2章_3話
「あー疲れた」
昨日の作業で背中に大分疲労が残ってしまった。
張り切りすぎて穴を掘りすぎたな。
今日から学園の本格的な授業が始まる。
初めの一週間は選択科目を自由に受けて来てよいとのことだ。
一限目に重たい体を引きずって訪れたのは、薬草学の授業だ。
選択科目で一番最初に興味が沸いた科目だったので迷わずに来た。
時間になるとおおよそ30名ほどの生徒が薬草学の教室に集まった。
若干女性が多めな気がする。
担当教官も女性だ。
「皆さんよく来てくれました。薬草学の授業を担当するアマリと申します」
チャイムが鳴り終わったのを待ち、話し始めたのがアマリと自己紹介した女性だ。年は30代だろうか、丸いメガネのフレームが優しそうな顔を際立てていた。
「薬草学というのは、非常に実学的な側面を持った学問です。今日習ったことが明日には役立つ、なんて人も出てくるでしょうね」
そう、それこそ俺がこの科目を選んだ理由だ。
理論的な学になど興味はない。
言ってみれば、金になる知識が欲しいのだ。
いい薬草は高値で商人が取引をしてくれる。この授業で得られるだけの知識は得るつもりだ。
「薬草は一般庶民が手を出すには少し値段の張るものです。私の目標は誰もが簡単に育てることのできる品種を開発することあります。私が主催しているゼミなどもありますので、興味がある方は参加してみてくださいね」
アマリ教官が優しく微笑んだ。
ここにも心の素晴らしい人物がいたか。
「とはいっても、今日は初めての授業ですので自由に薬草の見学などを行ってください。そして興味が出て、正式に授業を履修してくれたら嬉しいです」
教官はまたも微笑んだ。うん、癒される笑顔だ。
「あっ、口が寂しいからと言って薬草をかじってはいけませんよ。危ないものもあるので」
教官の指示のもと全員が自由に薬草を見て回った。
薬草学の教室は、校舎北側にあり、一階の教室を使っている。
教室内は室内栽培に適した植物がおいてあり、外で栽培した方がいいものはちゃんと教室の外にあった。
ちなみにこの教室だけ、壁をぶち破って外と直通になっている。
壁や天井にも薬草がつるされ、外に栽培されている薬草も種類も、数も豊富だ。
広大な土地を十分に利用している。この一時間では到底見ることのできない量があるのだ。
遠くを眺めているとビニールハウスのようなものもあった。
一体どれほどの薬草を栽培しているのだろうと考えると少しワクワクした。
「あのさぁ、あんたクルリ・ヘランでしょ?」
薬草を眺めていた俺に、フードを被った少年が声をかけてきた。
身長は低めで、顔色が少し悪い。
ていうか、くっさ!!
彼から強烈な薬草臭がする。
「そ、そうだけど」できるだけ鼻で息をしないように答えた。
「僕はトト・ギャップ。あんたに興味があるんだ」
「へ、へえー」
やばい、会話が頭に入らない。
あ、もうくっさー!
「ああ、匂いが気になるのか。ちょっと待って、この上着を脱ぐから」
そう言って、トトはフードを外し、上着を脱いで教室隅に置いた。
彼が近づいてきて、俺は恐る恐る鼻で呼吸をしてみた。
臭くない!
スー。
臭くない!
「あれは人除けに着てるんだ。あの匂いで嫌な奴はたいていどこかへ行くからね」
人除け!?初めて聞いた単語だ。
「ところで何か用かい?」
「ああ、あんたが薬草に興味があってよかったよ。是非俺の開発した品種を見てもらいたいんだ」
「開発?君が作った薬草があるのか?」
「そうだよ。僕は天才だからね。さ、こっちこっち」
彼に案内されたのはビニールハウスが多く並んだ一体だった。
その一つに通してもらい、中を見た。
こちらも天井につるされた薬草、地面に植えられた薬草がびっしりとしている。
手のひらサイズのものや、等身大のものまである。
どれも見たことのない変わった薬草たちだった。
「どうだい?全部僕が作りあげた薬草たちだ」
「全部?ここは薬草学の教室じゃないのか?」
「ああ、でもアマリ教官のゼミに所属しているから一つビニールハウスを借りてるのさ」
「へー、すごいな」
ビニールハウス内を少し歩いてみた。
どれも初めて見る薬草たちだが、何個かはすごくきれいな薬草もあった。
あまりにきれいなので、少しだけ手で触ってみた。
葉がすべすべしている。
「それ触ってもいいけど、嗅がないでね。明日まで寝ることになるし、しばらく記憶が飛ぶから。臨床実験も済ませてあるから効き目は確かだよ」
臨床実験とは恐ろしいことを言う。
それ誰が受けたの?聞いていいの!?
そーと、手を横にずらし他の薬草にも触れてみた。
「ああ、それも触っていいけど、食べないでね。内臓内の食べ物全て吐き出すから。ちなみにそれも臨床実験は済ませているよ」
だから誰に!?
