2章_10話
「クルリ」
放課後、薬草学の教室に行く際にかわいらしい声で呼び止められた。
振り向けば、アイリスが立っており、手を振っている。
「どこ行くの?」
「ああ、薬草学の教室に」
「へー、私薬草学はとってないから少し興味あるな。ついて行ってもいい?」
「もちろん、行こうか」
「うん」
道中アイリスが後ろをチラッチラ見るので、少し気になり聞いてみた。
「何か気にしている様子だけど」
「うんうん、何でもないの」
もしや、第一王子を気にしているのではなかろうか。
レイルの話によると、結構付きまとっているようだし。
純情ボーイは両想いならステキな相手だが、片思いだとストーカー気質があっていかん。
もしかしたらアイリスは逃げるために俺についてきたのかもしれない。
やっぱり障害がないと恋愛はうまくいかないものなのだろうか。
・・・うまくいかなければ、それでもいい気もするが。
「選択科目は決まった?」
考え込んでいるとアイリスからの問いかけがきた。
「薬草学、医学、畜産学、会計学に決めた。正式な届けだしも済ませてある」
「流石だね、男の子は決断力があって羨ましいよ。私は法学、地質学、生物学は決まったのだけど、あと一科目がどうも決め手に欠けて。締め切り近いから悩むなー」
慈愛学なんてものがあるのなら、選択してほしいものだ。アイリスには優しい人になってほしい。俺のためにも。まぁそんなものはないが。
「着いたよ、ここが目的地のビニールハウス」
ビニールハウスの入り口を開け、専用の殺菌スペースで消毒を済ませ、中に入った。
中でブツブツ呟きながら作業している人物が一人、トトだ。
「いらっしゃい。ところで、招かれざる客がいるね」
トトがこちらに気が付き挨拶をしてくれたが、どうやらアイリスの存在が気に入らないらしい。
と言うよりも彼は基本人嫌いだ。
気が付けば、人除けと呼ばれるコートを着なおしていた。
「まぁまぁ、そんな邪険にしなくても。こちらはアイリス。そんなに警戒しなくても、いい人だから」
「それは僕が判断する」
トトはこちらと距離をとったままだ。
「あいつはトト。変わった奴だけど気にしないで」
「私来ちゃまずかったかな」
「気にしなくていい。俺はトトと作業があるから、アイリスは好きに見て回るといい。危ない薬草もあるから気軽に触らないように。気になることがあったら知らせて」
「うん、わかった」
人除けのコートを脱いでもらい、早速トトからの進行状況を聞いた。
「君から要求された『美』に関する薬草だが、いろいろ試して現在一番うまく言っているのがこれだな」
指で刺した先にあるのは、葉が4枚あり霜がかかったかのように白い薬草だった。
「この前君からいろいろ要望を聞いただろ。肌がすべすべだの。美白だの。アンチエイジングだの。どれも僕には必要とは思えないが、お前が言うから信じて作ってみた。で、これが美白に効果がある薬草だ」
「ほー、副作用はないんだろうな」
「ない、ただ現段階では効き目が強すぎる。これを飲んだら真っ白になるぞ」
「試したのか?」
「ああ、自分の体ではないが」
・・・これ以上立ち入るのは止めよう。
「それはやりすぎだな。これは飲む以外に使いようはないのか?例えば温泉に溶け込ませるとか」
「んー、現段階ではできないな。それに匂いがきつい」
「そうか、じゃあ引き続き改良を頼む」
「わかった。それと、これは俺独自の考えで作ってみたんだが」
「クルリー!」
トトとの会話をアイリスの大声が遮った。トトは若干不機嫌になっている。
「だから言ったんだ、招かれざる客だと」
「そう言わずに。なんだい!アイリス!」
少し離れている場所にいるアイリスに届くように声を張り上げた。
「ここ!すごく大きなマタタビがある!こんなサイズ見たことないよ!」
マタタビ?なんでそんなものが?
「おいトト、なんでそんなものが?」
「あれは猫先生からの依頼だ。別に作りたくはないが、あの人は金払いがいいからな。小さいサイズじゃ物足りないニャ。巨大なのを作るニャと頼まれて。ちなみにマタタビハイパーと名付けた」
猫先生・・・それでいいのか!?
