2章_8話
今日は運動場で魔法学の授業が行われるので、朝からヴァインと二人で運動場にやって来ている。
といっても、授業にはまだ時間があり、要するに朝のトレーニングに付き合ってくれとのことだ。
平日の朝はクロッシに構ってやる時間はあまりとれないのだろう、それで俺を捕まえてはこうやって二人で運動している。
まずは背中を合わせて、両手を頭の上でつなぎ、相手を引っ張り伸びをする。
「うううっ」
全身が伸びて気持ちいい。朝の眠気も吹き飛びそうだ。朝日が目に入るこの角度もいい。
「うううっ」
今度はヴァインを乗せる番だ。でかい、重い、腰が折れそうだ。
「昨日の夜、実家から持って来ている魔法書を読んだんだけど全く意味が分からなかった」
ストレッチを続けながら背中越しのヴァインと話した。
「そうか。クルリは勉強熱心だな」
「ヴァインは何してた?」
「ふん!」体が伸びて息が漏れたヴァインだったが、話を続けた。
「昨日か、剣を振ってたな」
「剣か、そっちこそ真面目だな」
俺の返答が済むと、ヴァインは動きを止め話すこともなくただその場に立ち尽くした。
次は俺が伸びる番だったので、少し不満げにヴァインの方に首を向けた。
「あっ」
俺から見て左側。ヴァインから見て右側。
・・・猫がいた。
人間サイズの猫だ。
ライオン!?いや、猫だ。ヴァインが固まったのはこれのせいか。
顔はふてぶてしいタイプの猫ではなく、目がくりくりしたかわいいタイプの猫だ。
どこか子猫の雰囲気もある。
子猫なのに、でかい。猫なのに、人サイズ。巨大毛玉だ。
「おはようニャ」
しかも喋る。
うける~。
「でさ、今週末クロッシと三人でどこか行かない?」
「おい、無視するニャ」
「ああ、いいと思う」
「お前も無視するニャ、でかいの」
でかいのはお前・・・言いたかったがなんか言ってはいけない気がした。
夢!?
「ヴァイン俺をつねってくれ」
「夢じゃないニャ」
俺とヴァインは手を放し、お互いに向かい合い目の前の現実を直視した。
「あの、だれですか?」
いや、なにですか?
「魔法学の教師ニャ」
「そうですか・・・、なぜ猫なのですか?」
ヴァインが、おい!それいきなり聞くのか!?という目線を投げかけてくる。
「アタイからしたら、なぜお前たちは人間なのですか?ニャ」
ヴァインの耳元により、小さい声で訴えた。
「やばいだろあれ」
「ああやばい」返事も小声で帰ってきた。
「やばくないニャ。アタイはただの教師ニャ」
平然としたかわいい顔で言うので、なんだか本当なのか?という気持ちが少し湧いてきた。
「先生の名前は何でしょうか?」
恐る恐る聞いてみた。
「猫に名前はないニャ。常識にゃ。お前何人にゃ?」
あ、なんかすんません。
「せ、せんせい」
今度はヴァインが勇気を振り絞って手をあげた。
「なにニャ」
「先生はオスなのでしょうか、メスなのでしょうか」
「女ニャ、失礼なやつだニャ」
あ、なんかすんません。と、ヴァインは思ったに違いない。
「それにしても、でかい方!お前はダメニャ。体はでかいのに、魔力はちょろちょろ漏れる程度しかないニャ」
やれやれとため息をつき、今度は俺に向きかえって肩に手を乗せてきた。
肉球やわらけー!
「それに比べてこっちのはいいニャ!体は細いが、魔力がドッピュドッピュあふれてくるニャ。すごいニャ」
褒められたのは嬉しいが、その表現やめて!
「お前みたいな優秀な生徒は久しぶりニャ。名前はなにニャ」
「クルリです」
「クルリ坊やニャ。覚えたニャ。でかいのは?」
「ヴァインです」
「ヴァイン坊やニャ。覚えたニャ」
ヴァインも肩に手を置かれて、一瞬ゾッとしていた。
なんだ!?この生物と思っているに違いない。いや、俺が思っている!