「逆に安全な薬草はないのか?」
「それならこれだね。匂いを嗅げば天国へ飛べるぜ。一日丸ごと自由自在の妄想世界へ連れて行ってくれる」
ダメなやつだ、それ!
トトから渡された薬草を突き返した。
彼とはちょっとばかり価値観が違うようだ。
「違う違う、もっとこう、人の役に立つ、例えば病気を治す薬草だとかはないのか」
「もちろんあるぜ」
ちょっと待ってろ、と言い残しビニールハウスの奥へと行った。
何やら地面を掘っているようだ。
「手伝おうか」
「いやいい」
しばらく待ち、手を土で汚したトトがこちらに戻ってきた。
手には何やら歪な形をした根のようなものがある。
「これを食べれば、全身から力がみなぎる。手術とかで一時的に体力が必要な患者とかには役立つだろう」
「あるじゃないか。もっとこういったものを見せてくれ」
「いや、こういうのはあまり多くない。これも本当は失敗作でな。本当は食べれば筋肉が膨張するような薬草を作りたかったんだ。まぁ、これは未完成ってとこかな」
・・・彼は何を目指しているのだろうか。
ちょっとだけ聞いてみたい。
「惚れ草なんてのもあるんだぜ。あれはいい値段で売れると思うんだ」
「へぇ」
・・・ちょっと欲しいかも。
「僕の自己紹介はこのくらいにしておいて、本題に入ろうか」
「どうぞ」
「クルリに声をかけたのは、君の部活に興味があるからだ。部員が50名近くいるんだろう?何人か定期的に僕の薬草の実験台になってほしい。もちろん報酬は払うよ」
そういうことか。
「もちろん、却下だ。危険すぎる。今までの臨床実験の相手に続けてもらうのじゃダメなのか?」
「一人しかいないんだ。それじゃデータが不足することもあるから」
「でも、うちの部員は貸せないな。俺は一応責任ある部長だし」
「ちぇっ、あんたならわかってくれると思ったんだがな」
トトはうつむき加減に、舌打ちした。
結構残念そうな顔をしている。なんだか申し訳ないな。
「なんでそんなに薬草開発に必死なんだ?」
「・・・」トトはうつむいたまま答えてくれない。
「まぁ言いたくないならいいや」
「・・・、金だよ。俺は貴族だけど、小さな領の分家の、しかも4男坊だからな。将来は自分で稼いでいく必要がる。あんたも貴族なのに鍛冶なんてやってるから俺と同じ目的だと思ったのに、とんだ思い違いだ」
・・・、いえ、思い違いではありません!なんて本音を彼に伝える訳にはいかない。
俺も将来困らないように鉄を打ってるんです!
俺たち実は同志なんだよ!
「ふっ、そういうことか」
「僕を鼻で笑うか。だから甘ったれた貴族の坊ちゃんは嫌いなんだ」
トトの機嫌は最高潮に悪そうだ。
「で、大きく稼げそうな薬草はあるのか?」
「は!?」
「稼げる薬草はあるのかと聞いている」
「いや、まだ売ったことがないからわからない。さっきの惚れ草なんかは売れると思うけど」
「うーん、人の思いをコントロールするほど危ないことはない。あれはやめておこう」
「それじゃあ、全身の毛穴が開く薬草とかは?」
なんだそれ。
思わず突っ込みそうになった。
「開発が極端だな」
「うん、僕は基本思い付きで行動するから」
「とりあえず、売れそうな薬草の一覧を作ってくれ。お前の薬草売りを手伝ってやる」
「本当か!?なんで?」
「まぁ、それはまたいつか話そう」
「わかった、じゃあいつから売る?明日からでもいいよ」
「学園で売るのはまずいだろ。それに整理もできていない。
売るのは3か月後、夏季休暇、我がヘラン領にて売る。それまでに必要になる薬草を開発していく。俺も放課後に手伝うから、頑張ろう」
「ありがとう。開発は僕に任せろ、クルリ!」
トトが顔色の悪いながらも今日一番の笑顔を見せた。
「俺の領は温泉が有名だ」
「知ってるさ、有名だからな」
「美を求める奥様方が多く来られるのだ。どうだ?金の匂いがするだろう?」
「ああ、する!ぷんぷんする!」
「美を与える薬草、それこそが今必要なのだよ、トト君!!」
「美を、美を与える薬草・・・」
「そうだ、それこそが金になる薬草だ。しかも、いくら使っても副作用がない薬草が必要になる」
「副作用がないだと?そんなの無理だ」
「無理でもやるんだ。奥様方の欲を甘く見るな!」
「・・・ちっ」
見ると、トトが爪をガリガリと噛んでいた。彼の中では既に思考が駆け巡っているようだ。
「わかったよ。やってみる。とりあえずクルリもアイデアがあったらどんどん言ってくれ。参考にするから」
「わかった。じゃあ週に数回はここを訪ねるようにしよう。目標は3か月後の夏季休暇までに一つ、美の薬草を完成させる」
「わかった」
俺と、トトは今日一番のいやらしい顔をしているだろう。
なぜ人は金のことを考えると、こういういやらしい顔になってしまうのだろうか。