2章_14話
エリザから逃げ切って、しばらく隠れた後、部屋に戻った。
逃げる際に人が多く集まる場所に逃げたのがよかった。エリザも体裁を気にしてしつこくは追って来なかったのだ。間一髪、やれやれ。
そして今現在、一日経って、朝を迎えたが無事に生きている。
今こうして部屋にいてもエリザが襲撃してこないということは、時間が経ちエリザの怒りの沸騰もだいぶ冷めたのだろう。
許してくれたとは考えられない。先日の一件に、さらに昨日の出来事も重なってエリザとの関係は最悪だ。
改善したいが、今は触れない方がいいだろう。どう考えても火傷をするのが目に見えている。
そんな折、部屋のドアに着けられているポストに、一通の手紙が届いた。
可愛らしい封筒に、鋭く『エリザ・ドーヴィル』の名前が書いてあった。
名前を見た瞬間、ゾッとして全身鳥肌がたった。
「こう来たか」
この手紙の中に二文字、殺す、とだけ書いてあっても驚きはしない。
いや、むしろそっちの方が予想通りで落ち着くほどだ。
恐る恐る封筒を開け、中の便せんを取り出す。
これまたかわいらしい便せんだ。
もしかしたら、そんなに悪い内容でもないのかもしれない。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、それとも虎が出てくるか。
『クルリ・ヘラン殿
いかがお過ごしでしょうか。次第に外も暑くなってきており、体調などを崩されておりませんでしょうか。ええ、きっとあなたは体調も崩さずのうのうと生きているのでしょうね!
私はと言いますと、あなたのことを考えると眠りが浅くなり、睡眠不足の毎日を過ごしています。
ここで一旦手紙を閉じた。
そっと優しくそれをテーブルに置く。
なんだか手紙からただならぬ雰囲気を感じてしまい、緊張して喉が渇いた。
お茶を一杯飲み干し、深呼吸して続きを読み直した。それにしても、なぜ内容まで手紙風なのだろうか。
昨日も眠れずにいたのですよ?可笑しいですよね。可笑しいでしょ?そうは思いませんか!
それはそうと、クルリ・ヘラン殿は私の父をお知りですか?この国の【宰相】をしている自慢の父でございます。その父は私を大層かわいがってくれており、小さい時より私の気に入らないものを排除してくれておりました。
またも一旦手紙を閉じた。
明らかに筆圧が濃くなっているのだ。書きなぐる、いや殴りながら書いているような文字だ。
勇気を振り絞り、何とか続きを読んでみる。
この度はあなたとの間に色々とありました。非常に悲しい出来事です。
この出来事が世に広まることを私は良しとしません。そうでしょ?そう思いますよね!
ですので、今回のことはなかったことにしましょう。そのほうがお互いのためです。
私の名誉は守られ、あなたの命も助かる。両者に得のある話ではありませんか。
そう思いますよね。いや、あなたは思うはずです。
そういうことですので、よろしくお願い申し上げます。
では、体調にお気をつけてお過ごしください。 エリザ・ドーヴィル』
なんかすごく手紙っぽい内容での、脅迫文書が来た。
要するに、喋ったら殺す、との言う意味なのだろう。なんで手紙風なんだろうという疑問は尽きないが、条件を付けてくれたあたり、無条件に殺されるよりはありがたい話だ。
さてさて、脅迫文書を頂いたわけだが、あくまで向こうは手紙としてこれを送ってきている。
では、紳士としてこちらも手紙を返すべきだろう。
机の引き出しよりペンを取り出し、適当な紙に筆を走らせた。
『エリザ・ドーヴィル様
いかがお過ごしでしょうか。
私は心配しなくとも元気です。最近は外が暑くなってきており、か弱いあなた様の体調に影響しないか心配して、日々を過ごしております。
そういえば昨日は私も一睡もできませんでした、奇遇ですね。
エリザ様の父上が宰相だということはもちろん存じ上げております。
この国の政治を担うお偉い方です、一貴族として日々感謝して生きております。
そんな忙しい方が、家では娘思いの優しい父親だなんて、ステキな話ですね。
ところで、色々あったとのことですが、私には何のことかよくわかりません。
特に、昨日の出来事は全く覚えていないようでございます。
言いたくとも内容を知らないのでは、言いようもございません。
エリザ様は心配なさらずに、健やかに夜をお過ごしください。
どうしても、眠れないというのでありましたら私がいいものを差し入れましょう。
そういうことですので、ご心配には及びません。
では、いつまでもその美しさを損なわぬよう、体にお気をつけてお過ごしください
クルリ・ヘラン』
よし、こちらも手紙風に書いてみた。
エリザを持ち上げつつ、私は言いませんよ、と言うことをアピールする内容になったと思う。
さっそく、部屋から出て、女子寮に入る。
たまたまそこにいた女性を捕まえて、エリザの部屋はどこかと聞く。
頬を赤らめ、キャッ、とか言ってたが、そういう系の話ではない。
恋文と言うよりは、どちらかというと果たし状を届けに行くのだ。
教えられた部屋の前に来て、ドアについているポストに手紙を入れた。
これでしばらくは大丈夫だろう。
解決とまではいかないが、向こうは条件を突き付けて来て、こちらはそれを飲んだのだ。
和平は結ばれた、と考えるのが妥当だろう。
部屋に戻りゆっくりと紅茶を頂く。
実家から持ってきた高級な紅茶だけあって、香りがいい。
しばらくゆったりした時間を過ごすことができた。
しかしそれも、ポストに何か入る音がして、すぐに幸せな気分は飛んでいってしまったが。
ポストを開け中を見ると、またもエリザからの手紙だった。
『クルリ・ヘラン殿
手紙の内容確認しました。あなたは昨日のことを覚えていないのですね。
流石は片田舎の領主の息子と言ったところです。大層貧弱な記憶力なようで。
ここで、大好きな紅茶を少し口に含め心を静める。
なんだこの内容は!
