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2章_11話

「やっぱりクルリ君はすごいよね」

医学の授業になると毎回ニコニコ顔の男がスルスルとこちらに来る。


八角形のテーブルには4人ずつが配置され十分なスペースが与えられているというのに、この男、レイルがこちらに近づいてくるために一気にスペースに困ることになる。先生も共同作業を薦めているため、当然注意もしない。


「また何か噂でも聞きましたか?」

うっとおしく付きまとうこの男に向け、少し邪険にした態度で聞いてみた。

「聞いたよ。うちのマガママ王子を手懐けたって?二人は相性悪いと思っていたけど」

俺の態度に全く影響されることなく、今日もレイルは笑顔満開だ。それが本当に笑っているかどうかは相変わらずわからないが。

「まぁ嫌われてたみたいだけど、共同作業?がよかったのかもしれない。それに手懐けたわけではない、一方的に押し込まれただけだ」

「猫先生からの呼び出しで一緒になったんだよね。いいなぁ、僕もクルリ君と二人っきりで授業をしてみたいよ」

言い終わると視線を外さずに一歩だけこちらに近づいてきた。ほとんど寄り添っている状態だ。

全身に寒気が走るのを感じる。これでお尻でも触られようものなら、「キャッ」とか言い出してしまいそうだ。

なんなんだ、この人は!相変わらず不気味だ。


「あの、ちょっと離れてくれます?」

「いいよ」その返答も相変わらず笑顔だった。


今日もテーブルの上には一人一人の課題が置かれている。

手順書や、参考書などもあるため教師の講義を聞けばある程度は問題なさそうだ。

さっさと作業に入りたいのだが、この男の動向が気になってしょうがない。


顔をパチンパチンと叩き、自分に集中を命じる。

よっし、やるか!


「クルリ君、前に誘ってくれたよね?」

・・・狙ったかのようなタイミングで話しかけてくる。

それでいて自分は作業を中断していないようだ。少し、いや、かなり憎たらしい。


「医療器具の制作のこと?」

「そうだよ。先に約束したのは僕なのに、アークを先に連れていくんだもん。ひどいよねー」

なんだろう、この含みのある言い方は。

彼は俺の彼女なのだろうか。いや、彼だから彼氏なのだろうか。


「いつでも来ていいさ」

「呼ばれてもいないのに行かないよ、普通」レイルは、わかってないなーとつぶやきながら首を振っている。

そういえば、我が部屋に来る連中はどいつもこいつも勝手な連中ばかりで、招き入れるという精神をしばらく忘れていた気がする。だっていつも部屋に二人常駐しているのだから。

確かにこれは俺が悪いかもしれない。

そうだよ、レイルは不気味そうに見るが、話しの通じる常識人でもある。やはり、具体的に誘わなかった俺が悪いな。


「よし、今日の授業が終わったら俺の部屋に来なよ。特に用事はないから夜までいてくれていい」

「夜まで?何もしないよね?」

だから彼女か!!

俺の睨みに気づき、レイルがごめんごめんと謝ってくれた。

彼は終始笑顔なため、その考えがわかりづらいが、冗談だと信じておこう。


最悪の場合ヴァインとクロッシもいるから、逃げ切れるだろう。

初めての相手が男とか絶対嫌だ。初めてじゃなくても嫌だ!


目の前の爬虫類に向き直り、授業に集中することにした。

実は今日も解剖なのだ。切って切って切りまくれが、この担当教官のモットーらしい。人間で失敗する前にあらゆる失敗をしておけとのことだ。

いつもの使いづらい医療器具を手に取り、作業にはいる。あらゆる生物の解剖が体験できるのはいいが、やはり体力的にも精神的にもなかなか疲れる作業である。

今日もレイルは笑顔を崩さないが苦戦している様子だ。

まぁがんばれ。埋めるときは手伝うから。




「さぁ、入って」

「本当に何もしない?」

「いいから、さっさとしてくれ」

放課後、部屋に来たレイルを押し込むように無理やりいれた。

くだらないことばかりを言う男なので少し強引に扱ってもいいだろう。

少々のことは気にしない。どうせ中に入れば失礼されたことも忘れるだろう。


「あれ?」

部屋に入ると、いつもの熱気と喧騒がなかった。

若干の余韻はあるが、広い部屋の中には明らかに人はいない。


どうやら今日の特訓は外で行っているらしい。

頼みの綱が2本とも出払ってしまった。

後ろを振り向くと、相変わらずニコニコとしたレイルの顔がある。

・・・な、何もしないよね?



「今日も花を咲かせてくれてありがとう。授業の度に心が痛むけど、あの花たちを見ると心が休まるんだ。この前も朝に水をあげに行ったんだよ、僕はあの花達が好きになったみたいだ」

