む」
「うん」
ビニールハウスの入り口をくぐり、中に入る。
中では何も言わず、せっせと動き回るトトがいる。
「なぁ、何があった?」
「すまねぇ。でも、夏季休暇には間に合うんだ。それさえできていれば問題ないだろ?」
「何があったか聞いている」
「・・・すまねぇ」
埒が明かない。なぜ何も話してくれないのか。なぜ、こちらを向いて話してくれないのか。
「何か言えない理由でもあるのか?」
「・・・すまねぇ」
トトの声は涙ぐんでいた。言えない理由があるのだろう。これ以上追及するわけにもいかなかった。
なんだか俺まで悲しくなってくる。
ふー。俺は一度息を大きく吐き出し、気持ちを落ち着かせた。
「まずは何をしたらいい?とりあえず散らかったこの中を整理すればいいか?」
考えてみたが、これが俺の今できることだ。これしかできそうにもない。
「すまねぇ。散らかった物を整理して、その後顔パックを再度作り直す。・・・本当にすまねぇ」
「ああ、わかった」
トトは涙を堪えながら作業を行っていた。あまり見られたくないのだろう、珍しく俺の前で人除けのコート来ていたのだ。
結局整理だけでこの日は夜になった。アイリスも遅くまで手伝ってくれた。
「僕はもう少し残って、今日のうちに顔パックの種を植えておく。二人はもう戻ってもいい」
「いや、俺も手伝うよ」
「私も」
「アイリスはテスト勉強があるだろ。帰ったほうがいい」
「嫌!わたしもいる!」
アイリスの顔は怒っていた。こんな顔を見たのは初めてかもしれない。
アイリスも相当頭に来ていたし、同時にトトのことも心配なのだろう。
「そっか、じゃあ3人で頑張ろう」
「いや、僕一人で事足りるし」
少し毒気づいたのは、トトだ。毒が出だしたということは少しは元気が戻ってくれたらしい。
誰よりも今日悲しい思いをしたのは彼だ。
それが元気になってくれるのは、嬉しかった。
アイリスも同じように思っているらしい、同じタイミングで目があった。
「よし、がんばろっか」
3人で手を取り、気合の掛け声を上げて種植え作業に入った。
種植えの手順を聞き、それを丁寧に行う。
二人も同じように行っており、夜ということもあり、すごく静かになった。
集中しているといいのだが、集中が切れるとどうしても今日のことを考えてしまう。
そのたびに怒りがわき、悲しみが起き、トトを問いただしたくなった。
でも、今は良くない。今聞いても話してはくれないだろう。いや、これからも話してくれないかもしれない。
どうすればいいのだろうか、このまま水に流せと?残念ながら俺はそこまで大人になりきれていない。
「おーい、クルリ!」
辺りが完全に暗くなった頃、ヴァインとクロッシが駆けつけてきた。
手には差し入れがあるみたいだ。
「遅いから、迎えに来たぞ」
嫁か!
「その手のものは?」気になる荷物の正体を訪ねた。
「夕食だ。食堂から持ち帰りさせてもらった」
なんといういいやつだ。気の利く嫁か!
