2章_13話
本日学園の休日であり、俺の待ちに待った日でもある。
先日猫先生より伝授していただいた変身魔法の試運転を行おうと思っているのである。
いつものごとく俺の部屋に二人ほどいるので、外で静かな場所を見つけて集中することにした。
手順は教えらてた通りに順序良く行い、体が徐々に猫のそれになっていく。
最期に魔力を圧縮して、体のサイズも縮めた。
「おお」
視線が低くなり、体がものすごく軽い。
猫ってこんな状態だったんだ。
跳ねるように4本脚で歩を進めた。
身軽だ。
あまりの軽さに踊りだしそうな気分になる。
ニャンニャンと鼻で歌いながら、リズムよく歩く。
芝の上に来たら、寝転がり全身で太陽の日を浴びる。
あー、気持ちいい。
通りかかった生徒に見つかったが、猫なので特に何も起きない。
それはそうだと納得して、さらに学校の敷地を散策した。
なんだか本当に猫になったかのような気分だ。
どこかいいとこでも見つけて、昼寝でもしてみようか。
どれだけの時間、変身していられるかも試しておきたい。
シャー!
気持ちよく散歩しているときに、目の前に天敵現る!
顔に傷を負ったオス猫がいるのだ。目つきの鋭さ、体の大きさ。堂々と道の真ん中を歩くあたり、歴戦のつわものであることに疑いの余地はなさそうだ。
そして、あきらかに敵意むき出しでこちらを威嚇している。
猫にも縄張りとかがあるのだろうか。詳しくはわからないが、俺が彼の機嫌を損ねたのは事実だ。
「ニャー」こんにちは、と言ったつもりだ。
シャー!
「ニャー」お腹でも空きましたか?、と言ったつもりだ。
シャー!
「ニャー」よかったら一緒にどうです?、と言ったつもりだ。
シャー!
だめだ、彼の機嫌がさらに悪くなった気がする。
仕方がない、ここは腹をくくって一戦交えることにしよう。
俺も彼の方へ徐々に近づいていった。
その意図を理解した相手も臨戦態勢に入る。
っと、その前に、ちょっとだけ魔力の圧縮を解除して体のサイズを大きくしておく。
ニャ!?
驚きの声をあげたのは相手の猫だ。
さっきまで絶対優位の大勢から一気に相手が自分の倍サイズになったのだ。
これはまずいと思ったのか、瞬く間に背を向けて逃げ去った。
口ほどにもない。
クルリ・ヘラン。一戦一勝なり。
体を元の大きさに戻し、自由な散歩に戻った。
と、今度は目の前にピョンピョン跳ねるバッタが一匹。
特に何かをするつもりはないはずだったのに、気が付けば目で追いかけていた。
あーなんだろ、キャッチしたい。
両手でスッとキャッチしたい。
バッタが着地して、跳ねだす瞬間、俺は飛びつき両手で挟んだ。
が、逃げられた。間一髪バッタの動きの方が速かった。
それっ、それっ、と2、3度繰り返すが、捕まらない。
それならばと、口でキャッチ!
パクっ。あ、うまく捕まえれた。
やったぜ!
・・・うえええええ。バッタを咥えてしまった事実に気が付き、すぐに放した。
ああ、なんか口に味がまだ。うえ、おえ。
心まで猫になってしまっていた。危ない危ない。
この魔法ちょっと危険かもしれない。
気を取り直して、学校の散策に戻る。
なんどか通ったことのある道も、猫の視線からだと全く違う道に見える。
新鮮だ。何もかもが新しく、好奇心をくすぐる。
猫先生の言う通り便利な魔法だ。
とことこと歩いていくと、休日の朝からイチャイチャしているカップルを見つけた。
どちらも見覚えのある顔だ。二人のいる場所や、様子からして隠れて付き合っているようだ。
へー、いいもの見た。
猫だから当然向こうも警戒などはしない。
こういう使い方もあるのか、となんだか悪い知恵がついた気がする。
さっきから好奇心をくすぐられるこの変身体験なのだが、変身したものが悪いのか、ずっとどこか眠気がある。
はやく日当りのいい人気のない場所を見つけて眠りたい、そんな気分になるのだ。
そんなことを考えて、人気の少なそうな校舎隅に来た。
あれは?
