2章_6話
今日の一限目は選択科目の医学の授業に来ている。
流石に、いつの時代も必要とされる知識だけあって履修者は多い。
で、俺はというと現在爽やかな笑顔を浮かべている男に捕まっている。
「ねえ、クルリ君。聞いたよ、エリザを怒らせたんだって?」
「授業中なので静かにしてくれませんか」
俺はレイルの言葉を聞いていないふりをして、授業道具を見やっていた。
一通りの医療器具が一人分ずつ支給されている。
教室には八角形のテーブルが並び、そこに4人ずつが立ち教官の話を聞いていた。
「エリザを怒らせるなんて流石だよね。王子のアークだってエリザにはきつく言わないし。もちろん僕だってエリザは苦手だなー」
「教官の話が耳に入らないから静かにしてください」
教官の話を聞きたいのではなく、エリザの話を聞きたくない。
お腹が痛くなりそうだ。
注意が効いたのか、レイルの方からしばらく声が聞こえなくなった。
あきらめてくれたのか?
そーと、横目で左隣のレイルを見た。
えっ!?
何故か笑顔でこちらを黙ってみている。笑顔なのになぜか笑っているように見えない。
やっぱり、この人は不気味過ぎる!
教官の話が終わり、一人一人に実験用モルモットの死体が渡された。
今日はこれの解体をするらしい。
それぞれのやり方でいいらしいが、一応手順を記した医学書もあるのでそれを参考にしてもよい。
実習が始まると同時に、レイルが自分の場所からするりとこちらにズレて来た。
「教官の話は済んだし、これでゆっくり話ができるね」
「何を話すんですか?エリザの話は勘弁」
「なんだ、残念。僕の中で最もしたい話なのに」
「あの、手元が狂うといけないので出来れば一人で作業をしたいのですが」
「まぁまぁ、いいじゃない。僕、解体なんて初めてだから不安だし、一緒にやろうよ。ね?」
ピカッとしたウインクが飛んできた。
俺だって初めてだ。
確かに、不安はある。周りもそうなのか、結構グループを作り作業をしている。教官もそれを認めているかの、グループごとにアドバイスをしている。
「いいよ。じゃあ、おなじ手順で進もうか」
「そうだね。まずはお腹を切り開くところからか。いきなりへヴィーだねー」
二人でスーと医療用ナイフで腹を開いた。
「うわっ」
少し血が飛び、レイルは顔がひきつっていた。俺はあまり抵抗がない。羊を経験したことのある男だ。
それに、内臓の仕組みが気になり、どちらかというとイケイケなテンションだ。
「ここが心臓か」指で少し心臓を突っついてみた。
「うわっ、クルリ君やめてよ。いきなり触るとか度胸ありすぎでしょ。流石はエリザを怒らせた人だ」
エリザの話につなげるのやめて!
仕返しに内臓を一つ取り出し、レイルの顔にべちゃりと当てた。
「うわっ、ひどいなぁもう」
粘液が付いた顔を拭いながらも、その顔からは笑顔が消えない。Mなのかもしれない。
「クルリ君はどうして医学の授業に来たの?自分の領地があるのに、医者にでもなるつもりかい?」
「金になりそうだから」
「お金?ははっ、やっぱりクルリ君は変わってるよね。興味が尽きないよ。エリザ」
言い終わる前に、内臓をもう一度顔に当てた。
わっぶっ、とか言いながらレイルはのけ反っていた。
「僕は将来医者になりたいと思っているよ。クルリ君とは目的が違うけど、一緒にこの授業履修しようよ。もっと話したいし」
俺は話したくない。なんかこの人が苦手だ。
「履修はしようと思ってる。話したいなら別に授業中じゃなくてもいいのでは?」
「いつもはアークと一緒に居るから。彼、僕以外とはあまり仲良くしたがらないから。わがままだよねー」
わがままって言っちゃった!
第一王子のこと、わがままって言っちゃった!
俺の顔を見て気づいたのか、「内緒ね」と一言呟いた。
「そういえば、うちのわがまま王子だけどね、最近面白いことあったんだよ」
「あんまり我がまま、我がまま言ってると、本人の前で出るんじゃないか?」
「ああ、いつも言ってるから大丈夫」
言ってるんかい!思わず突っ込みそうになってしまった。
「クルリ君、アイリスって娘知ってるでしょ?」
「うん、友達だ」
「うちの王子様がどうやら彼女に興味があるみたいでさ。最近では話をしたいがために一緒の選択科目をとってるらしいよ。王子様純情すぎるよ」
そうか、そろそろだとは思っていたが順調そうでなによりだ。
「今はまだ気になる程度の気持ちなんだろうけど、好きになったら面倒くさそうだよね」
やれやれと言わんばかりに、手をあげている。
「レイルは二人の会話には入らないのか?」
レイルだってアイリスの恋人候補の一人だ、全く傍観しているのもおかしな話だ。
「だって、僕は今どちらかというとエリザとクルリ君の秘密の関係が気になるのだから。王子なんて、もう10年一緒に居るんだよ?いまさら恋の一つや二つ、どうせいつものように最後は僕が尻拭いをするんだから、一人になれる今のうちに楽しんでおかなきゃ」
彼も相当に苦労しているようだ。
だが、それと俺の傷口をえぐるのはまた別な話だ。
くらえ、内臓アタック!!
