17話_閑話
早朝5時、体が自然と目覚める。
子供頃からの習慣だ、過ごす環境が変わろうが体はいつも通りに目が覚めた。
いつも軽く運動をし、食堂へ行く。
皿に大量に料理を乗せていく。
食堂のおばちゃんは優しい人ばかりだ。
俺が大量にご飯を取るといつも笑顔で「もっと大きくなるんだよ」と声をかけてくれた。
朝食は苦しくなるくらい食べるのが我が家の教えだ。
母は毎日父と、俺と、二人の弟のために料理を大量に作ってくれていた。
実家から離れることなんてどうってことないと思っていた。
しかし、一か月ほどで母の料理を恋しく思う自分がいた。
自分はもう大人だと思っていたが、実家を離れて初めて自分の幼さに気づく。
父がこの学園に自分を送り出した意味が少しずつわかってきた気がしている。
家を出るとき、父も弟たちもあまり俺を気にはかけてくれなかった。
俺もたった3年とばかり思い、大げさな出発にはしたくなかった。
母だけが目を涙で満たし、俺を見送ってくれた。
友達に困らないようにと、贈り物を持たせてくれた。
母に対してお礼を言うこともなく、家を発ったのが一か月前だ。
今にして思えば、少し後悔している。
せめて一言母にお礼を伝えておけばと今は思っている。
これまではそんなことは考えたこともなかった。
でも、今ははっきりと思っている。
これが成長というものなのかもしれない。
母が持たせてくれた贈り物が役にたったかどうかはわからない。
それでも、結果友は出来た。
友はできなければそれでいい、と思っていた。
これまでの人生においても友と呼べる人物などいなかった。
3年かけて何か一つでも見つけることができれば、俺が外に出た価値はある。
学園に来る道中でずっと考えていたことだ。
しかし、今はすこし考えが変わっている。
何か人生における大きなテーマをこの学園で見つけることができればそれが最も望ましい。
でも、今はそれ以外に、純粋に学園での生活を楽しみたいと考え出している自分がいる。
クルリという友ができたのだ。
いつも剣を打っている変人だが、心優しき人物でもある。
彼といると新しい感情との出会いが多かった。
羊を振舞ってやったときは、涙を流して喜んでいた。
育ち盛りの弟たちでさへあんなにガツガツとは食べたりしない。
本当にごちそうしてよかったと思っている。
彼はよく書物を読む。
一見すると頼りない貴族の息子、という印象が彼にはあるのだが、その実は全く違っている。
毎日剣を振っている俺の手の皮と同じくらいに彼の手も分厚い。
上半身、下半身ともにバランスよく鍛えらているし、魔法も使えるようだ。
子供のころに第一王子のアークとあったことがある。
本気で戦えば負けるかもしれないと思ったのはアークが初めてだった。
クルリにもアークから感じたものと同じようなものを感じた。
戦えば非常に手ごわい相手になるだろう。
友にそんな感情を抱くのは失礼かもしれないという思いもあるので、あまり考えないようにはしている。
1-3の住人とは未だに会えてすらいない。
そう考えると、やはりクルリと友になれたのは非常に幸運だと思う。
ここの料理は少し味付けが濃いな。
朝食を食べながらふとそんなことを考えた。
家ではたくさん食べられるようにと、母が味を薄く作ってくれていたからだ。
おっと、またも母のことを思い出してしまった。
そもそも、こんなことになっているのはあいつが悪いのだ。
我が友、クルリの部屋に毎日来るあいつが。
急にクルリに弟子入りしたいだの、強くなりたいだのと詰め寄ったあの男がすべて悪い。
体は小さく、線は細く、声も高い。
女のそれと変わらんような姿で、クルリほど強くなりたいと言う。
第一印象が悪いだけに、あまり近づきたくはなかったが、ふと魔がさして面倒を見てやることにした。
それからだ、あいつの顔をよく見ると母の顔に似ていることに気づいた。
弟たちは母親似だから、もう一人弟が増えた気分になる。
あいつのせいで、最近はよく母のことを思い出す。
食事を終え、食堂から出る俺におばちゃんたちがまた声をかける。
「お昼もいっぱい食べるんだよ」
いつも、返事はしない。
感謝はしているし、おばちゃんたちのことも好きではあるが、あまり他人に口を開くのは得意じゃない。
外に出ると日が昇りかけていた。
入学式まではあと数日ある。
今日も、クルリの部屋へと行こう。
「おはよう。今日もはやいねヴァイン」
1-1の部屋へ行く途中、ちょうど扉から出てきたクルリとあった。
「めずらしいな。もう起きてるとは」
「いやー、昨日徹夜で剣を打っててさ。すごいのができたんだ!