そちらに配慮して忘れたことにしたのに、いきなりの暴言が返ってきたよ!
何とか怒れる心を押し沈めて、続きを読んだ。
いや、それでもあなたがふと思い出して、誰かに漏らさないとも限りません。
私はあなたのような軽い男の話をおいそれと信じるほど馬鹿ではありません。
男なら形あるもので証明なさってはいかがでしょうか。
紅茶を楽しんでいる最中ですので、この辺で書き終えておきます。
エリザ・ドーヴィル
なるほど、信用できないから何か確信を持てる証拠が欲しいということか。
んー、何がいいだろうか。こちらも秘密を差し出すとかがいいかな?
それとも何か担保となるものを渡すとか・・・、ん?手紙にはまだ続きがあるようだ。
P.S.
か弱い、美しさ、と書かれていましたが、私に向けた本心でございましょうか。
いえ、あなたのような軽い男が本心でそんなことを言うはずもございませんね。
確認しようとした私が愚かでした。蛇足でしたね。失礼します。』
・・・、うわっ、ダメもとで持ち上げたつもりが効果てきめんでした!
この持ち上げ、費用対効果良すぎだろ。
え、エリザって、純情な乙女なの!?
よし、ならばこうしよう。
ペンを取り出し、すぐさま返事を書いた。
『エリザ・ドーヴィル様
手紙読みました。実は私も紅茶を飲んでいます。領で有名な紅茶ですので、良ければ今度御裾分けいたしましょうか。
エリザ様の、男なら形あるもので証明しろとの言葉、感銘いたしました。
無い知恵を振り絞り、私が考え付いた形ある証明が一つあります。
私のヒミツをエリザ様と共有しようと思います。それで差し引きゼロになるとは思いませんが、どうかご容赦ください。
実は私、昔はまるまると太っていたんです。恥ずかしくて誰にも言えない過去です。内緒にしてくださいね。
では、私も紅茶を楽しんでいる最中ですので、以上とさせてください。
クルリ・ヘラン
P.S.
か弱い、美しい、と言うのはもちろん本心です。
この言葉も形あるもので証明します。エリザ様をイメージして魔法で作った花をはさんでおきます。
その花を見て私の本心を信じてもらえるとありがたいです』
手紙を書き終え、それを封筒に入れた。
魔力を出し、物質変化の魔法を発動する。
エリザをイメージした花、花の中央は黄色、花弁は薄い藍、形は少し大きめの楕円で、シンプルに3枚。
茎も花弁と同じ色にし、線を細くし、花から離れた位置に小さな緑色の葉っぱを2枚つけておいた。
それを手紙と一緒に入れて、これをエリザの部屋のポストに届けた。
さて、これで許してくれるといいのだが、また変な要求でも来たらどうしよう。
返事の手紙を待つ間、紅茶を煎れなおし、熱々をもう一杯楽しんだ。
すると、またもポストに音が。今回は随分と返事が速い。
『クルリ・ヘラン殿
大変ステキな花をありがとうございます。
この花に名前はありますか?
私をイメージして魔法で作ったのですよね?随分ときれいな花のようです。
この世にたった一つの花。私だけの花。是非、名前があれば教えていただけないでしょうか。
エリザ・ドーヴィル
P.S.
あなたの秘密、確かに握りしめさせてもらいました。』
P.S.と本題が逆になってる!
花プレゼントが超効果てきめんではないか。
これは昨日のことを許してくれたと解釈してもいいのだろうか?
いや、いいはずだ。
だって、今朝の手紙は文字が血走っていたが、今は心躍る文字に見える。
スラッスラ書いたのだろう、なんだか呼んでてこちらまで気持ちが晴れるような文字だ。
早速返事を書いた。
『エリザ・ドーヴィル様
喜んでもらえて何よりです。
花の名前は、エインヴィ。花の形から私が想像してつけた名前です。
ちなみに花言葉は、【淡い幸福のひととき】です。
大切にしていただけると、嬉しいです。
P.S.
わかりました』
『そうですね。全て水に流しましょう。
では、また授業でお会いできるのを楽しみにしておりますわ』
まさかの大逆転勝訴だ。
負け確実の裁判から、無罪放免。