「ね、猫先生!」
「何にゃ、クルリ坊や」
「猫先生は魔法学の先生ですよね!?魔法は使えるのでしょうか?」
「当たり前ニャ」
言い終わると同時に、猫先生は土魔法を発動して、土で自分の像を一つ作り上げた。
若干足が長く、目が鋭いが、気にしないでおこう。
「どうニャ?」
ヴァインの耳元に近づき、小声で話した。
「本物?」
「みたいだ」
「最初から言ってるニャ」
「質問!猫先生は一日どれくらい寝るのでしょうか?」
「14時間ニャ」
あ、やっぱ猫だ。
「あれ、猫だよ」小声でヴァインに話した。
「でもでかいぞ」
「もういいニャ。授業にはまだ早いからお前たちの魔法を先に見てやるにゃ。センスあるなら研究会に入れて魔法伝授するニャ」
ほれほれと、急かされるまままずはヴァインが魔法を使った。
魔力を出し、性質変化を加えて炎をその手のひらで燃え上がらせた。
「ダメニャ、普通ニャ。次はクルリ坊やニャ」
猫にダメ出しされたヴァインはガクリとうなだれて座り込んだ。
ドンマイ。
俺の番が来て、何をしようかと考えたがいいものも思いつかなかったので、猫先生の実際の同寸の像を作り上げた。これは物質変化と、形態維持の応用で作ることが可能だ。
以前にマスターしている。
「うん、芸術センスはいまいちニャ。美が足りないニャ。でも魔法は一級品ニャ。合格ニャ」
「どうも」
「とりあえず作り直しニャ」
この後手取り足取り指示されて、理想の猫先生の像を作り上げた。
足が短いニャ、何を見ているのかとか言われた。
「猫先生、一体何の魔法を教えてくださるのですか?」
「ヒミツにゃ。今は部外者のヴァイン坊やがいるニャ」
ヴァインは別に興味ないと言った表情をしているが、これはもしや期待してもいいのか?
我が家にあったクリス・ヘラン著の魔法書は魔法の全てを記したわけではない。
独自の魔法もあるし、世に出回っている特異な魔法は当然載っていない。
「期待していいニャ」
俺の考えを読んだかのように猫先生が答えた。
「研究会は不定期ニャ。アタイは気まぐれニャ」
ねこじゃん!
「差し入れは、肉系がいいニャ。塩はダメニャ」
ねこじゃん!!
「アタイを触るのはダメニャ。セクハラニャ。触ってもいいのは顎下だけニャ」
女・・・ねこじゃん!
猫先生とヴァインとグダグダやっていると、他の生徒もぞろぞろ来だした。
みんな、猫!でかい!とか反応している。
もうやったから!!それ一通りやったから!!
生徒が全員集まり、ようやく落ち着きが戻って授業は始まった。
「魔力を出すニャ。今日は性質変化の練習ニャ。イメージしやすい性質に変化させるニャ」
俺は炎をボッと手のひらに出す。
このくらいは簡単だ。
後はどれくらいの量を出せるか試してみよう。
難無く魔法を出せるのはクラスで全体の3分の1といったところだろうか。Aクラスでこれなのだ。他クラスは苦労するだろうな。
辺りを見ると、王子や、レイルは難無く発動していた。
ヴァインは相変わらず量が少ないとかで、猫先生から「それじゃあちょろちょろ漏れ出しているみたいニャ」とダメ出しをくらっている。
「君は筋がいいニャ。君もニャ」
猫先生が足を止めたのは、エリザとアイリスの前だった。
エリザとはあの件以来、会うと睨まれていたが今日は不思議と機嫌が良かった。
鋭い氷を地面に発生させていた。
アイリスの性質変化も上々で、きれいな水を出していた。
最近は王子との関係がちらほら聞こえ出してきているが、まだまだ発展するのは先だろう。
エリザという巨大な障害を乗り越えて二人の愛は高まるのだが、あいにくエリザは現在俺の前に立ちふさがっている。
エリザよ、ちゃんと自分の仕事をしないか。
いや、やっぱりしなくて良い!俺にカモーン!
「よう、クルリ」
ふてぶてしく、近づいてきたのは第一王子のアークだった。
先日のデート邪魔したお返しに来たのか。
小さい男め!
「お前も魔法が得意なようだな。でも、俺の方が上だぜ?何なら今度対決したっていい」
「やめなよアーク。クルリ君が困っているじゃないか。ごめんねうちの王子が変なことを言って」
第一王子はレイルに引っ張られて、元の位置に戻った。
ヒュー!
なんか、かっこつけてみた。
猫先生は一人ひとりにアドバイスを送って回っている。
見た目とは違い意外と親身で真面目な先生だ。
「ダメニャ、もっと腰に力を入れるニャ」
「ムラムラが足りないニャ。そんなんじゃ出ないニャ」
「何歳ニャ!?枯れるには早いニャ!」
・・・真面目な先生だと思う。きっと。