2章_7話
「師匠、選択科目は決まりそうですか?」
本日は週末で学園が休日であり、それ故というのもおかしな話だがクロッシが部屋に来ていた。
「んー、薬草学、医学は決定として、あと2科目は決めかねている」
「そうですか。私も武術、帝王学は決めたのですが、他がまだ決めかねていて」
なぜそれを選んだというちょっと気になる選択科目があったが、突っ込まないでおこう。
それよりも今は他に気になることがある。鉄を打ちながら、肩越しに聞いてみた。
「それよりも、今日はヴァインとは一緒じゃないのか?」
「ええ、今日は一週間に一度の休日だとかで、体を休ませるように言われています。それにしても、あいつめ私を置いてこっそりどこへ行ったのやら、許さん!」
「ヴァインだってプライベートがあるし、許してあげてよ」
「師匠が言うならしょうがないですね」
ぷーっと顔を膨らませたあたり、許していないことがうかがえる。随分と仲がよさそうで結構なことだ。
「それにしても暇ですね、なにします?師匠」
いえ、俺は暇ではありません。
選択科目の資料にも目を通したいし、魔法書3を読破したので魔法書4にも目を通したい。
それに、俺にだってプライベートはあるはずだ!決して暇ではない。
「俺は暇ではないのだが、そうだなこっそりどこかへ行ったというヴァインでも探しに行くか?」
「あ!いいですね!行きましょう、師匠!」
やけに目が輝いているな。実に仲が良くてほほえましい。
ヴァインにはちょっと悪い気もするが、大事な弟子が暇をしているのだ。
餌になってくれ。それに俺も少しだけ、好奇心が沸いていた。あのヴァインがこっそりとどこかへ?これは気になる!
暇を持て余すと人間ろくなことをしないと言うが、俺たちもまたその類の連中らしい。
「じゃあ行くか」
「はい!」
人探しは、まずは聞き込みからだ。まずは酒場と相場は決まっているが、そんなところはない。代わりに食堂だな。ヴァインの場合体が大きいから目立つだろう。
きっと何人かは見ているはずだ。
食堂へ趣、二人組の女性を見つけて声をかけた。
「すみません、ヴァインという人を見ていませんか?」
「ヴァインってあの大きな人ですよね?寮から出てどこかへ行ったのは見たのですが、その後は・・・」
「そうですか。ありがとうございました」
二人にお礼を言い、食堂を後にした。
「寮からは出ていることは確実だな。さて、次はどこをあたろう」
「あいつは基本体を鍛えることしか考えていませんからね、もしかしたら運動場にいるのではないでしょうか」
「よし、行こうか」
運動場に行くと、運動している団体が何組かあった。
まだ準備運動している女性を一人捕まえて、ヴァインについて聞いてみた。
「ああ、今朝いましたよ。何か邪念を払え!だの言って走ってた気がしますが」
「それで、その後はどちらに?」
「うーん、わからないですけど。シャワーを浴びていたのは見たのですが、その後のことはわかりません」
「ありがとう。これから運動するんだろう?頑張って」
「はい、クルリさんも」
女性に挨拶を済ませ、運動場を後にした。
「既に来た後でしたか」
クロッシが顎のあたりに手を当て、次の探し場所を検討しているのがうかがえる。
「もしかしたら、学園の外に行ったのかもしれないな」
「学園の外へ行くとしたら普通徒歩じゃ行きませんから、馬小屋に貸し出し記録があるかどうか確認しませんか?」
「そうだね」
それで記録があったらどうするんだ?追うのか?という気持ちはあったが、なんだか楽しくなってきたので余計なことを考えるのはやめにした。
「ヴァインね。ちょっと待ってよ。今日の記録を見てみるから」
馬小屋に着き、俺たちの出した要求をすぐさま係員が実行に移してくれた。
貸し出し名簿を取り出し、今日の日付のページを開いている。
指でなぞり、一つ一つ丁寧に見ているようだ。
「ヴァインという生徒は来ていないな。でも、ヴァインって言ったらあの大きな子だろう?さっき見た気もするな」
「本当ですか?どちらに行きましたか?」
「確か、噴水がどうたら言ってたが、なんだか迷っている様子だったね」
