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2章_5話

さて、選択科目は何にしようか。


放課後、部室づくりの作業中にそんなことを考えていた。

薬草学は決定として、後は・・・

畜産学は子豚がかわいかったな。あれを食べるのは心が痛いが、有力候補ではある。

もっとなでなでしていいお肉にしたい。

武術はないな。

むさ苦しいことこの上なかった。

俺より体格を一回り大きい女を見た時は流石に体が固まった。

投げ飛ばされて、履修しないことを決意した。なんなんだよあの女。女じゃないだろ。



明日は医学、法学あたりでも受けて来ようかな。

「部長」

「ん?」

「考え事しながら作業してると怪我しますよ」

「ああ、それもそうだな」


部員からのありがたい忠告があり、考えることをやめて作業に集中した。

それにしても誰だこいつ。


ハートに頼んで名簿を作ってもらわないと困るな。呼ぶときに、「あのぉ」って毎回声をかけるのは流石にそろそろよろしくない。


部室の建設は今のところ超順調である。

全員のモチベーションが高く、トーマス君の領からやってきた職人たちがまた腕利きであった。


そういえば、メイリメも思惑通り部にやってきた。

来てまだ二日しか経たないが、既に輪に溶け込んでいる様子がある。

外見は美人と言っていい容姿なので、男子諸君にもいい刺激になっている。

ていうか、下心で男性諸君が浮かれているだけである。


でも、連れて来てよかったと思っている。

誰も不幸になっていない。それこそが大事だと思う。


そんな自分の些細な手柄を考えていると、目の前から全力で部員の一人が駆けてきた。

名前は知らないが、顔は知っている。部員で間違いない。


「部長!!」

うすうす感じていたが、顔を見る限りいい話ではなさそうだ。

「深呼吸して、落ち着いて話してくれ」

ていうか、俺の心の準備がまだ。

頼むから、些細な話であってくれ!

「ふー、話していいですか?」

「もう一回深呼吸して」

「はい」

律儀にもう一回やってくれた。


「ふー。その、エリザ・ドーヴィルが凄まじく不機嫌な顔して、こちらにやって来ています。側近の4人もただならぬ顔しています」

あの日でしょ?違うの?違うよね!


誰だよ、怒れる女神さまを呼び寄せたのは!!


話を聞いていた部員達も作業を中断して青い顔している。

さも、羊の群れに狼がやってくるがごとく皆固まりだした。


さて、誰が犠牲になるか。

・・・もちろん、俺ですよね。


そうこうしている間に、視線の先にエリザが見えた。

確かに、いつもの冷たい雰囲気に若干の熱気が感じられる。

それにしても、美人だ。いや、今はどうでもいいことなのだが。

そのままUターンして帰ってくれ!無駄な願いだとは知っているが一応祈ってみた。

もちろん無駄だった。


死をまつ羊というのはこんな気分なのだろうか。

逃げるものはいないが、逃げても誰からも責められないのなら皆逃げ出すだろう。

それほどに、エリザの雰囲気は怖い。

ああ、哀れ羊の群れよ。


「部長」不安げに声をかけてきたのは、ハートだ。

視線から自分が頼られていることを感じた。


はぁ、何が嫌でエリザは怒っているのだ。

原因を作った奴には後で折檻だ!




「ごきげんよう、クルリ様」

着いてすぐ、先に話し始めようとした側近の一人を制して、エリザ本人が口を開いた。

真正面にエリザが立つ。

・・・綺麗だ。でも、こわー。俺はこれから食べられるのだろうか。

食べられるのなら丸のみがいい。痛みが少なさそうだから。


「やぁ、エリザ。随分と怖い顔してどうしたんだい?お腹の調子でも悪いのかな?」

「クルリ様、つまらない冗談はおやめください」

キリッ!擬音で例えると絶対これだ。鋭い目つきが、俺の両目を貫いた。


「はは、ごめんなさい」まずい、普通に謝ってしまった。

「メイリメさんはいますね」

「メイリメ?」

ああ、元四天王でクビになった彼女ならここに・・・。


「彼女に何か用でも?」

「用も何も。彼女は私の側近。今は役を外れているとは言え、この私になんの断りもなく他に所属するなど私に失礼この上ないでしょう?」

「あ、はい」

怒れる女神を呼んだの、俺でした!!

ごめんなさい!!折檻しないでください!!