「ありがたくもらおう!」
アイリスと、トトもそれもを貰い、全て平らげた。やっぱり仕事の後の飯はうまい。
心の元気も出てくるようだ。
「これから力作業が少しあるから、ちょうどよかった」
「任せろ。それよりも、どうしたんだ?散らかっているようだが」
「・・・ちょっとね」
「いたずらか?」
「わからない」
「師匠の物を荒らすなど許せません!許可を頂ければ私が斬ってきます!」恐ろしいことを言っているのはクロッシだ。かわいらしい容姿からは想像もつかない発言がたびたび飛んでくる。
それが彼のいいところでもある気はするが。
「犯人は俺も斬ってやりたい」
でも、誰だかわからないし。一番悔しいはずのトトが犯人を隠しているようなそぶりを見せている。
あまりことを荒立てない方がいいのかもしれない。
とりあえず今は動きたくても、動きようがないのだ。
「だけど、いいんだクロッシ」
「でも、師匠・・・」
「俺も納得がいかないな。クルリのそんな悲しそうな顔を初めて見た。何かあるなら俺に言え。斬ってくる」
今クロッシにやらなくていいと言ったのに、すぐさまヴァインが斬るとか言ってる。
怖いよこの二人、そして話を聞けよ。
「大丈夫だ。とりあえず今は」
「そうか。俺は心配だ。だが、クルリがそう言うのなら」
「ああ、すまない。それじゃあ、作業を手伝ってよ」
「ああ」
「もちろんです!師匠!」
この日、5人で夜通し作業をした。
その甲斐あって、アイリスの畑も復活して、種植えもすんだ。
ビニールハウス内の環境も整い、「これなら間に合う」とトトから安心する言葉も貰った。
でも、次の朝、起きても気分は晴れなかった。
むしろ今までで一番体が重い。
太ったか?そんなわけもなかった。
天気が悪いせいか?いや、外は晴れ晴れとしていた。
原因はいうまでもなくわかっているのだが・・・。
「今日の朝は医学の授業か」
休んでしまいたい気持ちもあったが、なんとか重い体を引きずって授業に出た。
いまいち教師の話が頭に入らない。
だるいな。
早退でもしようか。
「クルリ君、元気ないね」
いつも通りスルスルとレイルが近づく。
授業内容が徐々に難しくなった今でも構わず毎時間来るのだ。
今日もピタリと隣に引っ付く、いつもは引きはがすが、なんだか今日はそれもどうでもいい。
「おや?引きはがされない。もしかして僕を受け入てくれたの?」
なんてブラックジョークを言ってるが、それもどうでもいい。
ていうか、近くにいたらレイルのいい香りがする。流石はイケメン。そういうところに抜かりはなさそうだ。
「なんか、僕のことなんかどうでもよさそうな感じだね。じゃあさぁ、この情報はなんてどうかな?トト・ギャップ君のビニールハウスを荒らした犯人の情報なんて」
レイルの話なんて、どうでもいい。
それはいつものことだが、今日はより一層どうでもいい。
もう何もかもどうでもいい・・・、えっ!?いまなんて?
「今、今なんて言った?」
「僕には全く興味ないのに、必要な情報があったらすぐにこれだ。ひどいよねー。僕は都合のいい女ですかって?」
「いいから、さっきの情報を言え」気が付けばレイルの肩をがっしりつかみ揺らしていた。
「痛いよ、初めてなんだから優しくね」
「もういいから、そういうのいいか!」あー焦れったい!早く言え!!
それにしても、レイルはなんでそんなことを知っている。嫌に耳が広いよな、とか思ってしまった。
「僕は一応王子の付き人だからね。情報収集は得意なんだ」
なんか考えを読まれた。きゃっ、恥ずかしい。いや、いいから言えや!
「僕はクルリ君が好きだから、役に立つ情報は流してあげたい。でもね、僕だって情報収集でいろいろと犠牲を払っているんだ。タダ、と言う訳にはいかないなー」
「金か?金ならある。いくらだ?」
「わかってないなー。僕が欲しいのはク・ル・リ・君なのに」
気づけばレイルの首を絞めていた。
「ごめん、ごめん。冗談」
手を放してやった、けど次は許さん。
「情報料は、エリザとの手紙。それだけでいいよ」キラッとレイルのウインクが飛んできた。
・・・こやつ、どこでそれを!?
ゾッとして、全身に鳥肌がたった。
「エリザを丸め込んだんだって?すごいよねー。クルリ君はいつも僕の想像の上を飛んでいく。流石としか言えないよ。手紙、読みたいなー」
「・・・手紙でいいんだな。わかった」
俺は意を決した。恥ずかしい。恥ずかしいが、昨日の真相がわかるのだ。
それに比べれば俺の個人的な羞恥心などどうでもいい。
・・・どうでもいい!どうでもいい!どうでもいい!大事なことなので3回念じてみた。
「なんてね。それも冗談。情報はただであげる。はい、これ」
レイルがポケットから出したのは封筒だった。
「この中に詳細を書いたから。見たかったら見なよ」
「いいのか?」
「うん、僕はクルリ君が好きだからね」
レイルから手紙を受け取り、それをポケットにしまった。
授業中、内容を見るべきか、見ないべきか悩んだ。
見たいが、トトはそれを隠していたのだ。
色々考えたが、レイルは俺に情報をくれたということは内容を知っているのだろう。
それでいて、渡してきた。
きっと見るべき内容なのだろう、と思う。
レイルがそう言っている気もする。
「レイル、ありがとう。この恩は絶対返すから」
「それは楽しみにしておかなくちゃ。一体何を返してもらえるんだろうか?いいものだといいなー」