「そうですか。ありがとうございます」
係りの人に頭を下げ、二人で歩きだした。
「ここもいまいち情報はありませんでしたね」クロッシが残念そうにつぶやく。
「いいや、この学園で噴水と言うと一つしかない。場所を知っているから、行ってみようか」
クロッシの背中を軽くポンと叩いた。
「流石です、師匠」
そう言って、張り切って歩き出したのだが・・・。
以前行った筈の噴水だったが、どうも学園の土地が広くいまいち道を思い出せない。
クロッシに褒められた手前、実は道が・・・なんてのは恥ずかしすぎる。
気づくと謎のバラ園についていた。
自分たちが今学校のどこにいるのかもあまりわからなくなってきた。
「師匠・・・」
「・・・」
後ろにいるクロッシの顔が見れない。
どうしよう。
「クルリ?」
不意に咲き乱れるバラの向こうから聞き覚えのある声がした。
目の前に咲き乱れるバラをよけるように右から周り、視界が開けたところでアイリスに出会った。
「アイリス、よかったーここがどこだかわからなくなって困ってたんだ」
「そう、じゃあ一緒にわかる道まで案内しようか?」
「助かるよ・・・」
言葉を遮られたのは、鋭い視線に気が付いたからだ。
アイリスの隣に不機嫌そうに立つ男からの視線。第一王子のアークだった。
二人での楽しい時間に、邪魔者が入りご立腹と言ったところだろうか。
嫌なタイミングで遭遇してしまった。
「でも、二人でバラを見ていたんだろう?悪いから、自分たちで道を探すよ」
「いいの、バラなんていつでも見れるのだから。クルリが困っているのにほおってなんか置けないよ」
「いや、でもほらっ」アイリスだけに見えるように、後ろにいるアークをさし示した。
「ああ、別にいいのよ。なんでもない、ただの散歩中だから」
アイリスの言葉を全て聞いていたのだろう。
アークがガクリとうなだれたのが見えた。
おそらく、「なんでもない」の辺りが効いたのだろう。
それと同時に俺の方を鋭くにらみつけるのを確認した。
「・・・じゃ、じゃあお願いしようかな」
「うん」
先導するアイリスに俺とクロッシが続く。その後ろを王子のアークがついてきている。
クロッシはアークのことが気になるのか、嫌に俺にべったりとくっついている。離れたら食べらると言わんばかりの勢いだ。
アイリスが、クロッシを呼び二人で何をしていたの?と聞いた。
クロッシが隣に行き、なんとなーくヴァインのことを話しながらも追跡していることを悟られない程度に上手に情報を小出しした。
二人の会話に聞き耳立てていたせいか、後ろからやってくる存在に全く気が付かなかった。
気が付いたのは、「お前がクルリだったか。顔を覚えたぞ」というホラー映画並みの怖いセリフを聞いた後だった。
王子が横に並び、じっとこっちを見てくる。
アイリスとはどういう関係だ?と聞きたいのだろう。顔に全て出ている。
俺だって王子と敵対はしたくないが、今は何を言っても疑われる気がする。
ここはあえて何も気づいていないふりをしよう。
「ヴァインだったら、さっき案内したばっかりだよ。噴水を探しているだとかで」
「ええ!?ヴァインがここに来たのですか?」
「うん。案内してあげて、バラ園に戻ったら今度はクルリ達に出会ったの」
「アイリスさん、噴水はどちらに?」
「案内するから、ついてきて」
アイリスの案内通りに進み、あとはここをまっすぐ進めば着くから、という説明を受けクロッシと共に噴水に向かった。
アイリスは最後まで案内すると言っていたが、断っておいた。
エリザに続き、今度は王子の怒りを買うなんて日が来たら、我が領も我が人生も終わりな気がする。
彼女と彼にはなるべく関わらないのがいいというのが、最近の結論である。
「噴水が見えてきました」
しばらく歩き、クロッシが伝えてきた。
先日見た巨大な噴水が、目の前にはあった。
「師匠、隠れてください」
クロッシの言葉に素直に従い、二人で茂みに身を隠した。
どういうことだ、と言う前に俺にも状況が理解できた。
視線の先に、水を高く吹き上げる噴水が一つ。
熱く見つめ合う、男女が一組。
「し、師匠これって」
「ああ、間違いない」
間違いなく、告白だ!