アイリスが嬉しそうにこちらに駆け寄る。
「ねえ、どうしてあんなにも大きく育つの!?すごい!!」その目は輝き、窓越しのブランドバッグを見る乙女のようだ。
「ああ、あれか。別に何もすごくない。大きく育てるなんて僕が行っている品種改良に比べれば、はるかに簡単だ」
「うんうん、品種改良なんかよりも大きくすることこそが一番大事だよ!」
なんか二人の間で価値観が対立しているようだ。
でも、お互いに争う心はないらしい。
褒められたトトも嫌そうではなし、アイリスは純粋に大きくなる秘訣を知りたいらしい。
「ねえ、あれは例えば野菜なんかにも応用は聞くのかな?」
「もちろんさ、僕に不可能はない」
「あの、そのやり方を教えてくれませんか?」
アイリスはぐいぐいとトトに近づいて、ほとんど顔を覗き込んでいた。
トトが助けてくれと、目線を投げかけてくる。
「アイリス、とりあえず落ち着いて。トト、教えてあげてよ」
「僕は構わないが、野菜を大きくするのはやったことがない。もちろん可能だが、研究にすこし時間はかかる。僕たちのプランが少し先延ばしになるがいいのか?」
「ああ、構わないよ」
少なくともアイリスよりかは待てる。彼女の目は輝きが収まらない様子だからな。
知りたくてしょうがないのだろう。
「ふー、天才はつらいね」
なんてトトが格好をつけていた。
とりあえずアイリスのことはもう嫌っていないみたいで安心した。
それにどうせだし俺もついでに習っておこうと思う。
「じゃあ今日から始めるから、僕の研究結果が出次第またクルリと来るといい。その時に全てを教えるから」
「うん!ありがとう!」
アイリスはトトの両手を握り、軽く拝んでいた。
トトはまたも助けてくれと目線を投げてくる。
「アイリス落ち着いて、とりあえず今日はできることがないから薬草を見て回りなよ」
「うん。ところで、トトも薬草学の授業をとってるの?」
「もちろんだ」
「じゃあ私も薬草学を履修する!」
今日一番の明るい声でアイリスが話し、スキップしながら薬草たちを見に行った。
「なんなんだあの女は」
「まぁ悪い娘じゃないから」
アイリスのあの目の輝き・・・恋じゃないよね!?
恋だとややこしいことになるが、きっと違うだろう。
あれは家族を思っているのだと思う。
「話が逸れたが、さっき言いかけた僕が独自に考えて作った薬草が一つある」
「ああ、そんなことを言っていたな」
「ちょっと来てくれ」
連れられたのは広いビニールハウスの中でもさらに隔離されたスペース。
中に入ると高温多湿な空間だった。魔法で特殊な環境を維持しているのだとか。
「これだ」
トトがさした薬草は、何層にも葉が平べったく重なった薬草だった。
葉は顔ほどの大きさで、それが10枚ほど重なっているだろうか。
葉が重いため茎の部分もしっかりしていた。
これも初めて見る。似たようなものも見たことがない。完全なオリジナルなのだろう。
「この葉を一枚とっていう顔に乗せるんだ。そのまま一晩過ごせばあらゆる肌のトラブルを治してくれる。この葉は生きている間はあらゆる細胞を修復、活性させる作用があるんだ。葉はちぎってから10時間ほどは生存するため、睡眠時中にぴったりだと思う」
顔パック!?天然の顔パックなの?
天才だよ!!!
「凄い!!売れる、これは売れる!!」
「だろ、やっぱりそうだと思ったんだ」
「よし、これを主軸に据えよう!夏の帰省はこいつで勝負する!」
「ああ、まだまだ未完成だが、間に合わせてみせるさ」
「ところで、効果は確認済みか?欲を言えば、起きて肌がプルプルになってるとかもあればいいのだが」
「問題ない。隣のやつで実験済みだ。最近ストレスでニキビができていたが、一晩で痕もなく治っていたぞ」
隣の奴って言っちゃた。
被害者言っちゃた!!
でもすごい。これは本当に儲かる代物だ。
「プルプル効果はこれからの改良に期待してくれ。間に合わせるさ。それと香りづけをして癒し効果も付けたいのだが、どう思う?」
アロマテラピーですか!?香りで癒し!?
思うも何も、天才かよ!!
「いい!凄くいい!!」
「だろ?だよな!!」
これは夢が広がる商品ができそうだ。
ニヤニヤが止まらない。
そこへアイリスがやって来て、きもい顔を見られてしまった。
「た、楽しそうだね」
「・・・楽しいです」
「二人で何を楽しそうにしてるの?興奮した声が外まで聞こえてきたよ。私はのけ者になの?」
「そういう訳じゃないよ」
「二人で美に関する薬草を開発してるんだ」答えたのはトトだ。
アイリスが、えっ、と声を漏らし体を引いていた。
そっち系の人じゃないから。
「勘違いしているようだから訂正するけど、ヘラン領で売るために作ってるんだ」
「ああ、そういうこと」
誤解が解けたようで何よりだ。
「すごいね。二人でそんなことやってたんだ。流石は貴族様って感じだよ」
これには俺もトトも返事をしなかった。そんなに高貴な考えなどない。
自分たちの魂胆を知ったらアイリスはなんというだろうか。
「これはトトが開発した天然の顔パックだ。肌のあらゆるトラブルを修復してくれる」
例の植物をさして説明した。
「すごい!そんなものがあるんだね」
「アイリスは肌が綺麗だから必要がなさそうだね」
「そんなことないよ、私もいいなーって思ったし。女の子はいつだって美を気にしてるんだから」
そうは思えない。さっきの巨大マタタビを見た時とは目の輝きが違う。せいぜいあったらいいけど、なければそれでも構わない程度にしか思っていないだろう。
でも、アイリスみたいな娘のほうが嫁にはいいな。なんだかそう思える。