「そうか。喜んでもらえて結構」

魔法で咲かせた花たちはその後も元気に育っている。普通の花たち同様、太陽に当たり、栄養ある土で水をもらえれば健やかに育つようだ。

それと、魔法で作りあげた花たちは不思議な魅力があった。

ずっと見ていたくなるような・・・気づけば吸い込まれそうになる感覚にも何度か襲われた。

やはり魔法で作り上げた花故にどこか普通とは違うのだろうか。


人があまり近づかないところなので、誰かに迷惑をかけることはないだろうけど、少しだけ気にかかる花達ではあった。


「じゃあ、先にシャワー浴びるから」

レイルはそう言って手荷物を置き、部屋にある簡易の浴室に入った。

先にシャワー・・・逃げるなら今のうちか。

一応のため窓の鍵は開けておいた。


いつもの鍛冶場に火を灯し、材料や、作業道具などを準備した。

ちょうど準備が終わり、作業に取り掛かれる状態になった頃、レイルも作業場に来た。

シャワーで汗を流し随分と気持ちがよさそうだ。

水も滴るいい男がそこにはいた。


「ふー、気分爽快。さぁ、始めようかクルリ君」

「ああ」


まずは基本の道具となる医療用カッターの作成だ。

「今のは刃が鋭くないって言うのもあるけど、刃がまっすぐすぎて使いづらい。あの形状じゃどうしても強引に引き裂くしかないよね」

レイルのこの意見にはかなりの部分で同感だ。あまりに作りがカクカクしている。

そこで、刃の部分を曲線状にしてみることを提案した。

これにはレイルも同意し、早速作業に入る。


いつも作る剣とはサイズが違う。短剣も作るが、それよりも小さい。

片手で、一本の指で支えることのできるサイズに仕上げる必要がある。

作業には最善の注意を払い、少しずつ丁寧に鉄を打った。

細かいところは刷るようにして削り、最後に刃の鋭さを磨き上げた。


出来上がった医療用カッターは光が反射して輝いていた。

「すごいよ、クルリ君。授業中とは集中力が違いすぎて、ちょっかいを出せなかったよ!なんて言うか、迫力?なんだか、職人さんの魂が入ってたよ!」

作業が終わると、興奮した様子のレイルが話しかけてきた。

「それはどうも。授業中もちょっかいを出さないでいてくれるともっと嬉しい」

「それはできないよ。僕の楽しみだから」

そうなんだ!その楽しみやめて!


出来上がったものをレイルに渡した。

レイルはそれを手に取り、眺める。

珍しく真剣な顔つきだ。

「うん。まだこれの切れ味はわからないけど、すごくいいと思うよ。間違いなく、医療器具の最先端を行ってる。素晴らしい逸品だ!早く試してみたいよ」

「そう思ってくれるなら頑張った甲斐がある。さぁ残りの医療器具も全部作ってしまおう」

「ああ、頼むよ。クルリ君の腕は素晴らしい。期待して待たせてもらうよ」


それからも二人の試行錯誤を繰り返しながら、考えがまとまると俺がそれを形にした。

そして、全部の医療器具を二人分作り上げ終えたときには、既に深夜の朝方になっていた。

二人して疲れ果て床に寝転がる。二人とも汗びっしょりだ。


「ふー、これで全部か?」

「うん、そうだね」

俺の問いかけいレイルが笑顔で答えた。その顔には満足感が漂っていた。

俺の顔にも似たような満足感が漂っていることだろう。そう思う。

床には今日作り上げたピカピカの医療道具が並べてある。横目にそれを見て、少し自分が誇らしく思えた。


「最高だよ。クルリ君と知り合ってから、僕はいいことだらけだ」

「そうでもないだろ」

「いや、本当にそうなんだよ。医者の夢も日々近づいて行ってる気がするし、アークの雰囲気も昔と比べて柔らかくなったし、僕は今が楽しくてしょうがないよ」

「アークは俺とは関係ない。あれはアイリスのおかげだ」

「はは、そうだね。そういえば、アークの選択科目知ってる?」

突然、レイルが悪戯小僧のような顔でこちらを覗き込んだ。


「・・・法学、地質学、生物学に薬草学かな」

これはアイリスの選択科目だ。レイルの話によるとついて回っているらしいから、こんなところだろう。

この回答にレイルは少し大げさ声をあげて笑った。

「はは、おかしいだろう?4つ目は薬草学じゃなくて、帝王学なんだけどね。もう、わかりやすすぎだよね?」

眠気もあるのだろう、いつもよりテンションが高いレイルだが、いつもと違って本当に笑っているようにも見える。


「すごいよ、やっぱりすごいよ」

レイルが一番最初に作り上げた医療用カッターを手に取り、まじまじと見つめていた。

俺も一本手に取り、それを観察する。


数年鍛えた腕だけあって、いい仕事ができた。

日々の鍛錬を怠らなくて良かったと思わせてくれる出来だ。


「これさぁ、名前を刻まない?」

「名前?」

「そう、よく剣とかにある。ほら、端っこに作者の名前が彫ってあるやつ。あれをこれにも彫ろうよ。クルリ君の名前を残そう!」

「ええ!?いやーそれは恥ずかしいな」

これは純粋に恥ずかしい。夜中で変なテンションだが、こればかりは冷静に恥ずかしく思えた。


「いや、残すべきだよ。これだけの腕があるんだから。これは僕からのお願いでもある。彫ってくれよ、クルリ君」

ねっ?といつものピカッと光るウインクが飛んできた。


・・・そこまで言われてはしょうがない。

早速、ちょちょいと名前を彫ってみた。『クルリ・ヘラン』、どれも隅っこに控えめに彫ってみた。

「いいね。大事にするよ」

レイルが嬉しそうに目を輝かせた。

そこまで喜んでもらえると、やはり作り手としては嬉しい。


「それにしても疲れたね。いざ、終わったって思うと一気に疲れが飛んできたよ」

「そうだな。俺も疲れて倒れそうだ。早く寝ることにしよう」

「うん、そうだね。じゃあ先にシャワーを貰うから」

先にシャワー?確かに汗はかいたが・・・。

「いや、自分の部屋で入れよ」

「今日はもう泊まっていくから。自分の部屋に帰る体力もなさそうだ」

「でも、ベッド一つしかないし・・・」

「僕は構わないけど」

「・・・そ、そうですか」


・・・掘ってくれよってそういうこと!?

















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