そこには見知った顔がいた。
花壇の傍で一人読書をするアイリスがそこにはいたのだ。
休日に一人読書か。真面目でよろしい。
けど、素直にそう思えない自分もいた。
アイリスはやはりこの学園において特殊な存在であり、どうしてもいじめの標的になりやすいのだ。
まだ最大の障害であるエリザに火はついていないものの、王子と仲良くしている件や、勉強の成績がいい件などで妬み買っていた。
アイリスを良く思わない連中から徐々に嫌がらせを受けているなどの話を、最近耳にするようになったのだ。
それに庶民を軽蔑する選民意識の高い先輩方も何か動き出しているとの噂も聞く。
そんな状態なのだ、アイリスに女の友達ができるはずもない。
きっとアイリスは寮でも浮いているのだろう。
ちゃんと確かめたことはないが、なんだか容易に想像できるあたり、きっとそうなのだと思う。
アイリスは俺といるときはいつも明るいから、そんなことを考えてやれなかった。
でも、こうして一人で休日を過ごしている姿を見ると、やはり学園であまり居場所がないのだろう。
俺はアイリスから見えない場所に移動して、魔法を解いた。
ちゃんと両手を見て、人間の姿に戻っていることを確認した。
「やぁ、偶然だね。アイリス」アイリスのいる場所に出て、挨拶をした。
あくまで偶然、今来た風を装わなければ。
「クルリ、こんなところで何してるの?」
「それはこっちのセリフ。校舎の隅で一人読書なんて真面目だね」
「ここは落ち着くの。誰も来なくて集中して読めるから。でも、クルリが来ちゃったね」
話すとやはりいつもの明るいアイリスがそこにいる。
「アイリスはいつも元気で明るく振舞う。俺は鈍感だからアイリスの気持ちはわからない。だから、もし辛いことがあるのならちゃんと言葉で言って欲しい」
「急にどうしたの?」
アイリスは笑いだしてしまった。
「まぁ俺はアイリスの味方だから、いつでも愚痴を聞きますよってこと」
「それは、どうもありがとうございます。大貴族のクルリ殿にお聞きいただけるなんて光栄に思います」ははーとアイリスは頭を下げた。
冗談を言えるあたり、まだまだ本当に元気なのだろう。思ったよりも大丈夫そうだ。
「嫌がらせ・・・、もし受けてるなら俺に言えばいい。何とかするから」
「大丈夫、私結構強い女だから」アイリスはニコッと笑った。
なんだか大丈夫そうに見えない。こういうところが守ってやりたくなる理由なのだろうか。
なんだか、アイリスのモテる秘密を垣間見た気がした。
「ふー、心配して損したかな。アイリスがもっとセンチメンタリックでピュアな女の子なら俺が正義のヒーローになれたのに」
「んふ、クルリはヒーローになりたいの?」
「なりたいさ、男はみんなヒーローになりたい生き物だ」
俺もアイリスに笑顔を向けた。
しばらく二人で話し込み、最後にいつでも俺の部屋に来ていい事は教えてあげた。
「朝でも、夜でも、クロッシと、ヴァインはいつも勝手に来るから。そのくらいの気持ちでアイリスも来ていい」
「それは流石にできない」とだけ返事をもらった。
やっぱりそれが普通の感覚だよね?あの二人おかしいよね?
