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2章_16話

学園生活が平和に過ぎていき、夏季休暇の迫る学期終わりが来た頃、朝一にトトから試作品完成の報を受けた。


「全体的には前回から大きくは変えていない。天然の顔パックだ。要望通りプルプル効果と、香りをつけてみた。香りはしつこくないように優しいフルーツの香りにしておいた」

「流石だな」

試しに一枚手に取り、嗅いでみた。確かに優しいフルーツの香りだ。若干の酸味が入っているのが、さっぱりとした印象を与えてくれる。予想していた以上の出来だ。


「使ってみたか?」

「もちろんテスト済みだ。効果も確認した。僕に抜かりはないね」

「いや、実際に自分で使ってみたかってこと」

「いや、まだだけど」

「よし、じゃあ使ってみよう。今から二人で」

「いまからか!?・・・まぁいいけど」

「決まりだな。ビニールハウスを出て早速試そうか」


ビニールハウスから出て、二人で手ごろなベンチを二つ運んできた。

一人で寝転がるようにそれぞれ使うのだ。


ベンチが揃い次第、早速顔パックを始めた。

二人とも慣れていないので、隣でトトがもぞもぞ苦しんでいるのが分かった。

俺もなかなか定位置に貼れないので、もぞもぞしている。あー、もどかしい!


しばらくして、隣のトトが静かになった。先に上手く貼れたようだ。羨ましい。

それから俺もうまくいき、しばらくの安静タイムに入った。


日陰にいるので外の暑さはあまり気にならない。

たまに吹く風が気持ちいい。

顔に緑の葉っぱを貼り付け、ベンチで寝そべる。・・・俺なにやってんだろ、っていう気持ちがわいてくるがそこは考えないようにしよう。ただ一つ、部屋でやればよかったという後悔はどうしても消えなかった。