過去最高の一本だよ」
顔には眠気があった。
でもそれ以上に、興奮が上回っている。
声の調子からもそれらが読み取れた。
「どこかへ行くのか?」
「そうそう、いいものができたし試し斬り行こうと思って」
そう言ってクルリが抜いた剣は確かに逸品だった。
これまであまり剣自体に興味を持ったことはないが、それでも美しいその剣に魅了されてしまった。
羨ましいとさえ思ったかもしれない。
「魔物でも狩るのか?」
「ああ、西の森には小型の魔物が少数いるらしい。危険も少ないし、そこで試そうと思っている」
語るたびに顔が明るくなる。
はやく試してみたくてしょうがないのが伝わってくる。
「ヴァインも来るかい?」
「いや、俺はあいつの特訓があるのでな」
「そうだったね、押し付ける形になっちゃってごめんね」
「別にいい」
少しばかりの会話を終え、クルリはすぐに行った。
あいつはいつも、俺がクルリの部屋に入って10分後くらいにやってくる。
扉の前で、座して待つことにした。
「家のカギでもなくしたか?」
目をつむっていたので、声をかけられるまで気づかなかった。
あいつは歩みを進めながらこちらに近づいてきている。
「お前のようにドジではない。早速だが訓練に入るぞ」
「ああ、わかった」
クロッシはすぐさまクルリの扉に手をかけた。
「あれっ、クルリ殿はまだ起きていないのか。それで外で待っていたのか?」
顔をちらりとこちらに向けてくる。
やはり、母に似ていると思った。
「違う。クルリは用事ですでに出発している。今日は俺の部屋で訓練だ」
言い終わると、クロッシは後ずさりした。
眉間にしわが寄っているのが見える。
「貴様と二人きりだと!?そんな危ないとこに行けるか!」
「朝から叫ぶな。部屋の構造はクルリの部屋と一緒だ。危険などない」
「そういう話じゃない!貴様!私を部屋に連れて変なことをするつもりじゃないだろうな!!」
やけに言葉に力が入っている。
何を警戒しているのやら。厳しく指導しては来たが、それだけだ。
「変なことなど起きない。さっさと入れ」
「貴様、変なことをしないと誓え!」
「誓う。やるのは訓練だ」
クロッシは黙った。まだ信用できないのか、こちらを遠目で見ている。
「・・・変なことをしたら、お前を殺して私も死ぬ」
「お前が俺を殺せるはずがない」
「黙れ!!私が本気を出したらな、」
ぶつぶつと悪態をつきながらもようやく入ってきた。
「何もない部屋だな」
それがこの部屋の良さだと、自分では思っている。
これでやっと訓練ができる。
いつものように、全身を伸ばした。
こいつは運動神経は悪くない。
それに体はすぐに伸びるようになった。
あまり柔軟運動などしていない人間は一週間くらいはかかると思っていたが、こいつはなかなか優れた体を持っているようだ。
最終の確認のために、体を押したり、体をそらせてみたりさせた。
「おい!あまり触るな!」
「いいから、俺に体を預けろ」
「なっ!」
少し抵抗されたが、確認したいところはすべて確認できた。
「思った以上に早く、ベースができた。これから本格的に体作りに入れそうだ」
「本当か!?よろしく頼むよ」
クロッシは嬉しそうにしていた。
訓練が好きなのだと思った。
思えば、俺も初めて父に剣を握ることを許されたときはうれしかった。
こいつも同じ気持ちなのだろうか。
そうならば、父とやったあの日の稽古をこいつにもつけてやるか。