学園が始まってまだ一週間だというのに、もう恋愛だなんて最近の若者は盛んですな!!
なんておっさん臭いことを考えていると、女性の方が話し始めた。
「ヴァインさん」
女性の声は若干震えていた。
顔を見ると結構な美人だった。ヴァインの方はいたって平常な顔をしている。
「あの娘、私と同じC組の人ですよ」
クロッシから小声で言われて、気が付いた。
確かに見たことのある顔だった。
「今日はわざわざ来ていただいてありがとうございました」
女性は一歩前に歩き出し、ヴァインと目を合わせた。
「し、師匠。私なんだか顔が熱くなってきました」
「俺もだ、クロッシ」
俺が乙女なら、キャーとか叫びだしそうだ。
「要件を簡潔に言え」
ヴァインの雑な言葉が相手の女性に投げつけられた。
もうちょっと他に言葉はないのか!見るとクロッシも同じようなことを思っているのだろう。若干苛立っていた。
「師匠、あいつバカですけど、大丈夫ですかね」
「わからん。とりあえず様子を見よう」
二人とも若干興奮気味で声が少し大きくなっていた。
茂みがなんだか、すごく邪魔に思える。
退いてくれ、よく見えないだろ!茂み!!
「あ、あの、私・・・」
「なんだ」
「その、一目見た時から・・・ヴァインさんのことが」
「俺のことがどうした」
女性は唇が震えてなかなか声が出てこない様子だ。
そう急かすな!言えるものも言えなくなる!
いつも間にか女性の肩を持っている自分に気が付いた。
「が、頑張れ!」隣でクロッシも顔を赤くしながら応援している。
これ以上声が大きくなるとまずいな。
「私、一目見た時からヴァインさんのこと好きになりました!」
勇気を振り絞り、声を張り上げて女性が放った告白の言葉だ。
クロッシが卒倒しそうになっている。
やばい、俺も血管がドクンドクンしている。音が漏れ出しそうだ。
「・・・そうか」
表情を変えずに、ヴァインが応えた。
女性を含め、俺もクロッシも、次の言葉を待ったが何もなかった。
言えよ!もっと何か言えよ!
「その、付き合っていただけませんか?」焦れたように女性が次の言葉を発した。
「ダメだ」
勇気を振り出した女性をヴァインが冷たく切り捨てた。
「私じゃダメでしょうか」
「ああ、全然ダメだな」
もっと優しい言葉はないのか!?と突っ込みたくなるような棒読みだ。それに、全然ダメってことはないだろ!結構な美人だ。
「師匠、あいつぶん殴ってきていいでしょうか?」
「いい!俺が許す!でも、今は待て相手の女性がまだいる」
「理由を聞かせてください。でないと、私あきらめきれません」
「理由か」
ヴァインが一つうなずいて、話し始めた。
「友がいる。そいつらのおかげで学園生活が楽しくてな。今はそれだけで手一杯なんだ」
「・・・わかりました。今日は来てくれてありがとうございました」
女性は消え入りそうな声で、別れを告げ、足早にその場を去った。
「師匠、友達とは我々のことでしょうか」
「たぶんな」
「じゃあ、殴るの勘弁してあげましょうか」
「そうだな」
「師匠、あいつバカですね」
「ああ、そうだな」