「なぁ、トト。効果はどうだ」

横に寝そべるトトに聞いてみた。


「わからない」

全く同じ感想だった。顔がむず痒い以外の感触がないのだ。これは効果があるのか!?若干の不安が襲ってきた。


「なぁ、クルリ」

「なんだトト」

「これは部屋で試したほうがよかったのではないか?あと何時間このままでいるつもりだ?」

「・・・」

気まずいので押し黙り、寝たふりをした。


何時間か経ち、本当に眠りついて起きた時には既に真昼を迎えていた。

あまりの暑さで起きてしまったようだ。顔パックした顔は汗でベタベタになっていた。

おおよそ3時間ほどのテストか、まだ試したいが何しろ暑すぎてもう我慢できない。すぐさま右手でパックをはぎ取り、起き上がった。


「ぷはー!」なんだか久々に息をした気分だ。暑い空気なのにやけに涼しく感じられた。

「おきたかい、クルリ」

「トトはもう起きてたのか」隣を見ると既にトトは起き上がり、顔パックも外していた。


「・・・おい」いや、今はそれはどうでもいい。一つ明らかに気になることがある。

「そうだよ」

「顔がつやつやのプルップルじゃないか!!」

トトの顔は綺麗に磨き上げられた大理石のように輝いていた。たった3時間のテストだったはずなのに恐ろしい効き目だ。


「君の顔もそうだよ。ほら、鏡」手渡された手鏡を見て、驚いた。

自分の顔がピッカピカしているのだ。指でほっぺを触ると、ああ吸いつくわぁ。

なんだか新しい扉を開けてしまいそうになる気分だ。


「すごいな!肌が生まれ変わった気分だ」

「僕も自分の才能が怖いね」

トトは誇らしげだ。なんだか俺もうれしい。


「でもこれで欠点も見つかったな」

「確かに、暑すぎる。これじゃ我慢しなくちゃならない。夏は厳しいな」

「弱点は明確だ。今この顔パックに必要なのは『ヒンヤリ効果だ』」

「ヒンヤリコウカ?なんだそれは」

「肌に当たった時に冷たく感じる効果を追加するんだ。それで弱点を補える」

「でももう間に合わないぞ。夏休暇はもう目の前だ」

「いや、今回はこのままでいい。奥様方には、絶大な効果を味わってもらうと同時に、不満も味わってもらおう。そして次回、ヒンヤリプラスを高値で売り出す。どうだ?」

「流石だな」

二人で見つめ合い、不思議と笑いが立ち上ってきた。

おぬしもなんちゃらのやつみたいだ。


「また二人で楽しそうにしてるね」

このいやらしい空間に颯爽と割り込んだのはアイリスだ。

今日もトトのビニールハウスに来ているみたいだ。


「楽しいさ。楽しいことだらけだ」

「それは良かったね」

「そういえば、アイリスの野菜の件はどうした?」

この問いかけにトトはまたも誇らしげな顔をする。どうやら抜かりはなさそうだ。

「顔パックと同時に完成させてある。空き時間に両方を同時に進めていたからね。今日はその件でアイリスに来てもらっているのさ」

「それでか」

「うん」アイリスがいつもの純粋な笑顔で返してくれる。夏に見てもさわやかな笑顔だ。



「さて、研究の成果だが、もちろん改良には成功した。これがその種だ」

トトの指がつまんだ種を覗き込む。何ら変わり映えしない種の様にも見える。


「芋系、葉野菜系、根野菜系、穀物系、果実系の種類を作ってある。どれも通常の10倍の大きさにはなるはずだ。今日ここの空いた土地に植える予定だ。といっても収穫までには僕の観察がまだ必要ではあるが、一応の完成はみた」

「すごーい」

キャーと言わんばかりにアイリスの目が輝いている。アイドルでも見ているかのようだ。


「あのぉ、先に何粒か分けてもらえませんか?」

「いいけど、まだ僕の観察も必要だ。完全な完成品ではないのだが」

「トト、いいだろ?」

「別にいいけど、他で育てたものが失敗したとしてもそれは僕の失敗ではないからな」

「そんなことアイリスだってわかってる、そうだろ?」

「うん、大丈夫」

アイリスはトトから種を受け取り、またも一段と目を輝かせた。


「家族のところに送るのかい?」

「うん」

貴族の学園に来てもアイリスの変わらない純粋さには頭が下がる思いだ。変わらない家族愛。自己犠牲の精神もそこにはある。

俺も見習うべきだと思う。


「郵便の収集は夕方からだ、種はその時に送ればいい。さっそくだけど、今からこの種を植える作業に入ろうか」

「二人も手伝ってくれるの?悪いからいいよ、私一人でやるから!」

「いや、俺も結構興味があってね。是非一緒にやらせてくれ。その代り成果が出たら俺も種を貰いたい」

「それは私じゃなくて、トトに、だね」

二人でトトの方を向いた。

視線に気づき、若干気まずそうである。こういうのには慣れていないのだろう。


「その種の権利はもう君たちにあげたものだ。これからどうなろうが、それはずっと君たちの物だ。僕には興味のないものだし」

「あはっ」アイリスの顔を晴れ渡った。

「じゃあ成果がでたら、クルリと山分けだね」

ニコッと笑いかけてきた顔がなんともかわいかった。あのぉ、もう一度やってくれませんか?


「言っておくけど、僕は力仕事は無理だから」

浮かれている俺とアイリスに現実が付きつけられる。

土地を自由に使っていいとのことだが、耕されている空き地などないのだ。


トトから指示された収穫量分の土地となると結構な広さになる。

二人で耕すには随分と辛い作業量になる気がする。


「がんばろっか」アイリスのその言葉にはどうも元気がなかった。

元気が出るはずもないのだが。

仕方ない。あれだけは使いたくなかったが、アイリスを落ち込ませるよりはましだろう。


「アイリス、今から少し不快な思いをさせるかもしれない。でも、耕す作業は格段に速くなると思う。それでもいいかい?」

「もちろん。クルリがやるなら私は何も異存はないよ」


同意も得られた。それでも気は進まないが、あれをやる準備に入った。


魔力を手のひらに名一杯集める。

それを傍にある花へと注ぐ。前回の反省を生かして、今回は狙いを定めた花、5つだけに魔力を注ぎ込んだ。

「現れよ、目に見えぬものども」

魔力が花に吸収されるように消えていった。

以前にも聞いた、大地の中からロープをバチバチと千切るような音がする。

そして前回と同じく、土が盛り上がり奴らは這い出た。


前回100匹ほど出てきたそいつらと違い、今回は5匹限定だ。

「ウィッ」「ウィッ」「ウィッ」「ウィッ」「ウィッ」


奴らの顔をみて、頭を抱えこむ。あれから魔法は上達したはずなのに。

前回同様、目の前には堀の深いおやじ顔の大根たちがいた。失敗だ。この魔法に関して俺は才能がないのかもしれない。


奴らは短い手足を最大限に広げて、この世を謳歌するがごとく跳ねまわっている。

5匹だけにしてよかった。前回ほど蹴りたい衝動には襲われない。


「なにこれ?」

アイリスが俺と大根たちを交互に見る。挙動が少しおかしい。

まずい、思った以上に不快感を与えてしまっただろうか。


「魔法生物。見た目はあれだけど、忠実に働くいいやつだから」

「かわいいー!!」

そう言ってアイリスは大根の一匹を捕まえて、抱きしめた。


「なにこれ?かわいすぎる!!クルリ、見て!この子たちかわいいよ!」

「・・・」

なんだろう、この言葉にならない気持ちは。

今すぐこいつらを葬ってしまいたい。

ん?俺はこいつらに嫉妬しているのか?大根に?