「クルリ君は容赦ないな。まぁそう言うところも好きなんだけどね」
「えっ!?」
「いや、そう言う意味ではないから」
ちゃんと俺の考えたことを理解してくれたようだ。
間違っても俺は男を好きにはならない。
「クルリ君って見てると面白いんだよね。なんだか周りと全然違うんだもん。体つきとか貴族のそれじゃないよね」
「バカにしてる?」
「そうじゃないよ。僕は純粋に君が気になるんだ。だから、おっとこの先はやめておこう。君の傷が癒えたらまた話すとしようか」
どうやらまたもエリザの話をしようとしたらしい。
やめたのは、賢明な判断だ。
「さぁ、解体を済ませようか」
「そうだね」俺の呼びかけにレイルが応えた。
二人でしばらく解体作業に集中した。
レイルは若干苦手そうな顔をしていたが、手際はよく綺麗に内臓を全て取り出した。
「レイルは医者の才能あるよ」
動機が俺と違って、純粋な医者を目指しているだけはある。
「そうかな。僕はどちらかというと、抵抗なく行えていたクルリ君の方が才能あると思うけどな」
「こんなのは慣れだ。やっぱり向いているのはレイルの方だと思う」
「そうかもしれないね。でも、僕には一つだけ全くダメな部分があるんだ。命を助けるために医学を学んでいるのに、僕たちはこうして違う命を奪っている。なんだか、矛盾したことをしている気がして上手く飲み込めないんだ」
「そんなことを言ったらキリがない。家畜を食べている時点で人間はあらゆる生物を犠牲にしている」
「そうなんだけど、でも食べることは僕の中では納得できるんだ。ありがたく命をいただいている気がして、そこは問題ないんだ。でも、今回のような解体なんかは、この子たちはこの後は廃棄だろう?ちょっとそれは可哀そうだなって」
「それもしょうがないと思うが」
「そこなんだよ、それを割り切れる人間は医者に向いていて、割り切れない人間は医者に向いていない、と僕は思う」
「ふーん、そういうものなのか?」
なんだか、レイルが重く受け止めているので俺も少しだけ考えてみた。
やはり、あまり彼が言うほどには深くは考えられなかった。
「僕は致命的な欠陥があるんだよ。医者になりたいとは思うが」
「徐々に慣らしていけばいい。そのうち割り切れるようになるさ、それに医者にだって様々な種類があるし」
「それもそうだね」
「そうさ」
「クルリ君の言う通りなのかもしれない。真面目に話を聞いてくれてありがとう。今朝まで、エリザとのことを茶化そうと思っていた自分が愚かしいよ」
やっぱり茶化していただけだったか。
この借りはいつか返す!
「さぁ内臓を収めて、縫合をして授業を終えようか」
「そうだね」
レイルはひきつった顔で、頑張って最後の作業に取り組んだ。
終わったあとに、ふーと大きく息を吐き出したあたり相当力んでやっていたようだ。
「それにしても、今の医療器具は使いづらいね。斬るのも力がいるし、縫合だって楽じゃなかった。もっと、いい器具ができるのはまだまだ先の時代になるのだろうか」
「それなら、俺が造ろうか?」
大体の医療器具の作りは知っている。
実際俺も使いづらいと思っていたし、ちょうどいい機会だ。今度自前の医療器具でも造ろう。
「そんなことできるのかい?やっぱり変わってるよね」
「どうも、じゃあ今度俺の部屋に来るといい。要望もあったら聞くから」
「それは楽しみだね」
二人で片づけを済ませ、ちょうどそのあたりで授業が終わりを迎えた。
生徒たちがぞろぞろ次の授業へ向かうなか、レイルは教官のもとへ向かった。
「この子を貰ってもいいですか?」
「そんなものどうする」
レイルが手にしたのは先ほど解体して縫合を済ませたモルモットの死体だ。
「いえ、せっかく命を貰ったのですから、僕の手で埋めてあげようと思っただけです」
「好きにするといいよ」
レイルが教官の許可を得て、麻袋に死体を詰め込んだ。
「俺に変な人とか言っていたが、レイルも十分変人だな」レイルに近づき、その変わった行動に対して口をはさんだ。
「そうかい?」
「まぁ乗りかかった船だし、穴を掘るの手伝うよ」
「それは助かる」
放課後、二人で校門外まで来た。
広大な土地が広がっている。どこに埋めようとかまわないだろう。
二人ともそれぞれにスコップを持ち、いつでも作業に入れる体制だ。
人通りが少なく、日が良く差す場所を選び穴を掘り始めた。
「割り切れるようになるまでは、僕はずっとこんなことを続けるかもしれない」
穴を掘りながら、レイルがそんなことを言った。
「それでもいいと思う」
「・・・そうだね」
ザック、ザックとスコップが土を掘り起こす音だけがする。
「そのたびに手伝ってくれるかい?」
レイルが聞いてきた。
「ああ、いいとも」
ふふ、とレイルが笑った。
麻袋に入ったモルモットを穴に埋め、作業を終えた。
「じゃあ帰ろうか」レイルが言って、その場を去ろうとする。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「少しやりたいことがある」
魔法書3の応用編。新たなる生命の誕生を使おうと思ったのだ。
魔力を土に落とし入れ、「目を開けよ」そっと言葉を添えた。
土がゆっくりと盛り上がり、出てきたのは青々とした花の苗だった。
なんの花かはわからないが、確かに新しい命は誕生してくれた。
「ステキな魔法だね」
レイルが優しく微笑んだ。