「メイリメさん」

優しく呼び寄せるその声は、凄まじく底冷えしていた。

「はい」

消え入りそうな声でメイリメが答え、とぼとぼとエリザのもとへ駆け寄った。


「さぁ、行きましょうか」

「はい」

メイリメは今にも泣きだしそうだ。

俺も今にも泣きだしそうだ。エリザさん怖すぎです。


「部長!」「部長!「クルリさん!」「部長!」

部員の何人かが声を出して俺の名前を呼んだ。


群れから連れ去られる若い雌の羊をそのまま狼にやるにはいかない。

その気持ちはわかる。痛いほどわかるが、エリザにこれほどの迫力があるとは知らなかった。

先祖は狼なんじゃないだろうか。


・・・ふー。

右手のこぶしをきゅっと握りしめて、口を開いた。

「待てエリザ、メイリメを連れて行って何をするんだ?」

エリザは言葉に顔だけを振り向けたが、その目からは「あなたに言う必要はない」という意味が込められている気がした。

それでも突然やってきた向こうなりの礼なのだろう、歩を止め、再び俺の目の前に立った。

うっ。思わずのけぞった。


「もちろん、仕置きをしますわ。飼い犬に手を噛まれたら躾けるのは当然でしょう。あなただって部下を持つ身ならそれくらいわかりなさい」

「仕置きとは具体的には、何をするんだ」

「あなたには関係ありません。これはあくまで身内の問題ですので」

「いや、メイリメは今俺の部の部員だ。勝手に連れて行ってもらっては困る」

「は?何を勘違いしているのかしら、クルリ様」

エリザは今日一の鋭い目つきをした。胃袋をつかまれた気分だ。美味しい料理で虜になったわけではない。


「なら、メイリメさんに答えてもらいましょう」

「え!?」メイリメはもう耐えられずに涙が流れていた。

「さぁ、メイリメさん。あなたはどちらに所属しているのかしら?私の下に?それともクルリ様の下に?さぁ、答えなさいメイリメさん」

優しい声には確実に力強い意味が込められていた。


メイリメは既に限界らしく、足元から震えあがり涙は止まることを忘れていた。

「も、ひっく、もちろん・・・もちろん、エリザ様に仕えています」

「そう、それでいいのよメイリメさん。これでお分かりでしょう?クルリ様」

俺の返事を待つことなく、一行はもと来た道を歩き始めた。


嵐は去った。若い羊を一頭犠牲にして。



「部長!」「部長!」「クルリさん!」「部長!」「部長!」「部長!」「クルリ殿!」「部長!」「部長!」「部長!」「部長!」「婦長!」「部長!」「部長!」「部長!」「部長!」「部長!」



部員たちが、ようやく仲間が連れ去られた現実に気が付き熱くなっている。

全員の顔を見た。

皆、熱くまっすぐな顔をしている。


・・・わかっている。

俺だって、おなじ気持ちだ。

わかっているさ。


・・・だれだ、婦長って言ったの。


「まて、エリザ!!」

確実に聞こえるように大声を出した。これで黙って去るわけにもいかないだろう。


エリザは立ち止まる。

背中からもその不機嫌さが伝わってきた。

側近と、メイリメをその場に残しエリザだけが再び俺のもとに来る。


もう怖いとか言ってられない。

羊にだって角はあるのだから。


「エリザ、もう少し人の痛みを知る人間になれよ」

「は?何を訳の分からないことを。最後にもう一度伝えます。これは私の身内の問題ですので、口を出さないでいただけないでしょうか。いえ、あなたには関係のないことです、黙りなさいクルリ・ヘラン」

「いーや、黙らないね。メイリメはうちの部員だ。返してもらおうか」

「いい加減にその口を閉じなさい」

「閉じない。お前のためにも俺は言うぞ。俺とお前は将来一緒に慎ましく生きることになるかもしれない。だから今のうちに人を思いやることも知っておけよ、エリザ」

「初めて会ったときから、おかしな人だと思っていましたが、まさかこれほどまでとは。あなたと真面目に話していた私がバカでしたわ」

ぐぬぬぬ!

お前のためを思っているんだぞ!


「はぁ、まあいいや。とりあえず、メイリメは返せ」

「ふん」

とうとう鼻であしらわれた。


エリザよ、その綺麗な容姿。素晴らしい家の出。多彩な才能。すべてに恵まれすぎた君は弱者の気持ちがわからなくなってしまったか。

それが故にアイリスもいじめてしまう。

そんなことじゃ、誰も幸せになんてやれやしない。


今俺にできることをやろう。

最大最高にして、俺が今唯一できる仕返し。


必殺!お友達デコピン!

お友達デコピンとは、親指に中指をひっかけはじく暴力的なデコピンではなく、人先指の爪を軽くデコに充てるだけの優しさにあふれた一撃だ。


えいっ!

不意の一撃はエリザのデコの直撃した。

「あまり人をいじめるな、そんなの本当の君じゃない」



??

・・・すぐに怒涛の反撃が来ると思ったが、エリザは俯いたまま言葉を発しない。



「・・・いたい」

微かな声を出し、顔をあげたエリザの目元は涙で潤んでいた。


えっ!?泣いてる!?

・・・かわいい。


いや、違う!違う!そんなことを考えている場合じゃない!


エリザは両手でおでこを覆い、「あう・・・」と声をだした。

「あう?」


なにこれ、かわいい!!

いや、そうじゃない!そうじゃない!

やってしまった。とんでもないことやってしまったかも!


「お父様にも叩かれたことないのに・・・」

「ひゃっ」

「初めて叩かれた。お父様に言いつけてやる、絶対に許さないからー!!」

最期は涙を流し、おでこを抑えながら走り去っていった。

ホッとする後ろ姿だ。

やっぱり、かわいい。


「覚えておきなさい!!」

側近の誰かが言った。

それ敗者の常套文句ですよ、てことはこちらの勝ちでいいのか?

勝ちってなに?


「「「「「「「部長!!」」」」」」

部員たちが駆け寄ってきた。


あつい、暑苦しい、離れろ!

とうとう捕まり、胴上げされてしまった。


10回ほど宙を舞い、降ろされた。目の前にメイリメがいる。


「やぁ、おかえり」

「はい」

メイリメは既に大泣きしていたが、またも泣き出した。

今度は悪い涙じゃなさそうだ。



部員たちは大いに喜んでいる。

俺の行動は正しかったのだろう。

しかし、これで良かったのだろうか?みんなが喜んでいる傍で俺は一人不安になっていた。

骨を断って肉を切ったみたいな感じ?


エリザからの仕返しが怖いです!








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