そう考えると途端に恥ずかしくなった。これじゃ、大根に負けたみたいじゃないか。


「ウィ~」抱きしめられた大根が、少しいやらしい声を出した。

俺は間違いなく聞いた。あいつは今、ウィ~と言った。間違いなくいった。いつもウィしか言わないのに、今ウィ~といった。

絶対に顔だけじゃなく、中身もおっさんに違いない。

出なきゃあんな声は出さない。


アイリスに抱きしめられた大根の頭の花を掴み、放り投げた。

「いいからさっさと働け」

「ウィッ!ウィッ!」ウィッ!」」投げられたそいつから壮絶な抗議があったが、前回みたく数が多くないから特に迫力はない。無視して問題ない。


「こらっ!クルリ、ひどいよ。こんな弱い子たちをイジメて」

えっ?俺が怒られるの?だってあいつが・・・。

「もうこんな乱暴はしないでね」

「はい・・・」


投げ飛ばした奴はアイリスに優しくなでられていた。少し顎を上げ、俺を見下すように笑っている気がする。なんだこいつは、前回の雑草たちがかわいく思えてしまうほど憎たらしい。

散々こき使った後、即大地に返してやる。待っていろ、大根どもめ!


早速人間二人と、大根5匹で畑を耕す作業に入る。

それぞれの場所分担を決め、作業開始だ。


鍬を持って耕す。久々の力仕事だ。気持ちのいい汗が流れる。

たまにはこういうのも悪くない。勉強ばかりでは体に悪いというものだ。

ちらっと大根たちを見たが、概ね真面目に働いている。やはり、命令には忠実なようだ。

これなら俺も自分の作業に集中できる。


そんなとき一匹の大根がこけた。振り上げた鍬でバランスを崩したのだ。

あ、さっき投げ飛ばした奴だ。

すぐさまアイリスが駆け寄り、起こしてあげた。

頭を撫で、優しくいたわっている。

「大丈夫?きつい仕事をさせてごめんね」

「ウィ!」問題ないと主張するかのように、きりっとした顔をしている。かっこつけやがって。腹立つ。

「やっぱりかわいいー!!」

それを見てアイリスが大根を抱きしめた。

「ウィヒヒヒ」大根の顔がかつてないほどにいやらしくなっている。


全力で駆けた。

すぐに頭の花を掴み、アイリスの傍から遠ざけるため投げ捨てた。


「クルリ!なんてことするの!?」

「今あいつウィヒヒヒって!、ウィヒヒヒって言った!」

「もう!なに!?ふざけるならクルリでも帰ってもらうよ!」

「だってウィヒヒヒって・・・」言ったもん。あいつ言ったもん。

叱られてとぼとぼと自分の作業場に戻る。ちらっと大根を見ると、またも見下したようにこちらを笑ている。

殺す!あの大根だけは許さん!


それから作業が再開したが、すぐに別の大根が同じようにこけた。

アイリスはまたも駆け寄り、だきしめる。悪知恵が働くようだ。俺もこけてみるか?

「ウィヒヒヒ」


「言った!今絶対言った!ウィヒヒヒって!!」

アイリスに忠告しに行ったが、またも追い出されたのは俺だった。

言ったもん、あいつ言ったもん!


しばらくはそれが続き、気づけば俺だけ蚊帳の外に追い出されていた。

大根め。今土に返したらアイリスが怒るだろうし、さてどうしたものか。


アイリスがあの大根たちに汚される。そんなの嫌だ。

どうすればいいんだ。どうすればアイリスを助けられる。


「除草剤いる?」

頭を抱える俺の頭上から、天の声が聞こえた。

トトの声だ。様子を見ていたらしい。友よ、よくぞ差し入れてくれた。


結局大根たちにはいい思いをしてもらうことにした。

存分に楽しむがよい。働き終わった後に待っておけ。


そして、この日。俺は大根暗殺事件を引き起こすのであった。



























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