2章_4話
自分の学園生活がものすごく激しい流れの中で進んでいることに気がつき、ひと時の安らぎを求めて俺は学園の噴水を見に来ている。
校舎の南側、正門とのちょうど間に巨大な噴水があるのだ。
遠くからは何度か見ていたが、近くで見るとまた違った印象を得た。
水が高く吹き上がり、ここら辺一帯だけ少し気温が低い気がする。
「うひょー」
水の頂点を目で追いかけながら、少しばかり頭を振った。
「あら?」
噴水が一時的におさまり、対角線上に現れた女性を見つけた。
・・・泣いている。
ブシューと上がった噴水がまたも彼女の姿を隠した。
今のは確か、エリザのもとにいた取り巻き四天王が一人、メイリメとかいう女性だったと思う。
俺に「ゲロウ」と言い放った女だ。あまりいい印象はないな。
噴水がまた収まり、彼女の姿がまたも現れた。
やっぱり泣いているようだ。
・・・見てはいけないものを見てしまったな。
噴水がまたも上がり彼女の姿を隠す。
このまま見なかったことにして、去ろうか。
うん、それがいい。
自分のことを嫌っている人物と関わるなんてろくなことがない。ましてや相手は涙している女性だ。
きっと面倒くさい話が待ち受けているに違いない。
噴水が収まり、彼女の姿がまたも現れる。
「あ」「あ」
お互いに目があってしまった。
しばらく黙ったまま見つめ合い、噴水が俺たちの視線を遮った。
見ちゃったよ、声も出した、これで黙って逃げる訳にはいかなくなった。
噴水に沿って対角線上にいるメイリメのもとへと向かった。
「やぁ」なるべく笑顔で声をかける。あたかも、何も知らない純情少年を装わなくては。
「・・・ぐすっ」
鼻をすすっただけで、返事はない。
いや、もしかしたら鼻をすすったのが返事なのかもしれない。
彼女の目の周りが涙で赤くなっていた。相当な間泣いていたようだ。
「なにかあったのか?」話しながら、なるべく自然と隣に座ってみた。
「・・・ぐすっ、隣に座るな」
ばれたか。
「エリザと何かあったのか?」
なんとなくした質問だったが、図星の様だった。明らかに体がぴくついているのを確認した。
「あなたには関係のないことです」
そうですか、では俺はこれで。
と、行きたい!でも行けない!
「そう言うなよ。エリザとは知らない仲じゃないんだ。もし何かあるのなら俺からエリザに言っておこう」
「あなたにエリザ様の何がわかるのですか!出しゃばらないでください!」
うるんだ目を擦って、激しい口調で言葉を投げかけてきた。
エリザは簡単に言えば、性格のきつい女だ。それはよくよく知っているが、まさか側近までこんなに性格がきついとは知らなかったな。
世の中にはバランスというものが必要だということを知らないのかね!
「エリザってさ、いつも腕を組み、目を閉じて怖い顔をしているだろ?でも、本当は頭の中で夕ご飯のことを考えてたりするときもあるんだよ」
「そ、そんな人じゃありません!」
「しかも、好きな食べ物はシフォンケーキと公称しているけど、本当はじゃがバターが一番好きだったりするし」
「そ、そんなんことも・・・いや、確かにそれはあるかも」
「さらに言えば」
「も、もういい!エリザ様をそれ以上貶めるな!」
「貶めてなどいない、俺の知っている知識を振舞っただけのことだ」
メイリメはなんだか悔しそうな顔をしている。
俺のエリザ知識はまだまだあるのに、彼女にはこれ以上は耐えられそうにもなさそうだ。
「エリザも所詮は俺たちと同じ人間、エリザだけ特別扱いして、そんなに重く悩む必要なんてないさ」
「あなたにエリザ様の崇高さなどわかるはずもありません」
「まぁそう言わず、何かあるなら言ってみてよ。時間はあるから」
「・・・私はあなたを罵倒したことがあるのに、あなたは私に優しくしてくれるのですね」
「それくらいの器の大きさは持っているよ」
やっぱり、「ゲロウ」は悪口だったのか。
「もしかして私のことが好きなのか?」
「違う!!」
泣いている割に頭はお花畑のようだ。
「・・・エリザ様の側近を外されたのだ」
それでか、以前見た四天王にメイリメがいなかったわけだ。
「どうしてだ?」
「私が、エリザ様にお仕えするほどの能力がないと判断されたからだ」
「なんだそれ」
「・・・私は入学実力試験でEクラスに振り分けられたのだ。他の3名は無事Aクラス入りしたので側近を続けている。私の代わりの人物もAクラスの人間だ」
・・・Eクラスか。
なんて反応すればいいのか。
「Eは厳しいな」
「あなたまで私を侮辱するのですね!そうですよ、私はどうせEですよ。Eの女ですよ!」
「そんな怒るな。これから上がればいいだけの話だろ。精進せい!っていうエリザからの通達と受け止めればいいんじゃないかな?」
「そんなわけがないでしょ!あなたに話したのが間違いでした!」
彼女の大声が終わると、顔を横に向けた。
相当怒らせたようだ。
再び泣き始めていた。なんとも申しわけない気持ちになってしまう。
俺だって怒らせる気はなかったのだ。
気まずい雰囲気になり、嫌に噴水の音だけがよく聞こえた。
今日一番高くまで上がったんじゃないだろうか。
「・・・エリザの側近してた時は楽しかったか?」
「・・・楽しいとか楽しくないとか、そんなことはどうでもいい」
「そうじゃないだろ。楽しくなければ一緒に居ない方が幸せだ」
「みんながみんな、あなたのように自分の気持ちだけで生きていける訳ではありません」
「でも、大事なことだろ。楽しくなかったなら側近を外れた今の方が君は幸せなはずだ」
「・・・幸せじゃないわ。エリザ様といたときも・・・楽しくはなかったけど、それが私の生きがいだったし、アイデンティティでもあったから」
「それなら他の生きがいを見つけたらいい」
「そんなものありはしない!」
ようやくこちらに振り向いた彼女の顔は真剣なものだった。
俺はそっと立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。
「俺の部活に入りなよ。やることは決まっていないけど、今は部の建物を作っているんだ。これが意外と楽しくてな。君もそれでもやもやした気持ちを昇華したらいい」
「行きません!そんなものには何の興味もありません!」
「そう言うな。一度見に来たらいい。女性部員もいるし、みんなで同じ物をを作るっていうのは本当にやりがいのあるものだ」
「・・・いきません」
彼女が俯いたのを見て、俺はゆっくりと歩きだし、背中越しに言葉を投げかけた。
「一年生寮の北側で建設中だから、いつでも来たらいい」
「・・・いかない」
「待ってる」
「・・・」
背中から何かぼそぼそと小さな声が聞こえた。
何かは聞き取れなかった、でも言えることが一つある。
きっと、これは来るな!!