「次の段階はランニングで体力をつける」
「ああ」
「だが、思った以上に予定が速く進んでいる。
今日は少しばかり特別な稽古をつけてやろう」
「うん、なんだ」
楽しみにしているクロッシに、手荷物の木刀を渡した。
「今日は無心でこれを振る。ロット家伝統の特訓だ」
「それで強くなるのか?」
「焦るな。継続すれば強くなる。今は俺の指示に従え」
「・・・うん、わかった」
「さぁ、庭に出て剣を振るぞ」
俺は自分の剣を握りしめ、庭に出た。
一階には庭があると聞いてすぐにこの部屋に決めた。
やはり、1階にしてよかったと思う。
庭に出て、上半身の衣服を脱いだ。
こうして汗をかきながら剣を振るのだ。
父とのいい思い出だ。
「なっ、何をしている!?貴様!!」
クロッシが後ろで叫んだ。
「お前も服を脱げ。これから二人で剣を振るぞ」
「脱げるか!!」
言うが先か、剣が先か、クロッシの木刀が頭めがけて直進してきた。
さらりと自分の剣でそれを払う。
なかなかいい剣筋だと思った。
「変なことはしないと誓っただろ!」
「変なことではない。お前とはいい出会い方ではなかったが、こうしてともに汗を流すことでお互い感じることもあるだろう。男同士裸の付き合いというやつだな」
「そ、そうか。でも、私は服を着たままでいい!」
「・・・」
「不満そうだな」
不満というほどでもなかった。
が、クルリとは大好きな羊を分け合うことで友になれた。
こいつとも、いい思い出をつくることで友になれると思ったのだが。
やはり、クルリの言ったとおり全ての人間と仲良くなることなんて不可能なことかもしれない。
「服は脱げない!でも、お前が満足するまで私は剣を振り続けよう。
それが面倒を見てくれているお前へのお返しでもある」
クロッシは必死に言葉をひねりだしたようであった。
昔、母に言われたことがある。
我が家は男三人兄弟で、皆仏頂面で、考えるのはいつも剣のことばかりだ。
それ故、みんな特に仲良くもなく、仲悪くもない。
同じ家に生まれ、同じ剣の道を歩む者たちの世界だ。
「世の中にはあなたたちとは違う考え方をする人がいっぱいいるのよ。
ちなみに、お母さんもその一人」
なんてことのない母の言葉だった。
それが今頃になって胸に響く。
やはり、こいつの顔のせいだろう。
そして、こいつは母の言う、違う考え方をする人間なのかもしれないと思った。
いや、きっとそうなのだろう。
同じものを楽しむことや、喜ぶことができなくても友になることは出来るかもしれない。
クロッシの一生懸命な顔を見ていると、そんな感情がわいてきた。
「よし。付き合ってもらおう」
「ああ、任せておけ」
「それじゃあ、振りを見せてみろ。悪い点があったら指摘する」
「わかった」
クロッシは剣を振る。
その動作のすべてに注視したが、特に問題はない。
素人故に癖もなかった。
指摘する点はなかったが、やはり体の細さが気になる。
脚を見てもやはりほそい。
これでは肝心なときに踏ん張れないではないか。
最低限の筋力はつけてやりたい。
腿をつかんだ。自分の腕くらいしかないように思える。
「だから、貴様は人の内腿を触るな!そこはデリケートなんだ」
「あと20キロウエイトをつけろ」
この体格から計算してはじき出した、最高の数値である。
「できるか!」
「大丈夫だ。俺の考える食事を摂れば、半年ですぐに付く。
ところで今の体重は?」
「体重の話を気安くするな!」