アイリスに元気をもらい、猫散歩の続きに戻った。
魔法を発動すると、体はさっきよりも軽かった。
楽しい会話ができたおかげで、魔力の方も安定してきたみたいだ。
ニャンニャンと足を進める。
ちょうどいい日向を見つけた。
日も強すぎず、あたりに花もある心地のいい場所だった。風も程よく吹いている。
これは寝るしかない。
横になり、体の力を全て抜いた。
あー、気持ちいい。なんだかいつもの倍くらいリラックスできている気がする。
毛玉どもめ、あいつらはいつもこんなに幸せな気分を味わっているのか。
ずるいぞ。
とはいいつつ、自分も今は毛玉なので最大限にまったりとした。
気が付けば眠りについており、深い眠りに落ちた。
・・・、おきて。
「起きてネコさん」
誰かの声がする。意識が戻りかけた時にそんなことを考えていた。
まだ目を開けていないので、誰がいるかはわからない。
なんだか顎下をくすぐられているみたいだ。
ああ、気持ちいいから続けてくれ。
あ、そこそこ。
この撫でている人物は猫慣れしているみたいだ。
ツボをピンポイントに刺激してくる。
あー、たまらん。
「にゃん、にゃん、みゃん」
リズムよく声も出して撫でてくれる。なんだかそれが子守歌となって、もう一睡できそうだ。たまらん。
「にゃー、また寝るにゃ?そろそろおきてもいいよー」
今度は肉球をマッサージしてくれているようだ。むにゅむにゅ。
何度も言うが、あーたまらん。
それにしても、なんだか聞き覚えのある声だ。
でも、思い浮かべた人物とはイメージが違いすぎる。多分似た声の別人物だろう。
しばらく、気持ちのいいマッサージを受けて、ボーとした頭が回復した辺りで目を開けた。
ギョッ!!
今の俺の気持ちを伝えるとすれば、『ギョッ』だ。
ギョッとして全身の毛が逆立ったのがわかる。あまりに衝撃的過ぎて声も出ない。
「なーに?驚いちゃって。ずっといたのにニャー」
かわいらしく語尾にニャーとかつけていたのは、エリザだった。
かつて見たことのない優しい顔で、現在猫中の俺の顎をさすっていた。
「ふふ、ほらまだ寝転がってていいのよ。まだまだあなたといたの」
そ、それならお言葉にあまえて・・・。
結構気持ちいいのでやられるままに、撫でてもらった。
それにしても、エリザにこんなかわいい一面があっただなんて。
この秘密は墓までもっていこう。なんかそうした方がいい気がする。あー、そこいいわー。
「ネコさん、ネコさん。猫さんは自由そうでいいですねー」
なんだろう、この含みのある言い方は。続きがありそうだな。
続けたまえよ。
「私は不自由な鳥かごの中の飼い鳥。私もあなたのように自由に生きたいわ」
・・・んー、なんだか聞いてはいけないものを聞いてしまった気がする。
でも、将来の嫁だし、聞いておくべきなのか?
「私は友達がいないのよ。だからあなたが私の友達になってくれる?」
・・・ニャー、と鳴いておいた。
「あら、なってくれるの?優しい子ね」
そう言ってまたも気持ちのいい、なでなでをしてくれる。ちょっと、耳の隣もお願いします。
エリザも友達いないのか。四天王は?あれは友達ではないのかな?
この情報も墓までもっていこう。そのほうが絶対にいい気がする。
と、そろそろ逃げた方がいい気がする。
しばらく寝ていたから、いつ魔法が解けるか分かったものじゃない。
エリザの手を振りほどいて、タッタと歩き出す。
「あら、お待ちになって」
そう言って、エリザに抱き上げられてしまった。
胸元に抱き寄せられ、目を覗き込まれた。
「もうちょっとだけ、いいじゃない?ねっ」
あ、まずい。興奮してきた。
・・・本当にまずい。魔力が今にも解き放たれそうだ。
がんばって腕の中でもがいてみた。ダメだ、放してくれそうにはない。
耐えるしかない。今元の姿に戻ったら、確実な死が待っている。
耐えるんだ!クルリ・ヘラン!!
「ふふ、あなたはオスなのね。タマタマが見えてるわよ。エイッ」
あー、もうダメ。
タマタマを突っつかれて、とうとう魔力が解けた。なんでたまたま突っつくの!!
魔力が解けて、ボンっ!とエリザの目の前に現れる。
「やぁ、元気かい?」不意打ちのさわやかな挨拶だ。これで許してくれ。
「・・・」
そうして、俺はエリザに追いかけまわされることになった。
どこから持ってきたかわからない鎌を手に、鬼の形相で追いかけてきているのだ。
捕まれば、確実な死が待っている。ためらいもなく首を落とされるだろう。
クルリ・ヘラン、人生で最も死ぬ気で走った一日として、その人生の歴史の一ページに記憶を残す。